第067話 俺は身内が両親しかいない。でも、あとちょっとで過去形になる


 領主様の屋敷を出た俺とヘイゼルは教会に向けて歩いている。


「教会、やだなー……」


 教会嫌いなヘイゼルの足取りは重い。


「手紙を出すんだろ?」

「まあねー」


 ヘイゼルは両親に結婚の報告をするために手紙を書いた。

 俺も結婚の経緯や挨拶等を書いた手紙を用意している。

 この手紙を前に帰った時に買ったちょっと良い鏡と共に送るのだ。


 俺達の手紙や贈り物はフィリアのじいちゃんである神父様が送ってくれる。

 神父様も手紙にまあ、ウチの孫も嫁ぐし、良い人だから安心してねっていうようなことを書いてくださると思われる。

 多分ね。


「あんたは何て書いたの?」

「お前を褒めちぎっておいた。自分にはもったいないですーって感じ」

「見せて、見せて!」

「嫌だわ」


 誰が見せるか!


「えー、何て書いたのか教えてよー」

「めっちゃ褒めてるからダメ。赤面レベル」

「そんなに書いたの?」

「こういうのは多少なりとも大げさに書いた方がいいの。お前の親だって、不安だろうし。めっちゃ愛してます、一生大事にしますって書いてればいいの」


 多分、信じてくれるだろ。


「ふーん…………」

「この程度で顔を赤くするくらいなら見ない方がいいぞ」


 手紙ではもっと褒めちぎってる。


「愛されてるわー……ってかさ、あんた、あの兵士共がどこの所属か知ってたのね」

「まあなー」

「なんで今まで言わなかったの?」

「ロストだろうが、エスタだろうが、俺らには関係ないし、どうでもよかった。でも、占いを頼まれたらなー。しかし、たったの金貨1枚…………情報の重要性から考えたらもっともらいたかったわ」


 こんな時に占いの初回割引きを使われるとは……


「ここぞという時に頼んできたわけね。さすがはケチ」


 まあ、ケチと言うか、そういうのが上手。

 あの歳で領主をやれてるくらいには有能なんだろう。


「絶対にお前の方が不敬罪だわ」

「そんなことより、ロストって言ってたけど、関係ないことはなくない? あんた、王族じゃん」

「王族言うな、バーナード伯爵令嬢」


 王族なのは母親であり、俺は庶民だ。

 フィリアとヘイゼルをソファーで侍らせてる時は王様気分だけどね。


「もう違うっての。じゃあ、バーナードとかも関係ないってこと?」

「全然、関係ないね。というか、あんまりロストは関係ない」

「え? スパイでしょ?」

「うーん、ちょっとその辺をフィリアのじいちゃんに聞いてみるわ」


 俺もよくわからん。

 この辺の貴族情勢もわからんしなー。


 俺は気にはなるが、なるべく関わりたくないなーと思いながら教会を目指した。


 教会に着くと、嫌がるヘイゼルの背中を押し、神父様がおられる本堂に入り、執務室の扉をノックする。


「入れ」


 室内にいる神父様から許可が下りたので、ヘイゼルと共に中に入る。


「ご無沙汰しております」

「こんにちはー……」


 俺は頭を下げ、ヘイゼルは俺の後ろで俺の服を掴んでいる。


「元気そうで何よりだ。まあ、座れ」


 神父様は椅子を2つ出し、俺とヘイゼルに座るように言う。


「失礼します」

「失礼します……」


 促された俺達は遠慮せずに座った。


「で? 何の用だ?」

「まずはこちらを。前に言っていた腰に効く湿布です。患部に貼ってください」


 俺はカバンから薬局で適当に買った腰に効きそうな湿布を取り出し、神父様に渡す。


「おー! わざわざすまんなー! 助かるわ!」

「いえいえー。それでですね。両親に結婚の旨を話しました」

「ご両親は何と?」

「まだ、詳細には話してませんし、フィリアとヘイゼルの紹介もこれからですが、了承はしてくれましたし、祝福もしてくれました。ただ、2人も娶ることについては若干、引いてましたね」


 こればっかりはしょうがない。

 母親はこっちの人間かもしれないが、あっちの生活が長く、俺の親も2人だけだ。

 嫁が2人っていうのも理解はできるが、『えー……』って感じだろう。


「ふむ。まあ、良かったではないか。ソフィア様が引くのはしょうがない。あの方は小さい頃から巫女修行でそういった結婚観は学んではおられん」


 苦労したって言ってたもんなー。

 でも、一切の同情ができないのは3日で逃げたから。


「まあ、大丈夫だとは思います。あー、それと両親が挨拶に来るかもしれません」

「ん? 挨拶? 私に?」

「ですね。母曰く、自分はしなかったけど、やるそうです。あと、何か神父様に話したいことがある様子でした」


 昔の文句かな?

 いや、さすがにないか。

 もし、そんなことをされたら俺が気まずくなっちゃう。


「ちょっと待て! 来るのか? ソフィア様が?」

「ですね。父も来るとは思いますけど」

「えー……自分の立場をおわかりないのか?」


 あのバカは……って思ってそう。


「まあ、どうとでもなるとは思っていそうです」


 最悪の場合は俺が捕まえたって言おう。

 それで金貨10万枚だ。

 速攻でこの子は息子ですって言われそうだけど……


「う、うーん、まあ、保護者同士で挨拶をした方がいいとは思うが、ソフィア様かー……教会は非常にマズいから貴様の家……そこの娘の家か? そこで会おう」


 まあ、巫女かなんか知らんが、町中を歩かせると面倒だし、教会はもっとマズいわな。


「では、そのように伝えます。日にちはまた後日」

「頼む」


 神父様の顔には面倒なことになったって顔に書いてある。


「それと以前に言っていたヘイゼルの両親への手紙をお願いできますか? 私も書いてきましたんで」


 俺はカバンから手紙と鏡が入った箱を取り出す。

 手紙は便せんに入れ、無駄に切手を貼ってやった。

 鏡はお店の人に包んでもらった。


「あ、私のもお願いします」


 ヘイゼルも手紙を取り出した。


「ヘイゼル嬢のはわかる。貴様はこれを出すのか?」


 まあ、あっちの世界のものだから違和感がすごい。


「異世界人ですよー、ってことです」

「まあ、いいか。私の手紙と一緒に送っておこう」

「ありがとうございます」

「よろしくお願いします」


 俺とヘイゼルはお礼を言い、頭を下げる。


「うむ。任せておけ」

「それと、神父様、実は先ほどヘイゼルと一緒に領主様の家に行ってきたんです」

「あやつの? 何かあったのか?」

「先日、ヘイゼルと調査の依頼がありましてね? その時に他国の兵士らしきものと争いになったんですよ」


 俺は調査の依頼について説明することにした。


「それについては聞いておる。大変だったらしいな」


 やっぱり知ってるらしい。

 そら、そうか。

 この人も権力者の一人だし、俺は孫の婿だ。

 情報くらいは入ってくるだろう。


「死ぬかと思いましたよ。な?」


 ヘイゼルにも振る。


「ええ。一時は覚悟を決めました」


 ホントねー。

 生きてて良かったわ。


「貴様らは戦闘が出来るタイプには見えんし、運が悪かったんだろうな」


 実は占いで不幸はわかってたけど、後々に良いことがあるって出たから……

 おかげで今は幸せだけど。


「その依頼の謝礼をもらいにいったのと説明をしにいってきたんですが、途中で邪魔されましてね。叔父さんらしいんですけど」

「ああ……あやつか。相変わらず、空気が読めんヤツだな。そんなんだからあの小娘に領主の座を取られるのだ」


 領主の座を取られる?

 穏やかではないな。


「あの叔父さんとやらが領主だったんですか?」

「いや、そういうわけではない。前領主だった男が病に倒れて跡継ぎを決めようとしたんだが、前領主には娘しかいなかった。そうなると、領主の座は弟に継がせるのがよくあるケースなんだ。娘が婿を取っていれば、別なんだが、そういうこともしてなかった。あそこの娘どもは変わり者だからな」


 娘は複数いるらしい。


「よくあるケースであって、必ずではないのですか?」


 女には継がせない的な考えもありそうだが……


「普通は男子が継ぐが、まあ、決まりというわけではない。たまにあるんだ。それが今回みたいなケースだな」

「何か事情が?」


 弟が無能に金貨10枚を賭けよう!


「弟であるあのバカがボンクラだった。そして、娘であるあの小娘が優秀だった。それだけだ。実際、私や他の者も小娘を推した」


 だろうねー。

 正解しても嬉しくないや。


「それで今は口だけ出す面倒な存在ですかね?」

「残念ながら口だけじゃなく、足も引っ張っておるな…………」


 救いようがないなー……


「左様ですかー……まあ、領主様には頑張ってほしいです」

「さっさと処分するべきだと思うな」


 言うて、叔父さんだからなー。

 難しいのかもしれん。


「さっきは途中で説明を邪魔されたのですが、あの時の兵士はロストの兵士だと思うのです」

「ほう……」

「でも、ロストはあまり関係ないでしょう」

「なるほど。お前の言いたいことはわかった」


 え?

 結構、はぐらかして、しゃべってるんだけどな。

 ヘイゼルなんて全然、わかってないし。


「まだ途中なんですが…………」

「貴様があのバカの話をしてきた段階で想像がつく。それにな、前領主様とあのバカは兄弟だが、母親が違う。あのバカの母親はロストの貴族だった」


 大ヒントがあったのか…………


「え? じゃあ、あの兵士はロストのスパイじゃなくて、あのば……ロイド様の差し金ってこと?」


 ロイド?

 そんな名前を執事が呼んでた気がする。


「だなー。さっきだって明らかにおかしかっただろ。領主様に話があるかは知らんが、普通、客がいるのにそれを遮って連れ出すか? 俺だけならまだしも貴族のヘイゼルがいるんだぞ。違和感しかなかったわ」

「リヒトに占わせたくなかったってこと?」

「俺の占いなんて信じてないだろうよ。多分、当事者だった俺らに余計なことを言わせないためだ。今頃、領主様に胡散臭い詐欺師や他国の貴族に関わるなって諫言してると思うぞ」


 証拠は残していないだろうが、心配なんだろう。

 死んだ兵士が何かを言ったかもしれない、重要なミスをしているかもしれない。

 そんな状況で俺達が屋敷に来て、気が気でなかったのだと思う。


「貴様の占いというか、未来視は何が見えてる?」


 神父様が身を乗り出して聞いてくる。


「申し訳ありません。あの領主様の叔父とやらをチラッとしか見ていないため、わかりませんでした。ただ、領主様と執事には不幸が見えました」

「それで十分だ。他には?」

「私とヘイゼルにも見えますね。フィリアは問題ないです」


 フィリアは当分、危険はないことがわかっている。

 あいつにはここのところは幸福しかやってこないと出てる。

 幸福=俺だといいなー。


「まあ、貴様らを消すのが一番だが…………ヘイゼル嬢はマズいだろうに」

「神父様、自分の信頼を落とすようなことを言いますが、バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」

「…………確かに落ちたな、詐欺師。孫が心配になってきたわ」


 大丈夫!

 フィリアは騙してない。

 ヘイゼルは…………うーん、あんまり騙してない!


「神父様、私の占いも外れることがございます。フィリアに護衛をつけてはもらえないでしょうか?」

「念のため、そうしようかな…………貴様らは?」

「一応、未来視がありますし、基本、フィリアといる時が多いので同じことです。ただ、まあ、フィリアといる時は襲ってこないと予想しております」


 今回みたいなことがない限り、俺達は基本、一緒にいるし、フィリアのそばにいれば、フィリアの護衛が助けてくれる。

 問題は俺達が別行動をした時だろう。


「私もフィリアを襲うことはまずないと思う。いくらあのバカとはいえ、教会や私を敵に回す愚行は起こすまい。だが、ヤツは本当にバカなのか? フィリアが結婚するということは貴様らも教会の身内だというのに…………」

「まだ身内ではない…………ということでは?」

「女神様の祝福をもらってないだけで、ほぼ新居に同棲している者を私や教会が身内ではないと思うと思っているのだろうか……」


 その辺は知らない。

 ボンクラに聞いてくれ。


「祝福を早めようかな…………」

「言われれば今すぐにでもやってやるぞ…………まあ、貴様はさっさとご両親と話してこい。そして、顔合わせを急げ。顔合わせをしたらその足で私が儀式をしてやる」


 まあ、あっちの世界みたいに大がかりではないので準備に時間がかかるということはない。


「お願いします」

「よろしくお願いいたします」


 俺とヘイゼルが再び、揃って頭を下げる。


「うむ。任せておくがよい。貴様らもフィリアをくれぐれも頼む」


 神父様は快く了承してくれると、頭を下げ返した。


「もちろんです」

「共に夫を支えようと思っています」


 支えてくれー。

 俺も支えるから。

 これが家族よ。


 今、よく考えたら普通だけど、良いことっぽいことを言った!

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