第6話

 ネクが持ってきたアンデッド図鑑には、その題名の通り様々なアンデッドのことが書いてあった。

 キョンシー、リッチ、ゾンビ、それに吸血鬼。でもまあ、おおよそ知っている内容ではあった。だからあまり頭に入らない。しかし持ち主がせっかく持ってきてくれたのだ。一応パラパラとページを捲る。そうしながら……、無邪気な彼のことを思い浮かべる。

 あいつは恐らくまだ気づいてはいないはずだ。私がこの本に乗っているアンデッドだと。だってそうでなければ怪物に優しくするはずない。


 ……彼の家の事はともかく、彼自身は鈍感なことに、私は密かに安堵していた。


「ヴァンプ? ……どした?」

 いつの間に近寄ってきたのか、ネクがすぐ横から声を掛けてくる。本に集中していたせいで気付かなかったのだろうか。

「あ、ああ」

 ぼんやりと私は返事を返した。

 そうして彼が手にしているものに目をやった。

 彼の、詩を溜めているノート。


「新しいの考えたんだ! 聞いてくれよ」

「ああ」


 ――そのノートは私にとって、図鑑よりも価値がある。

 彼が照れながらもノートに書かれた文字を読み上げていくそばで、私はふとそんなことを思った。しかしこのアンデッド図鑑の著者達の、途方も無いだろう努力。幾多の危険を乗り越え情報を集めて、執筆した年月。そういうことを吟味すると、先程の私の思いなど有り得ない戯言だ。

 だが、それでもそう思ってしまった。何故だろう。


 ……これも詩に含まれるのだろうか。


「ネク」

「ん? なんだ」

「私も……そういうのを作ってみたい。詩や、音楽を」

「おお、いいじゃん」


 そういえば私は、創作というのをしたことがなかった。

 創作など単なる気まぐれ、暇つぶしだ。そう言う人間もいる。だけど、やってみたくなった。彼と、ネクと一緒に。


「そんじゃ、ネタでも探しに行きますか」

「ネタ?」

「何事も無からは生まれねぇ。周りをよくよく観察して、色んなことを噛み砕いて。初めてそこから芸術はんだ」


 ***


 昼間、雨が降ったから外に出てみた。

 ネクは自分用に傘とレインコートを用意していた。どっちも青だった。ずるい、と思ったけれど私のほうが年上なので言わなかった。大人気ないことはしない。

 パラパラとした雨ではなく、ザーザーとした雨だった。体が一層冷えた。私も傘を買えばよかった。

 でも、ネクと一緒に外を歩けたのは嬉しかった。


「あれはよくお菓子を買う店。あそこはよくお母さんが友達とおしゃべりする井戸。あっちのは教会に行く道。そんでここが俺の学校」


 彼は沢山話した。

 私はうんうん相槌を打った。

 それだけで、楽しかった。


 ただそれだけで、とても楽しかった。


「あ、晴れてきたぞヴァンプ。そろそろ日陰に入ろう」

「ああ」


 バス停のベンチに座って、空を眺める。雲の隙間から太陽の光が落ちてきた。


「あ、虹」


 彼の指差す方に顔を向けると、空に虹が掛かっているのが見えた。


「虹なんて初めて見た、綺麗だなー」

「……ああ」


 本当のところ、虹なんて何回も見たことがある。

 冷たい牢獄……主人は保管庫と呼んでいるその中で、私は窓の外から雨上がり直後の空を見つめるのが好きだった。

 あの青色も、虹も、湿った匂いも、キラキラ輝く草花も。触れられぬ太陽光でさえも。

 でも、いつしか飽きてしまった。

 けして出られぬと悟ったから。


「……綺麗だ」

「本当にそう思ってるのか? なんか沈んでるけど」

「……そんなことない」

「そうか」

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