第049話 一時逃亡


 目の前にはおなじみとなったテレビが見える。

 俺はヘイゼルを抱いたまま、その場で崩れ落ちた。


「ハァハァ…………」

「ハァハァ…………」


 俺とヘイゼルは焦りと緊張により、身体が固かったのだろう。

 ひとまずの安心を得ると、急に体が弛緩し、息も荒くなる。


 しばらく、2人でそうしていると、次第に息も整ってきた。


「ヘイゼル、ケガはないか?」


 俺は悪気なく、ヘイゼルの足や腕をまさぐる。


「足をちょっとひねったのと全身が痛い……あのクズ! 焼きつくしてやりたかったわ!」


 押し倒されてたもんな……


「それについて聞きたいが……とりあえず、あっちに行こう」


 俺はそう言って、ヘイゼルをお姫様抱っこで持ち上げると、ソファーまで運ぶ。

 正直、ちょっと重かったが、さすがにそれは言ってはダメだろう。


 俺はヘイゼルをソファーに座らせると、キッチンに行き、コップに氷を入れ、フィリアの果物ジュースを注いだ。

 俺はそれを持って、ヘイゼルの所まで戻る。


「飲めるか?」

「そこまで重症じゃないわよ。過剰ね」


 ヘイゼルは少し笑いながらジュースを受け取ると、飲みだす。

 俺はそれを見ると、キッチンに戻り、自分の分のジュースを用意し、一気に飲み干した。


 チッ!

 最悪な気分だ……

 だが、今はヘイゼルが優先だな。


 俺は心にある痛みや苦しみ、焦りなどを押し殺し、ヘイゼルの所に戻る。


「足は大丈夫か?」


 俺はソファーで横になっているヘイゼルの元に行くと、ソファーの前にしゃがみ込み、ヘイゼルのローブをめくって、足の状態を確認する。


「そこまで大事じゃないと思う」


 ヘイゼルがそう言って、右足首をさする。

 確かに腫れは見えないが、後々、出てくるかもしれない。


「医者に見せるか…………」


 保険は効かないだろうが、それはたいした問題じゃない。


「大丈夫よ。後でポーションをかけておくから」


 そういえば、そういう便利なものがあったな。


「そうか……他は?」

「大丈夫だって。それよか、あんたも座りなさい」


 横になってたヘイゼルが姿勢を直し、普通に座ったので俺もソファーに座り、背もたれに身を預けた。

 すると、自然とふぅーっと息が漏れる。


「疲れた……」


 俺がぼそっとつぶやくとヘイゼルが俺の正面に回り、抱きついてきた。


「助けてくれてありがとう……」

「助けるに決まってんだろ。むしろ遅れたのが自己嫌悪だわ」


 あのクソ野郎、ウチのヘイゼルを押し倒しやがった。


「未来永劫、あんたのもん?」

「かなり蔑視な発言だが、売り言葉に買い言葉だから」


 人を物扱いは良くない。


「いいよ」


 ヘイゼルは俺に抱き着く力を強くした。


「お前が無事でよかったよ」


 俺もヘイゼルの背中に手を回し、さすった。


「お互いにね」

「ヘイゼル、ちょっと落ち着くために風呂に入ろうぜ」

「そうね。どうせ24時間は転移できないんだし、ゆっくり考えましょう」


 ヘイゼルがそう言って、離れたため、俺は風呂場に行き、準備をする。


 ヘイゼルがいてくれて良かったな……

 心が落ちつくわ。


 俺は浴槽にお湯が溜まるのをぼーっと見ていた。


 完全に油断したなー。

 今回は回避できた危険だった。

 馬車と小屋を発見した時点で帰るべきだったのだ。

 それなのに馬車と小屋の状況を確認しようと思ったのは、占いで最終的に良くなるというものを信じたからである。


 占いは外れることもある。


 これを忘れてはならなかった。


 占いが外れて、俺が死ぬ分には自己責任だが、ヘイゼルを巻き込むところだった。

 それもヘイゼルはただでは死なず、ロクな目には遭わんだろう。


 いや、この考えも良くない。

 俺が死ねない理由もあるのだ。


 ヘイゼルにフィリア……

 俺は死ねない。

 死にたくもないし、死ぬつもりもない。


 だから、殺した。

 それだけだ。

 初めての人殺しはかなりキツいものがあるが、俺にはそれ以上に大切なものがあるのだ。


 俺は浴槽の溜まったお湯を見て、立ち上がると、リビングに戻った。


「ヘイゼルー、先に入れよー」


 俺はソファーで休んでいるヘイゼルに声をかける。


「あんたが先に入りなさい。私はそこまで疲れてないし、あんた、汗臭かったわよ」

「ひっどーい」


 俺が中学生だったらガチへこみだわ。


「仕方がないでしょ。あんたはずっと草と枝を刈ってたんだから」

「一緒に入る?」

「先に言っておくわ。そういうのは全部、先にフィリアとしなさい。物事には順序ってものがあるの。いいからさっさと入ってこい。次は私が入るの。あ、入浴剤は入れておいてね」

「はーい」


 顔を赤くして言うなよ……

 しかも、後半めっちゃ早口だった。


 冗談だったのに……


 俺は一度、自室に戻り、着替えを持つと、風呂に入る。

 そして、汗と共に疲れと嫌な気分を洗い流した。




 ◆◇◆




 俺が風呂から上がると、ヘイゼルもすぐに風呂に入った。

 ヘイゼルは長風呂だったが、今回はのぼせるようなことはなかった。

 ちょっと残念。


 ヘイゼルも風呂から上がると、今日は酒ではなく、ジュースを飲みながらソファーでくつろいでいる。

 俺もそうだが、ヘイゼルもこっちの服を着ていて、ちょっと新鮮だ。


「なあ、お前、いつの間に小屋に連れ込まれたん? まるで気配がなかったぞ」


 風呂にも入り、ひと段落ついたため、俺はさっきのことを聞くことにした。


「私もビックリよ。馬車にいるあんたを見てたら急に後ろから口を押えられて、そのまま小屋に引きずり込まれた。そして、あの状態。足と胸を触られたのがマジで最悪! 死ねばいいのに……って、死んでたわ。ナイスよ!」


 ヘイゼルが俺の肩を叩いて称賛してくる。

 多分、慰めだろうなー。


「俺とお前の距離はそんなだったろ? あんなに音を消せるもんか?」


 それにしては、あのクズが達人には見えなかった。


「それなんだけどね……多分、魔道具よ」

「魔道具? あいつも俺の銃を見て、そんなことを言ってたな」

「魔法要素が詰まった道具と思ってくれればいいわ。魔石とかそういうのを使って作るの」

「まあ、なんとなくわかる」


 不思議グッズね。


「…………ねえ、あいつ、盗賊に見えた?」

「それっぽかったが、正直、違うと思う」

「だよね。あれは兵士よ」


 ヘイゼルが断言した。


「なんでそう思うん?」

「あの魔道具は高いのよ。盗賊が持っていいようなものじゃない。それに対応が早すぎる。あんたの銃声を聞いて、笛を鳴らすってやってることが正規兵の練度よ」

「やっぱそうかー。俺も盗賊が金属の全身鎧なんて着るかなーって思ってた」


 イメージだが、盗賊はもっとボロっちいと思う。


「正規兵があんなところで何をしてるかな……」

「訓練ではないだろうなー。あれがどこの所属かわかるか?」

「さすがにわかんない。うーん、戦争って感じでもなかったわよね?」


 戦争だったらもっと人の気配があっただろうし、少なくても数百人規模だろう。


「だなー。他国の兵士なら偵察とかじゃね?」

「かなー? まあ、考えてもわかんないし、ギルマスに投げるのが一番ね……」


 確かにそこのあたりは冒険者である俺らの領分ではない。

 こういうのは領主様だろう。


「そうしよう。問題はどうやって町まで帰るかだな」

「転移先は選べないんだよね?」

「転移した位置だな。だからあの小屋の裏に転移する」


 小屋の中じゃないだけマシかもしれん。

 もし、あいつらがあそこで寝泊まりしてたら転移してすぐに見つかる可能性が非常に高い。


「ちょっと危険ね…………いつ戻る?」

「日が出る前。4時くらいが一番安全だな。人間はそこが一番油断する」


 眠いし、たとえ、見張りがいても日が出る前なら気付かれにくい。


「当分、ここに残る選択肢もあるわよ?」

「どれだけ待つかねー……ずっとフィリアを待たすか?」

「どこまで待てば安全なのかわかんないもんねー……」


 下策だろうな。


「うーん、明日の夜10時に転移する」


 そうすれば、向こうは朝の4時だ。


「明日? いくらなんでも早くない? せめて1週間程度は時間をおいた方が良いと思うけど……」


 それも一理あるが……


「正規兵なら俺らに見つかった時点で移動する可能性がある。その場合は早い方がいいし、逆に時間が経てば戻ってくるかもしれん。もし、何も考えてないバカなら寝てる」


 どんな可能性でも絶対はないが、可能性が低い方がいい。


「なるほど。じゃあ、それまでに準備ね」

「お前は残れ」

「嫌。あんた1人でどうすんのよ?」

「俺は死ぬだけで済むが、お前はひどい目に遭うぞ」


 正規兵かもしれんが、規律なんかなさそうだ。


「私1人、ここに残されてもどうしようないわよ。2人で生き残る方にかけましょう」

「マジでロクな目に遭わんぞ? ただ犯されるだけならいい方だ」

「先に死ぬのはあんたよ。その時点で自害するわ。そういう魔法もあるの」


 怖い魔法だな……

 でも、肉体的に弱いヘイゼルには必要なのか……


「2人で転移し、こっそり森を脱出し、街道まで行くか……そこまで行けば、誰かがいる可能性もある」

「ギルマスが援軍を送ってくれるって話もあるし、それがいいと思う」


 援軍…………

 期待できるかねー……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る