第078話 その鏡は銀貨数枚で買えるよ
神父様に祝福の儀を行ってもらい、晴れて夫婦になった俺達3人は領主様から襲撃の事情も聞き、安心して家に帰った。
領主様の叔父一味は全員捕らえたという話だし、あの調査の依頼の余波による俺とヘイゼルの危険も完全になくなったと思っていいだろう。
俺達は家に帰ると、ソファーに座り、ふうっと息をついた。
「昨日今日と疲れたねー」
右隣に座っているフィリアがだらけた感じで言ってくる。
「だなー」
「リヒトのご両親に挨拶をして、写真を撮って、こっちに戻ってきて顔合わせ。そして、祝福の儀だもん。しかも、それに襲撃も加わる。本当に濃い2日間だったわー」
確かに濃密だなー。
襲撃はマジでいらんかった。
「めんどくさい母親でごめんねー」
「そんなことないよー。楽しいお母さんだったじゃん」
「そうそう。明るくてね」
こいつらは良く言うのが上手だなー。
俺はひたすら神父様が苦労したんだろうなーとしか思わんかったわ。
「疲れたけど、無事に結婚できて良かったわ」
俺、マジで結婚したんだなー……
「結婚詐欺じゃなかったね」
「ホントホント」
フィリアとヘイゼルが俺を挟んで顔を見合わせているが、そんなわけねーだろ。
もし、結婚詐欺だったら俺はあの襲撃犯と同じ運命ですわ。
俺は神父様のヤバさを思い出し、思わず苦笑した。
「妻よ。こっちにおいで」
「どっちよ?」
「両方に決まってんだろ」
当たり前だ。
俺の両隣にいるフィリアとヘイゼルは俺の方に頭を預けてきた。
「一緒になってくれてありがとう。絶対に幸せになろうな」
「だねー」
「頑張る」
俺達はしばらくそうしていたが、フィリアが頭を上げた。
「今日の晩御飯は簡単なものでもいい?」
「いいよ」
「私に任せなさい!」
あ、晩御飯はカップラーメンになりました。
「よし! じゃあ、飲もう! 祝杯をあげよう!」
時計を見ると、まだ夕方の4時だったが、関係ないか……
「そうするかー」
「冷やすのは私に任せなさい!」
お前のさっきの頑張るってそれか?
俺達は3人で飲み始め、途中、カップラーメンを食べ、その後も飲んだ。
そして、3人で仲良く就寝した。
一応、初夜なのだが、誰かさんが弱いくせに飲みすぎたので普通に寝た。
まあ、これも幸せだろう。
◆◇◆
私はいつものように執務室で仕事をしている。
基本、承認のハンコを押すだけだが、まあ仕事だ。
私が一息つこうかなと思っていると、部屋をノックする音が聞こえてきた。
「誰だ?」
私は大きめな声を出し、ノックをしてきた人間に尋ねる。
「あなた、私です」
この声は妻のアメリアだ。
妻が昼間の執務室に来るのは珍しいことである。
「入れ」
私が入室の許可を出すと、アメリアが入ってきた。
手には手紙と白い箱のようなものをもっている。
「お仕事中にすみません」
アメリアが謝りながら近づいてくる。
「いや、休憩を入れようと思っていたところだから構わんよ。それでどうした?」
「ヘイゼルから手紙が届きました」
ヘイゼル…………
我が娘であり、この家を出た子だ。
「あいつから?」
「それとディラン様とリヒトという者からです」
ディラン殿か…………
それにリヒト…………
手紙の内容の想像はつくな。
私だって、たとえ家を出たとしても、娘がかわいい。
ましてや、ヘイゼルは末っ子でちょっとば…………いや、優秀ではある。
だからあいつがどこにいるかも調査しているし、何をしているかも把握している。
「そうか……見せてくれ」
「はい」
アメリアが私に手紙と共に謎の白い箱も渡してきた。
「ん? これは?」
「リヒトという者からですね」
ふむ。
贈り物かな?
ものの道理を分かっているのかもしれんな。
私はまず娘であるヘイゼルの手紙を読む。
内容は淡々として書かれているが、要はリヒトという者と結婚するということだ。
それに家出したことの謝罪と今まで世話になったことの感謝が述べてある。
「相変わらず、味気のない文を送ってくる…………」
ヘイゼルは昔からこうだった。
ヘイゼルが魔法学校に通っていた時もいくつか手紙を受け取っていたが、いつも硬い文章で淡々と書かれていた。
貴族の手紙はそれでいいのだが、家族に送る手紙はもっとくだけるものである。
でも、ヘイゼルは基本的に真面目な子なため、いつも硬い手紙なのだ。
それが寂しくもあったが、まあ、こういう子なのだと思っていた。
「ヘイゼルは何と?」
「ほれ、予想通りだ。結婚するんだと」
私はアメリアにヘイゼルの手紙を渡す。
アメリアがヘイゼルの手紙を読みだしたので、次にディラン殿の手紙も読むことにした。
ディラン殿の手紙ではヘイゼルの夫であるリヒト殿の人物の保証が書かれていた。
どうやら、ディラン殿の孫娘も同時に嫁ぐようだ。
「ふーむ…………」
私は途中まで読んで少し悩む。
「ディラン様は?」
「読め。リヒト殿は悪い人物ではないらしい」
私の調査では詐欺師と聞いていたが、誤報かな?
もし、リヒト殿が本当に詐欺師ならディラン殿が孫娘の結婚を賛成するわけないし、こんな手紙を送るわけがない。
私は最後の手紙であるリヒト殿の手紙を読もうと思い、手に取って固まった。
「あなた?」
「いや…………」
私はアメリアに一瞬、何と返せばいいかわからなかった。
リヒト殿の手紙は茶色の封筒に入っていた。
きっと安い封筒を買ったのだろうなと思っていた。
別にそれは問題ない。
リヒト殿は冒険者をやっていると聞いているし、平民だろう。
だから安い材質でも構わなかった。
だが、この封筒は絶対に安くない。
茶色いが、手触りがさらさらしすぎている。
とんでもない技術で作られた紙であることは間違いない。
「ディラン殿はリヒト殿について、特別なことを書いているか?」
私は途中でアメリアに手紙を渡したので最後まで読んでいなかった。
「異世界人らしいですね」
なるほど……
それでか。
この封筒はこの世界の物ではなく、異世界の物なのだ。
それなら納得だが、そんな貴重な物を使うとは……
私は正直、この封筒を破くのがもったいないと思ったが、これほど貴重な物を使ってまで送ってきた手紙の内容を見たかった。
私は封を破き、手紙を取り出した。
「手紙の方もか…………」
手紙は封筒と違い、白かった。
だが、紙の品質は封筒と同様にとんでもない高品質だった。
紙の品質に驚いたが、手紙の内容はもっと驚いた。
………………手紙にはびっしりとヘイゼルへの愛が書いてあったのだ。
「えー…………こいつ、小説家か吟遊詩人か?」
「どうしました?」
「えーっと、読め」
私は説明したくなかったし、とても最後まで読むのはきつかったのでアメリアに手紙を渡した。
「………………まあ………………あらあら………………きゃっ………………へー…………ほー」
アメリアはニヤニヤしながら手紙を読み込んでいる。
女はこういうのが好きだなー。
あのヘイゼルもこうやって口説かれたのかねー?
「どうだ?」
私はもう続きを読む気が起きないので判断はアメリアに任せることにした。
「素晴らしい若者だと思います」
ホント、女はこれだから…………
「まあよい。どのみち、ヘイゼルが決めたのなら反対はせんし、ディラン殿のお墨付きもある。私らがどうこう言うことではない」
ヘイゼルは絶縁状を送り、バーナード家から離れた人間だ。
私達にどうこう言う資格はない。
「それと、こちらの箱はリヒト殿からの贈り物ですね。直接挨拶が出来ない不義の詫びだそうです」
ふーむ……やはりか。
ディラン殿のアドバイスかもしれんが、礼儀は知っているようだな。
「しかし、これもか…………」
「ですねー……この紙は何です? つるつるしていますよ?」
アメリアに言われて、改めて箱を触ってみると、本当につるつるしていた。
こんな感触の紙は触ったことがない。
「発展した世界から来たのだろうなー」
「手紙の内容や質から考えて、中身は安物ではない気がします」
私もそう思う。
何ならこの紙が贈り物でも良かったくらいだ。
「アメリア、開けてもいいぞ」
「嫌ですよ。ご自分でどうぞ」
開けたくないなー…………
そうは思っても開けないといけないので、私は包装紙を慎重にはがしていった。
包装紙を剥がすと、紙でできた白い箱が出てきた。
「またすごいものが…………木ではない箱か……」
これは本当に紙か?
「この箱が贈り物ですかね?」
「自分でもそうじゃないことがわかっているだろう? 箱には中身があるものだ」
この箱は家宝にしようかな?
私は箱の蓋を持ち上げ、中身を見る。
アメリアもまた、中身を覗き込んだ。
「まあ! 立派な鏡…………鏡? え?」
中身を見て喜んでいたアメリアが固まった。
私も固まった。
箱の中に入っていたのは細かい紙のクズに包まれた鏡だった。
「これは鏡か? 私にはこの先にもう一つの世界があるように見えるぞ」
それほどまでに完璧な鏡だった。
傷はもちろん、曇りもない。
完全にこちらの世界を写し出す完璧な鏡だ。
「…………どうしましょう?」
「これを陛下に献上すれば、位が1つ上がるな…………」
「献上します?」
「娘の嫁ぎ先からもらった物をか? 恥もいいところだ」
バーナード家最悪の恥さらしになる。
しかも、こんな鏡ならなおさらだ。
「しかし、これは…………」
「わかっている。娘の対価としては高価すぎる…………」
まあ、あの手紙を見る限り、それくらいの価値があるということだろう。
…………あれがか?
いや、可愛い娘ではあるのだが…………
「どうしましょう? 黙っているわけには参りません」
「このレベルとなると、直接訪問し、挨拶をせねばならぬが…………」
貴族が国をまたぐのはマズい……
とはいえ、呼びつけるのもない。
この贈り物は直接挨拶ができないことへの侘びなのだ。
それなのに来いとは言えない。
「返礼品を贈りますか?」
「それもない。我が家にこれに匹敵するのもはないし、侘びとは言っているが、向こうはヘイゼルをもらう代わりにこれを渡してきているのだ。返礼品を返せば、結婚を認めないと取られる」
めんどくさいが、これが貴族なのだ。
「ならば、手紙を書きましょう」
「それしかないか…………」
結婚を認めること、娘を頼むこと、鏡や手紙の礼だな。
「一応、ディラン様にも口添えをお願いしては?」
「それだ! よし、手紙を書く。最高の紙を用意しよう」
「私も書きます」
「頼む」
ああ…………あの魔法バカのヘイゼルがとんでもない男を釣ってきてしまった……
多分、ディラン殿が関わっているということは他にも秘密があるんだろうなー。
「ちなみに、この鏡はどうします?」
「宝物庫だな。何だったらお前が使ってもいいぞ」
「絶対に嫌です」
私も嫌だ。
落として割ったら首をくくるわ。
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