第080話 母親のせいにすれば、深く突っ込んでこなくなるから楽
こっちに戻ってきた日は依頼と予定を決めると、まったりと過ごした。
その翌日、朝に起きた俺は隣でスヤスヤと寝ているフィリアを起こすと、ヘイゼルを起こしにいく。
相変わらず、寝起きの悪いヘイゼルだったが、そこそこの期間を一緒に過ごせば、起こすのも慣れたものである。
俺が軽いセクハラをすると、すぐに起きたわ。
もうちょい寝てても良かったけどね。
ヘイゼルを起こし、フィリアが用意してくれた朝ご飯を食べると、俺達は準備をし、町の中央にある領主様の屋敷を目指す。
「そういえば、もう危険はないのよね?」
歩いていると、ヘイゼルが聞いてきた。
「占いによると、もう大丈夫っぽい。騎士団は…………まだいんのかね?」
俺はそういえば、護衛のヤツらはどうしたんだろうと思い、フィリアに聞いてみる。
「もう護衛はしてないよ。護衛をしてくれてたらしい昔からの知り合いの騎士様に聞いたけど、新婚のヤツらを護衛するとか見てるだけで幸せそうだから腹が立つって怒られた」
その騎士様、女だろ。
しかも、独身。
「優しくしてやりな」
「したんだけどね。勝者の余裕か?って言われた」
騎士様、落ち着け……
「と、とりあえず、もう大丈夫ならいいわ」
以前、フィリアに待たせすぎると刺すって脅されたが、この世界の女は結婚への意識が強いなー……
俺は改めて、フィリアとさっさと結婚して良かったーと思いながら領主様の家に急いだ。
領主様の家に着くと、ヘイゼルの背中をそっと押して、前に出し、門番に挨拶をさせる。
「ごきげんよう。領主様はおられるかしら?」
「はっ! 少々、お待ちください!」
門番はヘイゼルに聞かれると、背筋を伸ばし、敬礼した。
そして、屋敷の方に走っていく。
「なんで私を前に出すのよ!」
ヘイゼルがプンプンと怒る。
「いや、見りゃわかんだろ。以前もだったけど、あの門番は完全にお前にビビってる。こっちの方が早い」
誰だって、明らかに貴族っぽいヤツに不敬を働きたくない。
ましてや、高慢ちきなしゃべり方をする魔法使いなんて怖すぎる。
あ、俺は好きだよ。
「もう貴族じゃないのになー」
「まあいいじゃん。おかげで早いんだからさ。ほら」
俺がヘイゼルを前に促すようにすると、門番がヘイゼルのもとに戻ってきた。
「お待たせしました。領主様がお会いになるそうですので、お通りください」
俺達は門番に通されたので、門をくぐり、建物を目指す。
すると、建物の前には初老の執事が立って待っていた。
いつも領主様の隣にいるロニーである。
「皆様方、よくぞいらしくれました」
執事が深々と頭を下げる。
俺がヘイゼルの背中を押そうとすると、逆にヘイゼルが俺の背中を押してきた。
俺が対応するのね……
まあ、家長らしいから仕方がない。
「お久しぶりです、ロニー殿。領主様は?」
「応接室におられます。こちらです…………あ、改めまして、結婚おめでとうございます」
執事は屋敷の扉を開けながら俺達を祝ってくれた。
「ありがとうございます。ただただ、女神様に感謝です」
「奥様への感謝も忘れてはなりませんぞ」
せ、先輩……!
めっちゃ良いことを言う!
「お前ら、感謝だわ」
「わかったから」
「家で言いなさいよ」
それもそうだな。
ソファーで言おう。
「どうぞ、お入りください」
執事は俺達のやり取りに苦笑し、招き入れてくれた。
そして、前回も来た応接室とやらに入る。
応接室では領主様が立って出迎えてくれた。
「ようこそ。わざわざご足労頂き、申し訳ございません」
「いえ、領主様も忙しいでしょうし、お呼び頂けたらすぐにでも駆けつけます」
「そう言ってもらえると助かります。どうぞ、お座りください」
俺達は領主様に勧められたので座る。
領主様も座られたが、執事のロニーは扉付近で立ったままだ。
俺は一番のじいさんを立たすのは気が引けるなーとチラッと見ると、置かれている物の配置が変わっていることに気が付いた。
ツボの位置も変わってるし、絵が増えてる……
俺の言うとおりに部屋を変えたな……
「あ、部屋のアドバイスをしてくれたそうで、ありがとうございます」
俺の視線に気付いた領主様がお礼を言ってくる。
「いえいえ。たいした幸運ではありませんよ」
「私の部屋も見てもらおうかしら?」
あんたの部屋に男が入ったらマズいだろ。
だからヘイゼルに仕事を頼んでるんだろうに。
「大丈夫ですよ。この屋敷に暗雲が立ち込めておりません。不幸はないです」
「まあ! 本当ですか!? それはよかった!」
「まあ、詐欺師の戯言と思ってくださいよ」
「いえいえ! この前、あなたの占い通りに二日酔いになりましたよ」
それは占わなくてもわかるだろ。
自明の理ってやつ。
「ご自愛ください」
「たまにですよ」
ホンマかいな……
「領主様」
執事がコホンと咳ばらいをし、領主を諫める。
「わかってます。まずは先日の件を謝罪させてください。私のミスでした」
先日の件とは領主様の叔父が俺とヘイゼルに刺客を送った件だろう。
「その時にも言いましたが、お気になさらずに。神父様のおかげで特に危険もなかったですし」
俺はチラッとヘイゼルを見る。
「ええ。私達はケガもしていませんし、問題ありません」
「そうですか……とはいえ、危険にさらしたのも確かですし、御三方の祝福の儀を邪魔したのも確かです。ロニー」
「はっ!」
執事さんはいつの間にか持っていた袋を俺に渡してくる。
重さは…………まあ、いいか。
「特に危険もなかったのに恐縮ですよ」
とはいえ、返す気はない。
「でしたら祝い金と思ってください。改めまして、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
まあ、前にももらった気もするが、こう言われると断れない。
ありがたく、いただいておく。
「それと依頼を受けてくださるそうで……それについても、ありがとうございます」
「いえいえ。早速ですが、やりましょうか? すぐですので」
「すぐですか…………それは頼もしい。あ、いえ、その前に確認なんですが、リヒトさんとヘイゼルさんが定住するらしいと冒険者ギルドのルーク様に伺いました。まことでしょうか?」
あー……ガラ悪マッチョが言っておいてくれたのか。
「そのつもりです。昨日、3人で話し合ったのですが、フィリアはこの町の人間ですし、私達もここから動く気もないです。だったら定住した方がいいとだろうと結論付けました」
「まあまあ! それは私としても非常に助かります。でしたら手続きはこちらでしましょうか?」
そういえば、手続きとか全然知らんな。
日本だったら役所に行って書類を提出だろうけど、こっちはわからん。
「よろしいのですか?」
「かまいませんよ。そういうのも私の仕事ですし、やっぱやめたって言われる前にこちらで処理します」
心変わりはしないから大丈夫だが、領主様的には確実が欲しいのか。
「でしたらお願いします。領主様にはお世話になっていますし、これから住む町がより良いものになるように夫婦で頑張っていきたいと思います」
「ありがとうございます。何かあったら頼ってください。領民は私の子であり、守るべきものです。それが前領主である私の父の教えです」
立派な親父さんだったんだなー。
この町に来たのは正解だった。
「よろしくお願いいたします」
俺は頭を下げた。
「お任せください。それで依頼でしたね…………それもお願いしたいのですが、実はもう一つ依頼ではなく、お願いがあるのです」
「何でしょうか?」
「リヒトさんの奥方様は大変におきれいだと思います」
急に何を言い出す?
あんたも美人やで。
「ええ……まあ、はい。ありがとうございます。自慢の妻です」
「ふふっ、幸せそうでうらやましい限りです。実は奥様方の髪質が気になっておりましてね。とても香油で出せるものではありません」
あー、調度品じゃなくて、そっちできたかー……
領主様も女だしなー。
「そうですね……こちらの物ではなく、私の故郷の物なんですよ」
「やはりそうですか…………どこで入手したのかを聞きたかったんですが…………」
さて、どうしようか。
シャンプーなどの洗髪剤は消耗品だ。
いつまでも売るわけにはいかないし、どうするべきか…………
よし! 母さんのせいにしよう!
「実は結婚する際に母から妻達に贈られたものでしてね…………量もそこそこあるし、頼めば送ってくれると思うのですが、やはり妻への贈り物ですので私からは何とも…………」
「えーっと、お母様からの贈り物ですか? え? 送る? どうやって?」
「さあ? 私もよく知りません」
「…………いや、でしたらリヒトさんは元の世界に帰れるのでは?」
帰れるよ!
というか、帰ってるよ!
「さあ? 私はこの地で家庭を持ちましたので、その辺のことはどうでもよくて…………あと、何を考えているかわからない母ですし…………」
ぜーんぶ、王族の巫女様が悪いんだぞ!
「そ、そうですか。まあ、親の心子知らずと言いますもんね」
それは意味がちょっと違うと思うぞ。
「うーん、洗髪剤ですかー…………フィリア?」
俺は商人のフィリアをチラッと見る。
「領主様、私はこの町で生まれ育ち、領主様には感謝しております。しかし、義理の母にもらったものを簡単に譲るわけには…………」
訳:いくら出すんや?
「もちろんタダでとは言いません」
訳:安く譲れや
「そうですか…………うーん、すぐに結論が出せる話ではないですね」
訳:ふんだくってやるぜ
「その辺のことはロニーに任せようと思っております。ロニー、頼みます」
訳:守銭奴の相手はしたくない
「…………かしこまりました」
訳:嫌だなー
「フィリア、ヘイゼル、その辺の話をロニー殿としてくれ。俺は家宅調査の仕事をしてくる」
商売のことはフィリアに任せよう。
ブレーキ役にヘイゼルを置いておけば大丈夫だろう。
「わかった」
「了解」
フィリアとヘイゼルが了承する。
「そうですね。では、私達は家宅調査の仕事に参りましょうか。ロニー、後のことは任せます」
「…………かしこまりました」
うーん、執事さん、あからさまに嫌そうだなー。
気持ちはわかる。
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