第021話 最近、昼間から酒を飲んでばっかな気がする


 俺は汗だくになりながら土いじりをしていた。

 最初の10株くらいはまだ余裕があったのだが、徐々に腰を始め、あちこちが痛くなってきた。


「ごめん、本当にごめん」


 ヘイゼルが本当に申し訳なさそうに謝ってくる。


 実は20株を採取したところで一度、ヘイゼルと交代したのだ。

 だが、貴族生まれで魔法ばっかり学んできたこいつははっきり言って不器用だった。


 最初の1株を失敗した時は俺もまだ大丈夫だよーって笑ってた。

 2株目で俺の笑みは消え、3株目で涙目のヘイゼルからスコップを取り上げた。

 手つきを見る限り、10株以上は無駄になると判断したからだ。


 1株1万円もするし、こいつの人生を左右するものを無駄にはできない。


 幸運になるという占いがヘイゼルのみの理由がわかった。

 はっきり言って、俺は幸運じゃないもん。


 俺は必死に採取し続け、ようやく57株目でこのあたりの黄金草をすべて採取し終えた。


「あー、痛い」


 俺は立ち上がると、腰を伸ばす。


「お、おつかれさま…………」


 この群生地を見つけた時はあんなに喜んでいたヘイゼルが媚びたような目で労をねぎらってきた。


「これであと30株だな」

「う、うん。ありがとう」

「明日でいいか?」

「そうね…………」


 時間的にはまだ午前中だし、本当はまだ採取を続けたいのだろうが、自分があんな様を晒した以上、文句はなさそうだ。


「明日で残り30株を採取するから大丈夫だよ」

「う、うん。ありがと……ま、魔法なら何でも教えるから。依頼が完遂して、依頼料が入ったらお金も払うからね。あ、あと、仕事も手伝うから…………」

「頼むわ…………」


 俺達は来た道を引き返し、大森林を出た。


「俺があのファイヤーストームを覚えられると思うか?」


 俺は大森林を抜け、安全となったので魔法について聞いてみることにした。


「あれは上級魔法よ? 才覚がないと無理だし、時間もかかるわ」


 ようやく立ち直ったヘイゼルはいつもの高慢ちきなしゃべり方に戻っている。


「そっかー。まあ、簡単なやつからかねー」

「そうね。そういう基礎がないと、上級魔法は無理よ。今度、その辺のうさぎやスライムを相手にしながら教えてあげるわ」

「頼むわ。お前って、ずっとこの町にいたの?」

「1年はいるかしら?」


 結構、いるんだな。


「この先も?」

「多分ね。特に目的があるわけじゃないし、ここは大森林が近くにあるから儲けはいいのよ。まあ、どこの町に行くとしても冒険者だったらこの国よ。自由だし、融通が利くからねー」


 冒険者の国って言うくらいだからなー。

 冒険者が住みやすいんだろう。


「なるほどねー」

「あんたもここにいるの?」

「多分…………そもそも俺、この世界の事を知らねーし」

「……………………あんた、異世界人?」


 知らなかったのか…………


「そうだよ。来たばっか」

「その占いは異世界人のギフトってわけね! なるほど!」

「これは元々あった力だよ」

「元から詐欺師だったのね…………」


 本当にどいつもこいつも詐欺師って言うな……


「まだギフトがわかんないんだよねー。だから教会の神父様に聞いてみるつもり」

「ギフトがわかんない? え? ギフトはこっちの世界に来る時にわかるもんって聞いたけど?」

「は? マジ?」

「うん。そう聞いたし、同じ学校にいた異世界人の子もそう言ってた」


 …………俺、何もわかんないんだけど。

 もしかして、俺はスマホのアプリで来たから正規のルートじゃありません、てことか?


 …………ありえる。

 だって、俺、帰れるもん。


「神父様に確かめてもらうわ」

「大丈夫! あんたはさぎ……じゃない、素晴らしい力があるから!」


 慰めてくれる気はありがたいが、詐欺師って言おうとしたな……


 俺達はそのまま会話をしながらアルトの町に帰ってくると、門番の兵士に挨拶をし、ギルドに戻った。

 今回採取した黄金草は全部ヘイゼルの物だし、ゴブリンは魔石すら残さずに消し炭になったので、ギルドに用はないが、ヘイゼルがぜひ、おごらせてくれと言うので、酒を飲みに来たのだ。


 俺達はガラ悪マッチョに酒を頼むと、お前ら、昼間からいいご身分だなという小言と共にこれは昨日の礼だと言って、つまみをもらった。

 どうやら昨日、奥さんたちと上手くいったようだ。


 酒が届くと、ヘイゼルは何も言っていないのに俺の分も魔法で冷やしてくれた。

 そして、乾杯をし、ジャーキーみたいなつまみを食べながら酒を飲む。


「そういえば、お前、何歳?」


 俺はヘイゼルの胸部を見ながら聞く。


「どこ見て聞いてんのよ。私は17」


 思ったより若いな。

 フィリアが16歳って聞いた時も思ったが、こいつらは俺よりも年下らしい。


「若いなー」

「そう? あんたは?」

「20」

「は? 年上? てっきり下かと…………」


 そんなに若く見えるのかねー。

 あっちにいた時は童顔と言われたことはないんだが。


「敬語を使ってもいいぞー」

「嫌よ。あんたは私の弟子なんだからあんたが使いなさいよ。私のことは師匠って呼ぶのよ?」

「お前は尊敬できないから無理だなー」

「なんでぇ!?」


 てめーのそのでっかい胸に聞いてみろ!


「お前、結婚が嫌だって言ってたよな? そんなに一人が良いん?」

「いや、結婚が嫌なわけじゃないわよ。私が嫁ぐ予定だった男は40オーバーだったの」


 うげっ!

 ちょーおっさんじゃん。


「そら、逃げるわー」

「でしょー。いくらお金持ちで家柄が良くても絶対に嫌よ」


 俺もどんな金を持っていようと、40オーバーのおばさんとは結婚できない。

 だって、ほぼ母親じゃん。

 母親は39歳だけどね。


「あんたは? 結婚してる?」

「してるように見えるか?」

「見えないわ」

「詐欺師は詐欺師でも結婚詐欺師じゃねーしなー」


 俺は悪徳商法の方だし。


「やっぱ詐欺師なんじゃん……ってか、結婚詐欺師って何?」


 こっちの世界にはその言葉はないのか。


「結婚するって相手を口説いて、金を借りて、ドロン」

「最悪じゃん! 女の敵じゃん!」

「いや、女の結婚詐欺師の方が多いと思うけどな…………」


 女が男を騙す方が楽だし。


「どっちみち、最低ね。信じらんない」

「いや、俺はそれじゃねーから。俺は幸福になれるツボを売る方だから」

「何それ!? そんなんがあるの!?」


 食いついたし……

 こいつ、マジでカモだな……


「いや、そう言って高額で売りつけるインチキだよ。まあ、俺のツボは本物だけど、金に見合ってはない」


 1万円の宝くじが当たる程度の幸福を10万円で売りつけるのだ。


「な、なるほどね。さ、最低ね。騙されるヤツの気が知れないわ」


 ヘイゼルは目を泳がせ、誤魔化すように酒を飲んだ。


「お前、マジで今までどうやって生きてきたんだよ…………」

「い、言っておくけど、詐欺師なんて初めて見たわよ! そんなヤツらは王都とかの都会にいるもんでしょ!」


 まあ、騙す人が多い所の方が商売にはなるな。


「安心したまえ。お前に何かを売りつけることはない。むしろ、助けてやる」

「あ、ありがと……」


 ヘイゼルはもじもじと感謝の言葉を口に出した。


 いや、この言葉を素直に信じるのがすげーわ。

 最初と比べて、かなり好感度と共に信用を得たなー。

 まあ、実際、騙す気はない。


 俺達がこんな感じで酒を飲みながら交流を深めていると、ふいにギルドの扉が開き、知り合いが入ってきた。

 ヘイゼルはそいつを視認して嫌そうな顔をする。


「…………守銭奴が来たし」

「聞こえてるよー。ポンコツ魔法使い」


 ギルドに入ってきたフィリアが笑顔でヘイゼルを見た。


「ぽ、ポンコツ!? 誰が!?」

「お前しかいねーだろ」


 あ、口に出ちゃった。


「ちょっと! あんたも師匠である私をポンコツって思ってんの!?」


 フィリアを見ていたヘイゼルはものすごい勢いで俺の方を向き、怒鳴ってくる。


「腰が痛いわー」

「あ、ごめんなさい…………」


 うるさいのはすぐに静かになり、ちびちびと酒を飲みだした。


「よう、フィリア」

「リヒトさん、こんにちは」


 フィリアはさっきのヘイゼルに見せていた黒い笑みを消し、普通のかわいい笑顔で挨拶をしてくる。

 なお、ポンコツはチラチラと俺達を見ながら酒を飲んでいる。


「仕事?」

「いえ…………あのー、ちょっといいですか?」


 フィリアが耳打ちをしてくる。


「何?」

「多分、24時間経ったけど、帰らないの?」


 あー、もう2時を過ぎてるあたりか。

 充電期間は終えているだろう。


「フィリア、悪い。実は明日もこっちで仕事があるんだよ。結構ヤバめな仕事だから片付けたい」


 俺は耳打ちをせずに普通に答える。


「ヤバめ? 大丈夫なの?」

「ヤバいのはこのポンコツ。仕事を手伝う代わりに魔法を教えてもらうんだよ」

「ポンコツ…………ドジのヘイゼル…………成績は優秀だけど、バカなヘイゼル…………」


 ヘイゼルが涙目でトラウマを掘り起こしているし…………

 もうポンコツって言うのはやめておこう。


「そ、そうなんだ。ヘイゼルさんはこのギルドでも有望株だから手伝ってあげるべきだよ!」


 ポンコツと言い出したフィリアもさすがに空気を読んだ。


「そうする。また、声をかけるから」

「わかった。あ、それと、最初の500グラムの砂糖なんだけど、商人ギルドもオリバーさんに話を通したよ」

「お! マジ?」

「うん。明日には一括で売却額を受け取れるから渡すよ」


 おー!

 いくらになるかな?

 少なくとも、金貨30枚は超えるだろうし、これで神父様のところに行けるな。


「ちなみに、残りは?」


 フィリアには残り10袋の砂糖も渡してある。


「そこは時間がかかる。今は先に渡した500グラムの良さを宣伝しながらオリバーさんと駆け引きをしている。勝負はこれからだよ!」


 知ってる?

 この子、教会の修道女なんだよ?

 絶対に守銭奴って言っちゃダメだよ?


「頼むわ」


 気のせいか、フィリアに巻き付いている蛇もご機嫌な気がするわ…………


 俺はご機嫌っぽい蛇を良かったねーと思いながら撫でる。


「まーた、肩を撫でるし…………まあ、任せといて。じゃあ、明日ね! あ、ヘイゼルさんもお酒の飲みすぎには注意してね」


 お前が言うな。


「あんたにだけは言われたくない…………」


 おっ!

 意見がそろった!

 というか、フィリアがうわばみなことをヘイゼルも知ってるんだな。


 フィリアは俺達に手を振り、そのままギルドを出ていった。


「お前、フィリアと仲が悪いん?」

「別に普通よ。ただ、あの子はお金至上主義だから魔法使いの私とは考え方が合わない」


 こいつはフィリアなら絶対にしそうにないミスをするしなー。


「そんなもんかねー。まあ、仲良くやりなー」

「うーん……私って、友達が出来にくいんだよねー」


 まあ、わからないでもない。


「お前は契約とか金のトラブルに見舞われやすそうだし、そういうのに強いフィリアとは仲良くしとけ」

「なるほどー…………ってかさ、あんた、フィリアの蛇が見えるんだね?」


 …………お前も見えるんかい。

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