第057話 この飲み物、美味しいね!


 ヘイゼルちゃんは自分の失態を誤魔化すために酒をイッキで飲んでいる。

 たいして強くもないくせに。


「まあ、ヘイゼル家にとりあえず、住むことにしよう」

「そうね。お金がもったいないから1年は住まないとね」

「あんたらももっと飲みなよー」


 ヘイゼルは顔を赤くし、俺とフィリアに酒を勧めてくる。

 多分、忘れてほしいんだろう。


「本格的に飲むのは後だ。ちょっと親に電話するから静かにしてろ」


 俺はスマホを取り出し、ローテーブルに置いた。

 そして、母親の携帯にスピーカーモードで電話する。


 俺にぴったりとくっついていたフィリアとヘイゼルは俺から少し、距離を置いた。


 長い呼び出し音が続いていたが、音が止まった。


『はーい?』


 母親の声だ。


「もしもーし、俺、俺、俺だよ、俺」

『今時、オレオレ詐欺する? やめたほうがいいよ』


 渾身のギャグだったんだけどなー。


「まあ、冗談は置いておいてさ、今はどこにおるん?」

『ベガス!』


 ラスベガス?

 アメリカだっけ?


「儲けているようで何より」

『リヒトちゃんも来ればいいのに。こっちのホテルはすごいわよー』

「俺は大学があるの」

『行ってないくせにー』


 やっぱ知ってんな。


「父さんは?」

『お昼寝してる。そろそろご飯だし、起こそうかな…………』


 あ、時差があるんか。


「まあいいや。ちょっと話があってねー」

『なーに?』

「俺さー、結婚しようかと思ってる」

『…………早くない? リヒトちゃん、彼女いたっけ?』


 この人がどこまで知ってるのかわからんな。


「彼女はいないけど、する」

『…………リヒトちゃん、アニメのフィギュアを買ったの?』

「いや、人間」


 ちゃんと柔らかいぞ!


『デキちゃった?』

「まだデキてない」

『うーん、まあ、早い気もするけど、ママ達が言えたことじゃないし、別にいいけど、どんな子よ?』


 両親は2人共、若いしな。

 父親が40歳で母親が39歳だ。


「ちょっと待ってろ…………お前ら、言葉が通じてるか?」

『ら?』

「わかるね……」

「あわわ、ソフィア様だ……」


 言葉は通じるらしい。

 普通に日本語に聞こえるが……

 まあ、俺からしたらこいつらも日本語だけど……


『ねえねえ、リヒトちゃん、ママの空耳かな? 女の子の声が2種類も聞こえるんだけど』

「お前の息子は偉大だったってパパに伝えて」

『ああ……育て方を間違えた…………』


 あんたが詐欺師な時点でダメだよ。


「愛しちゃったんだからしょうがないじゃん」

『こっぱずかしいセリフで誤魔化せると思わないで』

「マジ、マジ。俺、まだ20歳よ? そのくらいの想いがないと結婚なんかしねーよ」

『うーん、独身貴族になりそうだったリヒトちゃんが家庭を持ってくれることを喜ぶべきなのかなー』


 喜べ、喜べ。

 祝杯をあげなさい。


「というわけで結婚するからー」

『まあ、おめでと』


 一応は許可を得られたようだ。


「一度、会わせようかとは思ってるんだけど、あんたら、いつ帰るん?」

『うーん、いいタイミングで一度帰るわ。ちょっとパパが起きたら話してみる。今は家?』

「そうそう。あ、電話越しだけど、紹介しようか?」

『そうね。名前くらいは聞いておきたいし』


 俺はフィリアにジェスチャーでしゃべるように促した。


「しゃべれば通じるの?」

「いけるいける……と思う……ねえねえ、今の言葉は通じてた?」


 俺は電話に向かって聞く。


『聞こえてるわよー。ママはどこの国、どこの世界の言葉だって通じるもん』


 君は翻訳こ○にゃくを食べたのかな?


「は、初めまして。フィリアと申します。えーっと、ソフィア様におかれましてはご機嫌麗しゅう…………」

『初めまして…………ねえ、リヒトちゃん、この子、貴族? 教会?』

「この子は教会の修道女。お次が貴族」


 俺はヘイゼルにしゃべるように促す。


「あ、うん。お初に目にかかります。ヘイゼルです。すでに絶縁状を送りましたが、バーナード家に連なるものです」


 お目にかかってはねーけどな。


『はい、初めまして。バーナードかー。おもっくそロストじゃん』

「フィリアのじいちゃんはあんたの護衛役だったらしいぞ。ディランってじいさん」

『ディラン? ディラン・ラッセル? またロスト?』


 何かかっこいい姓名だな。


「苗字は知らん。どっかの4男で騎士団の隊長だった人。今はアルトで神父をやってる」

『あー、そいつよ、そいつ。口うるせーくせに美人な奥さんとイケメンな息子がいたディランだわ。あいつ、孫が出来たのか…………時が経つのは早いわねー』

「孫もかわいいぞー」

『うっぜ。リヒトちゃん、うっぜ。しかし、ディランかー…………あいつ、元気だった?』

「腰が痛いって言ってた」

『それは嘘だからね。いっつもどっかが悪いって言って油断させるのがそいつの手口よ』


 なんか色んな攻防が見えるな…………

 逃げようとした王女とその護衛。


「最初は嘘つかれたけど、さっき会った時はマジっぽかった。マジで白髪の爺さんだぞ」

『そっかー……本当に時が経つのは早いわね。あ、リヒトちゃんにお願いがあるんだけど、いいかな?』

「なーに?」

『…………いや、やっぱいいや。直接言おう。挨拶はしないといけないし』

「会うん?」


 てか、会えるん?


『会わないとマズいでしょー。ママの時は諸事情により出来なかったけど、やっぱ挨拶くらいはしないと』

「どっちもマズくね? 母さん、懸賞金がついてるらしいぞ」

『いくら?』

「知らね。いくらなん?」


 俺はフィリアとヘイゼルに聞く。


「金貨10万枚」

「そうね。確かそんなもん」


 高っけ!


「ママー、僕、お祝い金が欲しい」

『ママをたかが金貨10万枚で売ろうとすんなや!』


 たかがだってさ。

 この人、めっちゃ持ってそう。


「挨拶ってどうやってやんの? 今さらだけど、あっちの世界に行けるん?」

『そら行けるわよ。パパはね、転移の魔法が使えるのよ』


 パパ、すげー!


「転移の魔法? ちなみに、俺、スマホで移動してんだけど……」

『は? スマホ? リヒトちゃんもパパの能力に目覚めたんじゃないの?』

「いや、ルー○は覚えてない」

『どゆこと?』


 いや、俺も知らん。

 てっきり、両親の差し金かと思っていたが、違うっぽいな。


「その辺も話したいし、一度、俺のスマホを見てほしい。はよ帰ってこい。父さんの転移魔法で飛んでこい」

『異世界にしか飛べないから無理よ。あと、まあ、もうちょっと待ちなさい。今、良いところだから。3日後に大当たりと出てるから』


 クズが!

 一人息子の結婚より金か? 博打か?

 こういうヤツがパチ屋で子供を車内に置き去りにするんだろうなー。

 …………やってないよね?


「まあいいや。それまで2人もこの家に住んでいい? 今さらだけど」

『いいわよー。というか、新居はどうすんの?』

「その辺を考え中」


 どうしようかなー?


『あれだったらその家を譲るわよ』

「んー? いいの?」


 めっちゃ簡単に言うな……


『リヒトちゃんが家を出ていくならパパと2人だし、マンションの方がいいかな。リヒトちゃんが独り立ちした時点で私らは余生を楽しむために海外に行きまくる予定だし』


 もう行ってんじゃん。


「余生って歳か?」

『リヒトちゃんはママがどれだけ苦労したか知らないのよ。巫女の修行ってマジでクソよ、クソ。草しか食べさせてもらえなかった時期もあったわー。私は馬か! なーにが精霊との親和性よ! 精霊も見えないカス共がこのソフィア様に指図すんなってんだ! あー、思い出しただけでムカつく!』


 確かに3日で逃げそうだわ、こいつ。

 お姫様なだけあって、ワガママだわ。

 これは伝説を作りますわ。


「ふーん、じゃあ、この家をもらおうかな。立地もいいし」

『まあ、その辺も含めて、一度、パパと一緒に帰るから話しましょう』

「あーい。あ、それとさ、大学、辞めていい?」

『あー……とりあえず、休学にしときなさい』


 なるほど。

 そうするか。


「わかったー」

『うんうん。じゃあね。ママはアメリカでお寿司を食べるという贅沢をしてくるから』

「ステーキを食えよ」


 アメリカは肉だろ。

 寿司なんか帰ってから食えよ。


『飽きた。じゃ、2人もまた後日、改めて会いましょう』

「は、はい」

「よろしくお願いいたします」

『はいはーい。汝らに女神様の祝福がありますように……』


 母親が巫女っぽいことを言うと、両隣の2人が頭を下げた。


「そいつはギフトとやらをくれなかったぞ!」

『あらま。神の名を利用して、金儲けばっかするから女神様が怒ったんじゃない?』

「狭量な神だこと」

『こら、くれんわ』


 母親はそう言って、電話を切った。


 え? マジでそれ?

 俺がギフトをもらえなかった理由って、詐欺りすぎたせいなん?


「うーん、きっと違うだろ」

「……リヒトさん、神様を利用するのはちょっと」

「罰当たりじゃん」


 えー…………


「まあいいや。いらね、いらね。それよか、家をくれるってさー」

「聞いてた。それは嬉しいね」

「この家、住みやすいしねー」


 まあ、結構、金がかかってるからなー。


「荷物とかは……あの人達が帰ってからでいいか」


 これで母親の許可は得た。

 父親はまだだが、あの人は反対しないだろう。


 家も決まった。

 大学は休学。


 あ、障害がなくなったね。

 結婚じゃん。


 俺は100円くらいの缶酎ハイを天に掲げた。


「…………女神様、ギフトはいりませんので、私達に幸あることを願います」


 お賽銭はいくらだい?


 俺が缶酎ハイを下ろし、口をつけると、中身がなくなっていた…………


 いや、返せ。

 マジで盗るなや。


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