第084話 新婚旅行と思えばいいか……


 俺は神父様に夢で女神様から啓示を受けたことを説明した。


「うーむ…………その腕輪とやらは持ってきているか?」


 夢の話を聞いた神父様は顔を伏せ、しばらく悩んでいたが、顔を上げて聞いてくる。


「もちろんです。こちらになります」


 俺はポケットから腕輪を取り出し、渡す。


「うーむ…………」


 神父様はじっくりと腕輪を見ている。

 俺も改めて、腕輪を見ているが、ただの金属の腕輪にしか見えない。

 これを言ったら女神様に怒られそうだけど、安そうだ。


「どうです?」

「女神様の腕輪で間違いないな。これは女神様の使者が持つ腕輪だ」

「マジです? わかるんですか?」


 嘘くせーぞ!


「本当だ。実はな、そんなに珍しくなかったりする。たまに女神様が人間を使者に立て、戦争の仲裁なり、災害の復興の援助を国に要求したりする」


 でしゃばりな神だなー。


「やっぱり国も言うことを聞くんですか? その使者とやらが誰かは知りませんが、一国の王がどこの馬の骨かもわからんヤツのいうことを聞きますかね?」

「もちろん聞く。この腕輪は女神様の使者の証だ。いくら王でも女神様の指示には従う。これを無視すれば、どうなるか…………」


 滅んじゃうのかな?

 怖いわー。

 教会の権力が強いわけだわ。


「この腕輪は悪用されませんかね?」

「何を考えてるか知らんが、やめとけ。罰が下るぞ」


 うーむ、これを誰かに使命ごと譲るのは無理か。


「神父様はこの指示に従った方が良いと?」

「断るわけにはいかんだろ。貴様は祝福ももらっておるし」


 そこなんだよねー。


「ロストかー……イースよりも行きたくなかったのになー……」

「こうなっては仕方があるまい。バーナードに挨拶も行った方がいいし、レティシア様にも会ってこい」

「神父様はレティシア様をご存じですか?」

「いや、名前を聞いたことがある程度だ。会ったことはもちろんないし、噂もあまり聞かん姫君だな」


 うーん、10歳らしいし、神父様が会ったことがないのはわかる。

 でも、噂も聞かないのか…………


「叔母に似て、わがままぷーだったらどうしよう……」

「あんなのは例外中の例外だ。普通の王族は厳しく育てられる…………らしい」


 あんなのだってさ。

 気持ちはすごくわかるけど、俺の母親だよ……


「ロストまではどれくらいかかるでしょうか?」

「まず、バーナード家のある領地まで馬車で10日だ。そこから王都まで10日だな」


 20日……

 遠いなー…………


「父さんに頼もうかなー」

「リュウジ殿はロストに行ったことないはずだ」


 ダメか……


「ロストへは普通に行けるんです?」

「関所があるが、ヘイゼル嬢がいれば問題なかろう。普通にバーナード家の親に結婚の挨拶に行くと言えば、まず止められん。兵士だって、貴族は怖いからな。ここで止めたら下手をすれば首が飛ぶし。まあ、一応、私も一筆書いてやろう」


 やっぱり貴族は怖いんだなー。

 領主様の屋敷の門番の反応が普通なんだろう。


「ありがとうございます。準備ができ次第、出発します」

「うむ。まあ、貴様らは問題ないだろうが、気を付けてな。盗賊に襲われたらこの腕輪を見せろ。盗賊だろうがなんだろうが逃げ出す」


 盗賊も天罰が怖いのか……


「わかりました。もう一つお願いがあるのですが、私達がバーナード家に挨拶に行くことを先に手紙で伝えていただけませんか? 向こうもいきなり来たらビックリされるでしょうし」

「確かにそうだな……わかった。私が手紙を出しておく」

「感謝します」

「女神様の使命についても伝えておくからバーナード家の当主に王家への紹介状をもらえ。あそこの家は王家からも信任が厚い家柄だからスムーズに事が運ぶだろう」


 あー…………だから伯爵家なのにヘイゼルが公爵家に嫁ぐ話があったのか。


「私というか、母のことは言わない方がいいですかね?」

「うーむ…………言わない方がいい気もするが、貴様の判断に任せる。レティシア様に会えだけで、いまいち、使命の内容もわからんしな。今のロスト王は私も何度も会ったことがあるが、暗君ではないし、話の分かる御方だ。歓迎されることはあっても、悪いことにならないと思う…………多分な」

「多分です?」

「20年以上前のことだしな…………」


 そらそうか……

 神父様は誰かさんのせいで、ずっとロストには帰ってないらしいな。

 まあ、そのおかげでフィリアと一緒になれたんだけど。


「まあ、状況に応じて対応したいと思います。騙すのも嘘をつくのも得意ですので」

「頼もしいような不安になるようなことを言うなー…………貴様らはこの町の住民権を得たか?」

「昨日、領主様にお願いしました」

「うむ。ならば問題はないだろう。他国の者を無下にはできんからな。それがバーナード家の娘と教会の娘ならなおさらだ」


 あいつらがいれば安心か…………


「わかりました。その辺のことも踏まえて行動します」

「うむ。では、早急にバーナード家への手紙と私の紹介状を書く。貴様らも準備をしろ。急いでる風ではなさそうだが、こういうのはさっさと片付けるべきだ」

「承知しました。お願いします」


 俺は神父様にお願いをすると、家に戻った。

 家に戻ってもフィリアとヘイゼルはまだ戻っていなかったので1人で待つことにした。


 うーん、これは断れんし、行かないといけないだろうな。

 占い的にも幸不幸はともかく、行かないといけないと出ている。

 まあ、ヘイゼルは嫌がるだろうが、嫁の親に挨拶に行くのは当然だろう。 

 問題は母というか、自分のことだ。


 俺はこうなってしまっては自分の親のことについて、バーナード家の当主であるヘイゼルの父とロスト王には伝えておくべきだと思っている。


 女神様はレティシア姫に会えとだけ言っていたが、俺には大体の想像はついている。

 間違いなく、巫女関連である。

 多分、レティシアは巫女候補なのだろう。


 俺の未来視には精霊を扱う金髪の少女が見えているのだ。


 女神様が言っていた使命を教えれば運命が変わるという言葉。

 おそらく、俺にそれを伝えれば俺が断ると思ったのだろう。


「確かに巫女なんて関わりたくないが…………」


 何かの事象には必ず理由がある。

 俺のスマホに転移のアプリをインストールさせたのはこのためか……


「俺がフィリアとヘイゼルと一緒になったタイミングで啓示だもんなー……」


 最初だったら絶対に断っていたはずだ。

 異世界のことに興味はない。

 たとえ、母親の責任を取れと言っても無視する。


 だが、このタイミングなら断れない。

 俺はフィリアとヘイゼルの3人で幸せにならなければならないのだから。


「チッ! 慎重というか、こざかしいというか…………」


 微妙にイラつくのは使命の難易度がそこまで高くないこととヘイゼルの親に挨拶に行けという言葉だ。

 難易度が高ければ、俺の両親のように嫁2人を連れて、あっちの世界に逃げる手もある。

 だが、そこまでの危険がある使命ではない。

 そして、ヘイゼルの親に挨拶に行くのもまあ、そうだなと思う。

 だから断れないし、まあいっかーって思ってしまう。


「上手いタイミングで取って付けたかのような良い言い訳を出してきやがったか……」


 母さんはこれが見えていたんだろうなー。

 ハァ……まあ、仕方がない。

 行くか……

 後はヘイゼルのご機嫌だなー。

 ちょっと気が引けるが、久しぶりに騙すか…………


 俺がどうしようかねーと思っていると、フィリアとヘイゼルが帰ってきた。


「あ、リヒトさん、先に帰ってきてたんだ。ただいまー」

「ただいまー」


 2人は帰りの挨拶をすると、ソファーに座っている両隣に座った。


「おかえり。どうだった?」


 俺はフィリアに商売の結果を聞く。


「言われた通り、洗髪剤セットを金貨100枚で売ったよ。あと、ガラスのコップを1つ金貨500枚で2つ売ったね。鏡は考えさせて欲しいって言われた」


 すげー!

 コップが1000万円になった!


「…………やばいな」

「さすが日本製だよ」

「私、あのやりとりを見てて、私の水晶玉がいくらになるんだろうって思っちゃった」


 水晶玉は特にヤバそうだな……

 完全な球体のガラスだもん。

 いや、ガラスじゃねーけど……


「まあ、よくやった」

「ありがと。そっちは? おじいちゃんは何て?」


 俺は神父様の会話を説明し、ヘイゼルに両親からの手紙を渡した。


「なるほど。やっぱ行かないとかー」

「断るのは難しいし、そこまで難易度も高くないと思う」

「まあ、ヘイゼルさんの実家に挨拶にいった方が良いことは確かだもんね」


 だよなー。


「………………あんたさ、手紙に何を書いたの? お母様がめっちゃ興奮してんだけど…………」


 両親の手紙を読んでいたヘイゼルが顔を上げる。


「前に言っただろ。俺がいかにお前のことを愛してるかをめっちゃ大げさに書いた」

「えー…………ますます帰りたくなくなってきた……」


 よし、騙すか!


「ヘイゼル、俺は皆から祝福される家庭を築きたいと思っている。女神様もフィリアのじいちゃんも祝福してくれた。もちろん、手紙の通り、お前の両親も祝福してくれている」

「まあ、そうね」

「だからこそ、きちんと挨拶をしたい。さすがに両親の顔合わせはできないが、お前の両親に会い、お前をもらう許可を直接もらいたい」

「別にいいのに…………」


 ヘイゼルがちょっと頬を赤く染めた。


「義両親に挨拶をしたい気持ちがあるんだよ。公爵家のおっさんよりも俺の方で良かったと思わせたいんだ」

「いや、絶対にあんたの方がいいって…………」

「だろー? それを伝えに行くんだよ」


 俺はそう言って、ヘイゼルの手を取り、恋人繋ぎをする。


「まあ、あんたがそう言うなら……」

「任せとけって」

「まさか実家に帰る日が来るとはなー…………」

「別に長居するつもりもないよ。レティシア様に会うのに紹介状をもらうんだ。その辺のことも併せて神父様がアポを取ってくださる」


 俺だって、いくら義両親とはいえ、貴族の家に長居したくないわ。


「問題はどうやって行くかよねー。リヒトさんとヘイゼルさんは馬車を嫌がるし」


 俺がヘイゼルを説得すると、フィリアが空いている俺の右手に恋人繋ぎをしながら言う。


「そうなんだけど、歩きはもっと嫌だし、馬車かねー」

「ヘリコプターを買いなさいよ」


 無理に決まってんだろ…………


「買えても運転できねーわ。馬車での移動ってどんなんだ? 以前のゲルドとこの町に来たみたいな感じ?」

「あれはゲルドさん個人の馬車だよ。普通は乗合馬車っていう、まあ、あっちの世界で言うバスみたいなのがあるの」

「私はそれでこの町に来たわね。狭くて最悪だった」


 人が荷物なわけか。


「個人で馬車で行くのは?」

「馬車を買うか、誰かに借りるしかないね。誰も貸してくれないと思うけど」


 まあ、誰だって貸さんわな。

 他国に遠出ならなおさらだろう


「買うのはいくら?」

「うーん、まあ高いよ? それに維持費もかかる」

「帰ったら売ればいいじゃん」


 買い叩かれるかもだけど、しゃーない。


「あんたは絶対に馬を可愛がって売れないわよ。結局、無駄に飼うことになると思うわ」


 そうかもー……


「じゃあ、乗合馬車一択か?」

「だと思う。私も個人で行って、疲れたらあっちの世界で休憩すればいいかなと思ったけど、そうなると馬車の扱いに困る。置いておくわけにもいかないし、あっちの世界に連れて行くわけにもいかない」


 さすがにあっちの家に馬はきついわ。


「乗合馬車ねー…………20日も馬車暮らし?」


 きっつ……


「いや、町ごとに乗り換えだから町で滞在して、あっちの家に帰ればいいよ。休み休みに行く感じ。まあ、ちょっと時間はかかるけどね」

「私もそれでいいと思う。馬車で泊まるのは変わらないけどね。板の上は嫌だからテントでも買いましょうよー」

「テントでもいいん?」

「基本、泊まりは雑魚寝だけど、家族やパーティーで固まることもあるわよ。やったことないけど」


 でしょうねー。


「そんな感じかー。向こうに1回戻って、そういった道具を買った方が良さげだなー」

「そうだね。テントの中なら他の人に見られることもないし、好き勝手しよー」

「私は敷布団を持っていきたいわ。私の収納魔法に入れておけばいいし」


 その辺を詰めていくか……


「今は…………昼前か」


 時計を見ると、時刻は11時30分だ。

 向こうに帰れば朝の5時30分。


「帰る?」

「ちょっと早いけど、帰るかー」

「そうしましょう。私、お風呂に入りたい」


 俺達はちょっと早いが、旅の準備も兼ねて、あっちの世界の家に帰ることにした。

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