第046話 A……B……C……D……E……F…………G!?


 跪き、動揺していたヘイゼルは俺の機転で立ち直った。

 なお、フィリアさんの俺に対する評価が下がった気がする。


 俺はヘイゼルを起こし、ソファーに座らせると、その右隣に座った。

 もちろん、フィリアは俺の右隣に座り、さっきと同じく、両手に華状態だ。

 もし、この2人と一緒になれば、この配置が基本になるだろう。

 それは占わなくてもわかる。


「どこまで話したん?」


 おそらく、2人の話し合いではこの世界や俺の両親のことも話しているだろうと思い、フィリアに聞く。


「お義母様のことは話したし、この世界が私達からしたら異質なことも話した」

「なるほど。ヘイゼル、ウチの母親のことは気にするな……って言っても無理だろうけど、俺とあれを同一視するな。同じ詐欺師だが、俺は3日で男と逃げるようなボンクラではない」

「ボンクラ発言と詐欺師扱いは許容できないけど、わかった。あんたはあんた」


 子は親のダメなところがよくわかるからなー。

 逆も然りだけど。


「そうそう。さて、これからどうしようかな……今回はヘイゼルを連れてくることが目的で、他には特に目的もないし」

「ヘイゼルさんの服を買いに行くんじゃないの?」

「それもそうだな…………」


 まーた、下着コーナーに行くの?

 外国人2人を連れて、下着コーナーかー。

 ヘイゼルのサイズを知れるという役得はあるけど…………


「まあ、行くかー……フィリアも何か買う?」

「ヘイゼルさんが買うのを手伝いつつ、自分が良いなって思ったのを買うつもり。それと悪いんだけど、立て替えてくれないかな? お金がもうない」


 そんなに大金は持ち歩かないか……


「ヘイゼルは?」

「フィリアに聞いたけど、金貨20枚が100枚になるんだっけ? 悪いけど、私も立て替えてくれる? そもそもお金を持ってきてない。さっきの仕事も報酬は保留だったし」


 そういえば、報酬は後日だったからもらってないな。

 まあ、こっちの金はあるし、出すか……


「わかった。じゃあ行こうか…………お前は三角帽子さえ被らなきゃ、その格好でも大丈夫だなー」


 黒のローブだが、黒だと、そんなに変ではない。

 葬式でもあったのかなと思われる程度だ。


「いや! フィリア、悪いけど、服を貸して」

「えー……」


 フィリアはヘイゼルの胸部を見ながら嫌がった。

 まあ、気持ちはわかるな。

 比べられる可能性が大だもん。

 比べるのは俺だけど……


「母親の服を貸してやる」

「えー……さすがに恐れ多すぎるわよ」


 めんどくせーな、こいつら。


「もうその格好でいいだろ。服を買って、その場で着替えればいい」

「じゃあ、そうするー……」


 ヘイゼルは嫌々ながらも納得してくれた。

 しかし、お前、好きでその格好してんだから異世界に来ても貫けよ…………と思ったが、口には出さなかった。

 男は女のファッションに口を出してはいけないのだ。


 俺達は準備を整え、以前にフィリアと行ったショッピングモールに行くことにした。

 電車で移動したのだが、ヘイゼルは最初のフィリア以上に周りの物に興味津々だった。


 正直、電車に乗せるのにも苦労した。

 フィリアは大人しくしていたが、ヘイゼルはふらーっと興味がある方へ歩いていくからだ。

 途中からヘイゼルの手を取り、引っ張っていった。

 恋人のようだが、実際は子供と手を繋ぐ親の心境である。


 そんなこんながあり、ようやくショッピングモールに着いた俺達はまず最初に下着コーナーに向かった。

 今日も午前中だから人が少ないといいなという淡い希望を持っていたが、残念ながら他の客もそこそこいた。

 というのも、今日は土曜日なのである。

 当然、他の客も多い。


 俺はなるべくフィリアとヘイゼルのそばにいるように心がけながら店員を探し、声をかける。


「すみませーん、この子、外国人で初めてなんですけど、ちょっと見繕ってもらえませんかね?」

「いらっしゃいませー。もちろん大丈夫ですよ。えーっと、日本語は大丈夫ですか?」


 前もだったが、男が下着コーナーにいても店員さんは嫌な顔をしないな。

 下手すると、追い出されるんじゃないかという恐怖も心の中のどっかにはあったのに。


「いや、ちょっと無理でしてね? 僕が通訳します」

「かしこまりましたー、初めてですと、サイズを測る必要がありますけど……」


 ですよね。


 俺は前回のフィリアの時と同じく、ヘイゼルに耳打ちをすることにした。


「…………サイズを測りたいからあの店員さんについていけ」

「わかってるわ。フィリアから聞いてるし」


 おー!

 さすがは出来る女。

 事前に軽く説明していたのか!


「…………じゃあ、行ってこい」

「うん」


 ヘイゼルについていくように言うと、店員さんがヘイゼルを連れて、試着室があるところに向かう。


「今回はお前がいてくれて良かったわー。前回はここで1人だったもん」


 俺は隣にいるフィリアに声をかける。


「まあ、ちょっとここはつらいだろうね」

「だろう? お前が事前に説明してくれたのも助かったわ」

「さすがにね。それよか私達も行こうよ。ヘイゼルさんがしゃべれないのに変わりはないし」


 それもそうだった……


 俺とフィリアはヘイゼル達の後を追い、試着室の前で待機した。

 そして、測り終えたヘイゼルと店員さんが出てくると、店員さんが見繕ってくれるのを通訳しながらついていった。


 なお、ヘイゼルは選ぶのに非常に時間がかかった。

 これが貴族かと思った…………


 ところでGって何!?




 ◆◇◆




 ヘイゼルの下着を買い終えた後は服を買いにいった。

 ヘイゼルはやはり黒を基調とした服が好きらしく、そういうものを多く買っていた。

 というか、どんだけ買うねん……


 フィリアはフィリアでヘイゼルに似合うねーとか言いながら自分の分を買っていた。


 服を買い終わると、ヘイゼルは化粧品、洗髪剤等々を買い込み、最後にはスーパーのコーナーに行き、食料品と酒を買い込んだ。


 なお、俺はヘイゼルにネックレスを買ってやった。

 何故なら、買わないといけないと思ったから。

 これも占わなくてもわかる。


 ヘイゼルは俺が買ったネックレスを受け取ると、その場でつけてくれた。

 まあ、そういう意味なのだろう。



 俺達は大量の荷物を持って、タクシーで帰宅した。


 家に帰ると、時刻をすでに夕方の6時を回っていた。

 それだけ買い物に時間をかけたのだ。

 ヘイゼルが選ぶのが遅かったというのもあったが、フィリアはフィリアで時間をかけていた。

 まあ、女が2人もいれば、買い物が長くなるということなのだろう。


 家に帰るとフィリアが料理を作り始める。

 まあ、パスタなんだけどね。

 あの子、留守番してた時も菓子パンとパスタと果物しか食べてないらしい。

 よく飽きないわ。


 俺とヘイゼルはフィリアの料理を待ちつつ、ソファーで座っていた。


 ヘイゼルは今日買ってやったネックレスを手に取って、じーっと見ている。

 俺はフィリアの時にはシルバーのネックレスを買った。

 ヘイゼルはゴールドだ。


 違うのにした方がいいと思ったからだが、思いのほか、2人共、気に入ってくれている。

 単純に嬉しいね。


「ねえ? これはそういう意味?」


 ヘイゼルが顔を上げて聞いてくる。


「そういう意味」

「…………そう」


 ヘイゼルは再び、目線を下の落とし、ネックレスを見る。


「今日はどうだった?」

「人生で一番驚いたことがどんどん更新されていったわ。この世界はすごいわね。一番すごいのはそのスマホだっけ? 異世界に転移してくる人はそこそこいるけど、自由に移動できるって、どんな大魔法よ」

「だよなー……これについては俺もわからん。狙ったわけじゃないし、こんな魔法を俺も知らん」


 チートを超えたチートだ。

 ゲームで言えば、違うゲームに違うゲームのキャラを持っていくようなものだし。


「うーん、調べたいけど、下手に弄ると壊しそうだわ」

「壊れたら修理できなくなる可能性があるからなー」

「それは困るわよね」


 あっちの世界も好きだしなー。


「まあ、好きに移動できるってことで満足してくれ」

「そうね。でも、丸1日の充電期間が邪魔か……毎日お風呂は無理そう」


 12時間なら昼は向こうで夜はこっちというサイクルも出来るんだが、24時間は無理だ。


「それはしゃーない。俺も半日だったら宿屋に泊まらずに帰ってきてるわ」

「そうよねー」

「できたよー」


 俺とヘイゼルが話していると、フィリアが声をかけてくる。

 フィリアのそばの食事用のテーブルの上にはパスタが置いてあった。


「用意してもらって悪いなー」

「ありがと」


 俺とヘイゼルはソファーから立ち上がり、食事用のテーブルに向かう。


「いいよー。これはそんなに難しくないからねー」


 まあ、パスタを茹でて、ソースを絡めるだけだもんね。

 それでもやってもらったのは確かだ。


「何これ?」


 席に着いたヘイゼルがパスタを見て、フィリアに聞く。

 なお、ヘイゼルとフィリアが並んで座り、俺がその対面に座っている配置だ。


「パスタ。小麦を麵にしたやつ。王都で売ってるやつと一緒かなー」

「あー、一時期、話題になったやつね。異世界の料理だったのか…………王都で作った人はこの世界の人間かもね」


 そうかもしれない。

 パスタはどこでもあるから日本人とは限らないが、こっちの世界の人間の可能性が高い。

 接触は…………どっちでもいいな。


「まあ、食べようぜ」


 俺の分はたらこであり、フィリアがボロネーゼ、ヘイゼルがカルボナーラだ。


「いただきまーす」

「いただきます…………」


 フィリアは元気よく食べ始め、ヘイゼルは恐る恐る食べ始める。


「すごい……! これは美味しいわ!」


 ヘイゼルが絶賛しながら食べるスピードを速めた。


「だよねー。私、こればっかを食べてるよ」

「お前、偏食すぎだろ。他のもんも食えよー」

「うーん、作りたいとは思ってるんだけど、キッチンにあった料理本を見てもさっぱりだった」


 言葉がわかんないからなー。


「だろうなー」

「リヒトさんに翻訳してもらって、違う紙に書こうかな……」


 とてもいい考えだと思う!

 俺が作ればいいんだろうけど、俺、やんないし。

 ここはやる気のありそうなフィリアに任せよう。

 作ってもらおう!


「そうしよう!」

「わかったー。今度、紙でも買おうかな。こっちの紙の方が品質もいいし」


 ノートでも買うかね。


「そうしよう!」

「まあ、今度かな。明日の朝にはさすがにあっちの世界に帰るし」


 まあ、フィリアは3日はこっちにいるからなー。


「え!? 帰るの!?」


 夢中でパスタを食べてたヘイゼルが顔を上げる。


「まあ、仕事もあるし……砂糖の交渉もあるし」

「俺らだって、冒険者の仕事があるだろ」

「…………まあ、そうだけど」


 ヘイゼルは不満タラタラだ。


「次に帰る時はゆっくりしてもいいだろ。お前の家から転移すれば目立たんからな」

「だねー」

「ねえねえ、私に家を借りるように仕向けたのって、これ?」


 ヘイゼルちゃん、賢い!


「それもある。でも、安くなったし、よかったじゃん」

「何でか釈然としないのよね。すごく騙された感がある」


 ちょっとヘイゼルを騙すというか、からかいすぎたかもしれん。

 軽い人間不信というか、俺不審になってる……


「まあまあ。お酒も持って帰ってもいいし、このパスタも持って帰っていいから」

「お酒はわかるけど、これも? 私、料理をしたことない」

「これはお湯で茹でて、混ぜるだけだからお前でも出来るよ。ほぼお前と同じレベルの俺でも出来るんだから」


 俺もこれくらいしか作れない。

 あとはコンビニ弁当かスーパーの惣菜で生きている。


「お湯ならすぐに用意できるし、やってみようかな……」


 ヘイゼルは火魔法が得意って言ってたし、お湯を作るのは簡単なのかな?

 そういえば、出してくれたお茶も温かった。


「あとで教えてあげるよー。ところで、ヘイゼルさんはどこで寝るの?」


 フィリアが俺に聞いてくる。


「うーん、ベッドがもうない。ウチは人を呼ばないし、客用の布団もない。お前ら、ウチの両親のベッドで寝る気はない?」

「嫌。恐れ多すぎ」

「私もソフィア様のベッドで寝るのは勘弁よ。私の両親が知ったら気絶しそう」


 そう言うと思ったよ。


「じゃあ、俺のベッドで寝るの? 広めだけど、2人は狭くない?」

「女子2人ならいけるわよ。私らはそんなに大きくないし」

「まあ、我慢するわ」


 うーん、今後のことを考えると、その辺もどうにかせんとなー。

 というか、いつまで実家に住むかってのもある。

 広いけど、ここ、両親が住む家だもん。

 母親が帰ってきたらこいつらの精神がやばそう……


「金だな……どう考えても金がいる」


 向こうの住まい、こっちの住まい。

 この家に何度も転移させておいて、今さらこいつらに安アパートに住めって言ったら怒りそうだしな。


「お金は大事だよね」

「まあ、わかるけど。やっぱ明日、仕事をするべきか……」


 フィリアとヘイゼルが俺の金発言に同意し、頷く。


「あ、明日の朝に転移しても向こうは昼だぞ」

「じゃあ、仕事は明後日かしら?」

「それがいいだろ。ガラ悪マッチョに依頼を聞きに行くだけで、仕事は翌日かな」

「わかった。じゃあ、依頼を決めたら私は片付けをするかな……」


 俺はどうしよう?

 町の探索でもするかなー。


 俺達は翌日の予定を決めると、晩御飯を食べ終え、3人で飲みながら話をし、就寝した。


 翌日、コンビニで氷を買って、ヘイゼルに輸送をお願いしようと思ったが、すでにヘイゼルの収納魔法には私物がいっぱいだったので、断念した。


 俺達は朝食を食べ、準備を終えると、スマホのアプリを使い、あっちの世界に帰還した。


 なお、帰還する時に右のフィリア、左のヘイゼルがそれぞれ抱きついてきたのが嬉しかった。

 だが、それと同時にもう絶対に後戻りできないんだろうなと再認識した。

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