第044話 俺の頭の中にいるガラ悪マッチョがめっちゃ笑顔


 仕事を終え、ヘイゼルに俺の事情を話し、ヘイゼルを我が家に招待することとなった。


 ヘイゼルは男の家に行くことに対し、多少、動揺しているようだったが、俺の家にはフィリアもいるため、納得したようだった。

 フィリアを置いていったのは正解だったと思う。


 うん、この時まではそう思っていた…………


 俺とヘイゼルは日本にある俺の家のリビングに転移してきた。

 目の前にはテレビもあり、フィリアが掃除してくれたようで、部屋もきれいになっている。


「…………ホントに異世界に転移したし」


 ヘイゼルがボソッとつぶやく。


「わかるん?」

「そりゃね。この部屋にあるものはすべてがおかしい。床ですらちょっと光ってるし」


 あー、フローリングだから光沢があるもんなー。


「まあ、こういうものなんだよ」

「絶対に私達の世界にはないものよ。ホントだったんだ…………しかし、すご…………」


 ヘイゼルはリビングをキョロキョロと見渡していたが、キッチンがある後ろを振り向くと、しゃべるのを止め、固まった。

 俺は何だろうと思い、振り向き、ヘイゼルが見ているキッチンを見る。


 そこには白い人がいた。


 長い金髪の少女は手にお酒を持ち、それを口にした格好で俺達を見て固まっていた。


 その少女は白い。

 とても白い。

 何故なら風呂上りらしく、身体に白いバスタオルを巻いているだけで、服を着ていないのだ。


 タオルの白さもだが、フィリアの肌は白かった。

 手足も細く、身体に向けて美しい脚線を描いている。

 バスタオルしか巻いていないため、その手足はもちろん鎖骨や肩まで露出している。

 もっといえば、Dらしい胸の谷間も見えていた。


 そんなフィリアはゆっくりと缶を下すと、顔を次第に赤くした。


「――ひ」


 フィリアが口を開く。


「ひゃー!!」


 フィリアは涙目でキッチンの奥に逃げ込んだ。


 あいつ、何してんだよ…………


「…………あんた、ちょっとこの部屋から出ていきなさい」


 ヘイゼルがドアのある方向を指差す。


「……自室にいるからあいつが服を着て、落ち着いたら呼んで」

「……わかった」


 俺は靴を脱ぎ、2階にある自分の部屋に向かった。

 自室に入ると、ベッドに腰かけ、ジッと待つ。


 うーん、あいつ、すごかったな。

 スタイルがヤバいし、肌もきれいだった。

 バスタオルで胴体は見えなかったが、もう蛇の締め付け痕もなかっただろう。


 俺の覚悟が決まり、あれを娶れば、自由にできるんだぞ……


 あれとか、自由にできるという言葉のチョイスはダメだが、今は許して。

 それほどに興奮する光景だったのだ。


「……ヘイゼルがいなかったらどうなってただろ?」


 さすがに理性が勝ったと思うが、わかんないね。

 それに性欲だけではないだろう。

 俺はフィリアが好きなのだ。


 俺がうーんと考えていると、トントンとノックの音が部屋に響いた。


「はーい」

「ご、ごめんねー」


 服を着たフィリアが部屋に入ってくる。

 フィリアは俺の隣にちょこんと座った。


「いや、謝られるようなことじゃない」


 むしろ、ありがとう。


「多分、今日帰ってくるだろうと思って、早起きしてお風呂に入ってたんだよー……」


 向こうの昼過ぎに転移したため、こっちはまだ朝の8時前だ。

 フィリアの風呂の時間から考えても7時前には起きたんだろうな。


「お前、風呂好きだもんな」


 あと、お酒ね。

 さっきも朝っぱらから飲んでましたわ。


「み、見たよね?」


 見てないって言っても無理だろうね。

 がっつり見たし、何なら目も合ったよ。


「うん。まあ…………すごくきれいだったよ」

「……………………うん」


 あんだけ娶れ、娶れって言っていたフィリアが顔を赤くし、俯いた。


 多分だが、あっちの世界の女性は肌を見せるのにかなりの抵抗があるのだ。

 特に修道女や貴族はその傾向が強いと思う。


 フィリアの修道服は肌を隠すようにできているし、フィリアがこの世界で買った服も基本的には長そでとロングスカートだ。

 店でもミニやショートパンツには触れもしなかった。


「……フィリア、ちゃんとするから安心しろ」


 俺は俯いているフィリアの頭を撫でながら言う。


「……うん。”何を”と”いつ”を言わないあたりが詐欺師っぽいけど、信じてる」


 ………………つい、癖でね。

 いや、ホント。


「まあまあ。俺、学生なんだよー」

「さっさと卒業しなよ」


 最低でもあと2年は通わないといけない。

 それどころか、最近は全然行ってないので進級すら危うい状況だ。


「ちょっと考えているところだから待ってて」


 大学、辞めようかな……


「私が20歳を超えたら刺すから」


 こわい……

 多分、向こうの世界の適齢期的には限界がそこなんだろう。

 20歳を超えたら行き遅れ的な。


「あと4年ね」


 猶予はまだあるな!


「18歳でおじいちゃんに泣きつく」


 刺すと変わんねーよ!


「…………うん。あ、ヘイゼルは?」

「あー、お風呂のことを説明したら入っていった」


 早っ!


「もう? 色々と説明をするつもりだったんだけど」

「実家にはお風呂があったらしいよ。それで入りたい入りたいってごねだしたから入れた」


 ……うざかったんだな。

 自分はそれどころじゃないし。


「まあ、上がったら話すか。下に行こう」

「うん」


 俺とフィリアはリビングに戻り、ソファーに座って酒を飲み始めた。


「何かあったか?」


 俺はフィリアに留守番中のことを聞く。


「何もなかったよ。人も来なかったし、電話もなかった。掃除して、ご飯食べて、飲んでた」


 ……平和そうで何より。


「よかったな」

「うん。そっちは? 新しい仕事をするって言ってたけど……」

「ああ、そんなに難しい仕事じゃなかったし、早めに終わった。それでヘイゼルに家に行って説明して、こっちに来た」


 もうちょっと遅かったらよかったかもしれん。

 フィリア的にはだけどね。

 俺?

 俺は……うん、ちょうどいいタイミングだったよ。


「なるほど。先に言っておくけど、貴族の女性が単身で男性の家に行くのはマズいよ」

「そんな感じだったなー。お前がいるって言ったらちょっとホッとしてた」

「あんま変わんないんだけどね」


 何が変わんないのかな?

 やっぱりマズかったかなー……


「ちなみに、修道女は?」

「当然、同じくらいマズいね」

「でも、お前、来たじゃん」

「いや、そもそも私は説明されてない。ほぼ誘拐だったし」


 そういえば、フィリアはサプライズのつもりでロクに説明もせずに連れてきたんだ。

 マズかったのか……


「ぶっちゃけたことを聞いていい?」

「なーに? ヘイゼルさんを娶りたいならいいよ。多分そうなると思ってたし、あの人もその気でしょ。じゃなきゃ、リヒトさんを自分の家に招かないし、ここにも来ない」


 まだ、何も言ってないんだけど…………


「いや、そうじゃなくて……いや、ある意味そうなんだけど……お前って、その辺を許容できんの? 俺の国って重婚は犯罪なんだけど」

「そういう国はあっちの世界にもあるよ。でもまあ、エーデルでは何も問題ないね」


 それはガラ悪マッチョから聞いたな。

 実際、あいつは奥さんが2人いる。


「国じゃなくて、お前の考えを聞きたいんだけど」

「嫌か嫌じゃないかで言えば、嫌が勝つかな……? ぶっちゃけ、相手による。ヘイゼルさんは別にいい」


 いいのか……


「ちなみに、嫌な相手って?」

「比べようとする女とか、独占しようとする女とか、とにかく争いになる人だね。そういう人とは家族になれない。貴族や王族みたいに屋敷を別に建てるなら大丈夫だけど、それはそれで時間が無くなるから嫌」


 うーん、まあ、俺もそれは嫌だな。


「ヘイゼルは? 争いになんないの? 守銭奴対ポンコツじゃん」

「守銭奴って言わないで。別に争ってるわけじゃないよ。あの人は良くも悪くもマイペースだからそういうことを気にする人じゃないし」

「お前と性格とか合わなくない?」

「お互いの悪い所を補えばいい。というか、これはリヒトさんの仕事だね。まあ、得意でしょ」


 得意かな?

 ヘイゼルを騙すのは得意だけど。


「うーん、ちなみに、正妻とかそういうのはあるの?」

「あー、それは争いになるね」


 ダメじゃん!


「争うの? 正妻争い?」


 昼ドラ?


「いや、逆に譲り合いが始まる」


 えー……

 それはそれで嫌だなー。


「なんで?」

「正妻や妾っていう概念自体は普通の平民にはないよ。そういうのは跡取りとか継ぐものがある家だね。店がある商人とか、貴族とかね。もし、リヒトさんが身を立てて貴族になった時とかにそういう話が出てくる」


 そういう後継ぎは正妻の子がなるのか。

 あのガラ悪マッチョはそういうのがないっぽいし、正妻とかそういうのがないんだろうな。


「店を構えるつもりもないし、貴族になる気もないけど?」

「可能性の話だよ。リヒトさんの能力なら貴族になれるし、実際、そういう異世界人も少なくない。というか、リヒトさん、王族だし、ロストに行けば、確実になれるよ」


 行かない。

 絶対に行かない。


「嫌だよ」

「私も同じくらいに嫌。貴族の夜会とか絶対に行きたくない。そういうところに顔を出したり、貴族の妻同士の横のつながりで家を支えるのが正妻の役目なんだよ。だから譲り合いが始まる」


 おほほ、なやつね。


「ヘイゼルは? あいつは出来るだろ」

「あの人は貴族だからそういうのも出来るだろうけど、得意ではないでしょ。ましてや、絶対に好きじゃない」


 あー……それっぽいなー。

 ヘイゼルは素直だし、そういう腹芸も得意ではないだろう。


「なるほどねー」

「まあ、リヒトさんが貴族になればの話だよ。逆にこっちは? いくら重婚がダメでも男の人は囲うでしょ」


 フィリアってドライだよね。

 いや、あっちの世界がそういう世界なんだろう。


「愛人ね。こっちの世界は結婚する時に書類を提出する必要があるから奥さんとは別に愛人を囲う感じかな?」

「書類なんてあるんだ……もし、私らが結婚した場合はどうなるの?」

「お前らはこっちの世界の戸籍がないから無理だと思う。多分、内縁の妻かな。まあ、そっちの結婚と変わらん…………いや、待て、俺の母親はどうなんだ?」


 あの人、戸籍もないだろうし、婚姻届とかどうしたんだろう?

 というか、俺の戸籍の親の欄はどうなってんだ?


「えっと、私にはわかんない……」

「うーん、まあ、そういう話になった時に聞いてみるか。どっちみち、紹介や報告はしないといけないし」


 保留って良い言葉!


「まあ、任せるよ。ヘイゼルさんのこともね」

「ヘイゼルねー」


 あいつのことも好きだし、悩むところではあるけど、あいつはどう思ってんのかねー?


「ちなみに、ヘイゼルさんからは絶対にアプローチはしてこないよ。貴族の女性からアプローチするのは恥でしかないからね」


 俺次第なわけね……


「うーん、保留」

「保留ばっかだねー。でも、2人までにしてね。それ以上はさすがに嫌」


 でしょうね。


「猫ちゃんは?」

「ホントにミケが好きだねー……獣人はやめた方がいいよ……というか、脈がなさすぎて……」


 やはりないのか……


「うーん、そんな気はしてた」

「アンナは? リヒトさん、仲良さそうだったけど」

「アンナ? あいつは今頃、他の男とよろしくやってんだろ」


 そろそろ進展があるんじゃね?


「ん? 何それ!? 聞いてない!」


 フィリアが身を乗り出して聞いてくる。


「お前らの町の人間は本当にこういうのが好きだよな……悪いが、言えない。あいつも言われるのは嫌だろうし…………まあ、占ってやったんだよ」

「それもそうね。後で本人に根掘り葉掘り聞くわ。あとさー、宿屋のサラちゃんは? リヒトさんが餌付けしてるって、おかみさんのリリーさんが言ってた」


 サラ?

 かわいい子だね。


「あの子、12歳だぜ?」


 小学生やんけ。


「あと3年で15歳じゃん」

「こっちの世界ではそれでもアウト。ぶっちゃけて言うと、お前もヘイゼルも本当はアウトなんだよ」


 高1と高2。

 まあ、大学生が高校生と付き合うのはありかもしれないが、未成年は未成年だ。

 犯罪よ。


「ふーん、ないの?」

「お前ら2人でもダメなのに12歳って……捕まっちゃうよ」

「あっちでは捕まんないよ?」

「俺はお前だけでいいよ………………ヘイゼルと」

「そこは私1人って言うところだよ」


 ですよねー。

 でも、話の流れ的にね?


「保留なんだよ……」

「ホントに刺そうかな……」


 俺は隣で呆れているフィリアの腕を掴むと、引っ張り、抱きしめた。


「急に…………どうしたの?」


 抱き合う格好になっているため、フィリアがしゃべると、耳元がくすぐったい。


「お前は絶対に娶るし、じいさんからもらう。今さらお前を他の男にくれてやる気もないし、おさらばする気もない。だが、ちょっと待ってくれ」

「……うん。わかった」


 フィリアが頷き、俺の背中に手を回した。


 あーあ、言っちゃった。

 これで後戻りはできない。

 あとはヘイゼルをどうするかだなー…………ヘイゼル…………ヘイゼル?


 俺はハッとして、フィリアから離れる。


「どうしたの?」

「……ヘイゼル、遅くないか?」


 フィリアとかなりの時間、話しているが、ヘイゼルが一向に風呂から戻ってこない。


「そういえば…………」

「フィリア、見てこい!」

「わ、わかった!」


 俺が指示を出すと、フィリアは慌てて風呂場に向かった。



 ヘイゼルさんは予想通り、のぼせてました…………

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