第075話 騎士って大変なんだな……
フィリアが祖父である神父様を呼びに行っている間、ヘイゼルがご自慢のお茶を淹れてくれた。
ヘイゼルのお茶は相変わらず、いい香りがして美味しい。
なお、椅子が3つしかないことを完全に失念していたため、両親をテーブルに着かせ、俺とヘイゼルはソファーに座っている。
「これ、美味しいわねー」
「ホント、飲んだことない味だし、すごく香りが良い」
両親も絶賛している。
「ありがとうございます。お茶が趣味なんです」
そうなの?
よく淹れてくれるし、飲んでるけど、趣味だったんだ。
「貴族らしいわねー。いい趣味よ」
「他があまりできなくて…………」
「わかるわー。裁縫とか全然できないし、ダンスとかマジで勘弁。お茶飲んでお菓子食べるのが一番よ」
貴族女子って大変なんだなー。
俺達がお茶を飲みながらまったりしていると、扉をノックする音が聞こえ、玄関の扉が開く音がした。
「お待たせしました」
フィリアがそう言いながらリビングに戻ってくると、フィリアの後ろにはフィリアの祖父である神父様がおられた。
俺はソファーから立ち上がると、神父様の前まで行く。
「神父様、腰が悪いところをご足労いただき、誠にありがとうございます。本日は私の両親を紹介したいと思っております」
「うむ。貴様にもらった湿布はよく効くな。だいぶ良くなったぞ」
「それは良かった」
「リヒトちゃんさー、その真面目さを昨日にも出してほしかったわ」
お前らなんかどうでもいいわい!
俺は神父様をテーブルに着かせようと思っていると、神父様はまっすぐ母さんのところに歩いていく。
そして、まるで騎士のように片膝をついた。
「お久しぶりでございます、姫様。私もだいぶ歳を取ってしまい、わからないかもしれませんが、ディランです」
神父様は顔を伏せたまま、挨拶をする。
騎士っぽいなと思っていたが、よく考えたらマジで騎士だったわ。
「顔を上げなさい、ディラン」
ウチの母親が偉そうな口ぶりで声をかけた。
「はっ!」
神父様が顔を上げると、母さんは神父様の顔をじーっと見る。
「確かに老けたわね」
「20年以上経っておりますので」
「そうね。しかし、お前は相変わらず、失礼。“も“はいらない。私はまだ若い」
無理無理ー!
アラフォーやんけ!
俺、神父様に1票だわ。
「し、失礼しました!」
「悪気がないのはわかるので許しましょう。笑っている我が子は絶対に許さないですが……」
母親がそう言うと、全員が俺を見る。
注目を浴びた俺は頑張って、笑みを消した。
「姫様が行方知れずになり、心配をしておりましたが、元気そうで何よりでございます」
「巫女なんかをやっている時よりもずっと元気よ。あんなものは私に相応しくありませんでした」
いや、あんたが相応しくなかったんだよ。
こいつ、マジでわがままぷーなお姫様だったんだなー。
知ってる?
まさかの俺の母親だよ…………
「いや、それはどうかと思います。あなた様ほど才能に溢れた御方はおりません」
「嫌なものは嫌なのです。父が行けと言うから行ったらあの様です」
「前陛下は国のことを考えてですな…………」
「この歳になってまで、お前の説教を聞きたくありません!」
殴ってもいいかな?
家庭内暴力をしてもいいかな?
「申し訳ありません」
「相変わらず、まったく申し訳ありませんと思っていない顔ね。ムカつく」
ムカつくのはお前じゃい。
傲慢と自己中だわ。
さすがはお姫様(39歳)。
「ディラン…………いくつになりました?」
母親が真面目な顔をして聞く。
「もうすぐで60になります」
「そうですか…………あの美人の奥様は?」
「家内は数年前に…………」
「そう…………あのイケメンは…………ん? ああ…………リヒトちゃんが送ったのね」
フィリアの父親かな?
俺が成仏させてやった。
「どうやらそのようで…………」
フィリアにしか言ってないんだけど、神父様は知っていたらしい。
まあ、フィリアが言うか……
「時が経つのは早い……20年はあっという間でした」
「ですな」
「ディラン……我が騎士よ。お前に敬意と感謝を与えます。そして、謝罪をしましょう。お前は私に忠義を捧げた。だが、私はそれに報いることができなかった。王族の責務も巫女としての仕事もすべて放棄した。これは愚かであり、恥ずべきことです」
自覚はあったのか…………
「いえ、そのようなことは…………」
「ディラン、お前は何故ここにいる? 故郷のロストに帰ればいい」
「………………それは」
あんたのせいやで。
「お前は立派な騎士です。強く、忠誠心もある。きっと国に帰れば出世もできたでしょう。だが、帰らなかった。それは……私のせいでしょう」
「姫様がリュウジ殿と姿を消し、私はあなた方の捜索隊に加わりました。だが、私はあなた方を見つける気はなかった。正直に言いますが、私はあなた様が巫女に向いているとは思えなかったのです。確かに精霊との親和性も高かったし、未来視はすごかった。だが、それだけです。あなたはもっと自由に生きるべき人でした。それに反対したのが私です。私は前陛下の命に従い、あなた様を巫女に縛り付けた。私は国に忠実な臣下ではありましたが、あなた様の騎士としては失格です」
神父様が自責の念を抱いた言葉を紡ぐと、母さんが椅子から立ち上がった。
そして、神父様の頭を触る。
「お前は立派な騎士です。誰が何と言おうが……お前が自分で認めなくても、お前は立派な我が騎士でした。ディラン…………お前に我が剣を与えましょう」
母さんがそう言うと、手の中に立派な剣が現れた。
「…………私にそのような名誉を受け取る資格はありません」
「私はお前の意見など聞いていない。お前はただ私に従い、これを受け取るだけだ。それともロストの恥さらしの剣は受け取れませんか?」
やっぱ恥なんだ…………
「…………なあなあ、あれは何?」
俺はヘイゼルにそっと近づき、耳打ちをする。
「…………王族が臣下に剣を与えるのは信頼の証よ。要は武器を持って自分の傍にいてもかまわないってこと。たとえ、切られても後悔しないっていう意味ね」
めっちゃ重いし……
「もったいなきお言葉…………」
「ディラン……我が騎士よ。お前に剣を授けますが、お前が私の傍にいる必要はもうない。私には命をかけて私を守ってくださる人がいる。私はその人と生き、その人と死んでいく。それが私の人生。女神様も祝福してくださった私の人生です」
母さんがそっと父さんの肩に触れた。
「おめでとうございます」
「ディラン……私はお前に剣を授けると同時に騎士の任を解きます。今まで苦労しかかけませんでしたが、お前はよくやりました。今後は私のことは放っておきなさい。どうせ、向こうで働きもせずに遊んでいるだけです」
「我が人生で姫様に仕えることができたのは最高の名誉であり、幸福であります」
騎士って大変だなー。
「受け取りなさい。お前もいい年です。騎士は引退し、適当に余生を過ごしなさい。私に仕える必要はない。もちろん、私の子に仕える必要もない。縁あって私の息子とお前の孫が結ばれました。これも女神様のお導きでしょう。私達はただそれを見守るだけです」
母さんはそう言って、剣を神父様に渡す。
「このような名誉を与えてくださったこと、あなた様に仕えてこれたことに感謝します」
神父様も感謝の口上を述べ、剣をうやうやしく受け取った。
うん、いい話だね。
わがままなお姫様に振り回された騎士様の話。
「はい、終わり。もう立っていいわよ」
母さんが手をパンと叩く。
「あー、腰が痛い。いくら湿布をもらっても、この歳であの体勢はきついですな」
神父様はスッと立ち上がった。
どうやら寸劇は終わったらしい。
「怖いわー。私もその足音が一歩ずつ近づいているもん」
たまーに、よっこらせとか言うしね。
「神父様、あちらにどうぞ」
母さんと神父様のけじめを終えたようなので、神父様に席に着くように勧める。
「うむ。では、失礼して」
神父様が俺の両親の対面に座ると、ヘイゼルがお茶を出した。
「神父様、ご存じでしょうが、改めて紹介します。こちらが私の父と母です」
「うむ。もちろん知っておる」
でしょうね。
これで初めましてとか言ったらボケ老人だわ。
「父さん、母さん、知っているとは思うが、フィリアの祖父であるディラン様だ。このアルトの町の教会で神父をやっておられる」
「うん。わかってるよ」
父さんが頷く。
「お前が神父っていうのはお似合いね。どうせ、いたいけな子供や修道女に説教でもしてるんでしょ?」
母さんが嫌味たっぷりに笑う。
「説教はしていませんね。誰かさんと違って、皆、素直な良い子です」
神父様も言い返した。
やっぱり思うところはたくさんあるようだ。
「ジジイになると、記憶が薄れるのかしらね?」
「いえいえ。まだボケておりません。20年前に姫様が私に対しておっさんとかジジイって言っておられたのをよく覚えています。おや? 姫様もその時の私と同じ歳になりましたな」
めっちゃ根に持ってるし。
「クソじじいが!」
「クソじじいですか……いやー、20年後が楽しみですなー。おそらく、私はこの世にはおらぬと思いますが」
「神父様、あなたはきっとまだ存命ですよ。あなたは長生きする」
一緒にクソババアって言おうぜ。
「良いことを聞きましたなー」
「私がすぐにでもそのロウソクの火を消してやろうか!?」
人に言われて嫌なことを言ってはいけません。
昔、母さんにそう教わったことを覚えている。
どの口が言っているんだろう?
「まあまあ。ディラン殿、お久しぶりです」
父さんは母さんを諫めると、神父様に頭を下げる。
「久しぶりですな、リュウジ殿。貴殿も元気そうで何よりだ」
「ええ。おかげさまで元気にやっております。この度は私の息子がお世話になったようで感謝します」
「いや、こちらこそ、孫が世話になった。長年の悩みを解決してもらって非常に感謝しておる」
わがままぷーなお姫様が黙っていると、スムーズに話が進むなー。
「悩み? 腰? どうせ噓でしょ」
あんたは黙ってろって言うに……
「最近は本当に腰がキツいんですよ…………いや、そのことではなく、孫のことです。この子は蛇の精霊に憑りつかれてましてな。大変だったのです」
「蛇……? いや、まだ憑りついているけど…………」
やっぱりわかるのかー。
「最初は外にいたんだよ。それを俺が中に入れたの」
俺は経緯を説明する。
「祓っちゃえばいいじゃん。殺さなくても追い払えば、どっかに行くでしょ」
「この蛇は金運を授けるという大変ありがたい精霊なんだよ」
神父様とフィリアは祓うのに非常に反対した。
両者の理由は違うけど。
「金運!? …………マジだ! すげー! 私も役立たずのウンディーネよりこっちがいい!」
お前、マジでロクな死に方せんぞ…………
ウンディーネちゃんが泣くんじゃね?
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