第076話 やっぱりジジイは強キャラ


 俺の両親とフィリアの祖父である神父様の顔合わせはスムーズに進んでいる。


「ほう…………では、貴様らはこっちの世界とあっちの世界のどちらかに住むわけではなく、両方を行き来して生きていくわけだな?」


 俺が今後の生活を説明すると、神父様が確認してくる。


「そうですね。私は両親のように隠れる必要もありませんし、どちらかと決めるつもりはありません」

「わかった。まあ、その辺は3人で話し合って決めるといい」

「教会の方は?」


 大丈夫だとは思うが、不審に思われていないかの確認がしたい。


「特にない。フィリアの結婚の祝辞をいくつかもらった程度だ。まあ、そっち方面は私に任せて置けばよい」

「感謝します」

「うむ。顔合わせはこの辺でよかろう。元々、知っている2人だし、私としては姫様にお会いできただけで満足だ。もう思い残すことはない」


 だからあんたは死なないって。


「大げさねー。私の晴れ姿でも見る?」


 母さんはそう言うと、収納魔法からアルバムを取り出した。


「えー……持ってきてるし」


 そのアルバムは両親のフォト婚とやらのアルバムだ。


「何ですかな?」


 神父様はアルバムを受け取り、開く。


「どう? きれいでしょ? 若いでしょ?」


 おのれは必死か!


「お美しいですなー…………あのクソ生意気だった姫様がこんなに…………」


 神父様は目頭を押さえ、感動しているようだが、母さんは口元を引きつらせている。


「クソ生意気は余計だけど、私達が結婚した時のやつよ」

「前陛下や皇后様が見れば、さぞや喜んだでしょうに…………」

「あのわがままぷーが立派に……って感じかなー」

「リヒトちゃん、声に出てるわよ」


 あ、やべ。

 つい…………


「いやー、ありがとうございます。しかし、すごいですな。こんな精巧な絵にドレス。素晴らしいです」

「リヒトちゃん達も撮ってたから後で孫のも見せてもらいなさい。私より感動するんじゃない?」


 まあ、孫だしね。


「そうさせてもらいます。では、孫たちの新たな旅路の祝福をもらいにいきますかな」


 神父様はそう言って、立ちあがった。


「そうね。最も大事な儀式が残っているわ」


 立ちあがった神父様を見た母さんも立ち上がる。


「は?」


 神父様が母さんを見て呆ける。


「ん?」


 母さんはそんな神父様を見て、首を傾げた。


「えーっと、姫様、もしかしなくても、ついてくる気ですか?」

「当たり前でしょ。私の一人息子よ」

「あのー、ご自分の立場をおわかりで?」

「大丈夫! 私は捕まらないと出てるし!」


 そういう問題ではない。


「ディラン殿。迷惑をかけますが、少しの間です。最悪は私の転移で逃げますし、迷惑はかけません。僕達にとっても大事な息子なのです」

「うーむ、まあ、リュウジ殿がそうおっしゃるのなら…………」


 神父様が渋々、了承する。


「この扱いの差ってひどくない?」


 母さんがフィリアとヘイゼルに文句を言う。


「そ、そうですね」

「よ、よくないと思います」


 フィリアとヘイゼルはまったくそんなことを思っていないようで、声が上ずっている。


「母さん、そういうところがダメなんじゃね? 無理に味方を増やそうとすんなよ」

「ごめんなさいねー! じゃあ、もう何も言わない!」


 こいつ、早く帰んないかな?

 39歳の母親が拗ねるとか最悪だわ。


「ほら、母さん、行こう」


 父さんが手を差し出すと、母さんは手を取った。


「やはり私の味方はただ一人か…………息子はダメだし」


 あんたにダメって言われたくない。

 言っておくが、あんたの評価は今日で地の底だわ。


「では、教会に参りましょう。そう遠くはありませんので」


 神父様がそう言うので、俺達は家を出て、教会に行くことにした。


 家を出ると、合計6人の大所帯で教会に向かう。


「へー、アルトって、結構、大きいわねー」


 母さんが周囲をキョロキョロと見渡す。


「西の大森林から肉を始めとする素材が多く採れますからな。それに立地も良いため、貿易や商業で栄える町です」

「お前はなんだかんだ言って、良いとこに配属になったのねー」

「おかげさまで功績はありますからな」

「感謝なさい」


 この主従にツッコむのはもうやめておこう。


 俺達はそのまま歩いて向かっていく。

 たまに母さんと神父様が嫌味を言い合っているが、基本的には平和だ。


 俺達が歩いてちょっとすると、教会が見えてくる。

 あそこで俺はフィリアとヘイゼルと夫婦になる。

 幸せの絶頂期だろう。


 だが、どうしてだろう?

 非常に嫌な予感がする。


 俺は懐に手を伸ばし、サイレンサー付きの銃を取り出した。


「リヒト君?」


 父さんが銃を取り出した俺を不審そうに見てくる。

 そして、俺達が立ち止まると、前から大勢の人間が現れてきた。

 そいつらは風貌的には冒険者のようだ。


「母さん、言えや、ボケ!」


 こいつは絶対に知っていた。


「もう何も言わないって言ったし」


 言ってる場合か!


「チッ!」


 俺は敵が剣を抜いたのを見ると、銃を構えた。


「なんだ、こいつら?」

「え? 誰?」


 父さんとフィリアが男達を見渡す。


「姫様の客ですかな?」


 神父様は冷静そのものであり、母さんに聞く。


「そんなわけないじゃない」


 俺もそう思う。

 だって、こいつらは俺とヘイゼルを見ているからだ。


「ヘイゼル、こっちに来い!」


 俺はヘイゼルを自分の後ろに下げた。


「ふーむ、なるほど。あのバカの差し金か…………」

「心当たりがあるの?」

「ちょっと息子さんとヘイゼル嬢が問題に巻き込まれてましてな。ここの領主が対応するはずだったんですが、どうやらあの小娘は爪が甘かったらしいです」

「つっかえないヤツねー」

「いや、優秀ではあるんですがね…………」


 神父様と母さんはこの状況でもいつもと変わらない。


「母さん、下がれって」


 俺は前にいる母親に下がるように言った。


「大丈夫だって。今日の私達は大吉そのもの。私が何も言わなかったのは問題なんて起きないから。ただ、見えるのは愚か者が7人ほど死ぬ光景だけ」


 敵の数は…………7人だ。


「我が騎士よ。私の行く先を阻む愚か者を始末しなさい」

「引退した直後にこれか…………」


 神父様は実にごもっともなことを言いつつも、先ほど授かった剣を抜いた。

 俺も銃を構えたままだし、ヘイゼルも杖を構える。

 フィリアは危険がないと出てるし、最悪は父さんが転移で逃がしてくれるだろう。


 俺達は神父様を先頭に敵7人と対峙する。


「不要だ。これからの祝福をもらう者達が血に汚れてはいかん」


 神父様は構えた俺とヘイゼルにそう言うと、姿が消えた。

 いや、普通にいる。

 神父様は一気に踏み込んで7人のうちの1人に剣を突き刺していた。


「クソが!」

「やれ!」


 神父様に刺された男が崩れ落ちると、残った6人は怒号を上げながら神父様に斬りかかった。

 しかし、神父様は剣を引き抜くと、大きな声を出している男の胴体を真っ二つに斬る。

 そして、それに怯んだ男に踏み込み、首を刎ねた。


 7人いた襲撃犯はあっという間に4人になった。


「強すぎん?」


 俺はすぐ後ろにいるヘイゼルに聞く。


「巫女となる王族の騎士に選ばれた御方よ。ロストで一番強い騎士が選ばれるに決まってるじゃない」


 ひえー。

 あのじいさん、マジで怖い人だった。

 そら、隊長にもなるし、権力も持ってるわ。


「それにしてもさー。60前のじじいだぞ」

「ホントね……たとえ、寝たきりになっても、私達よりは強いでしょうね」


 確かに銃を持っても勝てる気せんな。


 俺がこれで安心だと思う反面、フィリアに対して誠実にしておいて良かったーと思っていると、残っている4人のうち、2人が神父様に同時に襲いかかった。

 しかし、1人の男は腕を落とされ、もう1人は肩口を切られると、そのまま倒れる。


 残っている2人はお互いの顔を見合わせると、俺達に背中を見せ、走っていった。

 神父様はそんな2人を無視するように剣の血を布で拭うと、剣を収める。


 俺が追わなくてもいいのかなーと思っていると。逃げている男2人の頭に矢が生えた。

 そして、物陰から2人の男が出てくると、倒れた2人を確認し始めた。


「騎士団です?」


 俺は神父様に聞いてみる。


「そうだ。元々、貴様らを護衛しておったヤツらだ。もっとも、教会の前でこんな騒ぎを起こせば、どのみち出張ってくるがな」

「げっ! 騎士団!?」


 母さんが嫌そうな顔をする。


「姫様、ご安心を。あれらは私の部下ですので、どうとでもなります。それよりも…………」


 神父様はそう言って、俺達の後方を見た。

 俺達も神父様の視線に釣られて、後方を見ると、馬に乗った兵士が10人以上おり、その後ろに馬車が見えた。

 その一行はこちらに向かってきている。


「何あれ?」


 母さんが神父様に聞く。


「ここの領主です。私が話しましょう。姫様は絶対にしゃべらないでください」


 ホント、黙っておけよ。

 面倒を起こすな。

 あんたはすぐに帰るのかもしれないけど、俺らはここに住んでいるんだぞ。


「わかったわよー」


 母さんが大人しく後ろに下がり、領主一行が俺達の近くまで来ると、馬に乗った兵士たちが下馬した。

 そして、奥の馬車も止まり、中から美人な領主様と初老の執事が降りてくる。


 領主様と執事は馬車から降りると、まっすぐ俺達の所にやってきた。

 そんな2人に対し、神父様が前に出て対応する。


「貴様ら、ここがどこかわかっているのか? 教会だぞ。兵を連れてくるとはケンカを売っているのか?」


 ひえー。

 先ほどの瞬殺劇を見ているから余計に怖い。


「もちろん、そのようなことはございません」


 領主様はすぐに否定する。


「では、なんだ? まあ、こいつらだろうがな」


 神父様は倒れて動かなくなっている襲撃犯を見た。


「左様です。私の手違いにより、このようなことが起きてしまいました。神父様及びリヒトさんとヘイゼルさんには謝罪をしたいと思っています」


 領主様は申し訳なさそうな顔をしている。


 なお、そんな領主を支えるはずの執事は俺達の後ろを見て、呆然としていた。

 もちろん、見ているのは俺の母親だ。


 うーん、結構な年齢の人だし、知っているのかもなー。


「ロニー、どうしましたか?」


 さすがに領主様も不審に思い、執事に尋ねる。


「あ、いえ、なんでもありません」

「そうですか……? えーっと、ちなみに、その御二方はどちら様でしょう?」


 領主様は執事の視線に気づき、俺の両親を見て、聞いてきた。


「領主様、こちらは私の両親です。今、フィリアの祖父である神父様と顔合わせをしていたところです」


 俺は隠してもしゃーないので素直に説明した。


「え? リヒトさんって、異世界人では?」

「お、お嬢様!」


 領主様が疑問を浮かべていると、執事が止めてくる。


「急に何ですか? それに領主様と呼びなさい」


 発言を遮られた領主様は当然、怒った。


「領主様、事情の説明と謝罪はすべきですが、今はやめましょう。見る限り、これから御三方は教会で女神様から祝福をいただくのでしょう。これを邪魔するのはたとえ、領主であろうと、王であろうと許される行為ではありません。私達は外で待機してましょう」


 その間に領主様に説明するのね。


「あら? そうなのですか?」


 領主様が俺を見て、聞いてくる。


「その通りです。神父様主催で祝福の儀をして頂きます」

「まあまあ! それは素晴らしいことです! わかりました。この者達の片付けはこちらでしておきますので、どうぞ、女神様にご報告と祝福を頂いてきてください」


 領主様は嬉しそうに俺達に祝福の儀をしてくるように勧めてきた。


「そうさせてもらおう。では、ロニー殿、後はお任せしましたぞ」

「はっ!」


 神父様が執事に後のことを任せると、執事はこれでもかというぐらいに背筋を伸ばした。


 やっぱ怖いんだ…………

 わかるわかる。


「では、私達は教会に入りましょう。こちらです。あ、姫様、そこに段があるのでこけないように」

「こけるわけないでしょ!」


 神父様って、さり気にディスるんだよなー。




 ◆◇◆




 リヒトさん達は教会に入っていた。

 私はそれを見届けると、兵士達に死体の片付けを命じ、ロニーと共に馬車に入った。


「いやー、めでたいですね。祝福の儀とは良いことです」


 この町出身のフィリア嬢はともかく、リヒトさんとヘイゼル嬢がこの町に居ついてくれるのは実に喜ばしいことだ。


「そうですね……」


 ロニーは元気がない。

 疲れ切っている。


「ロニー、あなた、少し変よ? 何かあった?」

「そうですな……説明をせねばなりません」


 何を言っているんだろう?

 ついにボケた?


「何ですか?」

「後ろにいた女性をご存じですか?」

「金髪の方ですか? リヒトさんのお母様では?」


 多分、そうだろう。

 雰囲気が似てる。

 胡散臭いところが特に。


「あれはソフィア様です」

「うん?」


 ソフィア様?

 聞いたことがあるわね…………


「巫女のソフィア様です」

「………………は?」


 何を言っているの?

 やっぱりボケた?


「私は昔、直接、イースでお会いしたことがありますので間違いありません」

「ちょっと待って! ソフィア様は行方不明のはずでは!?」

「ですな。でも、いましたな」


 そういえば、ディラン様が最後に姫様とか言っていた。

 ディラン様が仕えるお姫様はただ一人…………


「……マズくない?」

「……マズいですな」


 世界のお尋ね者じゃないか…………


「教会は…………そうか、ディラン様か……」


 ディラン様はソフィア様と同じロストの出身でソフィア様の騎士だ。


「心臓が止まるかと思いましたな」

「他の町の教会に言う? 金貨10万枚が手に入るわよ」

「おやめなさい。ソフィア様の未来視の前には無力です。そして、ディラン殿に恨まれ、殺されます」

「さすがにそこまではしないんじゃない? 一応、私も軍を持った領主よ」


 教会だって、手を貸さない。

 ならば、そんな無謀なことをしないだろう。


「あの御方はやります。ロスト一、いや、この大陸一の剣の使い手と呼ばれた御方です。我らでは相手にならんでしょう。それに、この歳になればわかりますが、死期が近くなると、やり残したことは限られます。ディラン殿は騎士の務めを果たすでしょう」


 これだから騎士とかいう連中は…………


「まあ、よしましょうか……金貨10万枚を手に入れるよりもデメリットが多そうです」


 たとえ、勝てるとしても、ディラン様を失うわけにはいかない。

 私にはまだあの御方の後ろ盾が必要なのだ。


「それがよろしいかと」

「そうね。リヒトさんはどうしましょう? ソフィア様のご子息ということはロストの王族では?」

「お嬢様の得意技である都合の悪いことには目をつぶるでいきましょう」


 まあ、よくしてるけど、その言い方はどうなのかしら?


「そうね。私は何も知らない。たまたま、ウチの領地に占いが得意な人が住んでいる」

「さようです。有効活用の方向でいきましょう」

「わかったわ。この領地に巫女はいらない。今、必要なのは、あの髪の秘密を手に入れることです。敵はディラン様ではなく、あの守銭奴です! ロニー、頑張んなさい!」

「どっちみち、強敵ですなー」


 祖父が祖父なら孫も孫ね……

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