第058話 休息


「1まーい、2まーい………………9まーい、10まーい、10万円!」


 俺はヘイゼルと一緒にソファーに座りながら後ろの食事用テーブルで1万円札を数えている少女を見ている。

 この子はさっきから大量の1万円札を10枚にまとめるという作業を本当に楽しそうに行っていた。


「…………ねえ、あれの何が楽しいのかしら?」


 隣に座っているヘイゼルがフィリアには聞こえない程度に声量を落とし、聞いてくる。


「…………わからん。放っておこう」


 実は先ほど、母親との電話を終えた俺達は金貨600枚の内、200枚を質屋に売ってきたのだ。

 それにより、現金で1000万円を手に入れた。

 俺やヘイゼル、質屋のじじいも喜んでいたが、それ以上にフィリアが喜んでいた。


 フィリアは家に帰ると、すぐにお金を数え始めた。

 前に金貨を数えるのが好きって言ってたが、マジで万札を嬉しそうに数えている。


「ねえ? 出かけない?」


 ヘイゼルが外出を提案してきた。


「出かけるねー…………あー、大学に休学届をもらいに行くかなー」

「それでいいわ。ついでに買い物でも行きましょうよ」


 そうするかな…………


「フィリアー、ちょっと出かけるけど、お前はどうするー?」

「私はちょっと手が離せないや。2人で行ってきて。あ、帰りに卵を買ってきてくれる? 晩御飯にオムライスを作るから」

「わかったー」


 オムライスを作るらしい。


「お前だろ?」


 俺は晩飯を要求したであろう犯人を見る。


「オムドリア、美味しかったし……」


 嬉しそうに食べてたもんなー…………


「まあ、俺もオムライスは好きだし、いいか。じゃあ、行こうぜ」

「そうよねー」


 俺とヘイゼルは出かける準備をし、留守をフィリアに任せて大学へと向かった。


 大学へは電車に乗っていく。

 相変わらず、周りの風景や物に興味津々なヘイゼルの手を引き、何とか電車に乗せた。


 電車に乗ると、ヘイゼルはずっと窓から外の風景を見ている。


「この世界はホントにすごい。私、大丈夫かな?」


 ヘイゼルは外を見たまま、聞いてくる。


「どうにかなるもんだし、どうにかしてやる。フィリアもいるんだぞ」

「そうね。正直に言うと、3人で良かったと思う。リヒトもフィリアもしっかりしてるもん。その点、私は世間知らずのポンコツだし、リヒトに多大な負担を強いると思う」


 …………うん!


「お前には他に良いところがあるよ。というか、お前、俺の師匠じゃん」

「………………そういえば、そうだったわね」


 忘れんなよ!


「はよ、次の魔法を教えろ。フィリアは回復魔法を教えてくれん」

「まあ、ヒーラーはねー……」

「今度から一緒に冒険をすることもあるだろうが、ポーションは自重しろよ。拗ねるぞ、あいつ」


 以前、下手をすると、ポーション1つで地位を奪われるのがヒーラーって自虐的に言ってたし、気を付けないといけない。


「あの子、蛇だしね」

「そうそう」


 悪口じゃないぞ!


 俺とヘイゼルは家で留守番をしている蛇女にお土産を買って帰ることに決め、大学へと向かった。


 大学に着くと、休学届がある担当受付まで向かう。


「学校も広いわねー」

「広さはなー。学んでいることはお前のところの方がすげーよ」


 何てったって魔法だもん。


「あんたって、ここで何年学んだの?」

「ここは2年だなー。残り2年だけど、正直、やめてもいい」

「もったいなくない?」


 ヘイゼルは研究者だし、そう思うのだろうな。

 多分、魔法学校だって卒業はしたかったのだろう。


「俺は占い師や霊媒師で生計を立ててるからなー。ここで学ぶことがないんだ。でも、お前が言うように2年も通ったし、もったいないからとりあえずの休学かな」

「ふーん」

「魔法学校って何年なん?」

「基本は5年。あとは学校に残る人もいるから最低でも5年かな」


 思ったより、長いな…………


「お前、何歳で入ったん?」

「10歳よ! すごいでしょ」


 よくわからんが、すごいことなんだろう。

 こいつはドジだし、抜けてるけど、頭が良いのは確かだ。


「10歳ねー。だから親との卒業後の結婚の約束に了承したわけだ」

「そうね。10歳だもん。先のことなんかわかんなかった。でも、少しずつ、大人になるにつれて嫌になりだした。学校の友達も逃げるべきって言ってたし、逃げた。実は友人たちが手伝ってくれたりもした」


 その友達はナイスだわ。


「いい友人だなー」

「そうね。魔法使いだし、自立できるのになぜ親の言うことに従ってよくわからんおっさんに嫁がねばならないのかって感じ。はっきり言うけど、魔法使いは性格が悪いか傲慢か自己中ばっかりよ」


 まあ、上流階級が多いだろうし、選民思想もやばそうだ。

 実際、エリートだろうしなー。

 ヘイゼルだって、しゃべり方は高慢ちきだもん。

 こいつは笑え…………かわいいけど。


「まあ、その友人に乗ったのは正解だと思うぞ」

「そうね。冒険者は自由で楽しかったし、結婚も出来たわ」

「よかったなー。誠実な旦那だぞー」

「誠、実……?」


 真顔で見られた……

 笑うとこなのに……


「ギャグがウケないなー」

「ごめん。まったく笑えない」


 悲しい……

 母さんも俺のオレオレ詐欺ギャグを笑ってくれんかったし、詐欺師ギャグはダメらしい。


 俺はちょっとしょんぼりしながらも担当受付まで行き、休学届を受け取った。

 どうやら、親の名前と印鑑がいるらしく、提出するのは両親が今度帰ってきた時以降になるだろう。


 俺は休学届を受け取ると、ヘイゼルを連れて買い物にいく。

 服屋、アクセサリーなどの小物屋を始め、冒険に使えそうなものを見に、ホームセンターやアウトドアショップにも行った。

 ヘイゼルは相変わらず、色んなものを買っていた。


「いっぱい買っちゃった」


 ヘイゼルはそう言うが、特に荷物は持っていない。

 荷物は全部、収納魔法にしまっているのだ。


「お前、以前もだけど、ホントに買うよな」


 さすがは貴族だわ。


「こっちの世界は良い物が多すぎるのよ。それにしても、ちょっと疲れたわね」


 時計を見ると、時刻が3時だ。

 もうちょっと出かけていてもフィリアは拗ねないだろう。


「帰る前に休憩していこうか」

「休憩? お茶でも飲むの?」

「まあ、お茶も飲めるなー」


 俺はヘイゼルの手を握り、歩いていく。


「どこに行くのよ?」

「座れるところ。歩いて疲れただろ?」

「まあ、そうかも」


 うんうん、こっちだよー。


 俺はヘイゼルを引っ張り、休める建物に入っていった。


「はい、お茶」


 俺は備え付けの冷蔵庫からお茶を出し、ソファーに座っているヘイゼルに渡す。


「…………ありがと」

「座れてよかったなー」

「そうね…………」


 ヘイゼルは俺の方を見ず、じーっと奥にあるベッドを見ている。


「ねえ? ここは飲食店ではないわよね?」

「お茶があるじゃん。食べ物も頼めば来るよ。ほら、ここにメニューがある」


 お前の好きなパスタもあるぞ!


「…………なんでベッドがあるの?」

「横になった方が休めるじゃん」


 疲れたでしょ?


「ここさ、宿屋じゃない?」

「泊まることもできるし、休憩もできるよ。ここは1時間とか短い時間でも利用できるんだよ」

「へー。やけに広いお風呂もあったね」

「まあ、汗をかくこともあるし…………」


 2人で入ることもあるし……


「なるほどねー」

「ヘイゼルちゃん、こっちにおいでー」


 俺はめっちゃ疑っているヘイゼルを手招きする。


「…………ここ、そういうとこじゃない?」

「いいからおいで」

「あんたさ、誠実な旦那じゃなかったっけ?」


 何それ?

 俺、詐欺師。


「俺は誠実だよ。ヘイゼル、愛してる」

「最悪なタイミングで言われたし……」


 それはごめん。


「この前はお預けだったしー」

「いや、してあげたでしょ」

「それはそれ、これはこれ」

「まだ結婚してないのになー…………」


 ヘイゼルはそう言いながらも身を寄せてきた。


「そのうちするから」

「ねえ? なんでうさんくさく言うの?」


 これは癖なんだよ……




 ◆◇◆




 休憩を終え、夕方になったので、俺とヘイゼルはフィリアに言われた卵を買って帰った。


 フィリアに卵を渡すと、フィリアが晩御飯の準備を始める。

 そして、俺が料理本の通訳をしながらフィリアがオムライスを手際よく作っていく。

 ヘイゼルちゃんはそれを見ていた。


「お前、上手だなー」

「ホント、ホント」


 俺とヘイゼルはフィリアを称賛する。


「まあ、道具は違うけど、家でも作るからねー」

「美味しそうだなー」

「ホントよねー」

「もうできるから座って待っててよー」


 見てると邪魔かもしれん。

 もう料理本はいらないだろうし、座るか。


 俺とヘイゼルはせめて、スプーンやコップぐらいは用意しようと思い、テーブルに並べていく。

 そして、ちょっとすると、フィリアが3人分のオムライスを作って持ってきた。


 俺達はフィリアが作ったオムライスを食べ始める。


「うん、美味いなー」

「ねー。フィリアは上手だわ」

「ありがとー」


 俺達はもぐもぐと食べ続ける。


「ねえ、明日はどうするの?」


 オムライスを食べながらフィリアが聞いてくる。


「明日もこっちにいようかなーと思ってる。2、3日休んでから向こうに帰ろうかなーと」

「私もそれでいいわ。でも、あんたのご両親はどうすんの? 帰ってくるのを待たないの?」


 ヘイゼルが口元にケチャップを付けながら聞いてきた。


「いつ帰ってくるかわかんないからなー。どんなには早くても1週間はかかるだろうし、待つよりかは普通に過ごしてる方がいいかな。そのうち会えるだろ」


 3日後に大当たりって言ってけど、その日で終わるとは思えない。

 どうせ、遊ぶのだろう。


「帰ったら冒険者の仕事?」

「だなー。氷を持って帰って肉屋に売るのはすぐだし、それが終わったら冒険者の仕事かな?」

「私もついていっていい?」

「いいよ。前に言ってたもんな」


 フィリアは砂糖を売るのに集中してもらっていたから冒険者の仕事を最近していないし、勘が鈍るが嫌だって話をしていた。


「フィリアも来るの? やった! 疲労とはおさらば」


 俺もヘイゼルも体力ないもんなー。


「よろしくねー。でも、何の仕事をするの? 採取? 調査?」

「あー……どうしよ? 師匠、どう思う?」


 俺は魔法の師匠であり、先輩冒険者であるヘイゼルに聞く。


「そうねー。まあ、がらわ……ギルマスに仕事を聞いて、いいのがなかったら採取でいいんじゃない?」

「そんなもんかねー」

「フィリアが入ってくれるのは嬉しいけど、貧弱2人パーティーが貧弱3人パーティーになっただけだし、討伐は無理よ」


 まあ、そうだな。

 フィリアは俺よりも弱いって言ってたし。


「バランス悪いな」

「そういうパーティーもいるよ」

「そうね。どんな仕事をするかだもん。斥候しかいないパーティーとかもあるわよ」

「そうなん?」


 大丈夫か、それ?


「そういうパーティーは調査しかしない。専門職ってやつよ。冒険者って要は何でも屋だからね。ケイン達みたいなモンスターや野盗狩りをメインにするパーティーもいるし、私達は採取やこの前の調査でいいじゃん」


 冒険者っていうから剣を持って戦うイメージが強かったが、別にいいのか。


「じゃあ、そうするかー。明日、明後日はこっちでゆっくりして、明々後日の朝に向こうに転移して、ガラ悪マッチョに仕事を聞きにいこう」

「そうしましょう」

「さんせー」


 俺達は今後の予定を決めると、ゆっくりと過ごした。

 何気に俺が向こうの世界に転移をし始めて、初めて1日以上、こっちにいることになる。


 心と体を休めよう。


 しかし、寝る場所をどうするかね?

 あいつら、絶対に両親の寝室には来ないだろうなー……

 俺も嫌だけど。

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