第048話 油断
翌朝、目が覚め、起きると、まっすぐ北区にあるヘイゼルの家に向かった。
俺がヘイゼルの家に着くと、やはりヘイゼルは寝ていた。
俺は家に入れてもらい、薄着のヘイゼルを眺めながら椅子に座る。
そして、『なんで鳴らないの!?』と言いながら自室に着替えに戻ったヘイゼルを待った。
しばらくすると、黒ローブに着替えたヘイゼルが菓子パンを持って戻ってきた。
「おかしいわねー。あの時計、壊れてない?」
「大体6時間くらいの時差があるからこっちの朝は向こうの夜中だぞ。お前が何時にセットしたかは知らんが、多分、朝の7時とかだろ。時計の針を調整するか、昼にセットしないと朝には鳴らないんじゃないかな?」
「そういえば、夜に鳴った気がする……誤作動かと思ってたけど、そういうことか」
気づけよ……
まあ、ヘイゼルはねぼすけだからなー。
「迎えに来て良かったわー」
「あんた、こうなることを知ってたでしょ」
ヘイゼルがジト目で見てくる。
「そんなことないよー」
「じゃあ、なんで迎えに来てんの? 私、宿屋で待ってなさいって言ったわよね?」
ヘイゼルちゃんが賢いよー……
「ヘイゼルの失態……顔を早く見たくてね」
あと薄着。
「失態って言った! はっきりと言った!」
だって、お前の失態を見てると、笑顔になるんだもん。
これが愛だよ。
「ヘイゼルは昨日の夜、パスタにしたん?」
「話を逸らすのド下手か! 食べたわよ!」
ヘイゼルは真面目なのでツッコみながらもちゃんと答えてくれる。
「失敗した?」
「してない。美味しかった」
「お前が幸せそうで嬉しいよ」
「…………今、言わないでよ。ほら、行こう」
菓子パンを食べ終えたヘイゼルが立ち上がったので、俺も立ち上がり、一緒に家を出た。
そして、ヘイゼルの家がある北の商業区とは逆の南の門を目指し、歩いていく。
しばらく歩き、南の門を出ると、俺は剣を鞘ごと抜き、不思議パワーを込めて剣を倒した。
剣は南西に方向を指している。
「南西…………あっちは何があるんだ?」
俺は俺の行動を見ていたヘイゼルに聞く。
「そりゃ大森林でしょ。ずーっと続いているわよ」
「西の大森林って、そんなにでかいのか……」
文字通り、大森林なんだなー。
「まあねー。とりあえず南の街道を進みましょう。きれいだし」
確かにきれいな街道の方が歩きやすいし、楽だ。
「じゃあ、行こうか」
俺はヘイゼルと共に歩き続ける。
「あんたの世界にあった乗り物に乗りたいわー」
昨日、ヘイゼルは電車や車にすごい興味を持ち、うるさかった。
フィリアも言っていたが、研究職の魔法使いは知的好奇心が旺盛なんだろう。
「この世界では無理かなー」
「まあ、そうよねー。歩くのは疲れるけど、仕方がないわ。この仕事が終わったらフィリアを呼んで飲みましょう。あんたの家に帰ってもいいし、私の家で飲んでもいい。フィリアにこれを持って帰ってって、大量のお酒を持たされたしね」
もしかして、氷とクーラーボックスを持って帰れなかったのはそれのせい?
まあ、あいつ、昨日、箱買いしてたもんなー……
ヘイゼルの家に行けば、ヘイゼルに冷やしてもらえるし、とりあえずのストックを確保したのか。
「そうしようか。じゃあ、さっさと終わらせるかね」
「そうね」
俺達はそのまま歩き続け、たまに剣を抜いて馬車の位置を確認しながら街道を進んでいく。
そして、何回か剣を倒していくと、剣が真っすぐ西を指す地点を発見した。
「あっちか…………」
俺は倒れた剣を見て、剣が指す方向を見る。
そこには平原が広がっていたが、その先には森が見えていた。
「大森林の中っぽいわね」
「まあ、何となく、そうじゃないかとは思ってた」
見えるところは兵士が調査しているだろうし、あるとしたら見えない森の中だろう。
「兵士も暇じゃないからね。一人の商人のために大森林を捜索することはないわ」
「何のために大森林に行ったのか…………まあ、行ってみるか」
「そうね。もし、大森林の奥なら帰りましょう。さすがに危険だし、失敗してもペナルティーがあるわけでもないわ。ギルマスに報告すればいいでしょ」
こういう依頼はペナルティーは基本的にないらしい。
護衛の仕事みたいなのはあるみたいだけど。
「そうするか……」
俺とヘイゼルは街道を外れ、大森林を目指して歩いていく。
しばらく歩くと、大森林に到着したので、枝や草をかき分けながら進んでいった。
「お風呂に入りたくなってきたわ」
一応、剣を持っている俺がメインで枝を切って進んでいるのだが、後ろでヘイゼルがぼやく。
「言うなよ……俺も思っているんだから」
さすがに疲れてきた。
汗もやばい。
「この辺は町から遠いから人の手が入っていないのよねー」
俺達がよく採取する大森林は町に近く、他の冒険者も通るため、枝や草が切られており、結構、歩けるのだ。
だが、ここはそんなことなく、本当に緑ばっかだ。
「お前の火で燃やせない?」
「死罪で済むかしら?」
だよねー。
森を燃やしたら絶対にヤバいもん。
貧弱コンビである俺とヘイゼルはぶつぶつと文句を垂れながら進んでいく。
すると、ちょっと開けたところに出た。
「あー、疲れた」
俺は休憩しようと思い、ちょうどいい倒木に腰かける。
時刻はすでに昼を回っているだろう。
結構な時間を歩いたし、かなりの重労働をした。
「フィリアがいれば、回復魔法で疲労も取れるんだけどねー」
回復魔法って疲労も回復できるのか……
傷とかだけだと思ってた。
「ポーションは?」
「疲労ポーションってのがあるけど、持ってない。材料がこの辺じゃ採れないのよ」
うまいこといかないもんだなー。
「俺の占いの不幸ってこれか?」
「まあ、あんたはそうかもね。私はあんたの後ろにいたからそうでもない」
まあ、ヘイゼルを前に置くわけにもいかない。
こいつが剣で枝や草を切れるとは思えないし。
「ちょっと休憩させて。お前も座れよ……って、どうした?」
俺はヘイゼルにも休むように言ったが、ヘイゼルがしゃがみ込み、地面を見ているのが気になり、聞く。
「ねえ? これは何?」
俺はヘイゼルにそう言われたので倒木から立ち上がり、ヘイゼルが見ている地面を見る。
そこには数センチ程度の幅の跡があった。
それが続いている方向を見ていくと、道らしきものを発見した。
俺は立ち上がり、剣を抜くと、不思議パワーを込めて倒す。
すると、剣はその跡が続く道を指した。
「馬車の跡?」
跡と俺が倒した剣を見ていたヘイゼルも立ち上がり、聞いてくる。
「だろうな。そして、街道で剣が示していた方向とは違う。動いてるな」
道は俺達が進んできた方向ではない。
南に向かっている。
俺達は南へ行く街道を進み、途中で西に曲がったのだから馬車の位置は西にあるはずだ。
だが、剣が指し示している方向は南。
「馬車が動いている…………この跡から見て、そう前じゃないわ。さっきまではここにあったと思うのが妥当ね」
俺の占いが外れていなければそうだろう。
「どうする? 商人か別の誰かわからんが、ゴブリンやウルフではないだろう。というか、ほぼ100パーセントで人間だと思う」
「でしょうね…………そして、こんな所にいる人間は真っ当ではないでしょう。一応、この前のキノコ目当ての商人みたいに何かを採取しに来たという可能性もあるけど…………」
「馬車で森をか?」
「そうね。まずないでしょう」
平原なら馬車でも移動できるが、森の中を馬車は厳しい。
さっきの俺達だって、歩くのすら精一杯だったのだ。
「撤退は?」
「さすがに……」
ヘイゼルが難色を示した。
「もう少し、情報がないとマズいか……」
人がいましたから帰りましたはさすがに臆病すぎる。
「調査が仕事だからね。調査せずに帰るのはちょっと……」
調査……?
そういえば、この仕事って捜索じゃなくて調査なんだよな?
「ヘイゼル、いつでも魔法を撃てるようにしておけ」
俺はそう言うと、ヘイゼルにもらった杖と銃を取り出す。
「そうね……でも、どうしたの? 何か見えた?」
「見えてはない。この仕事、街道の調査だろう? 商人の捜索じゃない」
「何か変?」
「普通は商人の捜索という依頼を出す。でも、この依頼は調査。依頼主……商人が死んでることを知っているか、そう決めつけている可能性がある」
チッ!
そもそも依頼主は誰だ?
てっきり商人の家族と決めつけてたが、本当にそうか?
調査の目的は商人ではなく馬車か?
「…………やっぱり帰る?」
ヘイゼルも不安を覚え始めたようだ。
「いや、行こう。さすがに判断材料が少なすぎる」
ここで引き返すのはいくらなんでも安全策すぎる。
ギルマスも言っていたが、逃げてばかりではいけない。
「わかったわ。慎重に行きましょう」
俺達は調査を続けることにし、ゆっくりと馬車の跡が続く道を進んでいった。
そのまま周囲を警戒しながら慎重に進んでいくと、前方に小屋が見えてくる。
俺はそれを視認すると、足を止めた。
「明らかに怪しい小屋だな」
「リヒト、ちょっと……」
ヘイゼルが道の右側に逸れて、手招きで俺を呼ぶ。
「どうした?」
「あれ」
ヘイゼルが呼ぶので俺も道の右側に寄ると、ヘイゼルが指差す方向を見た。
その位置からは小屋の裏が少し見え、馬車らしきものがわずかながらに見える。
「馬車?」
「多分」
小屋に誰かいるのかな?
いるなら商人か?
「誰かいるかな?」
「わかんない。どうする?」
悩むところだなー……
もう帰ってもいい気がする。
馬車は見つけたし……
「お前、ここにいろ」
「あんた一人でどうすんのよ」
やっぱヘイゼル師匠がいた方がいいか。
情けない俺……
「行くぞ」
「うん」
俺達はさらに慎重に進み、小屋に近づくと、小屋の小窓から中をそーっと覗く。
小屋は物が散らかっており、人がいた形跡はあったが、誰もいなかった。
「………いないな…………」
「………馬車を見てみましょう」
「………だな」
俺達は小声でしゃべりながら音を立てずに小屋の裏に回り、馬車を確認する。
馬車の所にも誰もいなかったため、俺は馬車の中を覗いた。
馬車の中は木でできた箱が並んでおり、特に荒らされた形跡がない。
俺はそれを確認すると、馬車から出た。
「…………ヘイゼル?」
俺が馬車から出ると、さっきまでいたヘイゼルがいなかった。
そして、急に脳裏に嫌な予感が走る。
俺は銃のセーフティーロックを外すと、急いで小屋の前に回り、扉を開いた。
そこには鎧を着た男がヘイゼルの口を塞ぎ、押し倒しているのが見えた。
どういうことだ!?
いつの間にヘイゼルをここに連れ込んだんだ!?
音も気配もしなかったぞ!
「動くな!!」
俺は内心、疑問だらけだったが、それどころではないので、銃を構え、男の背中に警告する。
正直、すぐに鉛玉をぶち込みたかったが、男は金属鎧を着ており、ハンドガンでは厳しいと思った。
「あーん? チッ! もう一人いやがったのか……」
男はヘイゼルを起こし、口を塞ぎながら立ち上がった。
しかも、ヘイゼルを人質に取る形だ。
そして、男とヘイゼルの足元にはヘイゼルの杖が転がっており、口も塞がれたヘイゼルは完全に無力となっている。
「ヘイゼルを放せ! さもなければ撃つ!」
俺は銃を構えたまま、再度、警告する。
「撃つだぁ!? なんだそれ? 魔道具か? チッ! 魔法使いが2人かよ……」
男は俺の銃に警戒をするが、ヘイゼルを開放する気配はない。
「死ぬぞ?」
「ふん! その時はこの女の首をへし折ってやるよ」
男はそう言って、ヘイゼルの口を塞いだまま、ヘイゼルの首を少しひねった。
男の力ならヘイゼルの細い首は簡単に折れそうだった。
「まあ、こんないい女を殺すのはもったいねーな。俺ら、最近は女にありつけてないんだよ。兄ちゃんも仲間になるなら一番を譲ってやってもいいぜ」
俺ら……仲間もいるのか……
盗賊っぽいが…………
「一番もクソもそいつは未来永劫、俺のもんだよ」
「ケッ! デキてんのかよ! じゃあ、そいつを下ろしな。じゃなきゃ、こいつの首を折るぞ」
チンケな脅しだな……
だが、仲間がいるなら時間もかけれない。
「わかった。まず、ヘイゼルを放せ」
絶対に聞かんだろうな。
「バカ言うな。こいつは魔法使いだろ。お前が先にそいつを地面に置け」
ほらね。
「わかった」
俺は銃を下ろし、しゃがむと地面に置く。
「んんー!!」
ヘイゼルがくぐもった声で叫ぶと、男は腰から剣を抜き始めた。
おそらく、俺を殺して、ヘイゼルでお楽しみするんだろう。
「死ね!」
男がしゃがんでいる俺に切りかかろうと、剣を振り上げる。
『動くな!!』
俺は言葉に言霊を乗せ、叫ぶ。
すると、涙目で首を振っていたヘイゼルもゲスな顔で笑いながら剣を振り上げた男も動きが完全に止まった。
俺はすぐに銃を拾うと、立ち上がり、銃を男の額に向ける。
「死ぬのはお前だ」
俺はためらうことなく、引き金を引き、撃った。
すると、すぐに破裂音と共に男の顔が赤く染まり、ヘイゼルごと後ろに倒れていく。
俺はすぐにヘイゼルの腕を掴み、上半身を起こす。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だけど…………」
ヘイゼルは起き上がると、倒れた男を見る。
俺もそれにつられて男を見るが、完全に死んでいるだろう。
「逃げるぞ」
「そうね!」
ピイィィーー!!
俺とヘイゼルが撤退しようと思い、小屋から出ると、急に笛のような高い音が響いた。
「警告の笛よ!」
「仲間が銃声で異変に気付いたか!?」
どうする!?
仲間が何人いる!?
俺達で対処できるか!?
逃げる?
いや、ヘイゼルは足が遅いし、俺だって疲れ切っている。
逃げきれない!
「ヘイゼル、こっちに来い!」
俺はヘイゼルの腕を掴み、小屋の裏に回った。
「どうするの!?」
慌てたヘイゼルが聞いてくる。
「今の俺らでは逃げることも戦うことも無理だ。態勢を立て直す!」
「どうやって!?」
「時間はすで24時間は経っている。あっちの世界に逃げる」
「ここで? もうちょっと小屋から離れた方が良くない?」
「時間がない。仲間がそう遠くにいるとは思えん」
あの合図が撤退の合図ならいいが、多分、それはない。
おそらく、すでに近くまで来ているだろう。
俺はスマホを取り出し、起動する。
チッ!
電池の節約のために電源を切ったのが失敗だった。
起動が遅い!
俺は焦りながらヘイゼルの肩を抱き、自分の身体に押し付けた。
すると、ヘイゼルがそのまま抱きついてくる。
男とは単純なのもので、それだけで少し冷静になれた。
「よし! ヘイゼル、スマホを見ろ」
俺はようやく電源がついたスマホをかざし、アプリを起動させる。
俺とヘイゼルは抱き合う形のまま、スマホのぐるぐる画面を見ると、すぐに視界が真っ白になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます