第071話 急な訪問
晩御飯にカップラーメンを食べた俺達はその後、お酒を飲みながら新しいソファーを堪能し、就寝した。
翌日、この日は仕事をしない完全なフリーな日と決めていたため、俺はリビングのテーブルでヘイゼルから魔法を教わっていた。
もちろん、家の中で魔法を放つわけにもいかないので座学である。
フィリアはソファーに座って、編み物をしている。
どうやらあっちの世界で道具を買って持ってきたらしい。
「俺、実技の方が好きだなー」
勉強だるい。
まあ、魔法は興味深いからまだ大学の講義よりはおもしろいけど。
「男子ってそうよねー。魔法学校でもそんなんだったわ。でも、ちゃんと理論を知っていないとダメなのよ。成長しないし、危ないもん」
どこの世界も男子はあまり変わらないらしい。
「俺がお前と同レベルになれてもその時はおじいちゃんのような気がする」
「あんた、頭が良さそうに見えて、結構、バカだもんね」
実はそう。
でも、バカだと誰も信用しないから頭が良い風に見せるのだ。
「勉強嫌いなんだよー」
「でしょうねー……」
ヘイゼルが呆れながらも勉強を続けていると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。
「ん? 客か?」
「私を訪ねてくる人がいる訳ないし、フィリアじゃない?」
地味に寂しいことを言うな……
なお、俺もな模様。
「ちょっと出るわ」
俺はフィリアが編み物中で手を外せそうにないのを見ると、立ち上がり、玄関に行く。
そして、玄関に行き、扉を開けると、そこには白いドレスを着た美人が立っていた。
「ごきげんよう」
何故かここにいる領主様はニコッと笑い、礼をする。
その後ろにはこの前見た執事も立っており、同じく礼をしてきた。
「ごきげんよう…………え? なんでいるの?」
「少々、お話がありまして…………少し、よろしいですか?」
えっと、この場ではマズいよな?
領主様だし……
「あのー、入ります? 招いていいのかわかりませんが……」
「未婚の男子の家に行くのはマズいですが、ここはヘイゼルさんのお宅でしょう? ロニーもいますので問題ありません」
あんな豪邸に住んでいる貴族様をこんな家に招くのは問題な気もするが、本人がいいというならいいか…………
「ど、どうぞ…………あ、ちょっと待ってくださいね」
俺は2人を招き入れると、すぐにリビングに戻る。
「どうしたの?」
「どちら様?」
フィリアとヘイゼルが慌ててリビングに戻った俺に聞く。
「領主様がいらっしゃった。ヘイゼルちゃん、お茶!」
「へ? こんなところになんで来るの!?」
「知るか!」
俺が聞きたいわ。
「と、とりあえず、お招きしてくる!」
フィリアが立ち上がり、玄関の方に行ったので、俺はテーブルの上にある魔法の教材を片付け始める。
ヘイゼルはお茶を淹れ始めた。
「ど、どうぞー」
俺が教材をまとめていると、フィリアが領主様とロニーを連れてやってきた。
「申し訳ありません、散らかっていまして」
「いえいえ。いきなり訪ねてきた私が悪いのです。あー、魔法のお勉強をしておられたんですね」
領主様が俺の持っている魔法の本を見る。
なお、領主様も執事も靴を脱いでいた。
「そうなんですよー。私はヘイゼルに師事をしていましてねー。その縁もあって、交流を深め、この度、一緒になることになったんですよ…………おい、領主様に靴を脱がせるなよ。失礼じゃね?」
俺は笑顔で領主様に説明すると、小声でフィリアを責める。
「…………いや、そのままでどうぞって言ったんだけど、自主的に脱がれたんだよ」
フィリアも小声で返してきた。
「お気になさらずに。こういう文化もあるのは知っています」
俺とフィリアがコソコソしていると、領主様はニコッと笑いながら問題ないアピールをしてくる。
「そうなんですか? あ、どうぞ……」
俺は客人である領主様と執事に座るように勧めた。
なお、この家は誰かを招くことを想定していないので、椅子が3つしかない。
ヘイゼルに座らせて対応しようと思う。
「失礼します。昔、学校で友人に聞いたんですよ」
「学校ですか?」
「ええ。私は王都の貴族学校に通っていたんですが、その時に異世界人の友人に聞きました」
異世界人、結構いるな。
「異世界人が貴族になったんです?」
「あー、その子は小さい頃に転移してしまったんですよ。確か、4歳とか5歳って言ってましたね。困っているところをとある貴族の方が引き取り、養子にしたんです。その貴族の方は子供がいませんでしたからねー」
4歳、5歳で転移はきついだろうなー…………
親もいただろうに…………
「それは何と言うか、お気の毒ですね」
「私もそう思います。とはいえ、明るい子でしたよ。養父も養母も良くしてくれるって言っていましたし、かわいがられているようです」
そら、良かった。
「その子から聞いたわけですか…………」
そいつ、日本人の可能性があるな。
…………うん、スルーしとこ。
可哀想だし、俺のスマホを使って、連れて帰れることもできるが、こちらのリスクがでかすぎる。
「ええ、ですので気にしないでください」
「わかりました」
「遅くなってすみません。お茶です」
ヘイゼルが自慢の高級ティーセットにお茶を淹れて持ってきた。
「ありがとうございます」
領主様と執事は礼を言うと、お茶を飲みだした。
「いいお茶ですねー」
「はい。南のサウスから取り寄せた物ですので」
「あなたは本当に良い趣味をしてますねー」
「恐縮です」
ヘイゼルがきれいに頭を下げたが、座らない。
「家主、座っていいぞ」
「あんたが座りなさいよ。家長でしょ」
あ、やっぱり俺が対応するのね…………
俺はヘイゼルに言われたので、持っている教材をソファーに置くと、領主様と執事の対面に座った。
「えーっと、それで用件は? 言われれば、こちらから出向きましたのに」
俺はソファーをジーッと見ている領主様に声をかける。
あんまりその辺を注目しないで。
あ、こら、執事! ポータブル電源をガン見するんじゃない!
「ええ。そうしたかったんですが、邪魔が入りましてねー。だからこうして出向いたわけです。アポなしですみません」
邪魔ねー。
間違いなく、あの叔父さんだろうな。
「それは構いませんが…………」
「それで用件なんですが、実は教会のディラン神父様より話を聞きました。どうやら今回の密偵事件は私の叔父が関わっているようですね?」
あー、やっぱりその用件かー。
「私は占い師に過ぎないので断言はできませんね。神父様と話をして、そんな感じがするなーとは思いましたけど」
元々そうだろうなーとは思っていたが、領主様の叔父さんの母がロストの人間っていうので確信した。
「正直に言いますが、私は確信しております。これまでも妨害はいくつもありましたし、叔父が私を害し、取って代わろうとしているのはわかっていますので」
というか、皆、想像がついてそうだな。
「さようですかー…………残念ですねー」
「ええ。本当に残念ですが、身内を断罪せねばなりません。しかし、問題があります」
まあ、これは想像がつくな。
「ロストですか?」
「その通りです。ロストは西の大森林を挟んでいるとはいえ、隣国です。ここが関わっているのならば、一貴族の判断で動くわけにはいきません。しかし、私はこれを国に報告する気もありません」
「やはり責任問題になりますか?」
「なります。ロストと戦争になれば、国家を揺るがす大騒動です。たかがお家騒動がここまで大きくなれば、私の首で収まればいい方です」
まあ、王様もキレるわなー。
「それで私に用件とは? 話をお聞きましても庶民の私に解決できる範疇ではありませんが?」
「占ってほしいのです」
領主様の隣に座っている執事はそう言うと、金貨1枚を取り出した。
「…………まさか、執事さんの初回割引きです?」
ドケチにもほどがあるだろう。
「やっぱりダメです?」
「ダメではありませんが、良識を疑います。自分の首、領民の生活がかかっている状況でそれをするのはちょっと…………」
引くわ。
「冗談です」
領主様がそう言うと、執事は残りの9枚を取り出した。
絶対に冗談じゃなかっただろうなー……
「それで何を占ってほしいので?」
「叔父とロストの繋がりはどの程度でしょうか?」
「深くないですよ。そもそも、その人にそこまでの権力がないのはあなたの方がご存じでしょう。きっと大森林で何かの騒動を起こし、注意を向けさせて、兵を派遣した所でクーデターを考えたのでは?」
これは俺の予想。
別に外れても問題ない。
「そうですか…………まあ、真意は直接聞きましょう。ロストが出てこないなら身内の争いで片付けます」
「そうしてください。まあ、あなたがここに来た時点で向こうから動きますけどね」
「そうなのですか?」
白々しい。
それが目的のくせに。
「きっと、叔父さんは焦っているでしょうね。私もヘイゼルも本当に何も知らないのに何かを掴んでると思っている。そして、あなたが動いた」
「なるほど。そうなっちゃいますね」
最悪、俺が何も言わなくても、向こうから手を出してくるのを待ってる作戦だろうね。
多分、兵の準備は整っているのだろう。
「あなたの今日の運勢は幸運と出ています。西区を通るとさらに幸運となります」
「それは良いことを聞きました! 今日は久しぶりにワインを開けましょうかしら?」
「明日は二日酔いで最悪と出ていますね」
「あ、そうですか……」
そうなんです。
◆◇◆
ヘイゼル嬢の家を出た私は執事であるロニーと共に馬車に乗り込んだ。
「西区を経由して帰ります」
「はっ!」
私が御者に指示を出すと、馬車が動き出した。
「手筈は?」
私は馬車が動き出したのでロニーに最終確認をする。
「整っております」
「なら結構」
これでようやく長年の膿を処分できる。
明日、二日酔いで後悔するのだろうが、関係ない。
今日は祝杯を上げよう。
私は昔からあの叔父が大嫌いだったのだ。
「お嬢様、あれは本当に占いなのでしょうか?」
ロニーは人前だと領主様と呼ぶが、2人きりだとお嬢様呼ばわりだ。
何度も咎めたが、直らないので諦めた。
「それ以上は議論をしてはいけません。ディラン様から釘を刺されています」
ただ、詮索するなと言われているだけだ。
それがどういう意味なのかわからなかったが、さっきの会話でわかった。
あれは未来視だ。
私だって、教会や巫女なんかに関わりたくはない。
スルーが吉だろう。
「…………かしこまりました」
ロニーも思うところがあるだろうが、ディラン様の名前を出せば黙るしかない。
ディラン様はそれほどに権力と力を持った御方なのだ。
「そんなことより、あの家をどう思いました?」
私は巫女なんて興味ない。
女神様は信じるが、自由国家であるこの国に巫女なんて関係ないのだ。
あの家にはそんなことよりも重要なことがあった。
「不思議なものがたくさんありましたなー。妙な椅子とか謎の黒い箱とか…………」
「あの椅子はちょっと欲しいわ。絶対に柔らかいわよ」
「でしょうなー」
「ねえ、ガラスのコップが置いてあったのは見た?」
普通に棚に置いてあってビックリした。
「ありましたなー。ものすごい透明度と精度でできたコップでしたね。しかも、ちょうど3つ」
そう、3つあったのだ。
1つでもいくら金貨を積めばいいのわからない物が3つもあった。
しかも、あれは飾っている物じゃない。
普段から使ってるやつだ。
頭がおかしいんじゃないかと思う。
「売ってくれるかな?」
他の貴族に自慢できるし、王家に献上すれば、私の株は一気に上がるだろう。
領土の拡充や大森林の開拓の許可も下りるかもしれない。
「敵はフィリア嬢です。オリバー殿が自棄酒を飲んでいた相手ですな」
それは私も聞いている。
砂糖をとんでもない額で買わされたって嘆いていた。
でも、オリバー様もそれ以上に儲かっただろうに…………
「何とか交渉しましょう。任せたわ」
「えーっと、私がですか?」
ロニーが嫌そうな顔をする。
「他にいません。あと、フィリアさんとヘイゼルさんの匂いをどう思いましたか?」
「非常に答えづらい質問ですな。嫁入りを控えた女性ですよ?」
あー……確かにマズいわ。
「この場には私しかおりませんし、あなたが奥さんを愛しているのは知っています。真面目な話なのです」
「……………………いい匂いがしましたな。香水とはまた違った香りです」
「髪は?」
「艶があり、美しかったと思います」
やはりロニーもそう思ったか…………
以前に仕事でヘイゼルがウチに来た時にも思ってはいたのだが、気のせいではなかったようだ。
何故なら、フィリアの方も輝いていた。
「結婚を控え、血色が良くなったとか、男を知って垢ぬけた可能性は?」
「さすがにはしたないですぞ?」
「私は本気よ」
ロニーは完全に呆れかえっているが、無視だ。
「…………そういうこともあるでしょうが、あれは違うでしょう。何らかの薬品かと」
「石鹸や香油であれは無理…………」
「ヘイゼル嬢の錬金術か……まあ、異世界の物と思うのが普通でしょうな」
「ロニー、いくら積んでも構わない。絶対に入手なさい。ガラスのコップより優先度は高いわ」
絶対に欲しい。
「期待はしないでください。私は商人ではありませんし、交渉事を仕事にしている訳ではありません。いっそ、オリバー殿を頼っては?」
「ダメ。商人ギルドを通せば他所にも回る。私はね、あれを使って今度の王家主催の夜会に出席するの。そうすれば、注目は私に集まる」
絶対に注目を浴びるだろう。
「自己顕示欲ですか?」
「バカね。そんなものに興味はないわ。いい? あんな髪をして、夜会に出てごらんなさい。絶対にあの王妃様が食いつくに決まってる」
王妃様はおしゃれが大好きな御方だ。
あの人は絶対に食いつく。
「なるほど…………献上ですか?」
「王妃様の覚えが良い女領主など、成功が約束されたようなものです。まあ、リヒトさんの名前を出すわけにはいきませんのでダンジョンから手に入れたということにしましょう」
そうすれば、ディラン様も文句は言うまい。
「欲をかくなと忠告されませんでしたっけ?」
商人ギルドで詐欺師で有名な占い師に言われたことだ。
「だから金を積むのです。等価交換なら文句はないでしょう。叔父の予算も抑えます。金庫の鍵も空けます。借金してでも絶対に入手しなさい。これは先行投資なのです」
「かしこまりました…………微力を尽くします」
「老骨に鞭を打って全力を尽くしなさい」
「…………絶対に欲をかいてますって」
かいてないから大丈夫!
数か月後、ある日の夜会で領主様が王妃様にチョークスリーパーを決められ、別室に連行されるのはまた別のお話…………
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