第082話 啓示


 領主様の依頼である領主様の叔父の家宅捜索を終え、領主様の屋敷に戻ってきた俺は悪そうな笑みを浮かべているフィリアと呆れ切っているヘイゼルを連れて、家に帰った。

 まだ交渉を終えてはいないが、今日は一度、帰ることにしたのだ。


 俺達はソファーに座りながら今日の出来事を話すことにした。


「交渉はどんな感じ?」

「うーん、そこなんだけど、ふっかけようと思えばできそう。でも、相手が領主様だからねー…………」


 フィリアが気にしているのは領主様がケチっていう意味ではなく、お偉いさんなところだろう。


「あんま心象の悪いことは避けた方がいいか?」

「正当な交渉だし、恨まれことはないよ。むしろ逆で、恩を売った方がいいんじゃないかなーと」


 権力者にすり寄る方向なわけね。


「今、どれくらい?」

「1セットで金貨300枚と100枚で争っている。最終的には220枚で売ろうかと思ってた」


 ぼったくるなー……


「フィリアが全部で1000円ちょいなものを金貨300枚って言った時にびっくりしたわ」


 ヘイゼルがまだ呆れている。

 ヘイゼルは貴族で魔法使いだからこの商人の感覚がわからないのだ。


「フィリアは2000円弱の砂糖を金貨600枚で売ったんだぞ」

「あー……そうだったわね。ふっかけすぎでしょ」

「ヘイゼルさんはあの砂糖の価値がわかんないんだよー。それくらいの価値があるものなの」

「…………前にあんたがケーキを作ってくれた時、砂糖を大量に入れてたけど、あれ、いくらになんのよ?」


 すげー高いと思うな……

 贅沢だわ。


「まあ、それはそれ、これはこれだよ。それでどうする? 商人に売るわけじゃないし、領主様もそこまでの量を求めているわけじゃないっぽいよ?」


 転売ではないわけか。


「個人で使う量が欲しいんですって」


 交渉現場で話を聞いていたヘイゼルが補足説明をしてくれる。


「自分用か?」

「いや、あれは献上する気ね。もっと上の貴族が王族に献上する気よ。その見返りに何かを求めるんでしょ」


 そういえば、前にフィリアが王族や貴族が飛びつくって言ってたもんなー。


「フィリア、洗髪剤セットは金貨100枚で売っておけ。ついでに、鏡かガラスも買わないか営業しな」

「洗髪剤は恩を売るようにして、そっちで儲けるわけね?」

「そうそう。今日の仕事で領主様は金貨5000枚を手に入れた。今なら財布の紐も緩いだろうし、洗髪剤はさっさと片付けて、そっちを高値で売ろう」

「わかった! 確か、商売用に買ったやつがあったわね! 明日、行ってくる!」


 お金のことになると、テンションが高くなるなー……


「ヘイゼル、悪いけど、フィリアについていってもらえる? 俺は明日、神父様のところに行ってくるから」

「いいけど、神父様?」

「お前らと写真を撮ったじゃん。あれを神父様に渡してくる」


 この前、フォト婚のアルバムを取りにいったのだが、フィリアの写真を神父様に渡そうと思い、焼き増しをお願いしていたのだ。


「あ、それがあったわね。教会には行きたくないからフィリアについていくわ」

「私もヘイゼルさんにはついてきてほしいし、そうして」


 フィリアも貴族の対処ができるヘイゼルがいてくれた方がいいのだろう。


「じゃあ、明日はそうしよう…………フィリア、もう4時過ぎたけど、大丈夫か?」

「あ! もうこんな時間か! じゃあ、ごめんけど、私は出てくる。遅くはならないけど、晩御飯は任せるよ」

「大丈夫よ。私がカップ焼きそばを作るから!」


 ほぼお湯を入れるだけなのにヘイゼルちゃんは得意げに言うなー……


「こっちは大丈夫だから。アンナによろしく」

「わかった! じゃあ、行ってくるねー」


 フィリアは慌てて家を出ていった。

 今日の夜はフィリアとミケでアンナを祝うのだ。


 理由はアンナが想い人にプロポーズされて了承したからである。

 まあ、占いの通りだし、良かったねと思うわ。

 ミケが拗ねそうだけど…………


「ご飯までどうするー?」


 ヘイゼルが聞いてくる。


「魔法の勉強、トランプ、酒を飲む、お前の部屋に行く。どれがいい?」

「うーん、リヒトが選んでー……」


 ヘイゼルはそう言って、身を寄せて、上目づかいで見てきた。


「じゃあ、お前の部屋かなー?」


 俺はそう言いながらヘイゼルを抱きしめた。


「仕方ないなー……」


 ヘイゼルは口ぶりとは裏腹に嬉しそうに俺の背中に腕を回す。


 直後、ドアが開いた。


「忘れ物ー! …………って、はえーよ! 私が出て、すぐかい!」


 あわわ。

 浮気現場っぽいシチュ!


 俺とヘイゼルはすぐに離れ、フィリアに弁明した。





 ◆◇◆




 フィリアはまたすぐに出かけたので、俺とヘイゼルはコソコソとヘイゼルの部屋に行った。

 ちょっとテンションが下がったけどね。


 夜になると、カップ焼きそばを食べ、ソファーでお酒を飲む。

 しばらくすると、フィリアも帰ってきたので3人で乾杯をした。


「どうだった?」


 俺は3人の飲み会について聞く。


「アンナが幸せそうだったから良かったよ。根掘り葉掘り聞いた後にミケがやけ酒を飲んでた」


 すげー想像がつくなー。


「アンナは冒険者を続けんの?」

「だねー。当分はミケとやるってさ」


 まあ、あの2人は強いらしいから大丈夫か。


「アンナに聞いたけど、リヒトさん、えらい親身に相談に乗ってたんだねー」

「お前やミケ、あとゲルドもだが、世話になったからなー。お前らと初めて会った時はこっちの世界に来たばっかりだったからマジで助かったわー」


 今、冷静になって思うと、1人でこの町に来れたのか疑問だ。


「あー、めっちゃ怪しかったことを覚えてる。うさん臭さがやばかった」

「わかるわー。私も『なんだ、この詐欺師?』って思ったもん」


 ひっで。


「フィリアは蛇を巻いてて変だったし、ヘイゼルちゃんは騙しやすそうなカモだなーって思ったわ」

「おいコラ、誰がカモだ」


 お前だ、カモゼル。


「ケンカしないでよー。どうせ、さっきまで仲良くしてくせにー」


 してたけどね!


「そういや、アンナの旦那って知ってる?」

「あー、それね…………アンナを迎えに来たからさっき見たよ。リヒトさんがひがむ筋肉さんだった」


 何となくそうだと思ったわ。

 アンナって、絶対に筋肉マッチョが好きそうだもん。


「ところで、なんで言いよどんだの?」

「ミケがね…………私の時を引き合いに出して、お前も旦那が迎えにくるのかってひがんでた。見せつけてんのか! だってさ」


 猫ちゃん、荒れてるなー……


「今日、領主様にも腹立たしいって言われたけどさ、やっぱ結婚したいもんなん?」

「そりゃそうでしょ。当たり前じゃん」


 やっぱりそうかー。

 領主様をからかったらマジで首が飛びそうだな。


「というか、あんた、なんで領主様に腹立たしいって言われてんのよ」

「3人で幸せですって言ったら笑顔で言われた」

「あんた、怖いことを言うわね……」


 やっぱり?


 俺達はそのまま3人で飲み続け、いい時間になると、フィリアの部屋で3人仲良く寝ることにした。


 領主様には悪いけど、やっぱ3人で幸せだわー。





 ◆◇◆




 ここはどこだろう?

 俺はまるで雲の上で寝ているかのような感じがしている。

 視界に入ってくるのは白い色だけ。

 他は何も見えない。

 身体を動かすこともできない。


 なんだこれ?

 …………いや、夢か。

 俺はフィリアとヘイゼルに挟まれて寝ているはずだ。

 こんな雲の上っぽいところでは寝ていない。


 え? もしかして、天国?

 俺、死んだ?

 腹上死?


『いいえ、違います』


 違うのか……

 そりゃそうか。

 じゃあ、夢か。


『夢ですね』


 でしょうねー。

 いや、誰?

 フィリアの声でもヘイゼルの声でもない。


『お酒、美味しかったです』


 あ、女神様だ。


 俺はお酒で理解した。

 俺はフィリアとヘイゼルとの結婚の儀式で女神様へのお供え物として、缶酎ハイを捧げたのだ。


 その節はありがとうございましたー。

 おかげで幸せですー。


『良かったですね。私も嬉しいです』


 女神様は良い御方だなー。

 では、私は妻のもとに帰りますね。


『返しませーん。話はここからです』


 ですよねー。


『あなたにお願いがあるのです』


 やっぱそれかー。

 あると思ったわ。


『ロストに行ってください』


 嫌です!


『あ、祝福を取り消したくなりましたね』


 やっぱ行きまーす。


『うんうん。家族と幸せになるのが一番ですよ』


 はーい。

 それでロストというのは?


『ロストのレティシアという者に会ってください』


 レティシア?

 女の名前っぽいな……


『女性ですね。まだ10歳の少女です』


 へー……

 会ってどうすれば?


『会えばわかります』


 えー……

 教えてくださらないんですかー?


『あなたの言うところの教えれば運命が変わってしまうのです』


 ホンマかいな……

 その子はどこの誰なんです?


『ロストの王都にいます。あなたの従妹ですね』


 …………お腹が痛くなってきたなー。

 絶対にお姫様やんけ。


『まあ、そうとも言いますね』


 あのー、いくらなんでもお姫様には会えなくないですかね?


『頑張ってください。あなたを選んだのはそれができそうだからです。まあ、手助けはしておきます。あなたにこれを授けます』


 どれ?


『あ、夢でしたね。起きたら枕元に置いておきます』


 サンタですか?


『ふふっ。サンタさんはあなたのお母様ですよ?』


 知ってる。

 ゲーム機を買ってくれた。


『ふふっ。あのわがまま姫も人の親になったんですねー…………まあ、それはいいです。では、頼みますよ。期限は特に設けませんが、あまり時間をかけない方が良いでしょう。あ、ついでに奥さんの実家に立ち寄るといいですよ』


 母さん、女神様からもわがままって思われとるし……

 …………わかりましたー。


『では、お幸せに』


 女神様がそう言うと、俺の視界が闇に変わっていく………zzz。

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