第066話 領主様の屋敷


 ヘイゼルの家に泊まった俺達は夜遅くまで飲み、新しいベッドで3人仲良く寝た。


 翌朝になると、アンナとミケがフィリアを迎えに来て、冒険に出かけた。


 俺とヘイゼルも準備を終えると、家を出て、まず、肉屋に向かい、氷を納品する。

 氷をクーラーボックスに入れて16時間以上経っていたが、氷はほとんど溶けていなかった。

 さすがは日本製!


 俺達は料金である金貨10枚を受け取ると、領主様の屋敷を目指すことにした。


「領主様の家って、町の中央にあるでっかいお屋敷?」

「そうよ。その屋敷がご自宅ね」


 やっぱりか。

 実は町を回っていると、町の真ん中を通ることが多く、そのたびにでっかいお屋敷があるなーとは思っていた。

 多分、領主様の家かなとは予想していたが、合っているらしい。


「さすがはあくどいことをしてるだけはあるなー」

「そうなの? わかる?」

「いや、予想。貴族は悪いってイメージ」

「あんた、私も貴族なことを忘れてない? というか、不敬罪すぎるわ」


 ヘイゼルちゃんは素直だから大丈夫だよ。

 でも、あの領主様は悪そう……

 まあ、悪いっていうより有能って感じかな。


「いくらもらえるかな?」

「さあ? あんまり期待はしない方がいいわよ。貴族って見栄を張る時は出すけど、それ以外はケチだから。実際、私の仕事の報酬も微妙なのよねー」


 お前も結構な不敬罪じゃん。


 俺はこりゃあ期待が持てそうにないなーと思いながらも領主様の家を目指す。


 中央区に行き、領主様の屋敷が見えてくると、入口に門番の兵士が立っているのが見えた。

 俺がこれは対応を間違えると追い払われるかもしれないなと思っていると、ヘイゼルが気にせずにトコトコと門番のところに行く。


「こんにちは。領主様はおられるかしら?」


 ヘイゼルが腕を組み、門番に聞く。


「は! これはヘイゼル様! ご機嫌麗しゅうございます。少々、お待ちいただけますでしょうか?」

「わかったわ」


 門番は慌てて屋敷に入っていった。


 あー…………門番もヘイゼルが貴族なことを知っているのね…………

 自分で気付いたか、領主様に言われたのかはわからないが、対応が完全に目の上の人物に対する畏怖が込められている。


「いつもあんな感じ?」

「そうだけど……え? 何か変?」


 気付いていない……

 いつもあんな感じってことだ。


「いや、何でもない。お前がいて良かったわ。一人でこんな屋敷に来たくない」


 あっちの世界ならまだしも、こっちはすぐに暴力だから怖いわ。


「領主様はお優しいし方だし、大丈夫よ」


 俺はそうだといいなーと思いながら待っていると、先ほどの兵士が戻ってきた。


「お待たせしました。領主様がお会いになるそうです。お入りください」


 門番がそう言うと、ヘイゼルが屋敷の敷地に入っていったので、慌てて追う。


「なあなあ、案内とかはないの? 勝手に入っていいの?」

「何度も来てるし、大丈夫よ」


 俺はなんとなく心配だったが、ヘイゼルを信じ、ついていった。


 屋敷の前まで来ると、ヘイゼルが玄関の扉をノックする。

 すると、中から執事らしき、初老のじいさんが出てきた。


「ヘイゼル様、リヒト様。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 さすがに屋敷の中は案内されるようで、俺とヘイゼルは執事についていき、とある部屋に通された。

 多分、応接室だと思うが、高そうな調度品が並んでる。


 俺達は真ん中にあるテーブルの椅子に並んで座った。


「高そうだなー」


 俺は部屋を見渡す。

 ツボ、絵、鎧…………うん、高そうだ。


「貴族は見栄って言ったでしょ? 実際、高いわよ」


 ヘイゼルがはっきり言うと、部屋の隅で立っている執事が苦笑いをした。


「風水的には配置が良くないな。あのツボは扉の近くに置いた方がいい」

「そうなの?」

「そうそう。あと、絵はもう1枚欲しいな。それで悪い気を払い、良い気を貯められる」


 微妙にだけど。


「領主様に言おうかしら?」

「執事さんが言うだろ。それで直すかは知らん。どっちみち。そんなに大きな差はない。ぜいぜい今日はいい夢を見れたね、程度だ」

「微妙ねー」

「まあ、そんなもんだ」


 よほどのことがない限り、物の配置で運が大きく変わることなんてない。

 いかにこれを大げさに言うかが詐欺師の腕の見せ所なのだ。


 俺がヘイゼルに詐欺師テクニックを伝授し、それを聞いている執事が苦笑いをしていると、部屋の扉が開いた。

 そこにはドレスを着たいつぞやの美人が立っている。

 美人は軽く会釈をすると、俺達の対面に座った。


「ようこそいらっしゃいました。ヘイゼルさん、この前はありがとうございました。そして、リヒトさんですね? お初に目にかかります。この町の領主を努めさせていただいているローラ・カーライルです」


 領主様は冒険者ギルドや商人ギルドで会ったことはなかったことにしたいらしい。


「はじめまして。冒険者をしているリヒトです。本日はお招きいただき、光栄です」


 空気を読んでおこう!


「急に呼んでしまってごめんなさいね」

「いえいえ。領主様にはヘイゼルがお世話になっていると聞きますし、この町に住んでいる私としても当然のことです」

「さようですか…………ちなみにですが、ヘイゼルさんとご結婚されるという噂は本当ですか?」


 知ってるくせにー。


「ですね。私にはもったいない人ですが、幸運なことにこの度、一緒になることになりました。また、贅沢なことですが、教会の神父様のお孫さんもですね」


 改めて言葉に出すと、俺、ヤバいな。

 一生分の運を使ったんじゃね?


「そうですか。おめでとうございます…………ロニー」


 領主様は俺達に祝福の言葉を述べると、部屋の隅にいる執事に声をかけた。

 すると、執事が俺達に前に袋を置く。


「まずは先日の調査の依頼における謝礼です。多くはありませんが、あなた方のご結婚のお祝い金も含んでいます」


 俺はそう言われたので、袋を持ち、重さを確認する。

 そして、そのままカバンに入れた。


 重さからして、金貨25枚か30枚か……

 ホント、ケチだな。

 死にかけた値段がこれか……

 まあ、もらえるだけ、ありがたいけど。


「ありがたく頂戴いたします。領主様にお祝い頂けて感激の極みです」

「領主様、ありがとうございます」


 俺とヘイゼルは同時に頭を下げた。


「いえいえ。それでなんですが、少し、お話を聞かせてもらってもよろしいですか?」

「もちろんです」

「あなた方が戦った兵士なんですが、心当たりは?」


 俺はその質問を受けて、領主様の聞きたいことがわかった。


「えーっと、私達に聞かれても…………」


 ヘイゼルがうーんと悩んでいる。


「私は異世界人で他の国を知りません。なので、どこの国かはわかりませんね」


 俺がそう言うと、領主様が金貨1枚を差し出してきた。


 このアマ…………


「本来なら金貨10枚なんですがねー」

「初回割引きが効きますよね? オリバー様に占わせて正解でした。領主と言ってもお金は無駄にはできません」


 さっきのお初にお目にかかりますはどうした?


「初めてお会いしませんでしたっけ?」

「冒険者ギルドで手を振ってたあげたではありませんか? デートします?」


 ちょっと遅いなー。


「私は妻を愛してますので……3号さんになります?」

「あはは。殺しますよ?」


 こわーい。


「リヒト、3人目はフィリアが怒るよ」


 わかってるよー。

 冗談だし、お前とフィリアで満足。


「領主様は恐れ多いよ。冗談はこれくらいにします。えーっと、兵士について占えばいいんですかね?」

「お願いします。占うまでもなく、知ってそうですがね」


 おや? 表情には出してないのに。

 本物の貴族は違うなー。

 いや、ヘイゼルちゃんが偽物って言うわけではないけど。


「ロストですねー」

「…………そうですか。わかりました」

「こんな胡散臭い占い師の言うことを信じてはならんぞ、ですよー」

「……? そうですかね?」


 俺の言い回しに領主様が首を傾げた。


 領主様が首を傾げ、妙な間が空くと、急にバンッと扉が開き、高そうな服を着たおっさんが入ってきた。


「ロイド様、お客様がお見えですので……」


 控えていた執事がおっさんを咎めるが、おっさんは無視して領主様のもとに行く。


「ローラ、話がある!」


 おっさんは領主様を呼び捨てにし、上から目線で話しかけた。


「おじ様。私はお客様の対応をしています。見てわかりませんか?」

「黙れ。そんなものは後にしなさい!」


 おじさんかな?

 だから領主様相手に偉そうなのか……

 しかし、全然、似てねーな。


「さすがに無礼ですよ。カーライル家の名が落ちます」

「こんなヤツらをないがしろにしたところで名は落ちんわ!」


 確かに落ちないと思う。

 でも、お前の存在自体で名が落ちてそう。


「今、占ってもらってる最中なんです。あと少しで終わりますので、部屋で待っててください」

「なーにが占いだ! こんな胡散臭い占い師の言うことを信じてはならんぞ! さあ、来い!」


 おっさんが領主様の腕を掴んだ。


「…………さっきのはそういうことですか……」


 領主様はさっきの俺の言葉の意味がわかったようだ。


「何をぶつぶつと言っている?」

「いえ……御二方、申し訳ありません。続きは後日とさせてください。ロニー、お見送りを」


 領主様はやれやれと言った感じで立ち上がると、俺達に頭を下げ、執事に指示を出す。


「はっ!」


 執事が頭を下げると、俺達に退室を促してくる。

 俺もヘイゼルも特に文句はないので、大人しく部屋を出て、玄関まで案内された。


「本日は大変、申し訳ございませんでした」


 玄関まで来ると、執事が謝罪をしてくる。


「いえ、領主様も大変ですねー」

「ホントよねー」


 どう見ても目の上のたんこぶだ。


「また、お呼びすることがあるやもしれません。その時は面倒をかけますが、よろしくお願いいたします」

「わかりました。まあ、そんなに遠くありませんし、大丈夫ですよ」


 町の中央にあるし、どこにいてもすぐに着く。

 まあ、だからここに建てたんだろうけど。


「では、私達はこれで失礼します」


 ヘイゼルがきれいに頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでした」


 執事も頭を下げたので、俺達は玄関を出て、屋敷の敷地を出る。


「さっきの偉そうな人は領主様のおじ?」

「ええ。領主様の父親にあたる前領主様の弟らしいわ。口を出すことで有名。あと、まあ……あんな感じで有名」


 領主様も鬱陶しいって思ってそうだなー。

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