第079話 幸せはここにあるのだよ


 俺はフィリアとヘイゼルと結婚した。

 日本の戸籍上はしていないが、親から承諾を得たし、女神様から祝福ももらった。


 祝福の儀式をしたあの日から数週間が経ち、俺達は今、日本の家で晩御飯を終え、いつものソファーに座り、お酒を飲んでいる。


 結婚をした後、俺の両親がマンションとやらに引っ越し、この家を譲ってくれたので、家を自分達用に模様替えをした。

 と言っても、リビングなんかは変わらない。

 2階にある3部屋をそれぞれの部屋にしたのだ。


 フィリアは元俺の部屋を自分の部屋にし、ヘイゼルは母親が私物を置いていた部屋を研究部屋として使っている。

 俺は両親の寝室だった部屋を自分の部屋として使うことになった。


 とはいえ、俺は自分の部屋で寝ることはあまりない。

 新婚だし、夜はフィリアとヘイゼルのどっちかの部屋にいく。

 自室で寝るのは3人で寝る時くらいだ。


 正直、部屋をまともに使っているのは魔法の研究や錬金術をしているヘイゼルくらいなもので、俺やフィリアは基本、リビングでぐだぐだ過ごすことが多い。

 いや、フィリアは家事をしているからぐだぐだより働いているか…………


 ぐだぐだしてるのは主に俺だけ。

 16歳と17歳の女を娶り、侍らせ、働きもせずにソファーで酒を飲んでいる。

 人生の勝者であり、世界で一番幸せなのが俺だろう。


「しかし、働いてねーな…………」


 この数週間、まったく働いていない。

 金儲けという意味では、あっちの世界に行くたびに氷を金貨10枚で売っているから収入はある。

 でも、これは労働ではない。


「仕方がないよ。色々やんないといけないしさ」


 フィリアが本日、何杯目になるかもわからない缶酎ハイを飲みながら自分の左手を見る。

 フィリアが見ている左手の薬指には指輪がはめられている。

 当然だが、結婚指輪だ。


 よく考えたら結婚を申し込むためのネックレスは買ったが、結婚指輪は用意してなかった。

 あっちの世界にはそういう風習がないらしく、フィリアとヘイゼルから要求してこなかったが、俺がこっちの世界の結婚観を説明し、買いにいこうよと誘うと上機嫌でついてきた。

 指輪をはめた2人はたまに嬉しそうに自分の左手の薬指を見ている。

 俺の左手の薬指にもはめられているし、俺もたまにじーっと見たり、無駄に触ったりするけどね。


 俺達はこの数週間でこういった物の用意や家の整理などをしていたのだ。


「そろそろ働く? 私的には研究とか魔法士ギルドの仕事もあるからどっちでもいいけど」


 ヘイゼルは指輪を見ているフィリアを見て、自分の指輪をニマニマと見ていたが、顔を上げて仕事の提案してきた。

 この場合の仕事とは冒険者の仕事である。


「うーん、このままだと、ヒモっぽいし、そろそろやるかー」

「ヒモってことはないけどねー。ただ、掃除している時にちょっかいをかけてくるのはダメ男っぽいけど…………」


 掃除機をかけている若妻の後姿を見たら抱きしめたくなるもんだろ。

 お前の腰のラインがえっちなんだよ。


「あー、わかる。私が魔法の論文を書いていると、邪魔してくる」


 お前が髪を上げて、うなじを見せつけてくるのが悪い。

 覗き込むと、論文とやらが見えないくらいに膨らんでる胸部がえっちなんだよ。


「こらこら。交互に俺を責めてくるんじゃないよ。傷ついちゃうだろ」

「絶対に傷とかつかないじゃん」

「別に責めてるわけじゃないしね」


 ホントか?

 お前ら、影で俺をディスってないだろうな?


「まあいいか……明日、あっちに戻ったらギルドに行って、仕事を見てくるかー」

「そうしよっかー」

「そろそろ再開しないと、ガラ悪が怒るしねー」


 ガラ悪マッチョは怒らない。

 あいつは同士だから…………


 あいつからのアドバイスの『どっちかに偏ったらダメだぞ』は非常にいいアドバイスだった。

 女は自分との回数と別の女との回数を数えるらしい。

 そして、根に持つらしい。

 ソースは自分だってさ。


「じゃあ、明日は朝に戻ってギルドに行こう。そんでもって明後日に仕事をしようぜ」

「りょーかーい」


 酒を飲んでいるフィリアが上機嫌に同意する。


「よっしゃ……私の活躍の時がようやく来た…………」


 君、洗い物を手伝おうとして、皿を割ってクビになったもんね…………




 ◆◇◆




 翌朝、俺の部屋で起きた俺達3人は風呂に入り、朝食を食べると、あっちの世界に戻る準備を始める。

 準備と言っても、着替えて、あっちに持っていくものをヘイゼルの収納魔法に入れるだけだ。

 そして、今回は念願のカーペットを持っていく。

 あっちの世界の家に敷く用のものである。


 実は3人でこの家に住み始める時に家具屋に行って、ベッドなどと共にカーペットも購入したのだが、フィリアとヘイゼルが話し合って決めた色のカーペットの入荷に時間がかかっていたため、このタイミングとなったのだ。


「触って持っていくぞーって思えばいいんだよね?」


 準備を終えたフィリアがカーペットその1に触りながら聞いてくる。


「そうそう。持たなくてもいいってわかったのは何気にでかい」


 俺はカーペットその2を触りながら答えた。


「地味にこれも重いしね。まあ、私のソファーは何だったのかっていう話になるけど……」


 ヘイゼルもカーペットその3を触っている。


 リビング用とフィリア、ヘイゼルの部屋用の3つがあるのだ。

 これを持つのは相当にきつい。

 でも、父親から触れて持っていくという意思があればいいと聞いたので今回は楽ちんである。


「じゃあ、行くぞー」

「おー」

「この家を持っていくって思ったらどうなるのかしらね?」


 やめろ、ポンコツ!


 俺は頭が良いけどバカなヘイゼルちゃんに呆れながらもアプリを起動し、画面を見る。

 そして、目の前が光に包まれ、白くなった。


 視界が元に戻ると、元ヘイゼルの家で現我が家その2に到着した。

 もちろん、3人の手の先にはカーペットもある。


「じゃあ、カーペットを設置しないとね。ちょっと掃除しておくから2人はギルドで仕事を決めて来てよ」


 フィリアが役割分担を提案してくる。


「掃除?」


 そのまま敷けばよくね?


「カーペットを敷く前に床をきれいにしないとさ。いくら素足でも汚れてるだろうし」


 そんなもんかねー?


「でも、カーペットは重くない? 1人で大丈夫?」


 ヘイゼルが心配そうに聞く。


「いや、敷くのはさすがに手伝ってよ」

「じゃあ、帰ってから手伝うよ」

「だなー」


 持てないことないし、敷くこともできるだろうが、さすがに手伝おう。


「仕事は任せるよ。まあ、討伐とかはしないだろうしね」

「さすがにな…………久しぶりだし、慣れたのを選んでくるわ」

「そうね。そうした方がいいでしょう」


 採取か調査だろうなー。


 俺とヘイゼルは掃除をフィリアに任せ、家を出ると、冒険者ギルドに向かった。

 時刻は昼の2時過ぎなため、当然、他の冒険者はいない。

 まあ、いつものことだ。


 俺とヘイゼルはまっすぐガラ悪マッチョがいる受付に行く。


「よう。久しぶりだなー」


 ガラ悪マッチョが鼻をほじりながら俺達に挨拶をしてきた。


「色々とやることがあってなー」

「まあ、それはしゃーねーよ。誰だって、その時期は忙しいし、ゆっくりするもんだ」


 やっぱり他の人もそうなのか……


「明日からぼちぼち仕事を再開しようと思ってな。何かいいのない?」

「あー……その前に話がある。お前ら、定住すんの? フィリアはこの町の出身だから当然、ここの住人だけど、お前らの扱いは旅人だぞ?」


 そういえば、それがあったな……


「その辺がよくわからんのだ」

「まあ、説明してやってもいいが、領主様に聞いた方がいいな。実は領主様が謝罪と謝礼をしたいからって、お前らを呼んでる」


 領主様の叔父のやつか。


「呼んでんの? 聞いてないけど…………」


 赤紙か招待状くらいくれればいいのに。


「新婚のお前らが忙しいのはわかってるんだから領主様も気を使ったんだよ。落ち着いたら伝えてくれって言われてたんだ。ついでに定住もしてほしいし、お願いもあるんだと」


 なるほどね。

 まあ、この町から出る気もないし、定住しても構わない。

 どうせ、日本にも家あるし。


「ちなみに、お願いってなんだ?」

「知らね。でも、フィリアは連れて来てほしいってさ。どうせ二度手間になるからって」


 フィリア…………修道女ではなく、商人の方だな。

 ということは何かを売ってほしいわけだ。

 領主様と執事は俺達の家に招いたことがあるし、その時に色々と観察していた。

 何か欲しいものがあったのだろう。


「わかった。じゃあ、早めに行くわ」

「そうしな。そこでお前らにちょうどいい依頼がある」


 ちょうどいい?


「何だよ」

「依頼主は領主様。とある屋敷の調査だってさ」


 見えた……

 領主様の叔父の別邸の調査だわ。

 というか、すでにわかっちゃった。

 領主の叔父の執務室に隠し金庫があって、そこに横領か何かの隠し金貨がある。


「成功報酬は見つけた分の半分とかになんないかな?」

「もう見つけたのね…………」


 ヘイゼルが呆れたように言う。


「残念。依頼料は固定だな。金貨5枚で目的の物を見つけたら倍だってよ」


 チッ!

 その成功報酬の500倍の金貨があるのに。


「まあ、ついでだし、めっちゃ楽な仕事だからそれを受けるわ。ヘイゼルもそれでいい?」


 もう場所もわかってるし。


「そうね、どっちみち、領主様の所に行かないといけないし」


 フィリアも文句はないだろう。

 というか、商売チャンスだし、よくやったって言ってくれそう。

 よし、今日はフィリアと一緒に寝よ。


「じゃあ、明日、領主様のところに行ってくるわ」

「頼むわー」


 俺達は領主様の依頼を受けることにして、この日は家に戻った。

 家に帰ると、フィリアがすでに掃除をし終えていたので、3人で協力して、各部屋にカーペットを敷いていった。

 その後、俺達は無駄にカーペットに寝転んだりしながら時間を過ごし、夜になった。


 晩御飯も食べ終えると、ソファーでまったりと過ごしながらフィリアに依頼や領主様の話を説明した。


「…………というわけで、領主様の依頼を受けるでいい?」

「いいよ。危なくないだろうし、確かに定住した方がいいよ。住民税がかかるけど、そんなに高くないしねー」


 前にも同じようなことを誰かから聞いたな。


「定住すると良いことがあるのか?」

「まず、補助が出るから家が安く買えるね。例えば、この家って、買うとしたら金貨1000枚ってゲルドさんが言ってたけど、領主様から補助が出るからもうちょっと安く買える。まあ、何年以上住むこととか条件があるけどね。あと、行方不明とかのピンチになったら領主様が軍を出すね」


 結構、まともなことをしてるな。


「そんなにしてくれるの? 珍しいわね」


 貴族だったヘイゼルもちょっと驚いている。


「領主様はこの町を大きくしたいんだよ。この町は北に行けばエスタ、東に行けば海、南に行けば王都だもん。人も多く通るし、お金も落ちる。そして、西の大森林の恵みまである。だからアルトの発展こそが領主様の最大の目的なんだよ」


 だから人が必要なのか……

 補助までして、人の定住を促しているのだ。

 そら、俺やヘイゼルみたいな特殊な技能を持つ人間を繋ぎとめようとするわけだわ。


「なるほどねー。まあ、お前と結婚した時点で定住はほぼ決まってはいるんだけどな。ヘイゼルは?」

「私もそう。この家を借りた時から考えてたし、結婚したからねー。実家も出たし、どうせ、仕事するならエーデルだからこの町がいい」

「じゃあ、そうしようよー。私はこの町の生まれだし、当然、住民権を持ってるけど、あるのとないのとでは信頼もダンチだよ」


 俺、詐欺師という認識だし、あった方が良さげだな。

 というか、フィリアからすると、自分は定住してるのに、旦那と嫁2号が定住してないって良くは思わない気がする…………


「じゃあ、その辺のことも領主様に報告するか……歓迎はしてくれるだろ」

「そうね。それがいいと思うわ」

「うんうん。おじいちゃんも喜ぶよ」


 なんかこのまま定住しなかったら脅される未来がちょっと見えたわ…………


「それと、フィリアも来てほしいっていうのは何だと思う?」

「私を呼ぶってことは何かを売ってほしいってことだと思う。どれかな?」


 俺達3人はリビングを見渡した。


「…………いっぱいあるね」

「…………揃えたもんね」

「…………異世界に見えん。マジでどっかのロッジだわ」


 今日、ソファーとカーペットまで設置したし、完全に避暑地の別荘だわ。


「まあ、聞いてみましょうよ」

「そうだね。売るのだったら任せといて!」


 さすがは守銭奴だぜ!

 頼もしい!

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