第050話 セーフかアウトかは議論の余地があるが、俺の中ではセーフ(最低)
「ちょっと出てくるわ」
俺はとある人間に電話すると、ソファーに座っているヘイゼルに告げる。
「出かけるの? 私は留守番?」
「すぐ戻ってくるし、帰ったら飯を買いにいこう。何だったら外食でもいい」
時刻は昼を回っている。
あっちの世界で言えば、すでに晩飯時である。
「わかった」
「好きにしていいけど、飲みすぎるなよ」
「さすがに飲む気分じゃないわ」
だよねー……
俺はヘイゼルに留守を頼み、家を出た。
そして、約束の人と会うために近所にある以前にも行った喫茶店に向かう。
喫茶店に到着すると、中に入った。
喫茶店は結構、流行っていると聞いたことがあるが、お客が一人しかいなかった。
俺が行くと、いつもこの客しかいない。
「先生、こっちです」
その一人の客が俺を呼ぶので、俺は同じテーブルにつく。
俺がいつも頼むアイスティーを頼むと、店員はすぐに持ってきた。
そして、奥に消えていく。
この喫茶店には俺と対面に座るスーツの男しかいない。
「先生、この前は世話になりました。おかげさまで無事に乗り越えましたよ」
男は俺を先生と呼び、頭を下げた。
前に会った時に警察のガサ入れを占ってやったのだ。
「そら、よかった」
「親父も感謝してましたぜ」
「当分は平和だから安心して」
こいつらに不穏な影は見えない。
「マジですか? いやー、それは嬉しい。で、本題ですが、先生に言われたものを持ってきましたよ」
俺はスーツの男が持ってきた袋を受け取る。
「こんなもんを何に使うんです? 先生は堅気なんだから変なことをしない方がいいですよ?」
「わかってるよー。護身用、護身用」
身を守るためのものであるし、嘘はついていない。
「暗視ゴーグルが護身用ですか? しかも、サイレンサーって…………暗殺でもするようにしか見えませんよ」
「しないよー。その時はお前らに依頼するわ」
「いいですけど、いくら先生でも金を取りますよ?」
わーお。
冗談だったのにマジでやるんかい。
やーさんは怖いわー。
「一生頼まねーわ。それよか、ちょっと相談があるんだけど、聞いてくれる?」
「何すか? 先生に相談されて答えられるようなことはないと思うんですけど?」
「銃の話なんだけど、ハンドガンって弱くね?」
「まあ、そうでしょうよー」
スーツの男は普通に肯定した。
「強いのってない?」
「そら、ありますよ。強いのが欲しいんですか? やめた方がいいですよ。それこそライフルなんかあっても先生には使えませんし、それでも訓練すればいいですが、さすがにそこまでやると先生のお母さんに呪われそうですわ」
ママン?
「あれになんか言われてる?」
「先生に引き継ぐ際に危険な目に遭わせるなって釘を刺されてます。あの人、平気で呪ってくるから怖いし、そもそも先生らはウチの組とは関係ないんで巻き込む気はないですよ」
いや、やーさんの仕事を引き継ぐ時点で危険だろ。
というか、平気で呪うな。
「ダメかー」
「まーじで何をしてるんですか? 危険な目に遭ってんなら護衛をつけましょうか?」
「お前らの護衛が怖いわ」
「でしょうねー」
武器は厳しいかなー。
「あ、でも、護身用っていうなら良いもんがありますよ」
「何?」
「スタンガンです。ちょーっとだけ強力なやつです」
ちょーっとだけらしい。
「どんなもんなん?」
「まあ、大人は気絶ですね。心臓が弱いヤツならぽっくり逝っちゃうかも」
「ほうほう!」
これはヘイゼルにはいいかもしれない。
魔法使いは杖を奪い、口を塞げば終わりって話だが、逆に言うと、敵はそれを狙ってくる。
ヘイゼルの容姿から考えて、敵が男ならヘイゼルを殺さずに拘束しようとするだろう。
そこが狙い目だ。
「いくら?」
「金はいらねーですよ。ちょっと取りに行かせますわ」
「あ、2つね。ウチの宅配ボックスの中にでも入れておいて。俺、帰って女と飯食いに行くから」
羨ましいだろ?
「了解。女とですかー。いいですねー。先生は若いし、こんな所でわるーい大人と会うより、女とイチャコラしてください」
「実はな、俺、結婚するかもしれん」
「…………先生、20歳の大学生では? デキちゃった?」
まだ手すら付けてないね。
「いや。でも、もう引き返せないところまで来てる気がする」
「おめです。ちょっと早いですが、結婚は若い方がいいって言いますよ」
「しかも、2人」
「………………」
さすがのやーさんも閉口した。
「もっと言えば、16と17」
「………………お母さんには?」
「まだ言ってない」
「すんません、先生。俺、帰ります…………俺は何も聞いてませんから」
スーツのやーさんは伝票を持って、そそくさと店を出ていった。
◆◇◆
やーさんから色々ともらった後、家に帰った俺はヘイゼルと一緒にファミレスに行った。
そこで昼食を食べ、帰りに晩御飯用の弁当を買って、家に帰った。
そして、玄関の横に置いてある宅配ボックスから紙袋を回収すると、家に入り、ソファーでくつろぎ始める。
「あんたんとこのご飯は本当に美味しいわー」
先ほどオムドリアとかいう俺も食べたことがないものを食べていたヘイゼルはご機嫌そうだ。
喜んでくれるのは嬉しいし、可愛いとは思うが、ドリンクバーで遊ぶのはやめてほしかった。
なーにが、『私は錬金術も得意なの!』だよ!
コーヒーを混ぜた時点ですべてが終わりだっつーの。
「よかったなー」
俺はヘイゼルに返事を返しつつ、やーさんからもらった2つの紙袋を開ける。
中にはヘルメット付き暗視ゴーグルが2つとサイレンサー付きのハンドガン、そして、スタンガンが2つ入っていた。
「何それ?」
絶対に見たことがないであろうヘイゼルが聞いてくる。
「まず、これは暗視ゴーグル。夜だろうが見えるようになる」
「明るくなるの?」
「いや、このレンズを通すと見えるようになる。夜になったら試そう」
「全然わかんないけど、わかった」
俺も原理は知らん。
「これは銃だな」
「あんたが持ってるやつ?」
「そうそう。ただ、これは音がしない。この筒が音を殺すんだ」
これも原理は知らん。
「あー、さっきは響いたもんねー」
最初からサイレンサーだったらそのまま逃げ切れたかもしれん。
銃を最初にもらった当初はそこまで頭が回らなかった。
「それで、これはお前の武器だ」
俺は2つあるうちの1つのスタンガンをヘイゼルに渡す。
「何これ?」
「これはスタンガンと言う護身用の武器だ。魔法に雷魔法ってあるか?」
「あー、あるわね。超上級魔法」
雷は強いらしい。
まあ、水を出したり火を出したりするよりは強そうだからなー。
「これはその雷みたいなものを出すんだ」
俺はそう言って、持っているスタンガンのスイッチを押した。
すると、先端からバチバチと音を出しながら電気が走る。
「うわー……すごい魔道具ねー」
ヘイゼルが感心しているが、魔法ではなく、科学だ。
まあ、俺も詳しくは知らんから魔法と変わらないけど。
「お前は杖を奪われ、口を塞がれることが弱点だ。敵もそれを狙う。その時にこれを使え。多分、相手は気絶する」
「そんなに威力があるんだ…………あんたに押し倒された時にこれがあったら使ってたわ」
今は押し倒しても使わないよね?
「最初から出すなよ。敵に奪われて、自分に使われたら最悪だからな」
「自分が無力化することになるのね…………わかった。収納魔法に入れて、拘束されたら使うわ」
それでいい。
これは保険だ。
ヘイゼルは普通に対峙すれば、強力な魔法が使えるし、まず負けない。
「準備はこんなもんかな」
「色々あるもんねー。一気に移動できるものはないの?」
「自転車かバイクか…………どっちみち森では無理だ。せめて、平原や街道ならなー」
まあ、俺、免許を持ってないからチャリ一択だけど。
「逃げるのは足ね……」
次は24時間の制約上、こっちに帰ることは出来ない。
遭遇したら即戦闘だ。
「最初はゆっくりとその場を離れて、来た道を引き返そう。明るくなってきたらダッシュだ」
「そうしましょう」
俺達は作戦を決めると、その日はゆっくりと身体を休めた。
夜になると、買ってきた弁当を食べ、酒は飲まなかったが、2人で話をし、早めに就寝した。
ヘイゼルは俺の部屋で寝て、俺は両親のベッドで横になっている。
だが、布団に入って1時間は経つが、一向に寝ることが出来なかった。
「チッ! ダメだ。寝れない……」
俺は思わず上半身を起こし、頭に手を置く。
ヘイゼルと一緒にいた時は何ともなかった。
だが、1人になると、急にあのクズを殺した時を思い出してしまう。
「今日は眠れないかなー……」
とはいえ、さすがに寝たほうがいいのはわかる。
明日の出発は夜の10時の為、時間は十分にある。
だが、肉体的にも精神的にも疲れている今の状態では寝たほうがいい。
「飲むか……」
俺はこのままでは眠れそうにないので、1階のリビングに下り、冷蔵庫から酒を取り出した。
そして、その場で一気飲みした。
微炭酸とはいえ、アルコールの入った炭酸飲料を一気するのはキツかったが、今はそれが良かった。
俺はもう1つの缶を取り出し、ソファーに向かう。
ソファーに腰かけると、缶のプルタブを開け、2缶目の酒を飲みだした。
「ゴブリンと人間は違うなー……」
ゴブリンを殺した時も思うことはあったが、今ほどではない。
やはり人間はキツい。
あんなヤツ、死んでもいいと思うし、たとえ、時間が戻ったとしても殺す。
ヘイゼルに手を出した時点でそれは決まっているし、後悔はない。
「占いに出た不幸はこれか…………」
人を殺すこと。
あっちの世界で生きていくのならば、まだあるかもしれない。
その時に今、殺しておいてよかったと思うのかもしれない。
あのクズはヘイゼルに手を出したから悩むことなく殺せた。
だが、もし、俺に敵意を向けられたとして、引き金を引けたかはわからない。
「こういう時はどうすんだろ…………」
西の門番にゴブリンを初めて殺した時に言われたのは酒か女だ。
酒は飲んでいる。
あとは…………
「ヘイゼルを襲うか……?」
「ダメって言ったじゃん」
俺は声がした後ろをゆっくりと振り向く。
そこには髪をあげ、パジャマを着た黒髪の魔女が立っていた。
「寝てろよ。夜這いがかけれん」
「ダメだっつーの」
ヘイゼルは笑いながらそう言うと、俺をまたいで定位置である俺の左隣に座った。
「お前と話してると、忘れられるわ」
俺は半笑いでお酒を飲む。
「人といるのは良いことよ」
ホントだわ。
「お前、人を殺したことはあるか?」
「あるわよ。たまに襲われるからね。全部返り討ちにした」
燃やしまくったのかな?
「思うことはないん?」
「最初はあったけど、最初だけ。今は女の敵は積極的にぶち殺すわ」
勇ましいねー。
「眠れん」
「わかるわかる。皆、そうだよ。でも、安心して、明日には普通に寝れる」
明日は夜にあっちに転移するから寝れんがな。
「そうなん?」
「弱い人は引きずるけど、あんたは余裕でしょ。普通にゴブリンの腹を掻っ捌いてたし」
「普通ではない。嫌々だよ。ガラ悪マッチョがやれってうるせーもん」
「冒険者じゃない人はそれができないのよ」
まあ、できない人もいるだろうね。
「これが明日には治るのかねー」
「そういうもん」
そっかー。
でも、今は人のぬくもりがほしいわ。
最悪、母親でも父親でもいい。
「ヘイゼル、こっちにおいで」
俺はヘイゼルに手招きし、もうちょっと近くに来るように呼ぶ。
「だーかーら、ダメだっての」
ヘイゼルは腕でバツ印を作った。
「なんで? フィリア?」
「そう。あんた、私とフィリアの両方をもらいたいなら順番を守りなさい。絶対にフィリアより先に私に手を出したらダメ」
「さっきも言ってたな。何か理由があるん?」
「あんたが先にいい感じになったのはフィリアでしょ。それなのに後から来た私が先に関係を進めたらフィリアがいい顔をするわけないじゃん。ブチギレ案件よ。私もあんたも生涯、ネチネチ言われ続けるわ。女はそういうもん」
泥棒猫かね?
いや、ちょっと違うか……
でもまあ、確かに散々、保留にしておいて、それはマズいわな……
「わかった。まあ、酒で寝落ちするか……」
俺は酒を片手に天井を見た。
強いのを買えばよかったな…………
「……………………しょうがないわねー。絶対に最後まではやんないけど、サービスぐらいならしてあげるわ。でも、ここまでさせて結婚詐欺したらマジで殺すからね。あと、フィリアには絶対に内緒よ」
ヘイゼルはそう言って、俺が手に持っている缶を奪い、一気飲みした。
さっきと言ってることが違うじゃんとか、いいのかなと思ったが、女はそういうもんらしい。
ってか、占いの依頼を受けると不幸になるけど、やっておいてよかったと思うってこれじゃないよね?
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