第039話 休みだよー


 ヘイゼルが新しく家を借りてから3日が経った。

 とはいえ、ヘイゼルはまだ引っ越してはいない。

 というのも、ヘイゼルは荷物が多いので、引っ越すのにも時間がかかるのだ。


 この3日は午前中に仕事をしながら魔法の修行を行い、午後からヘイゼルの引っ越しを手伝うという日々を過ごしている。

 当然、あっちの世界には帰れていないが、こればっかりはしょうがない。


 今日もさっきまで大森林で採取の仕事をしていた。

 今回もゴブリンが出てきたので、俺の魔法で対応したが、今回は俺の火魔法により一撃で倒すことができた。


 今は午前中の仕事を終え、町に帰る途中である。


「今日はゴブリンを倒せたなー!」


 俺はかなりご機嫌である。

 自分の力でゴブリンを倒したのは2回目であり、魔法では初めてだからだ。

 俺の魔法はヘイゼルほどの威力はないため、魔石を採取しないといけなかったのは正直、嫌だったが、それでもちょっと嬉しい。

 なんか強くなった気がする。


「魔法も安定してきたし、威力もまあまあだったと思う。もう初級魔法はマスターしたと言っても良いと思うわ」


 ヘイゼル師匠からも太鼓判をもらえた。


「お前が前に付け焼刃が危ないって言ってた意味がわかるわ。今、自分でもわかるけど、すげー調子に乗ってる」


 今なら他の魔物も倒せる気がする。

 絶対に気だけだろうけど。


「まあ、私と一緒だから大丈夫だとは思うけど、調子に乗っちゃダメよ」


 あのヘイゼルちゃんが師匠っぽい。

 まあ、魔法の腕も冒険者としての経験もダンチだし、素直に従うのが吉だ。


「こういう時に仲間がいるといいな。ソロだと危ねーわ」

「ホントねー。私もあんたと組んで良かったわ。この前のポーション依頼の事は置いておいても、ピンチは避けられるし、2人の方が安心だわ」


 うんうん。


「明日はどうする?」


 この数日の仕事の収入は安定しているし、ヘイゼルとの連携も悪くない。

 何よりも初級魔法のお墨付きももらったし、休みにしてもいいかもしれない。


「そうねー? 4日も働いてるし、休みでいいかもね。というか、そろそろ本気で引っ越ししないとマズいわ」

「手伝おうか?」

「いいわ。あんたやフィリアには散々、手伝わせたし、残っているのは私の研究のやつや魔法グッズだもん。あとは服とか……」


 1日ほどフィリアも手伝っていた。

 引っ越しというか、新居の買い物に付き合っていたのだ。

 ヘイゼルは不安だし、俺も詳しくないからダメ。

 逆にフィリアは得意だし、この町の人間だから詳しいから頼りになる。


「そっかー。服ぐらいなら手伝うぞ」

「研究成果よりそっちの方が触れてほしくないわよ!」


 でしょうね。


「まあ、冗談は置いておいて、明日で終わりそうか?」

「あんたには大量の本を手伝ってもらってから十分よ」


 正直、本は重かった。

 ヘイゼルの収納魔法で運ぶのが一番だろうが、こいつはまず汚れている部屋の掃除と荷物の整理がある。

 さすがに俺がそっちを手伝うわけにもいかないし、貧弱と思われてそうなので、ちょっと良いところを見せようと思ったのだ。


「じゃあ、俺は明日、ちょっと出かけるわ。明後日には帰るかな」

「出かけるの? 危なくない?」


 町の外に出ると思ってるな。

 まあ、その通りなんだけど……


「ちょっと隠し事があってなー。帰ってきた次の日くらいには教えようかと思ってる」


 具体的には我が家に招待する。

 誘拐、拉致とも言う。


「ふーん、まあ、何かありそうな感じはしてたけど、教えてくれるならいいわ。隠し事をしないって言ってたしね」

「どこまで言おうかねー。知りたくないこともあるかもしれないし」


 特にウチの母親のこと。

 ヘイゼルと同じロストの出身で元王女様の巫女様らしいし、言わない方がこいつの精神衛生上は良い気がする。


「言うべきよ。知らない方が幸せって言うけど、絶対に知っておいた方がいいと思うわ」


 その言葉、忘れるなよ?


 俺はしめしめと思いながら町に向けて歩いていった。



 町に着くと、ギルドに向かい、ガラ悪マッチョに今日の成果を精算してもらう。


「ほれ、今日の報酬だ」


 ガラ悪マッチョが俺とヘイゼルに金貨6枚と銀貨4枚を渡してきた。

 俺達はこれを等分し、それぞれ金貨3枚と銀貨2枚を財布に入れる。


「今日はこんなもんか……」


 今日は魔法のレッスンに多めの時間を取ったし、仕方がない。

 それでも32000円なのだから本当に俺達は高収入だ。


「酒かー?」


 俺とヘイゼルは仕事終わりに、いつも酒を頼んで飲んでいるから注文する前に確認が来た。


「いや、今日はなしだわ。お互い用事があるからここで解散。明日は休みかな。明後日は…………まだ決めてない」


 ヘイゼルの引っ越しの進捗具合や俺が戻ってくる状況による。

 ちょっとゆっくりしたいし。

 というか、俺、大学をどうしよう?

 全然、行ってないな……


「ふーん、だったら3日後でいいから別の仕事をしねーか?」

「別の仕事?」

「そうだ。お前らは見た感じ、採取はもう完璧だろう。ここいらで別の仕事もやってみねーかって話」


 そういえば、前に見繕ってくれるって言ってたな。


「どんなんだ?」

「調査とかだなー。いくつか候補を出してやるから今度来た時に選べばいい。嫌なら採取でもいいぞ。他のヤツに回すし」


 うーん、確かに安全ならやってみてもいいかもしれない。


「今度来た時でいいんだな?」

「まあなー。今も候補を見せられるけど、お前らが休んでいるうちに別のヤツが受けるかもしれんし、依頼が増えるかもしれん。今決めてもしょーがねーから今度でいいぞ」


 だったら今度の様子で決めるか。


「ヘイゼル、今度依頼を見て、相談して決めよう」

「そうね。それがいいと思うわ」


 冒険者の先輩であるヘイゼルも同意してくれたし、そうするか。


「じゃあ、近いうちにまた来るわ」

「あいよー」


 次の依頼で別の依頼に挑戦するかもしれない事を決めた俺達は、その場で酒を飲まずに解散した。

 ヘイゼルは宿屋に戻り、引っ越しをしに行ったので、俺はフィリアがいるであろう教会へと向かう。


 教会に着くと、宿舎に勝手に入って良いものかと悩んだが、前にフィリアのじいさんに良いって言われたことを思い出し、扉を開けた。

 そして、一番手前の部屋をノックする。


「はーい」


 中からフィリアの声が聞こえた。


「フィリア、俺だ」

「あ、どうぞー」


 俺はフィリアの許可を得たので、中に入る。


「今日は1人?」


 フィリアがニコッと笑いながら聞いてくる。


「ああ。仕事も終わったし、初級魔法もお墨付きをもらった。ヘイゼルは今日、明日で本格的に引っ越しするらしい」

「おー! やっとかー! ヘイゼルさん、本当に荷物が多かったもんねー」

「研究職タイプの魔法使いだからなー。まあ、しゃーない。久しぶりの休みだし、俺は帰るけど、お前はどうする?」


 まあ、答えはわかっているけど、一応、確認する。


「もちろん私も帰るよー。温かいお風呂に入りたいし、冷えたお酒を飲んで、甘いもの食べて、ふかふかベッドで寝たい」


 言ってることはダメ人間だな。

 まあ、フィリアはめっちゃ働いてくれてるから全然ダメじゃないんだけどね。


「じゃあ、帰るか」

「あ、ちょっと待ってて!」


 フィリアはそう言うと、急いで部屋を出ていった。


 部屋に残された俺はフィリアのベッドに座り、何となくベッドをさすりつつ、待っている。


 ヘイゼルの部屋でも思ったけど、女子のベッドって、何かいいなー。


「お待たせー! って何してんの?」


 俺がベッドをさすっていると、フィリアが戻ってきた。


「こっちの世界の布団の感触を確かめている。俺が泊まっている宿屋のベッドと変わんないな」

「まあ、そうでしょ。一応、柔らかいんだけど、あっちの世界のベッドを体験するともう戻れないね。内緒で買おうかな?」

「絶対にバレると思うぞ」

「だよねー。いっそ、私もヘイゼルさんみたいに一人暮らししようかな? そうしたら自由に買って、好きにできるし」


 確かに、部屋や家を借りれば、そういうこともできるな。

 食事だって、インスタントや菓子類は好きに食べれるし、寝具だって、ベッドはともかく、マットレスなら持ち込めるだろう。

 ポータブルの電化製品だって持ち込める。


「悪くないな……」

「だよねー。まあ、私は微妙だけどね」

「そうなん?」

「家があるのに、わざわざ一人暮らしをするために家を借りる人はいないよ。特に女性はそうだね。危ないし」


 あっちでは大学だったり、就職すれば、男も女も一人暮らしをするケースが多いだろうが、こっちの世界ではまずないのか。

 それこそヘイゼルのように国を出た冒険者ぐらいだろう。


「うーん、難しいなー。まあ、ヘイゼルに頼めば、荷物くらいは置いておいてもらえるだろうなー」

「というか、それらすべてを解決する方法があるんだけどね」


 知ってる。

 お前が考えていることはわかってるし、俺もその考えは浮かんでいた。

 だから家を借りるの保留にしているのだ。


「悪くはないんだけどなー。うーん……」

「煮え切らないなー…………まあ、ヘイゼルさんのこともあるか」


 そっちじゃなくてねー。

 俺、まだ20歳の学生なんだよー。

 うーん…………


「まあいいや。とりあえず、帰ろうぜ」

「そだねー。あ、ゴミ、ゴミ」


 フィリアはベッドの下からお菓子のゴミが入った袋を引っ張り出すと、すぐに俺の腕に抱きついてくる。

 そんなフィリアからはお菓子の匂いじゃない良い匂いがし、腕には柔らかいものが当たっていた。


 ああ……マジで娶っちゃおうかな…………

 ぶっちゃけて言うと、絶対に幸せになれると思う。

 霊媒師の俺が言うんだから間違いない。


 …………けっして、流され、心乱された意見ではない。

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