第023話 あばたもえくぼ


 ヘイゼルと酒を飲んでいた俺は夕方になる前には解散した。

 ヘイゼルは宿屋に戻り、ポーションを作るらしい。


「ポーションを作り終えた後に酒を飲むなよ」


 ギルドを出て、別れ間際に忠告する。


「わ、わかってるわよ。明日も朝から出るんだし、早めに寝るわ」

「よろしい。じゃあ、明日な」

「うん。よろしく」


 ヘイゼルはきちんと頭を下げると、宿屋に帰っていった。


 俺は時間が余ったので町を探索し、夕方には宿屋に戻った。

 そして、サラに餌付けをし、夕食を食べ、早めに寝ることにした。


 翌朝、早めに起きた俺は朝食を食べ、ヘイゼルが泊まっているもくもく亭へと向かう。

 俺がもくもく亭の前まで来ると、すでにヘイゼルが宿屋の前で待っているのが見えた。


「お! はえーな」

「おはよう。まあね。納期はまだ5日あるけど、今日中には終わらして、早く安心したい」


 気持ちはわかる。

 自分のこれからの人生が決まる大事な仕事だもん。


「わかった。あと30株だし、今日中には終わらせよう」


 俺達はちょっと早いが、大森林に向かうために西門を目指し、出発した。

 そして、西門の門番に挨拶をし、門を抜けると、ヘイゼルの足が止まる。


「どうした?」


 俺も立ち止まり、俺をじーっと見ているヘイゼルに聞く。


「いやさ、ずっと思ってたけど、その変な格好は何?」


 俺は動きやすいシャツとズボンを履いている。

 その上に占いをする時とかに着ている黒いフード付きの外套を羽織っている。


「変か?」

「怪しすぎ」


 俺は自分の格好を改めて見るが、シャツもズボンもほぼ見えないし、そこまで変ではないと思った。

 それでも変と言われたら仕方がないので、フードを被ってみる。


「ほら、魔法使いっぽいだろ」

「邪教徒にしか見えない…………私、生贄に捧げられそう」


 ひっで。


「普通はどんな格好だ?」


 俺は二度と被らないと思いつつ、フードをとる。


「冒険者は鎧とかでしょ」

「お前も着てねーじゃん」


 ヘイゼルは黒のローブに黒の三角帽子だ。


「いや、私の身体を見なさいよ。鎧を着れると思う?」


 俺はそう言われて、ヘイゼルの胸部を見る。


 無理かな…………


「いやいや! そこじゃないわよ! 筋肉を見なさいって言ってんの!」


 ヘイゼルはそう言って、袖をまくり、細い腕を見せてくる。


「筋肉ねーな…………足もか?」


 ヘイゼルはローブを少しめくり、膝下まで見せてくれた。


「細いなー。お前、完全にデスクワークの人間だろ」

「でしょー。こんな身体で重い鎧なんて着ても動けないわよ」


 こけたら二度と起き上がれなさそうだもんな。


「それは俺も一緒だろ」

「いや、それでもあんたは男なんだから私よりは筋肉あるし、力も強いでしょ。金属鎧は無理でも軽い皮鎧とかなら大丈夫そうだし、着たら?」


 皮ねー。

 ないよりはマシだが、大丈夫かな?

 うーん、あっちの世界で何かないかな?

 防弾チョッキでも買おうか…………


「そういうの、魔法系でないか? めっちゃ軽いのにめっちゃ強いの」


 よくゲームとかであるだろ。

 弱い魔法使いや僧侶が着るやつ。


「あるにはあるけど、高いわよ。私が着ているこのローブだって、刃物を通しにくい素材でできてる」

「ほうほう」


 俺は腰の剣を抜く。


「いや、やめて! 死んじゃうから! これ、そこまで良い物じゃないから! 木の枝が引っかかっても破けない程度の物だから」


 森を歩くのには便利だし、それでも十分にすごいと思うが、防御力はないわけか。


「お前のそのローブでいくら?」

「学校でもらったやつだから具体的な値段はわかんないけど、金貨50枚以上はすると思う。戦闘で使えるレベルってなると金貨1000枚はいくんじゃない?」


 たっけ!

 それを買える金があるなら冒険しなくてもいいだろ!


「無理だな……」

「でしょうね」

「お前、魔法使いだろ? 回復魔法は使えるか?」

「無理よ。管轄が違うもん。そういうのは教会の領分。ほら、フィリアとか」


 魔法使いは攻撃魔法で教会が回復魔法か?

 同じ魔法なのに…………


「じゃあ、俺らはかなり危ないわけだな」


 防御力もなければ、回復手段もない貧弱2人。


「一応、ポーションを持ってはきてるけど、そうね」


 ポーションを持ってきている?


 俺は改めてヘイゼルを見る。


 こいつは黒のローブで自分の身長くらいはある木の杖を両手で持っている。

 だが、カバンらしきものは持ってないし、ローブはポーションとやらを入れる収納スペースがあるようには見えない。


「いくつ持ってきている?」

「納品するやつとは別の低級ポーションだけど、10個は持ってきている。治せるのはすり傷程度だからあまり期待はしないで」


 10個?

 ふーん…………


「どうしたの?」


 ヘイゼルは考え出した俺を見て、首を傾げる。


「いや、今後の防具をちょっとな…………まあ、帰ってから考えるわ」

「それがいいと思うわ」


 こいつは今後、とっても役に立ちそうだ。

 いい拾い物をしたなー!


 俺はこいつが収納魔法を持っていることを隠していることに気付き、内心ほくそ笑んだ。


 しかし、こいつは本当に隠し事や嘘をつくのが下手だわ。

 その辺がちょっと心配になるな…………


 俺達はそのまま話しながら歩いていると、大森林に到着した。


「今日もダウジングってやつ?」


 俺がカバンをごそごそしていると、ヘイゼルが聞いてくる。


「だなー。これが一番確実に探せる」

「便利だけど、両手が塞がるのが怖いわよね」


 それな。

 いくら危険を察知できるとはいえ、視界が開けていない森で両手が使えないのは痛い。

 どうしても初動が遅れてしまうからだ。


「本当はもう少し、人がいるといいんだけどな」

「ごめんだけど、報酬で揉めそうだからちょっと…………」


 まあ、今回はほぼヘイゼルの総取りだからなー。


「実際、パーティーって、どれくらいの人数なんだ? フィリア達は3人だった」


 フィリアと猫ちゃんとアンナ。

 ゲルドは護衛対象の客であり、頭数には入らない。

 あと、俺も。


「2人から5人じゃないかな? もちろんソロだっているし、今の私達みたいなコンビもいる。人数が必要な依頼の場合はそういう人達が臨時とかで組むわね」

「5人までか?」

「あんまいないけどね。人数が増えればその分、報酬が減るし。4人以上を組む場合はダンジョンがメインじゃないかな? 危険は多いけど、その分、リターンも大きい。アルトの町の冒険者はほとんど2、3人パーティーだと思う」


 なるほどね。

 こいつはソロだけど、ちゃんとそういうことは知っているわけだ。


「3人か………ヒーラーのフィリアがいると助かったが、あいつは報酬で揉める筆頭だもんな」

「でしょうね。守銭奴の銭ゲバだもん。他は剣士とかの強そうなのでもいいけど、確実に私らは舐められて、報酬を奪われそう」


 雑魚と雑魚だもんなー。

 お守り代って言われて、報酬を奪われるだろうな。


「2人でやるしかないか…………」

「まあ、浅いところだから大丈夫でしょ。占いは? 今日の運勢はどうだった?」

「俺は普通。お前はすごく良い」


 昨日と一緒だよ。


「来たね! 私の時代が来たね!」


 良かったね。

 まあ、俺が普通なのは30株も採取しないといけないからだろうな。

 筋肉痛なんだけどなー。


「そういえば、ポーションって、筋肉痛とかにも効くか?」

「え? まあ、そこそこ効くんじゃないかな」

「1本くれ。俺、ポーションを飲んだことがないわ」

「え? そうなの? ……いや、あんた、異世界人だったわね。いいわよ…………ちょ、ちょっと待ってねー…………えーっと、あっちを向いてて!」


 俺は急に慌てだしたヘイゼルの指示に従い、ヘイゼルとは逆の方を向く。


 ようやくカバンを持ってきていないという自分のミスに気付いたか…………


「いいわよー」


 ヘイゼルの許可が出たのでヘイゼルの方を向くと、ヘイゼルは陶器のような入れ物を持っていた。

 サイズは湯呑くらいであり、注ぎ口にはコルクのようなものがついている。

カバンを持っていないヘイゼルさんはこれを10個も持ってきているらしい。


「いくらだ?」

「いらないわよ。プレゼントよ! 弟子の為に! そう、弟子の為に!」

「悪いな。もらうわ」


 俺はヘイゼルから湯呑を受け取り、栓を抜き、飲む。

 味はちょっと苦いが、不味くはなかった。


「ポーションは飲んでもいいし、患部にかけてもいいのよー」

「へー」


 俺は200ミリリットルくらいのポーションを飲み干すと、確かに腰を始めとする全身の痛みがやわらいだような気がした。


「おー! すごい! これがポーションかー」

「すごいでしょ! 低級とはいえ、私の自信作よ!」


 ふむふむ。

 本当にすごい。

 ヘイゼルは多少、ポンコツでドジなところもあるが、本当に優秀な魔女なんだろう。


「ありがとー」

「いえいえ。私にできるのはこれくらいだしねー。あ、入れ物は返して」

「ごちそうさん」


 俺は飲み干した湯呑をヘイゼルに返す。


「うんうん……!」


 ヘイゼルは上機嫌で俺から湯呑を受け取ると、すぐに動きがピシッと止まった。


 空気を読んだ俺はカバンを探る振りをして、後ろを向く。

 そして、ダウジング棒を取り出すと、ヘイゼルの方を向いた。


 ヘイゼルはさっきまでの固まった表情ではなく、ニコニコと笑っており、すでに湯呑は収納し終えたようだ。


「よっしゃ、仕事を始めるぞー」


 俺はダウジング棒を両手に持ち、ヘイゼルに声をかける。


「うん! モンスターは任せておいて!」


 ヘイゼルは自信満々に杖を抱いた。


 これで誤魔化せたと思っているのが本当にすげーわ。

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