第055話 さあ、帰るかね……
フィリアのじいちゃんである神父様と話をし、フィリアを娶る許可を得た俺は教会隣にある宿舎に入り、出入口すぐ近くのフィリアの部屋の扉をノックする。
「どうぞー」
家主の許可を得たので、扉を開け、中に入る。
フィリアはベッドの上でだらけていた。
「よう、フィリア」
「リヒトさん、こんにちはー」
俺が挨拶をすると、フィリアは横になったまま挨拶を返した。
「体調でも悪いん?」
「いや、ちょっと考え事をしてた…………よっこらっせと!」
フィリアが上半身を起こす。
「横になっててもいいのに」
「そしたらリヒトさんが座れないじゃん」
いや、俺も横に…………
「まあいいや。じゃあ、隣に失礼する」
俺はそう言って、フィリアの隣に座る。
座った時に俺は2、30センチの間隔を開けて座ったのだが、すぐにフィリアが腰を上げ、ほぼくっついた状態で座り直してきた。
「ヘイゼルさんは?」
「家。ギルマスに依頼の詳細を話したし、帰ろうかなって思ってさ。お前はどうする? 考え事って言ってたけど」
多分、帰るだろうけど、一応、確認する。
「もちろん帰るよー。考え事は今後の商売だね。砂糖も終わったし、どうしようかと考えてた」
「その辺も考えないとなー」
「まあ、まずは氷だね。あ、ヘイゼルさんの家に行く前にオリバーさんにお金を受け取りに行こうよ」
「そうだなー」
金貨600枚か……
めっちゃ重いだろうけど、幸せの重みと思おう。
「行く? ヘイゼルさんが待ってるだろうし」
「あ、ちょっと待て。出かける前にお前に話がある」
俺は腰を浮かせかけたフィリアの腕を掴み、座らせる。
そして、フィリアの手を膝の上に置き、上から握った。
「話? なーに?」
「さっき、お前のじいちゃんと話をしてきた」
「う、うん」
フィリアは膝の上の手を返し、俺の手を握り返した。
「神父様にお前との結婚の許可をもらってきた」
「うん…………」
フィリアは俯いている。
俺はそんなフィリアの頬を触った。
「フィリア、愛してる。俺と一緒になってほしい」
「…………うん。私も……よろしくお願いします」
フィリアは頭を下げる。
「ほら、こっちにおいで」
俺はフィリアの頬から手を離し、首に腕を回す。
すると、フィリアは俺の手を離すと、腰を浮かし、俺に抱きついてきた。
「ありがとう……」
フィリアが抱きついたまま、耳元で囁いてくる。
抱き合っているので、顔が見えないが、声から察するにフィリアは多分、泣いていると思う。
「それは俺のセリフだな。まあ、でも、ちょっと待ってね。色々と決めないといけないこともあるし、俺の親にも言わんといかん」
「うん。待ってる……」
フィリアが抱きつく力が強くなったと同時に俺ももう片方の手をフィリアの背中に回し、抱きしめた。
1時間後、俺とフィリアは宿舎を出ると、商人ギルドに寄り、オリバーから金貨600枚を受け取った。
そして、ヘイゼルの家に向かっている。
「ちょっと遅くなっちゃったね」
隣に歩くフィリアが声をかけてくる。
時刻は3時を回っている。
ヘイゼルを結構、待たせてしまったが仕方がない。
「まあなー。向こうに帰ったら朝の9時ってところかな…………今回は色々あったし、ゆっくりしようかなーって思ってる」
「いいと思う」
フィリアが教会を数日空けることになるかもしれんが、神父様にはある程度の事情を話したし、問題ないだろう。
「しかし、重いな……」
俺は肩にカバンを背負っているが、めちゃくちゃ重い。
金貨600枚はやべーわ。
「ちょっと持たせてよー」
「持ち逃げすんなよ」
俺はカバンをフィリアに渡し、半笑いで言う。
「ちょっとやってみる!」
フィリアはカバンを持ち、走ろうとしたが、5メートルも到達しないうちに止まった。
「すごい! これが600枚! 逃げられない!」
フィリアが楽しそうに笑う。
フィリアに愛想を尽かされそうになったら金貨600枚を持たせようかな。
「ほら、お前には重いだろ。貸せ」
俺もそんなに力があるわけではないし、正直、肩が痛いが、男の威厳を保つため、何でもないようにカバンを受け取ると、担ぎ、歩き始める。
そのまま歩いていると、ようやくヘイゼルの家が見えてきた。
めっちゃ疲れた……
「フィリア、ちょっと回復魔法をかけてみて。どんなもんかなーっと思ってさ」
「はいはい、重くて疲れたんだね。ヘイゼルさんにバカにされたくないんだね」
ち、違うよー。
「いや、前にヘイゼルから回復魔法は疲労に効くって聞いたからどんなもんかと試してみようかと思っただけ。ほら、今後、お前と一緒に冒険に出た時とかのためにどんな感じかを知っておかないといけないじゃん」
「早口で言わなくてもいいよ……いくよー、ヒール!」
フィリアが俺に手をかざすと優しい光が俺の身体を包んだ気がした。
すると、肩の痛みや色々と動いた疲れが少しずつ取れていく。
「おー! すげー!」
「でしょー!? 絶対に教えないけどね!」
先手を打たれた。
やっぱり教えてはくれないらしい。
「杖とかいらねーの?」
フィリアは袋ゴミが入ったカバンしか持っておらず、さっきの回復魔法も手をかざすだった。
「この程度なら杖がなくても大丈夫だよ。さすがに深い切り傷以上だと杖か詠唱がないと無理だけど」
回復魔法も攻撃魔法とほぼ変わらんみたいだな。
ヘイゼルも酒を冷やす時は詠唱もしてないし、杖も持っていなかった。
「なるほどね。よーし! 回復したし、ヘイゼルの家に行くかな」
「ほらね……」
俺はフィリアの呆れたようなつぶやきは聞こえなかったことにし、ヘイゼルの家の扉の前に立つと、扉をノックする。
ちょっと待つと、扉が開き、ヘイゼルが出てきた。
「あ、やっと来た。えらい時間がかかってたみたいねー」
「ちょっとなー。その辺のことも話すわ」
「ふーん、まあ、入ってよ。あ、フィリアもこんにちは」
ヘイゼルはそう言って、俺達を迎え入れる。
「こんにちはー。お邪魔しまーす」
俺とフィリアはヘイゼルの家に入り、リビングにある机の席に着いた。
昨日と同様に俺とフィリアが並んで座り、家主であるヘイゼルが対面に座る形だ。
「さっき神父様と話してきたわ」
席に着くと、ヘイゼルに説明をする。
「長かったわねー」
色々、あったんだよ……
「まあ、ちょっとな……結論から言えば、承諾はもらえた」
「でしょうね。反対することはしないでしょ」
「と、俺も思ってはいたが、怖いわ」
「わかるわかる。あの人、怖いよね」
ホントねー。
「そうかなー? 優しいおじいちゃんだよ」
お前にはそうだろうよ。
「まあ、お前は孫だからな。それでだ、一応、母親のことも、あっちの世界のことも話しておいた」
「話したんだ?」
「言っちゃっていいの?」
このことはまだフィリアにも言っていないため、ヘイゼルだけじゃなく、フィリアも驚く。
「お前らの価値観は知らんが、ウチの国では結婚は個人だけでなく、家の繋がりでもあるからなー。まあ、神父様も感づいてはおられた」
「へー。まあ、貴族は確かに家の繋がりはあるよ。そのための政略結婚だし」
貴族はそうだろう。
俺もそれはわかるし、想像もつく。
「おじいちゃん、気付いてたの?」
フィリアが聞いてくる。
「お前の部屋で転移したからなー。あの人、人の気配とかがわかるらしく、お前の部屋に誰もいないことがわかってたらしい。あと、俺が母親に似てるんだと」
「あー……おじいちゃん、元騎士だからなー」
「そういえば、いつの間にかすぐ後ろにいたし、気配を読むとかもできるかもね」
騎士団に入ると、気配を読むとかいうよくわからない達人芸ができるようになるのかね?
……俺も占いやダウジングみたいなことをすればわかるぞ!
「でも、リヒトさんがソフィア様に似てるってのはわかるかも」
「確かに……あの写真を見て、私も思った。」
俺にはよくわからないが、まあ、親子だし、似てるかもしれない。
「まあ、そういう話をしてたんだわ。あと、ヘイゼルの話は…………どうしよ……?」
ヘイゼルちゃんが落ち込むかもしれない……
「私も何かあるの?」
「フィリア、お前、神父様の出身地ってわかるか?」
俺は一旦、ヘイゼルを置いておき、フィリアに聞く。
「え? ここでしょ?」
フィリアは知らんらしいな……
「まあ、話すか……」
「詳しく聞きたいけど、長くなりそう? あっちに帰ってからにしない?」
それがいいかもなー。
「そうね。あっちでゆっくり聞きましょう。私、ソファーに座りたいわ」
フィリアもだが、ヘイゼルはあのソファーが好きだなー。
まあ、こっちの椅子は長時間座ると、お尻が痛くなるしね。
「じゃあ、帰ろうか……ヘイゼル、準備はいいか?」
「ええ。あんたに言われた通り、ゴミはまとめたわ。収納魔法にしまってる」
ヘイゼルには向こうのゴミをこっちで処分するなと伝えてある。
「よっしゃ。ヘイゼル、こっちにおいでー」
俺は対面に座っているヘイゼルをこっちに呼ぶ。
「あんたにそれを言われると、いかがわしくにしか思えないわ」
「なんで?」
フィリアが首を傾げた。
ヘイゼルちゃん…………
少し、黙ろうか……
内緒って言ったのはお前だろ。
「色々あったのよ。それよか早く帰りましょう。私、お風呂に入りたい」
「あ、私も入りたい」
「帰ったら風呂なー。じゃあ、寄ってきてー」
俺がそう言うと、2人が俺を挟み、両腕を掴んだ。
「いや、一旦離せ。スマホを操作できん…………」
俺達は姿勢を正し、アプリで日本に帰還した。
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