第061話 感情豊かな貴族令嬢だわ


 冒険者の仕事を決め、ヘイゼルの家を片付けた翌朝、俺はヘイゼルの家に行き、ヘイゼルと泊まっていったフィリアと合流した。

 そして、西の門を抜け、大森林を目指し、草原を歩いている。


「フィリアは大森林にはよく行くのか?」


 俺は初めて一緒に冒険に行くフィリアに聞いてみる。


「まあねー。ミケがモンスターを探して、アンナが仕留める感じの討伐依頼とかかなー」


 ミケが斥候でアンナが剣士だもんな。

 フィリアは援護って感じかな。


「あいつらって強いん? 一緒にこの町に来たけど、戦闘なんかなかったからわからん」

「アンナもミケも強いよー。伊達に女3人で冒険者の仕事をやってないし」


 あいつら、やっぱり強いんか……


「うーん、アンナには絶対に勝てない気がしたけど、ミケもかー」


 あいつ、身長が150センチくらいしかないように見えるし、小さいんだがなー。


「獣人は身体能力がすごいからね。一瞬で木を登っていったのを見た時には本当にびっくりしたもん」


 猫じゃなくて、チーターとかトラかもしれん。

 あんまりからかわない方がいいかも……


「すごいんだなー」

「私はリヒトさんの奥の手が気になるよ。銃と言霊だっけ?」


 ヘイゼルちゃんは人の奥の手をべらべらしゃべるなー……

 まあ、隠すようなことじゃないし、話すべき内容なんだけど……


「銃はこれ」


 俺は銃を取り出し、フィリアに渡す。

 当たり前だが、セーフティーロックはかけてある。


「結構、重いね。この穴から鉄の塊が出るのかー……怖いね」


 そらね。

 こんなんを向けられたらちびるわ。

 外国はよくこんなもんを一般市民に持たすよなー……


「あんま威力も精度もないから期待はするな」


 何より、俺の腕がない。


「まあ、私達にくれたスタンガンと同じ護身用なんだね」


 フィリアはそう言って、銃を返してきた。


「まあなー。言霊は……試せばいいか」

「ちょっと気になるからやって」


 よし、やってみるか!


『右手を挙げろ』


 俺が言霊を込めて、言葉を発した。

 すると、フィリアもヘイゼルも右手を挙げる。


「すごい!」

「ホントよねー」

「わはは! すごかろう? これをやると、皆、俺が本物の霊能力者だと信じてくれるんだ」


 それで騙して金品を…………

 いや、正当な報酬をもらう。


「この力ってすごくない?」

「めっちゃ悪用できそう……」


 あ、すげー、疑われてるし。


「まあ、正直に言うと、これはそこまで強くないんだ。2人共、次は絶対に右手を挙げないぞって思ってろ」

「わかった」

「挙げない、挙げない…………」


 挙げないを連呼しているヘイゼルは本当に素直だわ。

 こういうヤツは色んな意味で騙しやすい。


『右手を挙げろ』


 俺が再び、言霊を込めて、言葉を発すると、フィリアもヘイゼルも右手を挙げなかった。


「あれ? 防げた」

「挙げようかなーとは思ってしまったけど、防げたわね」


 フィリアとヘイゼルは不思議そうに自分の右手を見る。


「この程度なんだよ。本人が強く拒否すれば、防げる。金を寄こせとか、『そのスカートをたくし上げろ』って言っても絶対に嫌だろ? そういうのは無理。でも、動くなとか手を挙げろ程度ならまあいっかーってなるんだよ。でも、すぐにいや、なんで挙げなきゃならんのだって気付くからその時に効力が切れる」


 人は命令されると本能的に従う。

 これに不思議パワーを込め、強くしたのが言霊だ。

 多分、別の名前があると思うんだけど、言霊だ!


「なるほどー」

「でも、この前の依頼みたいにとっさの時には使えるわけね」

「そうそう。1秒でも2秒でも動きを止められれば、勝機は生まれるからな」


 ヘイゼルを拘束してた兵士なんかは普段の俺では絶対に勝てない相手だが、動きを止められれば、俺の銃で潰せる。


「ふーん、ところで、さっきスカートのくだりところで言霊を使った?」

「あんた、絶対に使ったでしょ。私、結構なところまで上げかけたけど?」


 フィリアは断固拒否し、騙されやすいヘイゼルは膝上まで上げてた。


「さあ、行こう!」


 俺はてくてくと大森林目掛けて歩いていく。


「いや、待ちなさい」

「あんた、昨日の夕方も使ったでしょ!」

「ん? 何それ?」

「昨日、片付けの休憩中に…………あ、いや、なんでもないです…………」


 俺は2人の会話を聞こえない振りをして歩くスピードを速めた。




 ◆◇◆




「さーて、何を採取するかねー?」


 俺は大森林に着くと、気を取り直して、仕事を開始しようとする。


「…………まあ、いいわ。あとで聞くから。黄金草はもうダメなんだっけ?」


 フィリアは何か言いたいことがあるのだろうが、仕事中なので言うのをやめた。


「浅い所はもうダメかなー」

「毒草でいいじゃん!」


 ヘイゼルちゃんが嬉しそうに頷く。


 活躍したいんだろうなー…………


「まあ、それでいいか」

「毒草? 大丈夫なの? 危なくない? 一応、回復魔法で毒も治せるけど」


 回復魔法で毒も治せるらしい。

 フィリアの回復魔法ってすげーな。

 今度、フグでも食ってみるか?


「こいつ、収納魔法を使えば、一瞬で採取できるんだよ。俺に88株も手作業で掘らせておいて…………」

「ごめんって…………根に持たないでよ」


 ヘイゼルがさっきまでの嬉しい顔を引っ込める。


「全然、持ってないから安心しろ。今後の採取が楽な方がいいわ」

「じゃあ、毒草でいく?」


 フィリアが確認してくる。


「儲けもいいし、ガラ悪マッチョもやってほしそうだったしなー」

「任せといて!」


 ヘイゼルちゃんがまた笑顔になった。

 忙しい子だ。


「じゃあ、それでいくか…………えーっと、ゲドゲド草でいいか?」


 毒草博士のヘイゼルに確認する。


「ある?」

「多分な。えーっと、棒、棒…………あった」


 俺はカバンの中からダウジング棒を取り出した。

 そして、棒を両手に持ち、不思議パワーを込める。

 すると、棒が右斜め前を向いた。


「あっちだな」

「絶対にリヒトが動かしたと思うよね?」

「まあ、そんな風に見えるね」


 初めて見たフィリアはわかるが、何度も見たヘイゼルは未だに信じていなかったらしい。


「行くぞー」


 俺は疑っている2人に声をかけ、棒が指す方向に歩いていく。

 そのまま歩いていくと、もちろん、ゲドゲド草が生えていた。

 ヘイゼルはそれを収納魔法で採取する。


「俺らはこんな感じのことをやってた」


 俺は採取の流れをフィリアに見せた。


「うーん、すごいね。でも、何かズルいね」


 簡単に見つけ、簡単に採取してるし、他の苦労している冒険者からしたらズルいだろう。


「俺もそう思う。でも、これで金貨2枚」

「ある力を利用するのは当然か……」


 フィリアってお金のことを言うと、すぐに手のひらを返すよね。


 俺達はこの流れでゲドゲド草を始めとした採取依頼のある毒草や薬草を採取し続けた。

 フィリアがいるおかげで疲れても回復できるし、いつもより楽に採取することができている。


 俺達は昼を回り、夕方の4時前まで採取を続けると、さっさと森を出て、町まで帰ってきた。

 そして、ギルドに戻り、清算をする。


「えーっと、金貨14枚ってとこかな…………」


 ふむふむ。

 結構、儲かったな。

 調査の依頼とほぼ変わらん値段だ。


「やったねー」

「ギルマス、お酒!」


 ヘイゼルはいつものように仕事終わりの1杯を要求する。


「悪いな、ヘイゼル。領主様がお前さんを呼んでる」


 ガラ悪マッチョが笑いながら残酷なことを言う。


「へ? 私?」

「いつものやつだ」


 いつものやつ?


「あー……そっか、忘れてた」


 ヘイゼルも心当たりがあるらしい。


「何かあんの?」


 よくわからないのでヘイゼルに聞いてみる。


「貴族は狙われやすいから防犯目的で魔法で結界を張るの。領主様って女性でしょ? 未婚の貴族女性の部屋に男性を入れるわけにいかないから私がやるの。でも、他の女魔法使いに頼めばいいのに…………」

「お前が貴族だからだろ」


 平民は何をするかはわからんが、同じ貴族なら礼儀や常識がある。

 ましてや、こいつは腹芸がまったくできない素直なヘイゼルちゃんだもん。

 信用もできる。


「領主様も知ってんのか…………いや、そりゃそうか。皆、知ってるって言ってたもんねー…………」


 ヘイゼルがうじうじとギルマスを見る。


「何のことだ? 俺は知らんぞ」


 ガラ悪マッチョがあからさまな嘘をつく。


「そう? ふふ。そうよね。まあ、いいわ! 悪いけど、私は領主様の所に行ってくるけど、明日はどうする?」


 ヘイゼルちゃんは本当に表情というか、感情がコロコロ変わる子だなー。


「明日は休みでいい? 私も家具やらなんやらを買いたいし」


 フィリアが休みを提案してきた。


 フィリアも布団はマットレスだろうが、ベッドはこっちのものを買う予定だ。

 それらを買いたいのだろう。


「じゃあ、明日は休みにしよう。俺もちょっとこっちの家具が気になるから一緒に行くわ」


 ホントは別の目的がある。

 内緒!


「うん、いいよー」

「じゃあ、明日は休みね。私は家で片付けをするから」

「わかった。買い物が終わったら手伝いに行くわ」

「そうだねー」

「ありがとう。じゃあ、私は行ってくるわー」


 ヘイゼルはそう言って、ギルドを出ていった。


「いやー、お前らがまぶしいわー」


 ガラ悪マッチョが俺達を茶化してくる。


「いや、お前もそういう時期があっただろ」

「あったなー………いや、不満があるわけじゃないんだけどな」


 落ち込むなよ…………

 何か切ないわ……

 こいつみたいにだけはならないように注意しよう!

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