第085話 準備は万全に!


 日本の家に帰った俺達は順番に風呂に入ると、朝食という名の昼食を食べる。

 この6時間という微妙な時差にも慣れたものである。


 朝食を食べ終え、しばらくまったりと過ごすと、アウトドア専門店に3人で向かった。

 俺はアウトドアとは無縁な人間なのでよくわからないが、フィリアとヘイゼルはあっちの世界の家を快適にするためによく来ていたし、調べていたはずだ。


「テントはさすがにあっちの世界の物がいいよな?」


 俺はテントコーナーでテントを見ながら聞いてみる。


「でしょうねー。材質が違うもん」

「私はキャンピングカーで行きたいわ」


 そらねー。

 でも、車は無理だわ。

 目立つ云々もあるが、車が通れるような道はない。

 すぐにパンクしそうだ。


「あ、俺、免許を持ってねーわ」

「取ったら? それとも私が取ろうかしら?」


 フィリアもだが、ヘイゼルの戸籍は用意してある。

 だから免許も取れるのだろうが、やめてほしい。

 特にヘイゼルちゃんは絶対にやめてほしい。


「まずは言葉を覚えてからだろ」

「まあねー。テントは向こうの物にするとして、敷布団をどうしようかな……? 寝袋という手もある」

「あそこのエアマットが良くない? 空気を抜けば、小さくなるしさ。ヘイゼルさんの収納魔法にも容量の限界があるし、なるべく持ち運びを考えようよ」


 そんなんもあるんだなー……

 知らねー……


「お前の家まではどんな経路で行くんだ? よく考えたらロストって、西の隣国なことは知ってるけど、それ以外はよく知らん」

「西にあるけど、大森林があるからねー。大森林を迂回するために一回、南に南下してから西を目指す感じ。アルトの町から南のザイルに行って、そこから西の関所に行く。そうすればロストよ」

「テント暮らしは何日かね?」

「ザイルは3日で着くわ。そこから町を移動しながらだし、最長でも3日か4日連続くらいじゃない?」


 4日か……

 4日分の食料等を持っていき、町に着いたらこっちの世界に帰ってきて補充でいいか。


「要るものは着替え、食料、寝具か……」

「まあ、そんなものじゃない? 足りないと思えば、後で補充すればいいでしょ」

「食料はどうするの? 3日だったら菓子パンとかでもある程度は持つだろうし、それこそヘイゼルさんのカップラーメンでもいいけど」

「まあ、バーベキューをするわけにもいかんしなー」


 俺は置いてあるバーベキューセットを見る。


「興味あるけど、さすがに荷物だわ」

「それは別の機会でいいじゃん。菓子パンとお菓子とカップラーメンにしようよ。あと、お酒と缶詰」


 酒飲むの?

 いや、別にいいけど……


「そんなもんかねー」

「私ら3人で行くなら好き勝手出来るけど、他の人もいるならこの程度だよ」

「私は寝具と食べ物があればいいや。あ、あと、あれを買いましょう。あの卵が落ちても割れないクッション。馬車はお尻が痛い」


 前にテレビの通販を見ていた時にヘイゼルが欲しいって言ってたことがある。

 司会の人が卵を落としますって言った時に鼻で笑ってたヘイゼルがめっちゃ興奮してたやつ。


「それはいい考えだな。ゲルドの馬車は最悪だったし」


 ガタガタして、お尻へのダメージが最悪だった記憶が明確に残っている。


「ゲルドさんの馬車は結構、良いやつなんだけどね」

「あれでか?」

「商人の馬車はなるべく荷物にダメージがいかないように良いものなんだよ。逆に乗合馬車はお察し」


 マジかよ……

 これは絶対にクッションを買ったほうがいいな。

 あと、酔い止めの薬。


「ちなみに言っておくけど、ロストの道は悪いわよ。というか、エーデルの道が特別にきれいなのよ」


 あー……そういえば、エスタの道が悪く、エーデルに着いてからは道がきれいになって、お尻が楽になった記憶があるな。


「買うかー……」

「そうしましょう」

「うんうん」


 俺達はその後も話し合いながら買い物を続けた。

 夕方になるまで色んな店を巡り、必要そうなものを買いまくると、帰宅した。


「疲れたわねー」

「だねー」


 ヘイゼルとフィリアが一息ついている。


「俺も疲れたわ。ちょっとワクワクしたけど」

「わかるわかる」

「楽しかったねー」


 旅行に行く前のワクワクに似ている。

 まあ、旅行といえば、旅行だしな。


「明日、あっちに帰ったらガラ悪マッチョと領主様に声をかけておくか。遠出だし、当分は帰ってこない」

「領主様には私が言っておくよ。明日、お金の受け取りがあるし」

「あ、私も遠出なら領主様の部屋の魔法を更新しなくちゃいけないわ」

「じゃあ、そっちは任せるわ。俺はガラ悪マッチョのところに行く」


 冒険者ギルドに報告がいるのかは知らんけど、世話になってるから言っておいた方がいいだろう。


「お願いね」

「そういえば、乗合馬車って、どこで予約すんの?」


 さすがに当日、乗せてはないだろうし、予約しないといけない気がする。


「門にお店というか受付がある。今回は南のザイルに向かうから南門だね」

「じゃあ、そこも行っておくわ」

「お願い」

「よろしくー」


 俺達は明日の予定を決めると、お酒を飲み、ゆっくりと身体を休めた。

 そして、翌日の朝になると、持っていく物をヘイゼルの収納魔法に入れ、転移する。


 日本の朝に転移したため、こっちは昼だ。

 フィリアとヘイゼルが領主様の屋敷に向かったので、俺は冒険者ギルドに向かった。


 冒険者ギルドは昼間なので当然、他の冒険者はいない。

 俺はまっすぐガラ悪マッチョのところに行く。


「よう! 今日は1人か? 珍しいな」


 ガラ悪が陽気に声をかけてきた。


「ちょっと話があってな」

「もう別れるのか?」


 殺すぞ、コラ!


「ちげーわ。仲良くやってるってよ」

「ふーん、まあ、良いことだ。それで今日は何だ? 仕事の確認か?」

「いや、当分、町を出ることになった」

「…………何をした?」


 あ、犯罪系だと思われてる!


「いや、ちょっとヘイゼルの実家に挨拶に行ってくるんだよ。ついでに女神様のおつかい」

「ついでが逆じゃね? ロストに行くってことか?」

「そうそう。非常にめんどくさいが、祝福をもらっている手前、断れん」

「お前、女神様の頼みも普通に断りそうだしなー。いいタイミングで頼んだもんだ」


 やっぱりそう思うらしい。


「というわけで、ちょっと空けるわ。採取の仕事ができんで悪い」

「まあ、女神様の使命ならしゃーねーわ。領主様には?」

「今、フィリアとヘイゼルが説明に行ってる」

「なるほどね。すぐに出るのか?」

「今から南門に行って乗合馬車の状況を見てくる。空いてたら明日出発かなー。さっさと済ませたい。こちとら新婚だぞ」


 適当に働いて、家でイチャイチャする勝ち組の日々がー……


「まあ、空いてはいると思うぞ」

「そうなん? じゃあ、明日だな。急で悪いけど、そういうことだわ」

「わかった。まあ、気を付けてな。ロストはこの国以上に貴族や王族の力が強いぞ」

「ヘイゼルがいるから大丈夫だよ。最悪は女神様の天罰に見せかけて呪ってやるわ」


 トイレに行けなくしてやる。


「罰当たりだなー」

「大丈夫、女神様のお手を煩わせないようにこっちで処理するだけ。女神様も許してくれる。あの御方はきっと心が広い素晴らしい神様だから」


 チラッ。


「お前、ロクな死に方しないな…………」


 俺みたいのは長生きするから大丈夫。

 きっと母親は100歳以上は生きると思うな!


 俺はガラ悪マッチョに遠出の報告をし終えると、そのまま南門に向かった。

 南門に来ることは滅多にない。

 それこそヘイゼルと共にピンチになった依頼以来だ。


 門に兵士がいるのはどこの門も変わらない。

 俺は乗合馬車の受付はどこだろうとキョロキョロ探していると、馬車の荷台に座っている暇そうなおっさんを見つけた。

 もちろん、こいつもガタイが良い。


「あのー、すみません、ちょっといいですか?」


 俺はその暇そうなおっさんに話しかける。


「あん? 客か?」

「もしかして、乗合馬車です?」

「ああ、そうだ。どこまでだ?」


 乗合馬車で合ってたけど、俺の想像していた受付とは違ったな。


「ザイルまで」

「ザイルね。いつがいい? 今からでもいいぞ」


 適当だなー。


「明日の朝でお願いします。私と妻が2人ですね」

「明日の朝に3人なー。空いてるからいいぞ。妻が2人…………詐欺師か?」


 知ってるのね……

 まあ、この町の人間なら知ってるか。


「占い師と呼べ。詐欺るぞ」

「やっぱ詐欺師じゃねーか。ということは教会のフィリアと魔法使いのヘイゼルだな。了解、了解。お前ら、冒険者だろ? 護衛の仕事をする気はねーか? だったら料金は安くするぞ」


 そういうシステムがあるのか…………


「俺らは戦いに向いてないからやめとく。まあ、ピンチになったらヘイゼルが燃やし尽くしてやるよ」

「まあ、援護だけでもいいからしてくれや」

「わかってる。いくら他の護衛がいようと自分の身は守らないとな」


 護衛の仕事を受けてないからといって、何もせずにピンチになるのはアホのすることだ。

 特に俺らは接近戦ができないのだから早々に片づけてしまうのがいい。


「そうそう。そういう心がけが大事だぜ。まあ、街道だし、そんなピンチはないんだが…………あ、あと、フィリアに回復魔法を頼むかもしれん。それはちゃんと料金を払う」

「了解。盗賊が出てきたら任せろ。これで逃げだすらしい」


 俺はポケットから腕輪を取り出す。


「んー? もしかして、女神様の使命か?」

「そうそう」


 知ってるんだ……


「おい、詐欺師、これは本物だろうな?」

「俺の嫁はフィリアだぞ」

「それもそうか…………女神様で詐欺ったらあのじじいに殺されるわな」


 神父様、怖いもんね。


「そうそう。嫁の保護者の機嫌を損ねたくない」

「なるほど。いいだろう。お前らの料金は半額にしてやる」

「いいの?」


 ラッキー!

 女神様、ありがとう!


「街道にモンスターなんてほぼ出ないし、出るなら盗賊か冒険者くずれだ。人間相手ならそいつを見せれば終わる。明日は楽な仕事になりそうだ」

「お前が御者か?」

「明日の朝なら俺だな。昼だったら別のヤツになる。まあ、頻繁に人が移動するから便は多いんだよ。おすすめは朝だぞ。客が少ないから馬車の中も広々だ」


 人は少ない方がいいな。

 満員馬車とかマジ勘弁。


「じゃあ、朝でいいや。朝にここに来ればいいのか?」

「そうだな。早めに来いよ。ある程度は待つが、遅かったら出発するぞ」

「ウチのねぼすけを早めに起こすわ」

「そうしろ。たまにいるんだよ…………当分、デキねーからって遅くまでヤッて遅刻するバカが……」


 早めに着くようにしよ。

 遅れたら何を思われるかわからん。

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