第038話 内見


 フィリアの部屋で3人で話していた俺達はヘイゼルの借家について詳しく聞くため、商人のゲルドを訪ねることにした。


 フィリアの部屋を出て、教会から出発した俺達はフィリアの案内の元、ゲルド商会の支店がある北の商業区を目指して歩いている。


「ゲルドの所って何を売ってんの?」


 そういえば、俺はゲルドが何を売っているかも知らない。

 この町に来る時に荷物が腐るって言ってたから食料かな?


「あそこは総合商店だよ。色々、売ってる」


 デパートゲルドと呼ぼう。


「そいつがなんで部屋を貸し出してんの? 不動産業にも手を出してんのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど、所有している家が1個あって、それを貸してもいいってさ。使ってないし、このままだと朽ちちゃうから出来たら誰か住んでほしいらしい」


 家は不思議なもので、誰かが住まないと、すぐに傷んでしまうと聞いたことがある。

 貸せるものなら貸したいわけだ。


「フィリア、交渉は任せる。ヘイゼルに任せると、言い値で借りる」

「そうなの?」


 フィリアがヘイゼルを見る。


「いや、部屋を借りるのに交渉なんてしないでしょ」


 俺とフィリアに注目を浴びたヘイゼルは真顔で答えた。


「こいつはこういうヤツだ」

「うーん、ヘイゼルさんを前に出して、私が支えるのがいいかなー?」


 ……………………いい加減、フィリアが思っていることがわかってきた気がする。

 とりあえず、スルーしておこう。


 俺達は3人で仲良く話しながら歩いていき、ゲルド商会の支店にやってきた。

 支店はそこまで大きくはなく、普通のコンビニくらいのサイズだった。

 ただ、他の建物よりもちょっときれいだ。


 俺がここかーっと思いながら店の外観を眺めていると、フィリアが店内に入っていったので、俺とヘイゼルも続く。


「こんにちはー」

「いらっしゃいませ」


 フィリアが店内に入り、挨拶をすると、カウンターにいた店員のおじさんが出迎えてくれた。


「あのー、ゲルドさんは?」


 フィリアが店内を見渡しながら聞く。


「少々お待ちください。呼んで参ります………………会長ー! フィリアさんがいらっしゃいましたよー!」


 店員のおじさんは大きな声でゲルドを呼びながら奥にいく。

 ちょっとすると、奥からガタイの良いおっさんが出てきた。

 久しぶりに見たが、ゲルドだ。


「おー! これはこれは! あれ? リヒトの旦那? もしかして、家を借りたいって旦那です?」


 ゲルドはフィリアを出迎えにきたが、すぐに俺を見つけ、声をかけてきた。


「久しぶりー。借りるのはこっちの子。俺はお前の茶を飲みについてきただけ」

「ああ、なるほど。じゃあ、ここではなんですので、奥に行きましょうか。こちらです」


 俺達はゲルドに案内されて、奥に通されると、奥は仕事部屋になっているようだった。

 ただ、部屋の真ん中にはテーブルと椅子もあり、応接室も兼ねているっぽい。


「狭くてすみませんね。旦那、お茶でいいですか? 酒も出せるけど…………」

「酒」

「私も」

「じゃあ、私も」


 ゲルドが酒を提案すると、俺達はほぼ即答した。

 ゲルドはそんな俺達に苦笑すると、奥に行き、酒を持ってくる。


「お前、いつまでここにいるんだ? てっきりすぐに帰ったかと思ってたんだけど」


 俺はゲルドから酒を受け取ると、疑問に思っていたことを聞いてみる。


「いや、俺もすぐに帰るつもりだったよ。ただ、旦那に占ってもらってからにしようかと思って、考えてた。そしたら砂糖の話が舞い降りてきたからなー。帰るに帰れんくなった」

「あー、なるほど。お前も砂糖を買うん?」

「俺はエスタの商人ですからね。エスタは砂糖がまったく採れないんで、ここ以上に需要が大きいんですわ。この商機を逃すヤツは商人失格ですぜ」


 エスタで売った方が高価だったか……

 いや、エスタは危険だ。

 だから逃げてきたんだった。


「買えそうか?」

「その話はやめてください。売ってる当人がいますんで……」


 ゲルドは苦笑いを浮かべながらフィリアを見た。


「お前、高値で売るのは良いが、恨まれるようなことをするなよ」


 俺は平然としているフィリアに釘を刺す。


「してないよ。真っ当な交渉だよ」


 フィリアがかわいい顔で首を振った。


「心配だわー」

「いや、修道女が恨まれることはないんですけどね。教会を敵に回すと、こっちがつぶされるし。あと……フィリアのおじいさんがね…………」


 怖いよねー。


「ならいいけど……」

「旦那ー。他に売るもんないです?」

「あ、ゲルドさん、私を通してください!」


 フィリアが俺の前に腕を伸ばし、話を遮る。


 マネージャーかな?


「旦那、いい女を捕まえましたね?」


 捕まったのは誰かな?


「まあいいや。占いは? 決めたか?」

「うーん、金貨10枚だもんなー。決まったら言いますわ」

「わかった」


 エスタに帰らなくていいのかね?


「あ、ゲルドさん、それで借家の事なんですけど」

「あー、それね。今から見に行くか? すぐ近くだし」

「近く? 住居区じゃないんですか?」


 この町は北が商業区、西が冒険者ギルドや宿屋、飲食店であり、南と東が住居区だ。

 今いるゲルド商会支店は当然、商業区だから借りる家は商業区にあることになる。


「倉庫代わりにしようかと思って買ったんだが、こっちではそこまで店を大きくできなかった。だから今は空家。借りてくれるとありがたい」

「なるほどー。じゃあ、見にいこっかー」


 ゲルドの説明を聞いたフィリアがヘイゼルに尋ねる。


「そうね」


 ヘイゼルも商業区で問題ないっぽいな。


「よーし、俺が風水的に大丈夫かちゃんと見てやるからな。あと、除霊がいるかとか」

「旦那って多才だなー」


 すごいだろ?




 ◆◇◆




 家を見にいくためにゲルドの店を出た俺達は歩いて借家に向かう。

 借家には歩いて1分程度で着き、本当にすぐそこだった。


「ここ?」

「ですね」


 ヘイゼルが借家を見上げる。


 ここは商業区のため、この辺りで建っている建物はそこそこ大きいが、ここは普通の家っぽい。

 俺達はゲルドの案内の元、家に入っていく。


「部屋は3つ。リビングと寝室が2つです。ただ、注意してほしいのは倉庫代わりなんでキッチンはありません」


 キッチンがない家って斬新だな。


「それは大丈夫。私、料理なんてしたことないし、するつもりもない」


 ヘイゼルは貴族だもんなー。

 絶対に料理ができなさそう。


 俺達は部屋の感じを見ていくが、そこまで悪くないように見える。

 俺はヘイゼルの宿屋の様子から考えてもスペースも十分にあるように感じた。

 風水的にも悪くないし、地縛霊的なものもいない。


「俺は悪くないと思うぞ。ちょっとギルドから遠いくらいかな?」

「そうねー。私も悪くはないと思う。ギルドから遠い……まあ、それくらいなら。東の方の住居区よりは近いし」


 ちゃんと迎えに行くからなー。


「ここいくらです?」


 フィリアが目を光らせて、家賃を聞く。

 銭ゲバ守銭奴の本領発揮だ。


「金貨15枚でいいよ」

「いや、10枚でしょう」


 商人と守銭奴修道女の争いが始まった。


「さすがに10枚は…………いや、まあ、いいか」


 争いは速攻で終わった。

 争いすら起きなかった。


「もうちょっと粘んねーの?」

「俺は不動産がメインでないですし、他に借りる人もいませんしねー。出来たら買い取ってほしいくらいですよ」

「買取の場合はいくらなん?」

「うーん、金貨1000枚でいいかなー」


 1千万円か……

 相場がわからんが、10年くらい借りるならば、買った方がいいって感じかな?

 まあ、この世界にローンがあるかは微妙だから一括で金貨1000枚は厳しいけど。


「ヘイゼル、どうする? 金貨10枚だとさ」

「うーん、日に金貨1枚と銀貨6枚だからご飯代を入れてもこっちの方が安いか……」


 元が高いからね。


「だと思うぞ」

「そういえば、あんたはどうすんの? 宿屋暮らしじゃん」

「考え中。当分はあそこかな」


 まだ来たばっかで収入がどうなのかわからんし、結局はあっちの世界で過ごすからなー。


「借りようかな…………いつから住めるのかしら?」


 ヘイゼルは貴族らしく、胸の下で腕を組み、高慢ちきなしゃべり方でゲルドに聞く。


「…………すぐにでも住める状態ですので、いつでも結構でございます。料金の方は店の者に渡して頂ければ……」


 あ、ゲルドの対応が変わった!

 ヘイゼルが貴族って、わかったんだな。


「そう? じゃあ、そうしようかしら?」


 ヘイゼルちゃん、君って本当に隠し事が出来ないよね。

 俺がしっかりしないとダメだな、こりゃ。

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