第051話 逃走と死闘


 ヘイゼルに慰めてもらった翌日は朝からリビングでゆっくり過ごしていた。

 食事を買いに出かけたくらいで後はソファーに座りながら2人で他愛のない話をしていた。


 昼になってもそれは変わらず、ただただ体と精神を休めた。

 そして、夕方になると、夕食を食べ、風呂に入り、準備と最終確認をする。


「向こうに着いたらまずは周囲の確認だ」

「わかった。もし、見張りがいるなら絶対にかがり火かなんかの火を焚いていると思う」

「だな。その時はこのサイレンサー付きの銃で確実に見張りを始末する。もし、それで他のヤツに気付かれたら水魔法で火を消してくれ、向こうは闇で見えないが、こっちは暗視ゴーグルで見える」

「了解」


 俺達は準備を終え、向こうでの服に着替え終えている。

 体力も気力も回復し、身体の状態はいい。

 昨日もぐっすり眠れたし、今日だって、ずっと身体を休めてた。


 あとは暗視ゴーグルが付いたヘルメットを被り、アプリを起動させるだけだ。

 時計を見ると、9時55分。

 作戦開始5分前だ。


「最後かもしれないからキスでもしとくか?」

「だーかーらー、先にフィリアにしなさいっての。というか、縁起悪くない?」


 向こうにもフラグってあるんかね?


 俺はちょっと考えたが、ヘイゼルに近づき、抱きついた。


「これはフィリアにもした」

「やることやってんのね」


 ヘイゼルも俺の背中に手を回す。


「帰って、フィリアを呼んで、お前の家で飲もう」

「そうね。大変だったねーって笑いましょ。でも、昨日のことは言っちゃダメよ」

「わかってる」


 言えるか……

 ほぼアウトよりのセーフ(アウト)やんけ。


「時間だ。行くか……」


 俺は時計で時間を確認すると、ヘルメットを被る。


「これ、すごいんだけど、ダサいわよね」


 ヘイゼルもヘルメットを被った。

 黒ローブに長い髪。

 いつものヘイゼルだが、三角帽子ではなく、暗視ゴーグル付きのヘルメットだ。

 はっきり言って、ちょー似合わない。


「機能性重視だよ。俺だって似合ってねーだろ」

「うん。ダサすぎ」


 はっきり言うな。


「ヘイゼル」

「ん」


 俺は名前だけでヘイゼルを呼ぶと、ヘイゼルがくっついてくる。

 そして、スマホを掲げ、アプリを起動させた。


 俺はこのぐるぐる画面を見るのが最後になりませんようにと祈りながらスマホ画面を注視した。


 やっぱ、このぐるぐるは気持ち悪いなー。




 ◆◇◆




 俺は気が付くと、外の風を感じた。

 だが、何も見えない。


 すぐに転移先だと判断し、暗視ゴーグルを装着した。

 暗視ゴーグルは昼間のようにはっきり見えるわけではないが、周囲の状況を把握するには十分なものだった。


 俺は隣でヘイゼルが同じ行動をしたのを確認すると、伏せたまま、小屋の裏から覗く。


 どうやら見張りはいないようでかがり火もなかった。

 すでに撤退してくれたらラッキーと思い、そーっと小屋の前に回り、小窓から小屋の中を覗くと、何人かの人間が寝ていた。


 チッ!

 まーだ、いやがる。

 図太いヤツらだ。


 俺は声を発せずに事前に決めておいたハンドサインで小屋に人がいることをヘイゼルに伝える。

 ヘイゼルも了解のサインを出した。


 俺達がここに来る前に決めておいたことは、なるべく声は発しないこと、常にお互いの位置と姿を確認することだ。

 声を発しないのは向こうは見えないが、こっちは見えるというアドバンテージを活かすためのものであり、相手の位置を確認するのは向こうの魔道具対策である。


 俺達は中に人がいる場合はそーっとここを離れることに決めていたため、ゆっくりと歩いて、来た道を引き返していく。

 ゆっくり歩いていき、小屋から少し、距離を取ると、ヘイゼルが俺の肩を叩いてきた。


「…………どうした?」


 予定にない行動だったため、小声を出して聞く。


「…………馬車がない」


 ヘイゼルにそう言われて、俺達が転移した小屋裏に馬車ないことに気付いた。


「…………移動したか?」


 俺がヘイゼルに聞くと、ヘイゼルは地面を指差した。

 暗視ゴーグルをつけたままでわかりにくいが、昨日見た車輪の跡が増えている気がする。


「…………この先じゃないかな?」

「…………多分、俺らが通ってきた道を警戒してるんだと思う。だが、火がない」


 見張りならかがり火でも焚火でもするだろう。

 だが、それがないところを見ると、夜は来ないと踏んで休んでいるということだ。


「…………夜に大森林に行くヤツはいないからそうだと思う。でも、あの道を通れば気付かれる」


 俺らが通ってきた道は草の音が出るだろう。

 そうなったら寝てるかもしれないが、起きる可能性が高い。


「…………やるぞ」


 俺がそう言うと、ヘイゼルが頷いた。


 俺達がそのままゆっくり歩いていくと、例の開けた場所が見えてくる。

 そして、そこには予想通りの馬車が止まっていた。


 俺達はさらにそーっと近づくが、馬車は見えるものの周囲に人はいない。


「…………どうする?」


 ヘイゼルが小声で聞いてくる。


「…………俺の銃は音が出ないが、小型だ。屈強な兵士は即死しないかもしれん。お前の精霊魔法で焼ききれ」


 これは事前に決めておいたことだ。

 俺の火力では即死できない可能性が高い。

 だが、ヘイゼルの魔法は音もあまり出ないし、高火力なため、まず瞬殺できる。

 問題は光だが、小屋からはそこそこ離れているし、寝ているから大丈夫…………だと思いたい。

 一応、そのために4時に行動をしているのだ。


「…………わかった」

「…………魔法を放ったら一気に走るぞ。お前が先頭だ」


 これも決めておいたこと。

 ヘイゼルの方が足が遅いので先に走らす。


「…………ええ。行くわよ」


 俺達はそーっと馬車に近づくと、立ち上がった。

 そして、ヘイゼルが杖を構えた。

 すると、ヘイゼルの杖の先が光りだし、炎が現れ、一気に馬車を包み込んで焼却していく。

 繋がれている馬さんには悪いが、炎はあっという間に馬車を燃やしていった。


 俺達はすぐにその場を離れ、来た道を走っていく。


 ――ピイィー!!


 俺とヘイゼルが道に入った瞬間、後ろの炎の中から笛のような高い音が響いた。

 だが、その音はすぐに消える。


「警告の笛!? 生きてるの!?」

「死ぬ間際に使ったんだ! 行け! 止まるな!」


 俺達はヘイゼルを先頭に走り出した。


 くそっ!

 あの炎を食らって即死しなかったことも驚いたが、それ以上にあの状況で笛を吹けるのは相当の練度だ。

 絶対に盗賊ではない。


 俺はたまに木の枝に引っかかり、服が破れたり、腕や足に傷がつくことがあったが、痛んでもいられない。

 ヘイゼルも同じだろうが、まったく気にせずに走っている。

 いや、あいつの服は特別製だったな…………


 俺は時折り、後ろを確認するが、人が来ている様子はない。


 気付かなかったか?

 いや、それはない。

 おそらく、馬車があった所まで来るのに時間がかかるのと、暗闇で追うのかを悩んでいるのだろう。


「ヘイゼル、全力で走るな! 少しペースを落とせ!」

「なんで!?」

「まだ敵は俺らを追えていない。短距離より長距離を走るつもりで行け!」


 足の速さは向こうが上の可能性が高いし、街道、そして、町までは距離がある。

 疲れて、潰れてしまえば、それで終わる。


 ヘイゼルは俺の言うことを理解したのか、スピードを少し緩めた。


 俺達はそのまま走っていくが、次第に日が昇っていくのがわかる。

 まだ森の中は十分に暗いが、上を見ると、薄暗い空が見え始めていた。


 マズいな……

 これは平原か街道で追いつかれて戦闘になるかもしれん。

 数は減らしたし、森の中よりはマシだろうが、相手は正規兵だ。

 きついかも……


 さっき小屋で見た男の数は5人。

 最低でも5人だな。

 ヘイゼルの魔法と俺の銃で勝負するしかない。


 俺達はその後も走り続けると、先に薄い光が見えてくる。

 そして、出口も近づき、あと少しで森を出れるというところまで来た。

 

「出口よ!」


 ヘイゼルがそう言った瞬間、俺の脳裏に危険信号が走った。


「ヘイゼル、止まれ!!」


 俺が止まるように指示したが、走っているヘイゼルは止まることが出来ずに森を出た。


「へ!?――――キャッ!!」


 ヘイゼルが俺の方を振り向いた瞬間、道の横から影が出てきて、ヘイゼルを襲う。


 チッ! ここにも見張りを立ててやがった!


 俺はすぐに銃を取り出し、ヘイゼルに覆いかぶさる男に銃を向けるが、男はピクリともしなかった。


「ん?」


 男の下からヘイゼルがごそごそしながら出てきた。


「ハァハァ………痛ったー……肩を打った」


 ヘイゼルの手にはスタンガンが握られており、どうやら男はスタンガンを食らって気絶しているようだ。


「ケガは!? 走れるか!?」

「大丈夫よ。行きましょう!」


 ヘイゼルはすぐ立ち上がると、そのまま走っていく。

 俺もその後ろを走るが、まだ、追っ手はいなかった。


 このまま逃げ切れるかなーっと思っていると、街道まであと半分くらいの距離で後方の森から男が5人出てきた。


「チッ! ヘイゼル、街道まで走れ! そこでやる!」

「クッ! わかったわ!」


 こうなったら仕方がない。

 町までは逃げ切れないだろう。

 街道で戦闘するしかない。


 一応、戦いが起きた場合のシミュレーションもしてある。

 あとはそれが上手くいくかだ。


 俺達は体力的にかなり厳しかったが、なんとか街道まで着くと、振り向いた。

 そして、敵が到着するまでに息を整える。

 すでに朝日は上がっており、まだちょっと暗いものの十分に明るかった。


 俺とヘイゼルは暗視ゴーグルを取り、それそれの武器を構える。

 俺が銃でヘイゼルは杖だ。


 男達は俺達を追うために走っていたが、俺達と男達との距離が50メートル程度になった時に男達が立ち止まった。


「何かしら?」

「魔法の警戒と息を整えている。あいつらは全身鎧だから疲労もあるんだろう」


 男達は5人共、お揃いの鉄っぽい全身鎧を着ている。

 だが、兜はしておらず、狙い目はそこだろう。


「ヘイゼル、あいつらはお前の魔法を警戒して、散開してくるだろう。囲まれたら終わるからサイドの敵を叩く」

「中央は?」

「無視しろ。もし来たら俺の言霊で止める」

「わかった」


 言霊の弱点はヘイゼルの動きまで止まることだ。

 だが、ヘイゼルは言霊を知っている。

 数秒後、言霊が切れた時に真っ先に動けるのは敵ではなく、ヘイゼルだ。


 俺達が作戦を決めると、止まっていた5人の真ん中にいる男が手を挙げた。


 あいつがリーダーだな…………


 俺が確実に殺すべき相手を決めると、そのリーダーらしき男が手を降ろした。

 すると、他の4人がサイドに散らばって、距離を詰めてくる。


 俺はヘイゼルが右の男に魔法を放ったのを見ると、杖を出し、魔法を放った。


 ヘイゼルが放った火魔法はあっという間に一番右にいた男を焼き尽くす。

 だが、俺が放った火魔法は外れてしまった。


 右にいるもう一人の男はヘイゼルの魔法を見て、尻込んだが、俺の方の2人は俺の魔法の威力と練度を見て、嬉しそうに走ってくる。


 俺はそんな男2人のうち、先に俺に到達しそうな男に向けて、銃を構える。

 そして、俺と男の距離が5メートル程度になったところで男の顔に向けて引き金を引いた。


 俺が放った弾丸は男の顔面に直撃すると、男は後ろに倒れ、動かなくなる。

 それを見たもう一人の男の動きが止まった。

 これで奥にいるリーダー、ヘイゼルと俺から15メートル程度離れている男2人はその場で足を止めたことになる。


「まだやるか!?」


 俺は奥にいるリーダーらしき男に銃を構え、叫ぶ。

 リーダーらしき男はその場から動いていないため、50メートルは離れており、絶対に銃が当たらない距離ではあるが、ハッタリだ。


 サイドにいる男2人は1、2歩後ろに下がったが、奥にいるリーダーはむしろ前に進んできた。


「やる気かしら?」

「交渉する雰囲気には見えんな」


 たとえ、そうだとしても信用なんかしない。

 もはや話し合いをする段階ではないのだ。


 男はそのまま歩いていき、俺達から20メートル程度の距離になると、サイドにいた男2人と合流した。

 そして、その場に立ち止まると、背中から小さな杖を取り出す。


「魔法使いか!?」

「いや……あれは!? そんな…………」


 ヘイゼルが青ざめて絶句する。


 男が杖を掲げると、杖の先が光りだし、何かよくわからないものが俺達を含んだ周囲を包み込んだ気がした。


「なんだ?」

「あ……あれは魔法を封じる杖……なんでそんなものを持ってるのよ……」


 魔法を封じる…………

 そんなのがあるのかよ!


「ヘイゼル、下がれ!」


 俺は完全に無力となったヘイゼルの前に立ち、銃を構えた。


 リーダーらしき男はその場に残ったままだが、男2人がゆっくりと俺達に近づいてくる。


 チッ!

 魔法を封じて、余裕が出てきたか。

 だが、こいつは魔法でも魔道具でもない。

 確実に仕留める!


 俺は銃を構え続けていたが、男2人は両サイドに広がっていく。


 クソッ! 広がんなや!


 これでやれるのは1人。

 俺がどっちかを殺しても、どっちかが俺を殺す。

 そうなったら残っているのは男2人と無力になっているヘイゼルだけだ。


「ヘイゼル、逃げな」

「やだ。あんたが死ぬなら自害する……」


 ヘイゼルはそう言って、俺の服を掴んでくる。


「魔法を使えんだろ」

「あ…………」


 こんな時にまでドジをかますなよな……


 俺は少し笑い、腰の剣を抜いた。


「2人は確実に殺す。多分、言霊も封じられたっぽいけど、相打ちになっても殺す。そうなったらお前は奥にいる男に色目を使ってでも命乞いをしろ。そして、近づいてきたらスタンガンでやれ」


 俺はそう言い残し、前に出た。

 左手に持つ銃を左の男に構え、右手に持つ剣で右にいる男をけん制する。

 両手でもロクに使えないのに片手で使えるとは思えんが、しゃーない。


 俺は覚悟を決め、男2人を殺すために、足を踏ん張った。


 男2人はそんな俺をあざけ笑うように襲いかかってくる。


 俺が命を捨てる覚悟で飛び出そうとした瞬間、右の男が急に倒れた。


 俺と左の男は事態が飲み込めず、完全にフリーズする。


 倒れた男をよーく見ると、頭に矢が刺さっていた。


「がはは! 見たか、ケイン!! 俺の腕も落ちてないだろ!!」


 山賊っぽい声が辺りに響いた。


 声がする方向を見ると、馬に乗ったガラ悪マッチョが弓を構えていた。

 その隣には同じく馬に乗った性病のケインもいる。


「いや、なんで引退したんだよ…………おーい! 詐欺師とポンコツー! 生きてるかー!?」


 性病野郎が俺とヘイゼルに声をかけてきた。


「誰が詐欺師だ! てめーの性病をいち早く教えてやったんだぞ!」

「誰がポンコツよ! 移るからあんたは帰りなさい!」


 俺とヘイゼルはホッとしながらも言い返す。


「ほら見ろ。あいつら、絶対に言い返してくる」

「助けがいのないヤツらだなー」

「いいから早く残ってる敵をどうにかしろ!」


 俺が怒鳴ると、ケインが馬を動かし、剣を振り上げながら手前にいる男に向かって走っていく。

 残っている男は一瞬、逃げようと後ずさったが、馬相手には逃げられないと思ったのか、剣を構えて、迎撃態勢を取った。

 だが、ケインはそんな男に剣を投げる。


 男はその剣を躱すために地面に転がったのだが、ケインは馬を操り、転がっている男を踏みつぶした。

 そして、馬を方向転換させ、最後のリーダーらしき男に襲いかかる。


 リーダーらしき男も剣を抜き、構えるが、直後、首に矢が刺さった。

 リーダーらしき男はそのまま、倒れ、動かなくなる。


「すげー! マジでこの距離で当たったぞ!!」


 弓を持ったガラ悪マッチョが叫びながら喜んでいる。

 それもそのはず、リーダーらしき男とガラ悪マッチョの距離はかなりのものだ。

 この距離で当てられるのはヤバい。

 俺なんか5メートルでも微妙なのに…………


「自害せずに済んだわ……」


 ヘイゼルが俺の横に来て、つぶやく。


「俺も生き残れたわー……ってか、あいつら、すげーな」

「まあ、ケインは実力者だし、ギルマスも元冒険者だしねー」


 うーん、やっぱり、俺はあれらになれる気がせんわ……

 性病にはなりたくもねーけど……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る