第065話 文明の利器
白い光が消え、視界が戻ると、ヘイゼルの家のフィリアの部屋に戻っていた。
右を見ると、フィリアがマットレスを抱えているのが見える。
左を見ると、ヘイゼルが心配そうにフィリアを見ていた。
フィリアはマットレスを持っているが、ヘイゼルの左手の先にはソファーがなかった。
うーん、触るだけじゃダメってことかな?
ルールがまったくわからん。
持ってないといけないってルールだったら服やアクセサリーはどうなんだって話だし。
まあいっか。
とりあえず、フィリアだわ。
「フィリアー、大丈夫かー?」
俺はマットレスを支えながらフィリアに聞く。
「大丈夫。重いとか以前に持つところがないから大変だった」
確かに……
「このままベッドに持っていこう。ヘイゼル、こっちを持って。俺はここを持つ」
俺達は3人で力を合わせ、マットレスを運び、ベッドの上に敷いた。
「わー、ベッドだー」
フィリアがベッドにダイブし、寝転び始める。
俺とヘイゼルもベッドに腰かけた。
「ヘイゼルのやつでも思ったけど、やっぱマットレスがあるだけでも違うなー」
俺はマットレスをグイっと押す。
「ホントよねー」
ヘイゼルが感触を確かめるようにちょっと跳ねた。
「わー!」
フィリアはご機嫌にゴロゴロしてる。
「楽しそうだなー」
俺は嬉しそうに転がっているフィリアに声をかけた。
「こんな大きなベッドは初めてだよー。すごい!」
「ほら、良いことあったろー?」
「まあねー!」
うんうん。
かわいい。
「今は…………こっちは5時かー」
俺は時計を見て、時間を確認する。
「昼前に戻ったし、そんな時間かー。もうちょっとしたら晩御飯という名の昼御飯を用意するよー」
時差があるからどうしてもそうなってしまう。
「いつも作ってもらって悪いなー」
ご飯はほぼフィリアが作っている。
俺とヘイゼルはほとんどやらない。
「いいよー。今日はここに泊まるー。このベッドで寝るー」
「俺も泊まろうかなー」
俺もこの広いベッドが気になる。
「一緒に寝よー」
「だなー」
うんうん。
フィリアも乗り気だ。
「だねー」
ヘイゼルも乗ってきた。
「お前は自分のベッドがあるだろ」
「たまにはいいじゃん。このベッドは大きいし、3人でも余裕」
こいつって、地味に寂しがり屋だよな……
「まあいいけど…………」
「……え? いきなり……? 心の準備が……」
フィリアさんはそっち方面を考えているんだろうけど、とりあえず、今日はないから安心しなさい。
「ねえねえ、ご飯までトランプしようよー」
ヘイゼルは収納魔法にしまっていたトランプを取り出す。
「お前、ホントに好きだな」
「1時間だけだよ?」
俺達は新しいベッドの上でトランプで遊ぶことにした。
相変わらず、ヘイゼルは弱かった……
トランプをしていた俺達だったが、1時間後、フィリアが料理の準備を始めたので、俺とヘイゼルはヘイゼルの部屋に行き、部屋の片付けを行う。
といっても、本を本棚に収めるだけだ。
ヘイゼルに指示のもと、本棚に本を収納していってると、フィリアがやってきた。
「できたよー」
「はや」
「相変わらず、あんたって、手際がいいわよね」
ホントだわ。
「いや、今日はテストも兼ねた簡単なやつだから」
テスト?
俺はテストという意味がよくわからなかった為、リビングに向かった。
リビングにあるテーブルの上には白いものが入った鍋が置いてある。
その下には黒く平べったいものが敷いてあり、コードがテーブルの下にある黒い機械につないであった。
また、鍋の周りには野菜やパンが置いてあった。
「何これ?」
俺はこの世界にはあまりにも似つかわしくない光景に首を傾げる。
「チーズフォンデュ!」
「食べたかったんだよねー」
いや、チーズフォンデュは何となくわかるんだが…………
「これ卓上のクッキングヒーターだよな? え? 電気は?」
クッキングヒーター電源が刺さっているこの機械は何?
「電源はキャンプとかで使うポータブル電源に繋いだ」
「私が買った!」
え? そんなんあるの?
俺はよーく鍋を見て確認するが、チーズはちゃんと溶けていた。
「お前ら、すげーなー。俺より詳しいじゃん」
「逆になんであんたが知らないのよ?」
「俺、キャンプしねーもん」
料理もしないもん。
「まあ、いいじゃん。食べよう」
「あ、お酒、お酒」
俺は2人のアクティブさに頼もしさを感じつつも、自分の無能さにちょっとへこみながら席に着く。
「リヒトー、何飲むー?」
ヘイゼルが酒を漁りながら聞いてくる。
「ブドウのやつー」
チーズフォンデュといえば、ワインっぽいのでブドウの酎ハイにしよう。
ワインは飲めないのだ。
ヘイゼルが酎ハイの缶を3つ持ってくると、席に着いた。
どうやら全員がブドウの酎ハイを選んだようだ。
ヘイゼルから酎ハイを受け取ると、缶が冷えており、ヘイゼルが魔法で冷やしてくれたのがわかる。
全員が席に着いたので、乾杯をし、チーズフォンデュを食べ始めた。
「美味いなー。俺、実は初めて食べたわ」
「そうなんだ。ホントに美味しいよねー」
「私の勘が当たった。これは絶対に美味しいと思ったわ!」
ヘイゼルの勘はすごいね。
でも、お前、チーズが好きなだけだろ。
俺達は飲みながらチーズフォンデュを食べていく。
「他には何を買ったん?」
俺は卓上のクッキングヒーターやポータブル電源に感心しながら聞いてみる。
「色々買ったけどねー。あー、ランプでもつける? 暗いし」
こっちの世界は電気がないため、部屋が若干、薄暗い。
「あ、私の収納魔法の中か…………ちょっとつけてみよっか」
ヘイゼルは収納魔法からランプを取り出すと、テーブルの端に置き、つけた。
すると、部屋が明るくなる。
「おー、すげー」
「明るいねー」
「もう何個か買えば、あっちの世界と変わらない光量を出せるかなー」
まあ、そうかもしれんが、木の家だし、このぐらいの明るさがちょうどいいような気もする。
「どんどん近代化するなー」
「お風呂に入りたかったけど、それはどうしようもなかったね」
「まあ、帰った時よね」
お風呂はスペースがないしなー。
「フィリアはいつから本格的に住むん?」
「そりゃ、結婚したらだよ」
今思ったけど、結婚ってなんだ?
あっちの世界では婚姻届を出せば、式をしなくても結婚だ。
こっちの世界は?
「なあなあ、結婚式とかあるん?」
「式? パーティー的なもの? 貴族はあるよね?」
フィリアがヘイゼルを見る。
「あるわよ。飲み食いして家同士の結束を強めるの」
「貴族はなんとなくだけど、想像がつくな」
漫画とかで見たことがある気がする。
「あと、農村とかでもやるかな…………祝い事だし」
「町は? やんないの?」
「やる人もいる。でも、基本的には教会に行って、女神様に祝福をもらって終わりかな」
「何それ?」
そういう宗教なんだろうか?
「えーっと、儀式みたいなもので、女神様に貢物を捧げるんだよ。それで祝福をもらうの。それをすれば夫婦になる。おじいちゃんに頼んだからいつでもやってもらえるよ」
あれ?
俺、もう捧げなかったっけ?
女神様、俺の酒を盗らなかった?
「へー…………」
「どうしたの?」
「俺、女神様にギフトはいらないから祝福してくれって頼んだわ」
そして、飲みかけの酎ハイを盗られた。
「あ、そういえば、やってた!」
「え? マジ? 勝手にやったの? マズくない?」
いや、知らんし。
そういう意味じゃないし。
「それはそれ、これはこれ、で大丈夫かな?」
「うーん、私、修道女なんだけどなー」
「ちょっと先走っただけだよ。正式には教会で神父様に頼むよ」
「まあいっかー…………女神様だって、貢物を2回ももらえるわけだし、怒んないよね」
適当な修道女だな、おい。
「ってかさ、そうなると、私ら、もう結婚してんの?」
「うーん、どうだろう? 女神様は認めてくださってるとは思うけど、どうだろう?」
よくわかんない状況になっちゃったね。
「妻よ。気にするな。ちょっと順番を間違えただけだよ。飲みたまえ」
「夫よ。おかわりを取って。ブドウのやつ」
「あ、私も!」
俺は立ち上がり、妻の分と自分の分の酎ハイを取る。
そして、それをヘイゼルの前に置く。
「妻よ。冷やして」
「私、冷蔵庫みたいね……」
「正妻さん、私のも冷やして」
「あのさー、逆に聞くけどさー、私が正妻で大丈夫だと思う?」
…………………………。
「…………庶民には関係ない話だから」
「…………そうそう。私達に差はないよ」
「リヒト、絶対に貴族にはならないでね!」
ならないよ。
というか、この中で貴族なのはお前だけだろ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます