第020話 思ったより強く、思ったより頭が悪い魔法使い


 ヘイゼルは隣国であるロストの国の貴族令嬢だ。

 子供の頃から魔法が好きだったヘイゼルは親の反対を押しきり、魔法学校に入学した。


 ヘイゼルは才能もあり、努力家だった。

 だからすぐにその才覚を発揮し、魔法学校で優秀な成績を修めていった。

 だが、ヘイゼルは魔法学校に入る前に親と約束をしていた。


 卒業したら結婚すると。


 それを嫌がったヘイゼルは魔法学校の卒業前に姿を消した。


 まあ、逃げたのだ。

 そして、冒険者になったらしい。


「じゃあ、お前、貴族なん?」


 俺はヘイゼルを仲間にした翌日、朝から集まり、西の門を抜け、歩いて、大森林を目指している。

 なお、俺がもくもく亭に迎えに行くと、ヘイゼルは寝坊せずにちゃんと起きてた。


「まあ、そうね。でも、絶縁状を送ったし、もう関係ないわ。だからバーナードは言わないで。私はただのヘイゼルよ」

「ふーん。なんで仲間を作らないんだ? ほら、女ばっかのクランがあるじゃん」

「あそこは大陸中の女性冒険者が所属する本当に大きなクランなのよ。多分、私のことを知っている子もいるわ。バレたくないの」


 同じ国や魔法学校の知り合いがいるかもしれないってことか。


「そこじゃないところは?」

「男と組むなんて嫌よ。魔法使いなんて、杖を奪われて口をふさがれたら終わりなのよ? あんな野蛮な野盗みたいなヤツらと助けも来ない所に行きたいと思う?」


 改めて立っているヘイゼルの全身を見ると、身長は160センチ程度であり、ローブであまりわからないが、全体的に細い。

 なのに、胸はでかいし、顔立ちも整っている。


 うーん、確かに野盗が放ってはおかんな。


「思わんなー。がおー」


 俺はヘイゼルを襲うふりをする。


「あんたなら勝てるわ。一応、護身術も使えるし」

「護身術……負けそう…………」


 待てよ! 俺には銃がある!

 いや、すごく情けないな…………


「逆に言うと、盾になってくれないわけだけどね。不安だわ」

「俺が逃げる時間を稼いでくれな」


 お前が死んで悪霊になってもちゃんと祓ってやるぞ!


「ねえ、本当に大丈夫? 私、あんたと大森林で死ぬのは嫌よ」

「浅いところだから大丈夫だよ。ゴブリンならいけるんだろ?」

「まあ、あんなのにやられるのはバカか子供だけだからね」


 頼もしい!

 実に頼もしい!


「それでさー。お前、なんで受注をミスったん? 酒で失敗したっていうのは見えたんだけど……」

「…………ホントに見える人か……いや、勝手に見ないでよ。単位を間違えたの。ポーションを10個納品かと思ってオッケーを出したら100個だった」


 ゼロが多かったわけね。

 こいつ、ドジだな……


「それで途方にくれて朝から酒か?」

「ポーションを作るのに黄金草を採取しないといけないからね。私一人じゃ大森林の奥は無理よ。何とか貯金使って、黄金草を買ったんだけど、全然足りない」


 12株は買ったわけね。

 本来の予定なら10株だから十分に買えたわけだ。


「金を借りるとか、一時的にパーティー組んで対処する方法はなかったのか?」

「誰がそんな大金を貸してくれるのよ? パーティーも一緒。絶対に足元を見られて破滅よ。だからお酒に逃げて現実逃避してたの!」


 まあ、こいつ、交渉事が下手そうだしなー。

 しかし、それで酒に逃げるあたりがダメ人間だ。


「その依頼元はちゃんとしたところか? お前、騙されてないか? お前を奴隷にするために借金漬けにされそうになってないか?」


 俺とは種類が違うけど、詐欺師ややーさんの常套手段だろ。


「それはないわね。依頼元は魔法士ギルドだもん。そんなことをするわけがない。単純に私のミスよ。だって泥酔してたもん!」


 威張って言うな!


「魔法士ギルドねー。お前、そんなところにも所属してんの?」

「魔法使いは大抵、所属しているわよ。魔法の情報とか入るし」

「そこから親御さんにバレない?」

「どこのギルドにギルド員の情報をバラすヤツがいんのよ。そんなことをしたら誰も入らないわよ」


 個人情報の管理はちゃんとしてるみたいだ。

 冒険者ギルドは怪しいけど。


「まあ、お前の事情はわかったわー。助けてやろう」

「ありがとう。というか、その謎の占いで全部知ってたんじゃないの?」

「そこまではわかんないし、いちいち見ねーよ」


 見ようと思っても、見れるのは断片的にだ。

 全部わかったら俺は商売でこんなに悩んでいない。


「怪しいわねー。覗きとかしてない?」

「透視はできねーなー」

「じゃあさ、どっちに入ってるかわかる?」


 ヘイゼルは両手をグーにして、俺に向ける。


「…………そういうのはよくやられるわー。大抵、両方に入ってるか、どっちにも入ってないパターンね。お前は…………どっちにも銅貨を持ってると出た」

「あんた、つまんないわね…………」

「その反応までがデフォだよ…………」



 俺達はお互いの自己紹介を兼ねた雑談をしながら歩いていると、大森林に到着した。


「あんた、その力でモンスターの接近とかわかる?」

「多分、わかる。来たら言うから魔法で処理してくれ」

「わかった」


 モンスターの対処を決めると、俺はカバンからダウジング棒を取り出す。


「何それ?」

「ダウジングってわかるか?」

「聞いたことない」


 だろうねー。


「簡単に言えば、物探しの魔法だよ」

「全然、わかんない」

「いいから見てろ」


 俺はダウジング棒を両手に持ち、不思議パワーを込めた。

 すると、ダウジング棒が向かって左を差した。


「あっちか……」

「動かしたでしょ! 今、絶対に自分で動かしたでしょ!」


 小学生と同じ反応だよ……


「いいからついてこい」


 俺はダウジング棒が差す方向に歩いていくと、1分も経たないうちにダウジング棒が大きく左右に開いた。

 そして、下を見ると、お目当ての黄金草が生えていた。


「な?」


 俺は後ろを振り向き、俺の足元を凝視しているヘイゼルにドヤ顔を披露する。


「…………本当に生えてるし。まだ、探し始めたばっかなのに」

「あと、87株を集めるんだぞ。まだこれからだよ」


 俺はそう言って、ダウジング棒を地面に置くと、カバンから買ったばかりのスコップを出し、採取を始める。


「専用の道具?」

「そう。穴掘り道具」

「へー。そんな小さいのは初めて見た」


 こっちの世界にも大きいシャベルみたいなものはあるのかな?


 俺は根を傷つけないように慎重に掘り、黄金草を採取した。

 そして、それをヘイゼルに渡す。


「ほれ」

「あ、ありがとう」

「気にするな。さて、次に行くぞ。ちんたらやってると、ヘイゼルが娼婦か性奴隷になっちゃうからなー」

「いや、さすがに実家に泣きつくわよ」


 なーんだ。

 買いに行こうかと思ったのに。


「お前、夜にポーションを作るって言ってたけど、1日にどれくらい作れる?」

「いくらでも作れるわよ。準備はほぼできてるし、後は黄金草を入れるだけって段階まではやってある」


 現実逃避をしてたけど、一応、あがいてはいたわけだ。


「じゃあ、気にせずに量を採取するか…………」

「本当にそんなに採れるの?」

「あっちに行くと、お前に幸運が訪れると出た」


 俺は森の奥を指差す。


「おー! 期待できそう!」

「ただし、モンスターもいそうだな……」


 脳に危険信号が走っている。


「わかった。あっちね? あんたは下がってて。私がやるわ」

「頼む。女のケツに隠れる勇敢な俺!」

「……ツッコまないわよ?」


 そうして。

 まだゴブリンの対処方を決めてないんだよー。




 ◆◇◆




 俺はヘイゼルの後ろでダウジング棒を持って、黄金草を探している。


「もうちょい先かな? この辺は奥じゃないよな?」

「大丈夫よ。まだ浅いし、ゴブリン程度でしょ」


 俺達はそのまま奥に進んで行くと、嫌な予感が強くなり、脳内に危険信号が鳴り響いた。


「…………この先にいる」


 俺がポツリとつぶやくと、ヘイゼルの足が止まった。

 そして、ヘイゼルがしゃがむ。


「しゃがんでついてきて」


 俺はヘイゼルの指示に従い、しゃがむ。


 ヘイゼルはゆっくりと進むと、杖を構えた。


「…………2匹いるわ」


 ヘイゼルが茂みの奥を見ながら小声でそう言うので俺も覗くと、ゴブリンが2匹ほど地面に座って休んでいた。


「どうする?」


 1匹は俺が担当?


「あの距離なら私の魔法で一掃できる。討ち漏らしたらお願いね」

「俺?」

「その剣は飾り? まあ、大丈夫よ。討ち漏らすことはほぼないし、たとえ、討ち漏らしても瀕死よ」


 大丈夫かな?

 お前、ドジじゃん。


 俺はちょっと信用できなかったので、剣の柄に手を置くと同時に銃を取り出した。


「いくわよ…………ファイアーストーム!!」


 ヘイゼルは急に立ち上がると、杖を掲げ、魔法を放った。

 すると、ヘイゼルの杖の先から火の塊が現れ、ゴブリン達に向かって、飛んでいく。

 その火の塊はゴブリン達の間に落ちると、一気に竜巻の様に膨れ上がり、ゴブリン達を焼き尽くしていった。


 ゴブリンはあっという間に消し炭となってしまった。


「ひえー……ゴブリンが消えちゃったー…………」


 こえー……

 あんなのを喰らったら即死だろ。


「どう!? こんなもんよ! ハァハァ…………」


 めっちゃ疲れてますけど?


「それ、一日に何発打てるん?」

「あと2発くらいかしら? 上級魔法よ!」


 オーバーキルでは?


「もっと弱いのを使えよ。こんなのを使ってたら持たねーぞ」

「仕方がないでしょ。私達の場合は討ち漏らしが死に直結するんだから」


 頼りなくて、ごめんね。

 さっきのお願いはほぼ信頼ゼロだったわけだ。


「やっぱ鍛えようかなー」

「適材適所があるでしょ。あんたは盾としてはダメだけど、斥候としては優秀よ。私ら魔法使いにとって一番怖いのは奇襲であり、逆に一番有利になるのは先手必勝だもん」


 魔法使いは接近されたら無力っぽいもんなー。


「なるほどねー」

「まあいいでしょ。それよか見て! 黄金草があんなにある!」


 ヘイゼルがテンションマックスで指差した方向には黄金草がびっしりと生えていた。

 どうやら群生地のようだ。


「めっちゃあるじゃん」

「これは50以上はありそう! あんたの占いが当たった! 本当に幸運が訪れた!!」


 ヘイゼルはよほど嬉しいのか、俺の肩をバシバシと叩いて喜んでいる。


 よかったね。

 でも、これらって、全部、俺が採取するんだよね?

 スコップを2つ買っておけばよかったな…………

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