第031話 聞こえているということは貴族や精霊の話も聞こえていたということだね


 スマホのアプリを使って、フィリアの部屋から出た俺達は家を出ると、商人ギルドに行くというフィリアとその場で別れた。

 俺は冒険者ギルドに向かうために教会の敷地内を出る。


 なお、教会の扉の前には見たことあるじじいが俺とフィリアをガン見していた。

 俺はけっして目を合わさないようにしてその場を去ったのであった。


 俺は教会を出ると、そのまま冒険者ギルドに向かった。


 冒険者ギルドに入ると、相変わらず、客が数人しかおらず、職員の方が多く見える。

 特にテーブルに座っている人間はたった一人だ。


 そいつは無表情でちびちびと酒を飲んでいたが、ギルドに入ってきた俺を見ると、ぱーっと笑顔になった。

 俺は犬みたいだなと思いながらそいつの所に行き、同じテーブルに座る。


「ガラ悪ー! ガラ悪のルークさまー! 酒ー!」


 俺は受付で鼻毛を抜いているギルマスに注文をする。


「あいよー」


 ガラ悪マッチョは立ち上がり、酒を用意しだす。


「よう、ヘイゼル、今日も昼間から酒か?」

「何言ってんのよ! あんたを待ってたの! 宿屋に行ったら出かけてるって言ってたし、ここで待ってたの!」


 そんなに俺が恋しかったか、よしよし。

 というか、いつから飲んでんだ?


「で? 依頼はちゃんと終えたか?」

「そう、それよ! こほん! えーっと、この度はー、危ないところをー…………」


 目が上を向いてんぞ。

 しかも、棒読みだぞ。


「覚えてきたやつじゃなくて、ちゃんと自分の言葉で言え」


 俺がそう言うと、ヘイゼルは静かに立ち上がり、恭しく頭を下げる。


「無事に終えることが出来ました。本当にありがとう。助かったわ。とっても感謝しています」


 うーん、立ち振る舞いだけは確かに上流階級のそれだな。


「うんうん。良かったなー」


 もうちょっと頭を下げると100点だった。

 頭を下げたことでローブの首元がたゆんでいるからだ。

 あとちょっとで見えそうだ。


「お前ら、何をしてんだ?」


 声がしたので見上げると、ガラ悪マッチョが酒を持ってきていた。


「主従の儀式だ」

「違うわよ! 感謝してんの!!」


 ヘイゼルが顔を上げて怒ってくる。


「師匠、冷やしてー」


 俺はガラ悪マッチョから酒を受け取ると、ヘイゼルに渡す。


「しょうがないわね!」


 ヘイゼルは酒を受け取り、魔法を唱え、俺の酒を冷やしてくれた。


「はいどうぞ!」

「ありがとー」


 俺は酒を受け取ると、飲む。


 うん、冷えてる!


「まあ、仲良くしろよー」


 ガラ悪マッチョは単純なヘイゼルに苦笑し、受付へと戻っていく。

 ヘイゼルもちょっとご機嫌に席に着いた。


「それでね。これが今回のあんたの取り分」


 ヘイゼルは今日はちゃんとカバンを持って来たらしく、空いている椅子に置いてあるカバンから袋を出し、テーブルに置く。


「取り分?」

「ほら、黄金草は私が全部もらったじゃん。だから、今回のポーションの依頼料を等分しようと思って」


 等分?

 ポーションの依頼料?


 俺は袋を取り、中を覗く。

 袋を取った時にわかっていたことだが、めっちゃ入っている。


「いくらだ?」

「金貨100枚」


 バカだ…………

 バカがここにいる…………


「ヘイゼル、座れ」

「いや、座ってんじゃん」

「こっちに座れ」


 俺は対面に座るヘイゼルに隣に座るように促す。


「何よ、もう! 隣がいいの?」


 バカは立ち上がり、素直に俺の隣に座った。


「あのな、世の中には契約というものがある。わかる?」

「そりゃわかるわよ。私はそれでドジったんだから」


 あ、そうでしたね。


「俺はお前と一緒に仕事をする際に2割でいいと言った」

「金貨40枚でいいの?」


 こいつの魔法士ギルドからの依頼料は金貨200枚か。

 かなりの高額だが、金貨1枚の黄金草を使ったポーション100個と考えればそんなものかもしれない。

 ってか、その場合、俺達2人が集めた黄金草は88株だから金貨88枚じゃないのか?


「違う。黄金草の採取は金貨1枚だから俺の取り分は金貨18枚くらいだ」

「え? でも、それだと…………」


 わかってる。

 こいつなりの感謝だろう。

 命とは言わないが、人生を救ってもらったと思っているのだ。


「ヘイゼル、よーく聞け。この依頼は確かに俺が助けた。でも、本来、これはお前の錬金術で儲けたお金なんだ。俺が貰っていいものではない」

「でも…………」

「うんうん。言いたいことはわかる。だが、それが契約だ。感謝は別の形でもらう。お前にはこれから魔法を教わるし、一生、俺の仕事を手伝うわけだ。わかる?」

「うん…………」


 言質を取ったぞ。

 マジでカモゼルだな。


「だから、この金は金貨18枚だけでいい。あとはお前の物。感謝は別のことで表せ。それともお前は金貨82枚を渡して、もう感謝せんのか? はい、さよならか?」


 お前の価値は金貨82枚程度ではないんだ。

 誰が逃がすか。


「ち、違う……!」

「だろう? お前にはあとで魔法を教えてもらって、ちょーっとお仕事を手伝ってもらうから。あと、ちょーっと頼みごとを聞いてほしいんだよ。いい?」

「う、うん」

「一緒に頑張ろうなー?」

「わかった!」


 ヘイゼルちゃんは良い子だねー。


「リヒトー。俺はどこに通報すりゃいいんだ?」


 ガラ悪マッチョが受付から声をかけてくる。


「ちょっと黙ってろ。どこにも通報すんな。今はあくまでも個人間のやりとりだけでギルドは関係ない」


 警察は勘弁よ。


「どうかしたの?」


 ヘイゼルは俺とガラ悪マッチョのやり取りに疑問を持ったようで聞いてくる。


「何でもないよー。じゃあ、ヘイゼル、ちょっとこの紙に名前を書こうか?」

「紙? 紙なんてないけど?」


 おーっと、つい癖で……


「いや、間違えた。ヘイゼル、俺とパーティーを組もうか」

「パーティー? 私らで? いいけど、弱くない?」

「弱いヤツには弱いヤツのやり方がある。お前、今回の儲けはいくらだ?」

「金貨200枚」

「それをほぼ3日でやったわけだ」

「確かに!」


 本当はそれ以前に準備とかなんやらあったんだろうし、実際は金貨200枚から色々差し引かれるから手取りは別。

 それなのに俺に金貨100枚を渡してくるのがこの子だ。

 そういった利益計算もできないうえに酒ばっかり飲んでる子。


 めっちゃ不安な子だが、もう安心。

 俺という素晴らしい詐欺…………冒険者に出会ったのだから。


「まあ、そろそろ黄金草も厳しくなるし、別の道を探す必要があるが、俺達ならいける」


 いい加減、近場の黄金草は採りつくしそうなのだ。


「あんたが索敵して、私の魔法で仕留めればいいわけね!」

「そうそう」


 それで敵を一掃しよう。


「フィリアも手伝ってくれると言っている」

「おー! ヒーラー! そういえば、あんたら、何かコソコソ商売してるもんねー」


 コソコソはしていない……と思う。


「そういうわけで、今日から俺とお前は仲間な。これからは苦楽を共にし、助け合うという素晴らしい関係だ」

「え…………う、うん」


 ヘイゼルがもじもじしだす。


 こいつ、本当にボッチだったなんだなー。


「よしよし。よろしくな、ヘイゼル」

「わかった! よろしく、リヒト!」


 俺は素晴らしい仲間を手に入れた。


「あ、それで仕事を手伝うって何? 自慢じゃないけど、私、魔法以外はよく知らないわよ? ましてや、商売のことを言われても全然わからないし」


 まあ、魔法学校を通っていた貴族だし、商売なんか知らんわな。

 それにしても、あんだけ契約について説明や注意をしてやってんのに、仕事内容を聞かずによく頷けるわ。

 それだけの信頼を勝ち取ったか、こいつが世間知らずか…………


「それについてはちょっとここではな…………聞き耳を立てているガラ悪マッチョがいる」

「ホントだ! 目が合った!」

「いや、聞き耳もクソもこのギルドでしゃべってんのはお前らだけだろ。普通に聞こえるっての」


 確かによく見たら俺がここに来た時にいた数人の冒険者もいなくなっており、このギルドにいるのは職員と俺達だけだ。

 職員はガラ悪マッチョを除いて、皆、私語もせずに真面目に働いている。


「なあなあ、他の冒険者は? このギルドに冒険者がいるのをあんま見たことねーんだけど」


 町中なんかでは見るが、このギルドに来る時にはいっつもがらーんとしている。


「皆、仕事だよ。こんな真昼間に働きもせずに酒を飲んでるのは詐欺師とその餌食くらいだ」


 俺だって、朝から来てんだよ。

 向こうの世界の朝だけど。


「餌食?」


 ヘイゼルはガラ悪マッチョの言葉が引っかかったらしく、聞いてくる。


「君は気にしなくていいよ」


 ウチのヘイゼルちゃんに余計なことを吹きこむなよなー。


「うーん、まあ、ここで話せないのはわかったわ。誰もいないところに行く?」

「どこだ? 町の外で話そうかと思ってたけど」

「私の部屋。外は危ないじゃん」

「お前の?」


 もくもく亭だっけな?


「そうそう。私の部屋は人払いと防音の魔法がかけてあるから誰も来ないし、声も漏れないわよ」


 人払い……防音…………

 こいつ、ヤバくないか?


「ギルマスのルークさまー。女の職員を呼んでくれー。このバカに常識と警戒を教えてやってくれー」

「ちょっと待ってろー。俺も同じことを思ったわー」

「いや! そういう意味じゃないから! わかってるから!」


 ヘイゼルが顔を赤くして、止めてくる。


「何をわかってるん?」

「いや、そ、そういうことでしょ? する気ないもん」

「お前がなくても俺がする気だったらどうすんの? 無理やりするよ?」

「前に言ったでしょ? 私は護身術が使えるの! あんたなら余裕よ!」


 ふーん。

 マジで世の中を舐めてるな。


 俺は外套の中に隠している銃を取り出し、セーフティーロックを解除した。


「何それ?」


 俺は何も答えずに誰もいない壁に銃を構え、引き金を引いた。

 すると、大きな破裂音と共に弾が飛び出し、壁に小さな穴が開く。


 ヘイゼルは音にびっくりし、俺の銃と壁に開いた小さな穴を口を開けて交互に凝視する。


「こいつはゴブリンもロクに殺せんが、お前の足に撃てば、お前は泣きながら抵抗を止めるだろうよ」

「…………う、撃つの?」

「撃つわけねーだろ。さっき仲間になったばかりなのにその仲間を撃つバカはいねーよ。それにお前は痛みをこらえて魔法で反撃すりゃあいいの。ただ、お前の基準で簡単に判断すんなってこと。誰だって奥の手くらいは持ってる」


 弾も少ないのにもったいないわー。


「どうでもいいけど、壁の修理代は請求すんぞー」

「あとで勝手に報酬から引きな」


 ガラ悪マッチョに銃を見られたが、あいつは何も言わない。

 すべてはフィリアのじいさんに任せている。


「…………わかった。警戒ね」

「では、お前の部屋に行くか」

「え!? なんで!? この流れで!? 怖いわよ!」


 下を向いていたヘイゼルが顔を上げ、叫ぶ。


「わざわざ奥の手を見せてやったし、攻略法も教えてやったろ。これは仲間への信頼なわけだ」

「えー……そうかなー?」


 さすがに信用しないな。

 まあ、警戒しろって言ったのは俺だし。


「防音の魔法を解けばいいだろ。宿屋なんだから店員はいるし、仕事の話も小声で話せばいい」

「…………なるほど。いや! じゃあ、最初からそう言ってよ!」


 ヘイゼルは納得しかけたが、すぐに抗議してくる。


「お前が警戒心がなさすぎるからだろ! 多分、この場にいる全員が思ったわ!」


 俺がガラ悪マッチョを始め、仕事をしている職員の方を見ると、全員が頷いた。


「…………わかった。じゃあ、行こ」

「俺はお前が本当に心配だわ」


 マジで心配。


「詐欺師が説教してるのがおもしれーわ」


 うるせーよ!

 本来ならお前らの仕事ちゃうんか!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る