第054話 神父様、ごめんなさい。そして、ありがとう
教会の神父であるフィリアのじいちゃんから話があるということをフィリアに聞いた俺は教会に行き、話を聞くことにした。
正直、足が非常に重い。
話の内容は100パーセント、フィリアのことである。
この世界ではそういう意味に当たるアクセサリーを俺はフィリアに贈った。
まあ、正直に言えば、買った当初はそこまでの意味を含んでいなかったが、男が好意を持つ女に贈ったプレゼントであることに変わりはない。
そういう意味があるんだよって教えてもらった後も返却は求めなかったし、特に否定もしなかった。
フィリアがそれを受け取り、身に着けるという返事をもらった今、もう後戻りはできない。
というか、俺、言葉に出しちゃったしね。
数日前、こっちの世界に戻ってきた時、フィリアは身に着けたネックレスを見せびらかすように身に着け、家のある教会に帰っていった。
同僚の修道女達が祝福してくれたって言ってたし、噂好きのこの町の住人のことだ……もう大抵の人間が知っているんじゃないかと思う。
下手すれば、ヘイゼルのこともだろう。
そうなると、フィリアのじいちゃんである神父様の耳にも当然、入っている。
もしかしたらフィリアが直接、報告している可能性も高い。
フィリアのじいちゃんはフィリアを俺に譲ることに関してはそこまで否定的ではなかった。
むしろ、勧めているところすらあった。
この世界の結婚の価値観はわからないが、多分、どの人も結婚に対してあまり否定はしないのではないかと思う。
国によってはだが、重婚もオッケー、ヘイゼルから聞いた絶縁後も結婚を祝福する話、ガラ悪マッチョから聞いた明日死ぬかもしれないのに結婚を推奨する価値観、そして、そんな男に嫁ごうとする女。
俺はこれらを総合的に踏まえて、反対される可能性はないと考えてる。
もちろん、孫はやらんと言って、殴られる可能性はゼロだろう。
俺はヘイゼルと別れ、教会に向かっている途中、この思考を2、3回繰り返している。
だって、嫌なんだもん。
心を落ち着かせようと必死!
俺、付き合っているかも微妙な女子の保護者に挨拶に行くんだよ?
まだ、抱きしめたことくらいしかしてないんだよ?
ちょっと半裸を拝んだのと家に連れ込んだくらいだよ?
こえーよ!
俺はまた足が重くなり、さっきの思考を最初からやり直す。
そして、心の中で大丈夫を連呼し、教会へと向かった。
教会に着くと、俺は一度、立ち止まり、スイッチを切り替える。
堂々と!
もらって当然的な心構えでいこう!
挨拶の時におどおどする男にだーれが唯一の孫娘を託すってんだ。
俺は覚悟を決め、敷地に入ると、教会の本堂の扉を開いた。
そして、以前、フィリアに案内された奥の執務室の前に立つ。
多分、ノックをしないでも俺がここにいることは気付いているんだろうなー……
とはいえ、ノックはしないといけないので、俺は扉を2回ほど手の甲で叩いた。
「入れ!」
ほーら、しゃべり方が騎士団モードだもん。
絶対に俺だってわかってるし。
「失礼します」
俺は扉を開けると、そう言いながら一礼する。
顔を上げると、フィリアのじいさんが以前と同じく、椅子に座っていた。
「座りながらですまん。今度は本当に腰を痛めた」
ラッキー!
これで殴られないのは確定!
「いえ、今度、腰に効く湿布でもお持ちしましょうか?」
「…………そうだな。あればもらいたい」
「用意しましょう」
買ったことないけど、ドラッグストアに行けば、売ってんだろ。
「頼む。まあ、座れ」
じいさんは机の横にあった予備の椅子を引っ張り、正面に座るよう言う。
近くね?
手が届く距離では?
「では、失礼して」
俺は否定もできないので、大人しく椅子に座った。
俺とじいさんの距離は1メートルも離れていない。
医者の問診を受けている気分だ。
「して? 何の用だ?」
白々しいなぁ……
「フィリアから神父様から話があると伺いました。また、私も神父様にお話しがあるのでやって参りました」
「ふむ…………どちらの用事から済ますかな?」
まーじで白々しいわ。
「どちらも同じ内容ですので、私から話しましょう」
「では、聞こう」
じいさんが姿勢を正した。
「単刀直入に言いますが、あなたのお孫さんであるフィリアさんを嫁に迎えたい」
「ふむふむ。まあ、そうだろうなー…………はっきり言うが、私は否定はしない。フィリアがそう決めたのならそれで構わんし、いつくたばるかもわからん爺の言うことに従い、婚期を逃すこともない」
「あなたはまだ死にませんよ」
あと20年以上は生きるだろうよ。
「そうか…………それは良いことを聞いたな」
「フィリアとは一緒になります。ただ今すぐというわけではありません。まだしないといけないこともありますので」
これだけは言っておかないといけない。
まず、俺は両親に伝えてすらいないのだ。
「わかった。私はただ孫を祝福する。時期については貴様らが決めることだ。ついでに聞くが、あの魔法使いとも一緒になる気か?」
「よく知ってますね?」
「この町では色恋ネタはすぐに共有されると思っていい。私も20年前になるが、この町に来てビックリした。どこぞの誰が結婚するらしいとか、あそこは隠しているようだけど、デキてるみたいな噂がしょっちゅう入ってくるのだ」
そんな昔からこんな感じなのね……
「本当にすごいですねー。まあ、ヘイゼルとも一緒になるでしょう。時期は未定ですがね」
「うむ…………それについてもフィリアが納得しているのなら構わん」
とりあえず、反対はなさそうだ。
良かった…………
「話は変わりますが、教会の動きで不審な点はありますか?」
「特にない。教会も異世界人がこの町に来ているということは把握しておったし、私に調査しろとの指令もきていた。その辺は私が誤魔化しておいたから安心しろ。いやー、本当にあっさりだったわ。教会も裏取りをしていたようだが、この町では、貴様は詐欺師としての認識が強いからなー」
あんまり嬉しくねーな。
町の人間は俺のことを完全に詐欺師って思ってるってことだ。
「そうですか……まあ、問題がないなら構いません。それともう1つ、お話をしないといけないことがあります」
「1つか? 少なくとも、私は2つほど怪しんでいることがあるけどな」
2つか……
「聞いてもいいですか? どれでしょう?」
「貴様らは何をしている? フィリアの部屋に籠ったと思ったらすぐに気配が消えたぞ」
気配って…………
バケモンか、お前は?
「腰に効く湿布を用意すると言ったでしょう?」
「チッ! やはりそういうことか!」
じいさんがいやーな顔をする。
「どうやら予想をしていたようで?」
「その前にもう1つ聞かせろ」
「何でしょう?」
「貴様の両親だ」
ほう…………
「存命ですよ。結納でもしますか?」
「なんだ、それ?」
「えーっと、嫁をもらう時に男親が女親に金を渡すのかな……? すみません、自分も詳しくはなかったです」
余計なことを言うんじゃなかった……
こういう時に常識がないとダメだね。
「ああ、そういうやつか…………あるところにはあるが、エーデルにはない風習だな。この国は冒険者の国だし、親がおらん場合が多い」
まあ、日本でも最近はやらないことが多いのかな……?
「まあ、その前に親に報告してからなんですけどね」
「報告しとらんのか?」
「留守なんですよ。だからフィリアとの結婚やらなんやらを今すぐにというわけにはいかないのです」
「なるほど……」
じいさんはふむふむと頷く。
「私の両親でしたね? 何を聞きたいんです? まあ、名前を聞けば、すべて納得されると思いますよ?」
「名は?」
「父はリュウジで母はソフィアですね」
「…………ふぅー……やはり異世界に逃げておったか……」
じいさんは大きく息を吐くと、ボソッとつぶやいた。
「予想してましたか?」
「捜索をずっとしておったが、ある日を境に一切の情報が消えたのだ…………それまでは捕まえることは出来んでも目撃情報くらいはあった。それが突然なくなった。私も捜索メンバーの一人だったが、これは異世界に逃げたと踏んでいた。一緒に逃げた貴様の父親は異世界人だったからな」
「異世界に転移できると?」
「わからんが、異世界人自体が転移してきた存在だからな。逆に転移することもあるだろう。特に貴様の両親は共に特殊なスキル持ちだからな」
母親は巫女、父親はギフト持ちか…………
「なるほど」
「正直、貴様に初めて会った時からもしやと思った」
「そうなんですか?」
それは意外だ。
「顔がソフィア様に似ているし、そのオッドアイはソフィア様とリュウジ殿の色だ。そして、巫女様の力を持ち、イース国の話に食いついた。もしかしてとは思った」
あー、なるほど。
イースは母親から聞いたことがあったので、確かに食いついたわ。
「ミスったかな?」
「ミスというほどではない。私も確信があったわけではないし、何となくそう思っただけだ。ソフィア様は息災にしておられるか?」
「元気にしていますよ。巫女の力とやらを使って、博打で儲けて、今は父と外国で遊んでます」
「ハァ…………いや、息災ならいい」
落ち込まないで!
気持ちはわかるけど、僕の母親なんです!
「神父様は母とは?」
「私は元々、ロストの貴族なんだ。と言っても継承権のない4男だったから教会の騎士団に入った。ソフィア様が巫女になられるということで護衛役を承ったのだ」
さっき、この町に来て20年って言っていたが、元はヘイゼルや俺の母親と同じロスト王国か。
「そのー、何と言うか…………」
この人がロストでなく、エーデルにいるのは……
「貴様が思っている通りだ。私がロストに帰ってないのは護衛役をまっとうできんかったからだな。どんな顔をして帰ればいいかわからん。上にお願いして、この町の神父にしてもらった」
「本当に申し訳なく…………」
「よい。貴様が気にすることではないし、ソフィア様が選んだ道ならば仕方がない。元々、ロストでも何をしでかすかわからん姫君だったのだ。人とは考えることが違う。凡人の我々には理解できんかった」
良い意味でも悪い意味でもって感じだな。
「母には文句を言っておきます。右から左でしょうけど……」
ママがパパと一緒になったからリヒトちゃんが生まれたのよー……って言いそう。
占わなくてもわかる。
「だろうな。まあよい。フィリアのことにしても、あのヘイゼルとかいうバーナードの小娘のことも報告するがいい」
「ヘイゼルのことをご存じで?」
同じロストの貴族だからわかるのかな?
「バーナードの当主から気にかけるように言われておる」
ヘイゼルちゃん…………
普通に居場所がバレてますやん……
「ヘイゼルの父親はヘイゼルがここにいることを知っているんですね? ヘイゼルは隠してますけど……」
「貴族を舐めないことだ。そんなもんはすぐに調査をすればわかる。ましてや優秀な魔法使いのことなんかすぐにわかる」
あー……ヘイゼルは目立つしなー……
「ヘイゼルの父親は連れ戻さないんですか?」
「外国だからな…………いくら娘とはいえ、絶縁状を送った冒険者を無理に連れ戻せば、ここの貴族とぶつかるし、下手をすれば国際問題だ。ヘイゼルはここの領主とも知り合いだし、国も貴族も優秀な魔法使いを手放すわけがない」
マジでみーんな、ヘイゼルが貴族なことを知ってんだな。
それを知らないのは本人だけ……
「一度、向こうの親と会った方がいいですかね?」
「やめとけ。貴様はロストには行かんほうがいい。何だったら手紙でも送ってやろうか? それこそ何かの贈答品と一緒に送れば、向こうも文句は言わんだろ」
「何かを贈った方がいいんですかね? それこそ結納?」
「ある程度の財力を見せればいいんだ。向こうだって娘がいくら優秀だろうが、貧乏人に娘をやるのは不安になる。貴族から平民になって苦労する話は多いからな。あいつらだって、ちゃんと娘を養えるのなら安心するだろ。絶縁状を送ってるし、もはやあの娘に政略結婚の価値はない。あとは親の感情だけだ」
財力か…………
100均で鏡でも買って送るか……
フィリアの目利きでは確か、めっちゃ高かったはず。
「ヘイゼルに政略結婚の価値はないんですか?」
「貴族の婚姻では身辺調査をするからな。この町で調査してみろ。すーぐに貴様のお手付きなことがバレる」
手を付けてはないんだけどな……
ギリね! ギリセーフ(アウト)だよ!
「ヘイゼルの親も?」
「もちろん知っている」
やっぱりかー……
「わかりました。適当に贈答品を見繕いますので、手紙を送ってもらえますか?」
「いいだろう。貴様は今後、どうする? この町に住むのか?」
「その辺を詰めていないのですよ。正直、感情のままにフィリアとヘイゼルをもらうことにしましたので」
2人に不満はないけど、もうちょっと時間をかけたかったよ……
「若いうちはそれでいいだろう」
「ですかねー? あとはこの町のせいですね。噂のせいで外堀がガンガン埋まっていきます」
「それはすまない。実はよくあることだ。実際、私の息子夫婦……フィリアの両親だな。あれらもそうだった」
この町がすごいんだな……
「まあ、多分、この町に住むとは思いますが、その辺を今後、3人で詰めていきます。今日はフィリアをもらう許可と私のことを話しに来たんです」
「わかった。私から何かを言うことはない。ただ、フィリアを頼む。あの子はしっかりしているし、必ずや貴様を支えてくれるだろう。貴様もまた、フィリアを幸せにしてやってくれ」
じいさんが俺の両肩に手を置いて頼んでくる。
「それは確実にお約束しましょう」
「うむ。なら結構。バーナードや教会のことは任せておけ」
「感謝します」
俺は立ち上がり、深々と頭を下げた。
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