第9話


 森の中から出て、俺はヴァンプの手を引いてうめき声が聞こえる方へ向かう。

 さっきの道とは少し離れた場所で、ゾンビが折れた足を引きずりながら歩きまわっていた。……うげぇ、コンクリートに血がポタポタ付いてる。

 ゾンビの片手には通話中の携帯電話があった。相手は恐らく工場長だろう。

 ヴァンプがゾンビに近付く。

 気付かれ、携帯を向けられる。そこからゴーン、と低い鐘の音がした。何度も何度も。

 しかしヴァンプは意に介さず、ゾンビの残った片足を蹴った。酷く鈍い音がして、ゾンビは両足が使えなくなった体を地面につけた。

 それからヴァンプは、そいつの頭を思いっ切り踏んづけた。柔らかいトマトを踏んだのかと思うほど呆気なく、潰れた。真っ赤な血しぶきが飛ぶ。

 あ、コンクリートも割れてる。どんだけ強い力で踏んづけたんだよ。

 ゾンビの弱点は古典的に脳みそだ。頭の潰れた体は痙攣し、次第に動かなくなっていった。


「よし、終わったっぽいな」

 俺はそう声を掛けたが、そういえば聞こえないんだったなと気付く。そしてさっき彼女に言った言葉を思い出す。


『簡単な話だよ。鐘の音がアンタを操るのなら、聞かなければいい。鼓膜を破っちゃえ。アンタ吸血鬼なんだから、血を飲めば回復するだろ?』


 俺はヴァンプの方へ歩み寄る。

 アドバイスを実行に移した彼女は、耳から血を流していた。吸血鬼とはいえ痛々しい。早く俺の血を分けてやろう。そう思い肩を軽く叩いて、自分の存在に気付かせる。彼女はこっちを振り返ると、安心したように笑った。俺も笑い返す。


 だがその時、携帯電話から何か、くぐもった音が聞こえた。

 それは俺にはこう聞こえた。

『自爆しろ』

 その瞬間、ゾンビの身体から閃光が放たれて、俺達の視界を奪った。

 俺は咄嗟に耳の聞こえていないヴァンプを抱きしめて伏せた。

 爆音と共に熱風が吹き荒れ、俺の背中がクソほどズタボロになっていく。

 あ、熱づぅ……! 死ぬ、……畜生!


 ――俺はそこで意識を失った。


 ***


 そして目覚めたら、秘密基地の中に居た。

 横には心配した顔のヴァンプがいた。

「大丈夫だったか」と声を掛けようとして、咳き込む。血が口から出た。うげぇ、怖ぁ。

 でも……痛みがない。背中に大火傷を負ったはずなのに。

「私は平気だが、君はヤバいことになった」

 ヴァンプが神妙な顔をする。

「ヤバいこと?」

「君は死んで、生き返った。つまりアンデッドになった」

「……アンタの血を俺にくれたのか?」

「正確には私の血と、飛び散った際に君の体に入り込んだゾンビの肉片。それから君の家の血だろう。リッチーというアンデッドを知っているか?」


 リッチー。魔術師が死後も研究するためにあえてアンデッドになった者たちの総称。吸血鬼同様上位アンデッドだ。図鑑の挿絵には、ローブを着て杖を持った骸骨が描かれていたが……。


 顔を触ってみる。柔らかい。


「肉はついてる。色も生きている頃と変わりない。ほら、さっきのゾンビのように」


 股間にも触ってみる。あった。


「どこを確認してるんだよ」


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