第032話 ヘイゼルを説得しよう!


 ギルドを出た俺とヘイゼルはヘイゼルが泊まるもくもく亭へとやってきた。

 もくもく亭に入ると、ヘイゼルは宿屋のおかみさんに挨拶をし、2階に上がった。

 2階に上がると、部屋が6つあった。


「奥の2部屋が私の部屋なの」

「2部屋も借りてんの?」


 無駄じゃね?


「私は魔法使いでしょ? 本が多いの。それに錬金術やら魔法の研究やらでどうしても1部屋じゃ足りなくてねー」

「ふーん。魔法使いも大変だなー」


 本当に研究者って感じだな。


「まあ、好きでやってることだから。あ、こっちね。そっちは絶対にダメ。私の研究成果が置いてあるから」


 ヘイゼルは一番奥の部屋に入るなと言うと、その手前の部屋に入る。


 まあ、その研究成果とやらを俺が見てもさっぱりなんだが、警戒心があることは良いことだ。

 ただ、それは魔法ではなく、もう少し、自分に向けてほしい。


 俺はヘイゼルに続き、部屋に入る。

 部屋は結構広く、10畳はありそうだった。

 そこのベッドと机があるのは俺が借りている部屋と同じだが、いくつかのテーブルが置いてあり、テーブルや床には本やよくわからない道具が散乱している。


「汚くてごめんね。例のポーションの依頼で心がすさんでたから」


 まあ、あんな状態になったら掃除する気も起きんわな。

 心と部屋のきれいさは比例するって母親から聞いたことがある。


「それはいいけど、隣もこの部屋と同じ大きさか?」

「そうよ」


 結構、良い所に住んでるんだなー。


「ここ、いくら? 2部屋も借りてたら高いだろ」

「まあねー。2食付きで銀貨8枚。2部屋だからその倍の金貨1枚と銀貨6枚」


 たけー!

 1日、16000円じゃん!

 …………いや、2食付き?

 君、騙されてない?


「よくそんな金があるなー」

「まあ、魔法使いは儲かるからね。その分、出費も多いけど……」


 詳しくは知らないが、そんな気はする。


「それでもここに泊まるより部屋を借りる方が安くつくのは確かだろ」

「そうね。一昨日、フィリアに相談しに行ったんだけど、そう言われた」

「部屋を探してみるって言ってたけど?」


 一応という言葉付き。


「最初は自分で探したんだけど、なくてね」

「ないの?」

「あるのは1戸建てばっか。4部屋とか5部屋のやつを借りてもさすがに持て余すわよ」


 1人では広いかもなー。

 俺もあっちの世界では1人で広い家に住んでるけど、持て余している。

 最近はフィリアがいるからいいけど。


「こっちの世界には集合住宅みたいのはないのか?」


 アパートとかマンションみたいなやつ。


「あるわよ。でも、そういう所は男が多いし、逆に狭いのよ。2部屋借りられたらまだ良いんだけど、なくてねー」


 なるほど。

 こいつは中途半端なんだ。

 1人のくせに研究やら錬金術でスペースがいる。

 でも、そこまで大きい家は管理できない。

 フィリアが一応、探してみるって言っていた意味が分かった。


「それは厳しいかもな」

「っぽいね。フィリアはこの町の人間だし、知り合いも多いから探してはくれるみたいだけど、微妙…………あ、ごめん。お客さんにお茶も出さずに。適当に座ってて」


 ヘイゼルはテーブルの上に置いてある高そうなティーセットをガチャガチャと構い始めた。


 俺は座れと言われたが、座る場所がベッドくらいしか見当たらないので仕方なく、ベッドに座った。

 なんとなく、ここでヘイゼルが寝てんのかーと思うと、ちょっと興奮する。


「あ、ごめん。椅子もないね…………よいしょ!」


 ヘイゼルは奥にあるもう一つのテーブルをベッドの前まで持ってくると、用意していたティーセットを置いた。

 そして、俺の隣に座り、お茶を入れてくれる。


「どうぞ」


 俺は勧められたので一口飲むと、すごくいい香りと共に紅茶の味がした。


「美味いな。それに香りがいい」

「でしょ! いいやつだから」


 高そうなティーセットといい、こういうところは貴族っぽい。


「お前、いい趣味してるわー」

「研究とかで煮詰まった時によく飲むのよ」


 なるほど。

 確かにこれを飲むと落ち着く気がする。


「これはいいな」

「でしょー。お酒も好きだけど、こっちも好きなのよ。それで仕事って?」


 ヘイゼルは本題に入った。


「仕事ね。色々と考えてんだけど、まずは氷を売ろうと思ってんだわ」

「氷? 私に氷を作れってこと? 出来ないこともないけど、厳しいわ。私の冷却魔法は水を凍らすほどの冷気を出すほど強くないもん。見たと思うけど、私は火魔法が得意でね」


 冷却魔法とやらはお酒を冷やす程度か。

 まあ、あれだけの威力の火魔法があれば、他の魔法はそこまでレベルを上げなくても十分にやっていける。


「いや、氷を用意するのはこっちでやる。ちょっと考えがあってな。それについては後日、教えてやる。問題は氷って溶けるだろ?」

「あー、まあね。学校の友達とかで氷を売ってる子はいたけど、そういうのが面倒らしい」


 友達、いたのか…………

 ちょっとホッとした。


「俺、異世界人だろ? 実は氷を保存する道具を持ってるんだわ」

「マジ? すごいじゃん! 見てみたい!」

「まあ、完全に溶けるのを防ぐわけじゃないけど、かなり遅らせられる。今度、見せてやるよ」

「お願い! すっごく気になる!」


 そんなに見ても楽しい物じゃないけどなー。

 研究者だし、魔法使いは知的好奇心が旺盛っぽいのは事実みたいだ。


「とまあ、そういう道具があるんだけど、目立つんだよ」

「まあ、少なくとも私は知らないし、目立つかもね。下手すれば、狙われるかも…………」

「だろ? そこでヘイゼル先生の出番なわけだよ?」

「私? 私が持って、売りに行くの? 嫌に決まってんじゃん」


 完全にリスクしかないもんな。

 マジで鴨が葱を背負って来る状態だ。


「まあ、保管場所をお前が借りる部屋にしようかとは思ってるんだが、そこは本題じゃない」

「部屋? あー、まあ、その道具がどのくらいの大きさかは知らないけど、開いてるスペースがあればいいわよ。それが本題じゃないの?」


 ヘイゼルさんは快く、スペースを貸してくれるらしい。


「うんうん。実はお前が持ち歩くのは嫌だって言うけど、頼みたいのはそこ」

「だから嫌だって言ってんじゃん。私が狙われるじゃん」

「大丈夫。お前は狙われない。だって、他の人間からしたらお前がその道具を持っているのは見えないんだから」

「………………………………」


 ヘイゼルは無言だったが、すぐにベッドに立てかけてある杖に手を伸ばす。

 俺は警戒している相手に背を向けるというバカなヘイゼルの肩に手を伸ばし、掴んだ。

 それにより、ヘイゼルの弱い力ではそれ以上進めなくなり、杖を掴むことが出来なくなった。


「今、杖はいらないよ?」

「離せ! 殺すぞ!」


 こわーい。


「落ち着け」

「この世の森羅万象に司る精霊よ…………」


 ヘイゼルが詠唱を始めた。

 多分、魔法を使うのだろう。


 これでようやく理解した。

 ヘイゼルは杖があれば、無詠唱で魔法を放てる。

 逆に言うと、杖がないと、詠唱しなければならないのだ。

 以前、魔法使いは杖を奪われ、口を塞がれたら終わりと言っていたが、こういうことなのだろう。


「少し黙ろうか?」


 俺はヘイゼルの腕を引いた。

 すると、軽いヘイゼルは簡単に俺の所に身体を預ける形となる。

 俺はヘイゼルを羽交い絞めにし、口を塞いだ。


「んー、んー!!」


 当然、ヘイゼルはしゃべれなくなり、詠唱も終わった。


「おや? こうすれば防音の魔法がなくても大丈夫だね?」


 俺は口を塞ぎながらベッドに押し倒した。


「んー!!」


 ヘイゼルが必死に暴れるが、どうしようもない。

 こいつ、マジで力が弱いな。


「落ち着け。俺はお前の仲間であり、お前の弟子だろう? 何を魔法で攻撃しようとしてんだ?」

「んー、んー!!」


 まだ文句を言っているっぽいが、抵抗は徐々に弱まりつつある。


「ヘイゼル。我が親愛なる師よ。落ち着きなさい。俺はお前を信頼して、銃を見せ、さっきの道具の話をしたんだ。まだ、話は終わっていない。俺はお前をどうこうする気はないし、ただ、仲間として、秘密を打ち明けようとしているのだ。別にそれに対して、お前に見返りは求めない。お前はお前の秘密を守ればいい。だが、攻撃するのは違う。ましてや、魔法はないだろう。ここをどこだと思ってんだ? 宿屋だぞ?」


 ヘイゼルは抗議もやめ、抵抗もなくなった。


「今から手を離そう。下にいるおかみさんの所に逃げ込んでもいい。だが、魔法はやめろ。まーた、借金地獄のふちを見たいか?」


 こんな所で魔法を放てば、宿屋が燃える。

 そしたら弁償だろう。


「んー」


 ヘイゼルはこくんと頷いた。

 俺はそれを見て、ヘイゼルの口から手を離し、身体も離す。

 すると、ヘイゼルは特に暴れもせずにゆっくりと起き上がった。


「ハァハァ…………いや、あんた、誤解だって言うんならどこ触ってんのよ!」


 おっと、雰囲気でつい…………


「お前がでかいのが悪い。どうしても押し倒すと当たるんだよ」

「うっさいわね! 私だって、好きでこうなったんじゃないのよ!!」


 そら、そうだ。


「護身術は?」

「こ、怖くて……というか、羽交い絞めにされて、押し倒されてから逃れられる護身術なんてないわよ!」


 でしょうねー。


「ほら、お前のお茶を飲め。落ち着こう」

「あー、怖かった。絶対にヤラれるかと思った」


 ヘイゼルはお茶を飲む。


「悪いな。でも、俺も殺されるかと思ったわ」

「ご、ごめん。だって…………」


 まあ、それほどに収納魔法のことを知られたくないんだろう。


「収納魔法か?」

「……………………そうよ。あんた、知ってたのね」


 ヘイゼルは長い沈黙の後に、口を開いた。


「お前さー、一昨日の行動を振り返ってみろよ」

「んー?」


 ヘイゼルは必死に思い出そうとしている。


「採取が終わって、俺がお前に黄金草30株を渡した時、お前はどうした?」

「………………あ! あー……あぁ…………」


 ヘイゼルはガクッと項垂れた。

 ようやく思い出したらしい。


「あとさ、ポーションを10個も持ってきているって言ってたけど、どこに? カバンは?」

「ああ…………」

「俺はてっきり弟子である俺を信頼して、見せてくれたのかと思ってたわー」


 これっぽっちも思っていないけどね。


「そ、そうなの……! って、んなわけないよ…………私って、本当にダメなヤツなんだなー」

「お前はずっとソロだったからその頭がなかったんだろうな」

「そうね…………使うのは1人でいる時だけだから」


 つい、いつもの感じで冒険に出たわけだ。


「実際、収納魔法はヤバいか? 俺がこの世界に来た時に最初に見た魔法がそれだ」

「ヤバいわね…………ってか、誰よ、そいつ? 簡単に使える魔法じゃないし、使っていい魔法でもないわ」

「エスタのクレモン宰相閣下だな。助けてもらった」

「ああ…………クレモン様か…………」


 フィリアとかも知ってたけど、あいつって有名人なのかね?

 まあ、一国の宰相だしなー。


「知ってんの?」

「同じ魔法学校の大先輩よ。あの学校でクレモン様を知らない人はいないわ。一人で戦略物資を収納できる怪物ね」


 わーお。

 あいつ、ヤバいじゃん。


「なるほどー。そら、すげーわ」


 なんで初心者用の魔法教本を持ち歩いてんだって思ったけど、そんなことを気にする必要がないくらいに容量が大きいからだろう。


「私はあの人ほどの容量はないわよ?」

「どんくらい?」

「えーっと、このくらいの容量かな」


 ヘイゼルは手を使って、宙に四角を描いた。


 1立法メートルって感じか?

 十分にクーラーボックスは入るな。


「十分だよ。親愛なるわが師よ、協力してくれるね?」


 俺はヘイゼルの目をじーっと見て頼むと、ヘイゼルはぷいっと顔を逸らす。


「……わ、わかったわよ。あんまり目を見ないで。あんたの目を見てると、断りづらくなる」


 ほーう。

 それはとてもいいことを聞いた。


「じゃあ、服を脱いでみよっか?」


 俺は逸らしたヘイゼルの顔を笑顔で覗き込む。


「……………………」


 ヘイゼルが真顔で杖に手を伸ばした。

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