第033話 契約書には気を付けよう!
俺の横でヘイゼルがめっちゃ怒っている。
「痛いなー……冗談なのに」
俺は頭をさすりながら隣に座るヘイゼルを見る。
「言って良い冗談と悪い冗談があるわよ!」
「殴らなくても……」
先ほど、俺の冗談に怒ったヘイゼルは杖を取り、頭を殴ってきた。
魔法は使わなかったし、そこまで力を込めてきたわけではないが、ヘイゼルはかなりご機嫌斜めのご様子。
「本当なら手打ちもんよ!」
「手打ちって……そこまでする?」
殺されんの?
「私は貴族なのよ! もう貴族じゃないけど、心は貴族なの!」
あー……そういえば、フィリアも言ってたなー。
貴族はダメだって。
修道女もだけど…………
縁のある2人はどっちもダメかい……
「ごめん、ごめん」
「まあいいわ。私は心が広いから許してあげる」
本当に広いと思うわ。
いや、バカにしてるという意味ではなく。
「とりあえず、今はフィリアに氷が売れそうなところを買ってもらえるように調査してもらってる。まあ、氷に限らず、目立つものを売ったり、所持する時は隠してほしいわけよ」
「まあ、持っていくだけだし、労力はほぼゼロだからいいわよ」
実に良い子だ。
誰かさんはここで分け前の話をする。
一方でヘイゼルはしない。
逆に不安だが、足して2で割ればちょうどいいと思う。
「分け前はちゃんとやるからなー」
「別にいらないのに……」
「お前は金持ちなんか?」
「いや、そういうわけじゃないけど、家に荷物を置いて、持っていくだけでしょ? これでお金を取るのは無理よ」
こいつは自分の価値をわかってないなー。
まあいいや。
多分、貴族や魔法使いとしてのプライドがあるんだろう。
「実際、収納魔法って、労力がゼロなのか? 魔力消費とかは?」
「ないわよ。だから便利というか、持っていれば勝ち組って言われてんの」
「お前、勝ち組じゃん。なんで隠すの? もっと出世できるし、偉くなれるだろ」
見た目もいいし、頭もいい才女()だ。
きっと、そのうち聖女とか呼ばれるんじゃね?
こいつは魔女だけど……
「収納魔法を持ってる人は本当に少ないわ。でもね、持っている人は本当に優秀なの。それこそクレモン様みたいに国の上部に食い込むわ。収納スペースだってすごいの。でも、私は魔法学校中退でこんな町で細々と一人で趣味程度の魔法をやってる魔法使い。世間から見たら落ちこぼれよ」
自己評価が低いな。
魔法使いがエリートっぽいのはわかるけど。
「お前も収納魔法が使えるってなれば、落ちこぼれんだろ」
「親にバレるし、こんだけの容量で何をすんのよ。絶対にすごいねって言われて、内心でショボって思われるわよ! それでいて、貴重だからって国に囲われるわ。そんな人生は絶対に嫌よ!」
確かにつまんなさそ…………
下手をすれば、そんな優秀な人の子孫を…………
あ、こいつが実家に泣きつくのと同じパターンだわ。
「なるほど。確かに嫌だわ」
「でしょ。私には私の人生がある。好きに生きたいの」
うんうん。
わかるわー。
「じゃあ、隠そう」
「うん。利用する気のヤツに言われると、アレだけど」
まあね!
「ヘイゼル、お前はほんのちょっとだけ、おっちょこちょいなところがある」
「素直に世間知らずのバカって言えば? どんくさいって言えば?」
言ったら拗ねる癖に……
「そういうのを含めて、ちょっと足りないところがあるが、お前は非常に優秀な魔法使いだ」
「まあ、魔法は得意ね」
「そうそう。逆に俺は魔法はまだ未収得だが、危険を避けることが出来るし、契約や人を騙……説得するのは得意だ」
「未来視があるもんね。あと詐欺師だもんね。わかるわかる」
ヘイゼルがうんうんと頷いている。
「つまり俺達は互いに足りないところを補えるわけだ! 共に頑張ろう!」
「そうね…………あんたに魔法を教えるのをやめようかしら?」
あれ?
「なんで?」
「もし、あんたが私と同程度の魔法を使えるようになったら私っていらなくない?」
…………………………。
「いるよ……」
「おい、詐欺師! 目を見ろ! いつも私を内心でバカにして、騙している詐欺師! 私の目を見てしゃべれ!」
「お前、騙されている自覚があったのか……」
「あるわよ! いっつも家に帰ってあれ?って思ってるわ! 今もあれ?って思ってるわ!」
ヘイゼルちゃん、バカな子じゃなかったんだ……
「俺はお前のことを思ってだね……」
「どうだか? いらなくなったら捨てる気でしょ!? わかった! これがあんたが言ってた結婚詐欺師だ! 私から魔法という財産を奪ってドロンする気だ!」
めっちゃ人聞きが悪いことを言うなー。
冒険者だって、最初に組む仲間とずっと一緒ってわけでもないだろうに。
レベルが合わなくなったら解散して、別のパーティーを組むもんじゃねーの?
「しないってー。絶対に捨てないし、ドロンは……しない…………と思う」
どうしてもスマホのアプリのことがあるからドロンは確約できんな……
「ほら! 言い淀んだ!!」
「いやね、ほら、俺は色々あるじゃん。逃げる時も来るかもなのよ」
一応、精霊や巫女関係のこともあるしな。
「あー……詐欺師……兵士に捕まるかもしれないもんね。そしたら逃げるか…………」
まあ、この際、そっちでもいいよ。
「ね? だからドロンは確約できん。そもそも急に病気になるかもしれんしなー」
占いではならないと出てる。
「まあ、そうね。ちょっと待ってなさい」
ヘイゼルはそう言うと、立ち上がり、床に落ちている紙を拾った。
そして、戻ってくると、何かを書きだす。
「はい、これに名前を書いて」
ヘイゼルが俺に紙を渡してくるので紙に書かれていることを読もうと思った。
しかし、女神様から翻訳の加護をもらっているのにも関わらず、書いてある文字が読めなかった。
「いや、何これ? 読めないけど……」
「大丈夫! ちょっと名前を書くだけだから!」
いやいや!
絶対にダメなやつだろ!
「誰が書くか!」
「書きなさいよ! すべての魔法を教えてもらった後に捨てませんって書いてあるの!」
「普通の言葉で書けや!」
騙す気満々じゃねーか!
「これは契約魔術だから魔法の言葉で書いてあるの。本当にそういうものなの」
うーん、嘘はついてなさそうだな。
「嘘ついたらお前を奴隷に落とすからな」
「私は偉大な魔法使い! 嘘はつかない!」
それがすでに嘘だろ。
お前、今までに何回嘘ついた?
「じゃあ、もう1枚ほど書け。これが嘘だったら自ら奴隷に落ちますって。もしくは実家に帰りますって」
「いいわよ! 私は嘘をついてないし!」
こら、マジだな。
となると、魔法を教えてもらった後に捨てませんか…………
まあ、多分、捨てないだろ。
こいつは非常に捨てにくい女だ。
ある意味、フィリアよりも捨てにくい。
だって、めっちゃ不安なんだもん。
「よしよし。では、名前を書いてやろう」
「あ、偽名はダメよ。ちゃんとフルネームでね」
チッ!
「まさか俺が契約書を書くハメになるとは…………というか、婚姻届を書いてる気分だぜ」
「何それ?」
「君は知らなくていいよ」
結婚が嫌で逃げた家出娘。
「またバカにする…………」
「俺の国で結婚する時に役所に出すやつだよ。僕はこの子と結婚しますってやつ」
「そんなんあるんだー。変わってるわねー……って、誰が結婚よ!」
素晴らしいノリツッコミだね。
「世界が変われば常識も変わるもんだ。一緒にベッドを軋ませた仲だろ?」
「真面目か冗談かどっちかにしなさいよ。どっちに答えればいいかわかんない」
どっちでもいいよ。
「ほれ、書いたぞ。これでいいか?」
俺は謎の契約書に名前を書くと、ヘイゼルに渡す。
「どれどれ…………あんた、クロキって言うの? リヒトが名前かと思ってた」
「あー、間違えた。ウチの国では苗字が先に来るんだよ。もう1枚寄こせ」
「いや、これで大丈夫よ。ってか、苗字あんのかい」
「お前だってあるだろ」
バーナード様。
「それもそうね。よしよし、これは私が持っておくわ」
ヘイゼルはそう言うと、収納魔法で収納した。
「あ、契約を破った時の説明をしてなかったわ」
「破んねーからいいよ」
捨てない捨てない。
「金貨500枚ねー」
手切れ金みたいだな……
もしくは慰謝料。
「まあ、いいけど………………やっす」
「ちょっと待って! 今、やっすって言った!」
「安いだろ。お前の価値は金貨500枚か?」
黄金草が500株。
「えー……じゃあ、どのくらい?」
「金貨10000枚は出してやるよ」
「えー? そうかなぁー?」
ヘイゼルは嬉しそうだ。
「書き換えてもいいぞー」
「いいわよー、もう! あ! あんたの分もいる?」
「俺の分?」
こいつ、何言ってんだ?
「そう。あんたを捨てませんっての」
「俺がお前をどれだけ殴り、どれだけ犯してもお前に捨てられない契約書をくれんの?」
「………………あげない」
そうしなさい。
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