第086話 しゅっぱーつ!


 南門で乗合馬車の予約を終えた俺は教会に行き、神父様に明日出発することを伝え、紹介状を受け取った。

 そして、すべての用事を終えると家に戻った。


 家に帰ると、すでにフィリアとヘイゼルも帰っていた。


 フィリアはテーブルに座って、満面の笑みを浮かべながら金貨を数え、ヘイゼルはソファーに座りながらそれを呆れた目で見ている。


「ただいま…………」

「おかえり…………」

「おかえりなさーい! 見て、見て! 金貨がいっぱい!」


 良かったね。


 フィリアが金貨を数えるのを再開したので、俺はヘイゼルの隣に座った。


「領主様は何て言ってた?」


 俺はフィリアの邪魔をしてはいけないと思い、ヘイゼルに聞く。


「仕方ないですねー、だってさ。まあ、女神様の使命だったら行くなとは言えないでしょ。あとは気をつけてください、だって。そっちは?」

「ガラ悪マッチョにも話したし、神父様から紹介状も受け取ってきた。乗合馬車も頼んでおいたわ。出発は明日の朝な」

「急だけど仕方がないかー。まあ、準備はできてるし…………フィリア、聞いてる?」


 ヘイゼルが一心不乱に金貨を数えているフィリアに確認する。


「聞いてるよー。明日の朝でしょ。今日は早めに寝た方がいいね。いくら道具を揃えたと言っても私達は慣れてないしねー」

「それもそうねー」

「あ、リヒトさんは私のところで寝てね。ヘイゼルさんとだと夜更かしそうだから」


 えー……まあ、しゃーないか。

 フィリアを襲っちゃえ。


「いや、私だって明日は早いんだからちゃんと寝るよー」


 ヘイゼルがへらへらと笑う。


「ヘイゼルさん、リヒトさんの言うことにノーって言わないもん…………」

「…………そんなことはないけど」


 いや、君、押せば、絶対にうんって言うよ。


「いっつも流されてるじゃん」

「いや、あんただって……」


 フィリアは優しいから頼みこめば…………あ、やべ!

 この流れは俺が責められるような気がする!


「3人で早めに寝ようぜ!」

「…………大丈夫かな?」

「…………大丈夫じゃない?」


 大丈夫だよ。


 俺達はこの日、ゆっくりと過ごすと、晩御飯を食べ、早めにベッドに行った。




 ◆◇◆




「…………やっぱり大丈夫じゃなかったね」

「…………眠いわね」


 フィリアとヘイゼルが朝ご飯のパンを食べながらつぶやく。


「まあ、起きられたからいいじゃん」


 目覚まし時計って便利だわ。


「まあねー」

「別に仕事をするわけでもなく、馬車で座っているだけだもんね」


 そうそう!


 俺達は朝ご飯を食べ終えると、準備をし、最後の確認をする。


「ヘイゼル、大丈夫か?」

「ええ、エアマットも食料もお酒も大丈夫」


 見られてマズいものはヘイゼルの収納魔法に入れている。


「フィリアは?」

「うん、着替えもオッケー。リヒトさんは?」

「テント、金、紹介状…………うん、オッケー。よし、行くか!」

「おー!」

「実家に帰るからテンションは上がんないなー…………」


 まあ、ヘイゼルの気持ちはわからんでもない。


 俺達は家を出ると、南門を目指した。

 この町にずっと住んでいるが、しばらく見れなくなると思うと、ちょっと感慨深いものがある。


 俺はちょっとセンチメンタルな気分で歩いていると、南門に到着した。

 南門に着くと、昨日話した馬車の御者を発見したので近づいていく。


「よう!」

「あ、来たか、詐欺師」


 俺が軽く声をかけると、御者のおっさんも軽口で返してきた。


「遅かったか?」

「まだ、来てない客もいるから大丈夫だよ。それにお前らは北区からだろ? 遅くなってもしゃーねーよ」


 住んでるところまで知ってんのね。


「ロンさん、おはようございます」


 フィリアが御者に挨拶をする。


「おう、フィリア、おはよう。詐欺師の旦那から聞いていると思うけど、回復魔法を頼むことがあるかもしれん。その時は頼むわ」

「了解です」


 知り合いなのか。

 まあ、この町の人間だろうしな。


「客は何人だ?」

「お前らを入れて9人だな。馬車は2台になるから5人、4人に別れる。お前らは前の馬車に乗れ」


 結構、多いな。


「護衛は?」

「冒険者が4人だな。質は…………ザイルの冒険者だから知らん」


 えー…………


「適当だなー」

「ザイルもこのアルトも治安は良い町だし、街道も平和なんだ。モンスターが出てきてもゴブリン程度だから誰でもいいんだわ」


 ゴブリンでビビる俺には無理だな。


「まあ、安全ならいいけども」

「ほれ、あそこにいる4人がそうだ」


 御者の兄ちゃんが指差した先には若い男が4人いた。

 4人共、背はそこそこあるし、マッチョというわけではないが、鍛えてはいる。

 それぞれ剣や槍を持っており、皮の鎧を着ていた。

 顔立ちは若いというか、幼い気がする。


「ガキじゃね?」

「ガキだな……多分、ルーキーだろ。さっきも言ったが、アルト、ザイル間は危険が少ないからルーキーでも護衛の依頼はできるんだ…………でも、ガキは嫌なんだよな……余計なことをする」


 まあ、わかるような気がする。


「まあいいや。馬車に乗ってもいいか?」

「ああ。前の馬車に乗って待ってろ。他の2名はすでに乗ってる。一応、言っておくが、トラブルはなしな。まあ、その2人は武器屋の夫婦だから大丈夫だろ」

「武器屋のおじさんとおばさん?」


 フィリアは知っているらしい。

 まあ、同じ町か。


「そうそう。あそこの若夫婦。まあ、お前らの方が全然若いけど」

「おー! だったら安心だ。優しい人達だもん」


 それは良かったわ。

 トラブルもなさそう。


 俺達は安心して、前にある馬車に向かい、乗り込んだ。

 そして、武器屋のおじさんとおばさんに挨拶をする。


 武器屋の若夫婦とやらは20代後半らしく、おっとりとして、確かに優しそうだった。

 俺達は適当に世間話をしつつ、大人しく待っていると、御者のロンが荷台に座った。


「出発か?」

「ああ。全員揃ったからな」

「冒険者のガキ共は馬車に乗らないのか?」


 いくら何でも歩きは可哀想だろ。


「後ろに乗せた。本当は前が良いんだが、ガキに若い女の客を近づけさせたくない。後ろは老夫婦とおっさんだからな」


 ちょっかいでもかけるのかな?

 でも、ウチのフィリアとヘイゼルも武器屋の奥さんも人妻だぞ。

 いや、ガキには関係ないのかもな。


「まあいいや」

「忘れもんはないかー?」

「大丈夫」


 後ろを見ると、武器屋の夫婦も頷いた。

 それを確認した御者のロンは馬を歩かせ、出発となった。


 俺達は馬車の中でガタゴトと揺られている。

 しかし、買っておいた例のクッションのおかげで以前よりかは遥かに楽だった。

 武器屋の夫婦には悪いが、快適である。


 フィリアは武器屋の夫婦と世間話をしている。

 というか、奥さんと町の人間の色恋の噂話で盛り上がっている。

 さすがは噂好きのアルトの人間である。


 俺とヘイゼルは暇なので、御者のロンにザイルの町の話を聞きながら時間をつぶしていた。


「ザイルはアルトとほぼ一緒くらいの大きさか?」

「アルトの方が若干大きいが、ほぼ変わんねーな。目新しいものはないと思う」

「見るとこはなし?」

「ねーな。アルトと同じ商業と冒険者家業の街だからなー」


 これは観光はいらないな。

 町に着いたら速攻で宿屋に行って、あっちの家に帰るか。


 そのまましばらく進んで行くが、昼前になると、会話もなくなってきた。

 正直、すげー暇である。

 以前、フィリア達3人とゲルドとの旅の時は俺がこっちの世界に来たばっかりだった為、聞きたい話も多かった。

 だが、今はそんなに話題もない。


 俺がつまんないなーと思っていると、馬車が止まる。

 気になって外を見ると、広場のような所に馬車が停車していた。


「休憩だ」


 俺はこっそり時計を見て、時刻を確認すると、昼を回ったところであった。

 俺達は馬車を下りると、身体を伸ばす。

 すると、後ろの馬車からも冒険者のガキ共や他の客が馬車から下りてくるのが見えた。


 俺とフィリアとヘイゼルは馬車から少し離れ、広場のある場所に座り、パンを食べ始めた。


「暇だなー……」


 俺はぼそりとつぶやく。


「めっちゃ退屈よね……」


 ヘイゼルも同意見のようだ。


「そんなもんだよー。トランプをやろうとは思わないでね。酔うよ?」


 フィリアがヘイゼルに釘を刺す。


「わかってるわよ。お酒を飲むわけにもいかないし、本も読めない。これを20日もかー」

「女神様の試練だ、試練」

「使命ね、使命」


 フィリアが半笑いで訂正してくるが、一緒だよ。


 俺達は昼御飯も食べ終え、ぼーっと景色を見ている。


「ちょっといいか?」


 ふいに若い男の声がしたので振り向くと、冒険者のガキが1人、話しかけてきていた。


 …………俺ではなく、フィリアに。


 えー…………護衛対象に接触すんの?

 しかも、フィリアかい。


 えーっと、チャカはどこかな……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る