第035話 ヘイゼルの朝は遅い
ギルドで酔っ払いに絡まれた俺達だったが、仕事を決めたところでその日は解散となった。
翌日、俺はヘイゼルを迎えにいくためにもくもく亭の前までやってきたが、ヘイゼルはまだいなかった。
俺はもくもく亭に入り、宿屋のおかみさんにヘイゼルのことを聞くと、まだ降りてきておらず、朝食も食べてないらしい。
「まだ寝てんな……」
「だと思うよ。ヘイゼルちゃん、昨日、遅くまで飲んでたし」
あいつの生活から管理しないといけないのかねー?
「起こしてきてもいいですか?」
「どうぞ。というか、お願いするわ。さっさと食べてほしいし」
俺はおかみさんの承諾を得たので、2階に上がり、昨日も来た部屋の前まで来ると、ノックをする。
「ヘイゼルー?」
ノックをしながら声をかけるが、反応がない。
「こういう時にスマホがあると電話できるんだが…………仕方がない。ヘイゼルー!!」
俺は大きな声を出し、ノックの力も強くした。
すると、扉の奥からドンドンと強い走る音が聞こえてくる。
そして、扉が開いた。
「ご、ごめん! 寝坊しちゃった!」
扉を開いたヘイゼルが申し訳なさそうに慌てて謝ってくる。
だが、俺はそんなことはどうでもよく、ヘイゼルの姿が気になった。
いつもは長い黒髪を無造作に伸ばしているのに今は上げている。
そして、非常に薄着だ。
いつもは黒のローブで隠しているでっかい谷間がガッツリと見えている。
「おかみさんが早く朝飯食べてだってよ。俺は下で待ってるから早くした方がいいぞー」
「わ、わかった。ごめん、ちょっと待ってて!」
ヘイゼルはそう言って、扉を閉めた。
俺はあいつって、すごいんだなーと感心しながら階段を下りる。
「どうだった?」
俺が階段を下りると、おかみさんが聞いてくる。
「すごかった。細いくせにマジででかいのな」
「……そっちじゃないよ」
「寝てた。今、慌てて準備してる。おかみさん、飲み物をちょうだい。御代はヘイゼルにつけといて」
「あいよ!」
俺はおかみさんに飲み物を頼むと、併設されている食堂の椅子に座る。
少ししたらおかみさんが果物のジュースを持ってきてくれたので飲んで待つことにした。
ジュースも飲み終わり、ちょっとすると、いつもの黒ローブを着たヘイゼルが下りてきた。
ただし、帽子は被っていない。
忘れとるし……
「ご、ごめんね」
ヘイゼルは俺と同じ席につき、謝ってくる。
「別に急いでないし、いいよ。それよか、朝飯を食べなー」
「う、うん、おかみさーん、ごはーん!」
すぐにおかみさんがパンとスープを持ってくると、ヘイゼルはガツガツと食べだす。
食べるスピードは遅いけど……
「帽子を被っていないお前は新鮮だなー」
「あ」
ヘイゼルはパンを食べながら自分の頭をさする。
「お前、なんでいつも帽子を被ってんの?」
日焼け防止か?
「雰囲気作り。リヒトの怪しい外套と一緒」
「なーんだ、魔法的な何かがあると思った。ローブはちょっと頑丈って言ってたし」
木の枝で裂けない程度らしいけど。
「うーん、帽子は何もないね。魔法使いっぽいから被ってる」
「まあ、雰囲気作りが大事なのはわかるわ」
大事、大事。
「…………あのさ、見た?」
ヘイゼルが目も合わさずに聞いてくる。
多分、さっきの部屋でのことだろう。
「……………………」
俺は無言で財布から金貨1枚を取り出し、ヘイゼルの前に置く。
「お金はやめて!」
いや、金貨1枚の価値はあったよ。
写メを撮りたかったもん
◆◇◆
朝食を食べ終え、自室から帽子と杖を持ってきたヘイゼルと共に町の外へとやって来た。
そのまま大森林を目指して歩いているのだが、道中はヘイゼル師匠の魔法レッスンだった。
俺はヘイゼルに基礎である魔力操作から教わっている。
「うん、普通に魔力操作は出来てんじゃん」
ヘイゼルがうんうんと頷く。
魔力操作というのはそのまんまだが、体内にある魔力を操作することだ。
俺は元々、不思議パワーを使っている。
というか、不思議パワーが魔力だと思う。
「似たような力は元々使えてたしな。フィリアから教えてもらった身体の汚れを取る魔法もすんなり覚えられたし」
「まあ、その魔法は結構、誰でも覚えられるけど、魔力操作が出来るのはいいわ。そこで躓く人が多いから」
魔力なんて目に見えないもんは難しいわなー。
「でも、俺はここからなんだよなー。初心者用の魔法教本をもらったけど、さっぱりなんだよ」
夜とかは部屋でやることがないから魔法教本を読んで練習してるけど、全然覚えられる気がしない。
「教本? どんなの?」
「持ってきてないけど、クレモンにもらったやつ。サイン入りだぞ」
サインはいらんけどね。
「クレモン様の…………ああ、なるほど。そりゃ無理よ」
「なんで?」
「自慢じゃないけど、私やクレモン様が通ってた魔法学校はレベルが高いの。その初心者用の教本は学校から配布されるやつだと思うけど、初心者用の教本なんかを真面目に読む学生はいないわ。そこが出来ない人はまずその学校に入れないもん。だからその教本はめちゃくちゃ過程を端折ってる。先生が書いたやつだと思うけど、無駄だから適当に書いてると思う」
マジかい。
もういっそ、配らなければいいのに……
「クレモンめ……!」
「まあ、あの人は特別優秀だからそれで十分と思ったんじゃない?」
優れた人間が優れた指導者になるとは限らないってとこか。
「じゃあ、ヘイゼル師匠、初心者用の魔法を教えて」
「いいわよ」
俺は歩きながらヘイゼルから初心者用の魔法を教わった。
町から大森林まで歩いて30分くらいの距離だろう。
火、水、風、土の四大魔法を大森林に着くまでに覚えることができた。
リヒト君はレベルが上がった!
「俺、才能があるな!」
「まあ、元々、魔力操作ができたのならこんなもんはすぐでしょ」
「ヘイゼル、言葉を選べ。俺の10日以上の時間が無駄になるだろ」
必死こいて頑張ったあの時間は何だったんだ?
「ごめん、ごめん。そういう積み重ねがあったからだと思うな、うん」
「やはり優秀な魔法使いに教わるのが一番だな」
「うんうん!」
優秀と言われたヘイゼルちゃんはとても嬉しそうだ。
「俺も杖を持つかなー」
「小さいのならあげるわよ。あんたが大きい杖を持つと、マジで邪教徒になっちゃうからやめたほうがいい」
「小さいのって?」
「これ」
ヘイゼルが手をかざすと、ヘイゼルの手に杖というか棒が出てきた。
某メガネ魔法男子が持っていそうだ。
「こんなんでいいの?」
「まあ、私が持っているような杖の方がいいけど、ダウジングする時とか大きいから邪魔でしょ」
確かに邪魔だ。
ヘイゼルの杖は身長くらいあるし、それを持ちながら両手を使うダウジングは物理的に無理だろう。
「くれんの? お金出すよ?」
「その杖はもう使ってないやつだし、お金はいいわよ。それに杖は師匠が用意するものなの!」
師匠……
良いヤツ。
「ありがとう。お前からすべての魔法を学び終えるちょっと前になっても捨てないからな!」
「……………………あっさり契約書にサインしたと思ったらそれか!」
「よっしゃ! 採取といこう!」
「ねえねえ、もう1回、契約しようよ」
ヘイゼルが涙目で俺の腕を掴んで揺らしてくる。
「んなもんなくても捨てないから安心しろ」
「…………親愛なる我が弟子よ。私は良い弟子を持ったなー」
別に捨てる気はないけど、あっさり信じるなよ。
あと、どんだけ捨てられることにビビってんだよ。
「それでさ、何を採取すんの?」
「そうねえ? まずは黄金草があるかかな? ありそう?」
俺はヘイゼルに言われて、ちょっと頑張って探してみようと思い、カバンの中から持ってきていた20000円もする水晶玉を取りだした。
「ちょっと見てみる」
「いやいや! 何それ!? ガラスの玉!? ちょー欲しい!!」
魔法使いが食いついてきた。
そういえば、この世界はガラスが珍しかったな。
正確に言うと、ガラスじゃないけど、このようなきれいな玉のガラスは珍しかろう。
というか、これ、いくらで売れんだろ?
今度、フィリアに聞いてみようかな……
「これは占いで使う道具だぞ」
「ちょっと貸して」
「落とすなよ」
俺は水晶玉をヘイゼルに手渡した。
ヘイゼルは水晶玉を覗いたりし、興味津々のようだ。
「お前が持ってるとマジで似合うな」
魔法使いっぽさが上がってる。
「そ、そうかな? いいなー。これ、どこで買ったの? いくらだった? めっちゃ欲しい!」
正直、そんなに欲しいならあげてもいい。
多分というか、絶対にさっきもらった杖は金貨2枚以上はするだろうからだ。
だが、この水晶玉をこいつが持っていることが怖い。
落としそうだし、人に自慢…………いや、こいつ、ぼっちか。
「絶対に人に見せないならやるぞ」
「え? マジ? いや、お金は払うよ」
「さっき、杖をもらったからいい」
「さっきの杖、金貨30枚程度だよ? これ、比にならないような気がするんだけど」
こいつ、金貨30枚もする杖を俺に寄こしやがった!
ヘイゼルって、男に貢ぐタイプだよな。
ホストで狂いそうだわ。
「差額は俺の気持ちだよ。親愛なる我が仲間への贈り物。でも、絶対に人に見せるな」
「う、うん…………一生大事にするね!」
ヘイゼルは顔を赤くし、チラチラと俺を見上げながら大事そうに収納魔法で収納した。
いや、収納すんな。
あげたけど、これからそれで黄金草を探すって言ってんだろ。
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