第045話 実は脱衣所にある洗濯機の中に見てはいけないを見つけてしまっている
「うえー…………」
尊敬すべき親愛なる我が師はソファーでぐでっていた。
ヘイゼルは三角帽子なしの黒ローブ姿で髪はちょっと濡れている。
フィリアが何とか身体を拭き、服を着せたのだ。
「お前、入りすぎ」
俺はヘイゼルをうちわであおぎながら苦言を呈す。
「久しぶりだったし、あんたの家のお風呂がすごすぎてね」
フィリアに聞いたが、入浴剤を入れていたらしい。
その匂いを気に入り、ずっと入っていたようだ。
「いつでも入っていいから自重しろ…………何か飲むか?」
「飲み物? あんたら、何を飲んでるの?」
ヘイゼルが弱々しく、ローテーブルの上に置いてある缶を指差す。
「こっちの世界の酒」
「じゃあ、それ」
そんな状態で飲むのか……
俺はうちわであおいでいるので、フィリアを目で合図し、取ってくるように指示をした。
フィリアは俺の意図を読み取り、キッチンの方に取りに行く。
「お前ら、仲良く風呂でアクシデントを起こすなよ」
俺はフィリアに聞こえないようにこっそりと言う。
「フィリアの醜態よりはマシ。あの子、泣いてたわよ。嫁入り前なのに…………」
泣くほどのことだったのか…………
ちゃんと娶ってやるって言っておいてよかった……
「その状況でフィリアを置いて風呂か?」
「あんたらが2人で話し合えるように気を使ったのよ。途中で忘れて、このざまだけど」
気を使ってくれたのね……
「ヘイゼルさん、桃とブドウだとどっちが好き?」
フィリアが酎ハイの缶を2つ持ってきた。
もう1本は自分のやつだろう。
だって、チョイスが2つ共、フィリアが好きなやつだもん。
「ブドウ。ワイン?」
「いや、果実酒みたいなものかな……?」
「ふーん、ちょうだい」
ヘイゼルはフィリアから缶を受け取る。
「何これ? 金属だと思うけど、冷たいし」
「あ、貸せ」
俺はヘイゼルから缶を奪い、プルタブを開けると、ヘイゼルに渡す。
「ほれ」
「そうやって開けるのね。ありがと」
ヘイゼルは酎ハイを飲みだした。
「……………………すごいわね。味が洗練されているし、甘い……美味しい」
ヘイゼルは一口飲むと、目を見開き、驚愕する。
「飲みすぎるなよ」
「わかってるわよ」
ヘイゼルはそう言ってチビチビと飲みだす。
フィリアもソファーに座り、がぶがぶと飲みだした。
なお、俺の左にヘイゼルがおり、右にはフィリアが座っている。
良く言えば、両手に華。
悪く言えば、挟まれ、逃げ道を塞がれた感じだ。
あと、フィリアが近い。
「お前も髪を洗ったんだな」
ヘイゼルの髪は濡れてはいるものの光沢があり、輝いているのがわかる。
これは水のせいだけじゃないだろう。
「まあね。フィリアに教えてもらった」
「お前らって覚えるの早いな」
「まあ、香油とかあるしね。原理は一緒よ」
香油?
何それ?
あっちの世界特有の整髪剤かな?
「きれいだと思うよ」
「ありがと。フィリアの髪が最近、やたらきれいだなーと思ったらこういうことだったのね」
ヘイゼルが背もたれから起き上がり、俺を避けるために前かがみになってフィリアを見る。
「ヘイゼルさんも買うといいよ」
「そうするわ。あんたはこっちの世界の服を着てるみたいだし、何、そのネックレス? すごい技術よ。絶対に高い」
ヘイゼルも目ざといなー。
「服も買ったよ。こっちの世界のお店に行くのに修道服はマズいっぽいしね。ネックレスは誰かさんが贈ってくれた」
2万ちょっとだったよ!
「ふーん、やっぱりそういうことかー…………」
ヘイゼルが俺とフィリアを交互に見てくる。
「…………なあなあ、もしかして、お前らの世界って、男が女にあんまり物を贈らなかったりする?」
俺はヘイゼルの反応を見て、フィリアに耳打ちする。
「…………普通に贈るけど、アクセサリーを贈る場合はそういう意味だよ。特に指輪、ネックレス、腕輪なんかは特にそう。要は自分の物っていうマーキングだから。ちなみに、男性から贈られたアクセサリーを女性が身に着けるっていうのはそれに対する答え。そして、それを贈った私に聞くのはマズいね」
…………非常にマズかったみたい。
「…………ヘイゼルには水晶玉をあげたけど、どう?」
この際だ。
聞いちゃえ。
「宝石はもっとそう。だって、そんな高価な物って、普通に考えて、意中の女性にしか贈らないでしょ。あと、本人を前にして、内緒話もマズいね」
ヘイゼルを見ると、空気を読んでか、天井をぼーっと見てた。
でも、絶対に聞き耳を立ててる。
「ヘイゼル、水晶玉はどうした? 飾ってる?」
「いつも持ってるわよ。収納魔法の中」
常時持ってるらしい。
大事そうに持ってたし、占う時も嬉しそうに持ってるもんなー……
「ヘイゼルも服とか買うか?」
「そうね。フィリアの修道服がマズいなら多分、私の服もマズいでしょうしね」
ローブはいいんだけど、三角帽子がね……
「フィリア、付き合ってあげような」
「うーん、リヒトさんさ、お風呂に入ってきなよ」
いきなりどうした?
そら、入る気ではいたけど……
「え? 匂う?」
俺は自分の服を匂ってみるが、自分ではわからない。
「私、ちょっとヘイゼルさんと大事な話があるから」
あ、俺が邪魔なのね。
「じゃあ、入ってくる。好きに飲んでいいけど、まだ朝だし、出かけるから飲みすぎるなよー」
俺はそう言い残し、さっさと退散した。
◆◇◆
俺は今、ぽつんと湯船に浸かっている。
すでに身体も髪も洗い終えたし、風呂に入り始めて、結構な時間が経った。
いつ風呂から出ればいいのかわからない。
今、リビングではフィリアがヘイゼルに何かの話をしていると思う。
「なんだろうねー……」
俺は思わず独り言が出るが、話の内容はだいたい予想がついている。
十中八九、ヘイゼルの気持ちの確認と今後についてだろう。
「俺、マジで重婚すんの……?」
ヤバくない?
ハーレムとは言わないけど、両手に華だ。
しかも、俺、まだ20歳の学生だぜ?
俺だって、女は好きだし、普通に性欲もある。
だが、結婚というのは今までの人生で一回も考えたことがない。
年齢を考えれば、当然と言えば、当然だが、別に結婚願望もないのだ。
だが、もし結婚するならフィリアがいい。
ヘイゼルも欲しい。
非常にわがままで最低な発言だが、それが叶い、許されそうなところまで来ている。
「実は結論は出ている…………というか、フィリアには言っちゃった」
フィリアとは結婚するだろう。
それがいつかはわからないが、そう遠くない。
フィリアは2年待つと言っていたが、そういうわけにもいかないのだ。
そして、フィリアより1歳上のヘイゼルも同様である。
あいつは結婚が嫌で家出してきたが、結婚自体が嫌なわけではない。
多分、押せば首を縦に振りそうでもある。
「マジでねー。別にあいつらが嫌なわけじゃないし、むしろ好きだが、いきなりすぎるんだよ…………」
あの世界、付き合う=結婚なのかね?
いや、あいつらが特別なのか……
修道女と貴族。
手を出すなら最後まで責任を取れってことだろう。
「占い、当たったなー」
俺が最初に向こうに転移した時、どっちの方向に行くかを占った。
その結果、南に行けば、女運に恵まれていると出た。
クレモンの勧めもあったが、俺はこれが出たから南にあるエーデルに向かったのだ。
そして、縁があると出た2人に出会い、近づいた。
それを思えば、当然の結果と言えば、当然の結果だろう。
今後のあいつらとの関係を占う手もある。
だが、それをする気にはなれなかった。
幸せになれることはわかりきっていることなのだから。
「うーん…………」
俺は答えの出ない、というか、すでに出ている悩みを考え続ける。
「リヒトさーん?」
俺が湯船で悩んでいると、すりガラスの向こうに影ができ、フィリアの声が聞こえてきた。
「なーに?」
「あ、よかった。いや、ちょっと長かったから様子を見に来た。ヘイゼルさんのこともあったし」
俺がのぼせたのかと思ったのか?
「話は終わったか?」
「ごめん、今終わった。そして、ごめん」
何故に謝る!?
「どうしたん?」
「えーっと、とりあえず、上がったらリビングに来て。ごめんね」
めっちゃ謝ってくるし!
俺はフィリアの影が消えるとすぐに風呂から上がり、脱衣所で身体を拭き、服を着る。
その後、ドライヤーで髪を乾かし始めた。
俺の髪はそこまで長くないのですぐに乾く。
髪を乾かし終えると、そのままリビングに直行した。
そして、リビングのドアを開く。
リビングには頭を下げ、跪いている我が師匠がいた。
奥ではフィリアが家族写真を指差し、申し訳なさそうな顔をしている。
あー…………母親のことをしゃべったのね…………
「で、殿下におかれましては……そのー、あのー、大変、失礼な……ことを……」
ヘイゼルはパニクっているようで言葉がおかしい。
一応、サプライズの一つではあったが、ここまで動揺するとは思わなかったな。
「あのさ、ヘイゼル、俺、王族じゃないよ? ド庶民よ?」
俺は跪いているヘイゼルに近づき、優しく声をかける。
「そ、ソフィア様のご子息は庶民ではありません」
「そのソフィアが庶民なんだよ! あいつもクソ詐欺師だぞ」
インチキ霊媒師の名にふさわしい。
「ソフィア様は我が国が誇る巫女様であらせる、あらせら、あらせられるお人です」
呂律もまわってなーな。
「3日で逃げた伝説のクズだろ」
フィリアのじいちゃんから聞いた。
「そのようなことは………………」
あるんだな?
「ヘイゼル……我が親愛なる師よ。俺がたとえ、王族だったとしてもお前が我が師であり、俺がお前の弟子であることに違いはない。そして、俺とお前は苦楽を共にし、信頼する仲間だろう。そこに貴賤はない。貴族であるお前が庶民である俺の失礼を認めたように俺もお前が俺の頭を杖で殴ろうと気にしない」
俺はヘイゼルの肩にそっと手を置いた。
ヘイゼルはそんな俺の手を握ると、顔を上げ、俺の顔を見てくる。
「リヒト……………………あれは服を脱げとかほざいたあんたが悪い」
めっちゃ睨まれた。
奥にいる修道女も睨んでいる。
俺はポケットに入れていた財布から金貨1枚を出し、そっと差し出した。
「だからお金はやめて!」
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