第31話

 朝、約束していた時間にエレーヌ、ジョアンヌ、トリベールは宿屋のロビーに集合した。

 今日はこれから、ボワイエに会いに行く。

 ザーバーランドに潜入した際に道案内役である彼の同行は必須であり、協力を得るためだ。


 三人は宿屋を後にして、昨夜、酒場で入手した地図を手掛かりに、ボワイエが居るという軍の武器を保管している倉庫へ向かう。

 地図の通りに近くまでやってくると、詳しく書いてなかったが倉庫は軍の駐屯地の敷地内にあり、まわりを低い柵が広範囲に張り巡らされて、倉庫には近づくことができない。

 これぐらいの柵なら越えられそうだったが、見張りの衛兵が敷地内、倉庫のそばなどにも数名見えたので、無理はよそうということになった。

 柵に沿って進むと、駐屯地の出入り口らしき簡単に作られた木造のゲートがあったので、三人はそこに近づく。

 門の両脇に見張として衛兵が二名立っていたので、ジョアンヌはそのうちの一人に声を掛けた。

「やあ、君」

 声を掛けられた若い衛兵は、ジョアンヌの顔を見て驚いた。

「ジョアンヌ・マルロー?!」

「そうだ。私を知っているのか?」

「もちろん! “血のジョアンヌ”を知らない者は軍の中には居りません」

「そうか。じゃあ、話が早い。武器倉庫の管理をしているというボワイエという人物に会いたいので、入れてくれないか?」

「すみません。私では中へ入る許可を出せませんので、上官に確認して来ます」

「頼む。すまないな」

 若い衛兵は、小走りで門をくぐって中へ入り、近くの建物に向かった。

 10分ほど待っただろうか。

 建物の中から、先ほどの衛兵ともう1人の白髪交じりの軍服の男性がやってくるのが見えた。

 2人がジョアンヌたちに近づく。白髪交じりの男性は敬礼して自己紹介をする。

「ジョアンヌさん。私は、この駐屯地の管理責任者で、ジャン=リュック・ボネです。あなたは退役したと聞いていますが」

「そうなんだが、武器倉庫の管理をしているボワイエに会いたいので、ここに来た」

「ほほう。どういった、ご用で?」

「それは言えないな」

 まさか、彼と密入国して道案内をさせるとはとても言えない。

「彼は、今は軍の仕事をしています、正当な理由がないと合わせることは出来ません」

「そうか…」

 ジョアンヌは考え込んだ。

 何か策を講じないと、ボワイエに会うのは無理そうだ。

 ここは一旦引き下がることにした。

「すまなかったな」

 ジョアンヌは、エレーヌとトリベールの二人の肩を両手で押して、後ろに下がらせた。

 門から少し離れたところで、三人は立ち止った。

 ボネという男は中に戻り、衛兵は再び見張りに立つ。

 トリベールは尋ねた。

「どうするんですか? ボワイエが居ないと道案内が…」

「わかっているさ」

 ジョアンヌは答える。

「正式な理由なんかないから、夜に忍び込むなどの方法を取るしかない」

「そんな違法な方法を取って、もし見つかったら大変なことになりますよ」

「待ってくれ」

 ここで、エレーヌが割って入った。

「ジャン=ポール・マルセルがこの街に居るだろう。彼に助力を頼めないか」

「そうだった! 今、マルセルがこの街に外交団として来ているはずだ」

「でも、会うことは出来るのでしょうか?」

 トリベールが不安そうに言う。

「婚約者のエレーヌが来ているとなれば、会ってくれるさ。外交団ということは、マルセルは城にいる可能性が高い。これから、さっそく城に行ってみよう」

 三人は再び街のはずれにある軍の駐屯地から、街の中心部へと戻っていく。

 約三時間ほどかかって、城の城壁までやって来た。

 移動に馬を使っていないので、時間がかかってしまったがやむを得ない。

 時間は既に正午を回っていた。

 三人は城壁に沿って門まで進む。

 すると、見知った人物とその同行者らしき二人が、門の衛兵と話をしているのが目に入った。

 こんなところで知り合いに会えるとは想定しておらず、思わずジョアンヌは彼に声を掛けた。

「ラバール警部?!」

 突然声を掛けられたラバール警部は振り返った。彼も驚いた様子でエレーヌたちを見た。

「えっ?! エレーヌ様にジョアンヌさん、それに、治療所のトリベールさんでしたかな? まさか、こんなところでお会いできるとは!」

 ジョアンヌはラバール警部に近づいて話を続ける。

「ラバール警部こそ、こんなところまで来ているとは! 一体どうして?」

「実は、エレーヌ様の婚約者ジャン=ポール・マルセル様に事情聴取をしたいと思ってこの街まで来たんですが…、なかなか、引き合わせてもらえないのです」

「それは、どうして?」

「なんでも外交団の仕事が溜まっているとかで」

「警察でも会えないのかい?」

「我々は正式な令状をもっているというわけではないので強制力はなく、あくまで任意という形しか取れないのですよ」

「なるほどね」

 ジョアンヌは少し考えてから、再び話を続けた。

「彼の婚約者のエレーヌ様なら、会えるかもしれないと思ってここまで来たのだが」

 ジョアンヌは近くにいた城の衛兵に近づいて言う。

「我々は、ジャン=ポール・マルセルの婚約者エレーヌ・アレオンの一行だ。マルセルに会いたいのだが」

 ジョアンヌはエレーヌを指さしながら話をする。

「申し訳ございません。お引き合わせすることは出来ません」

 衛兵は表情を変えずに言う。

「何故だ?」

「上からの命令です」

「その“上”と話をさせてくれないか」

「それは出来かねます」

 しばらく、ジョアンヌは衛兵と押し問答をするも、全く取り合ってもらえない。

 ラバール警部が、交渉を続けるジョアンヌの後ろから声を掛ける。

「ジョアンヌさん。我々も何日も前から毎日ここへ来て、ずっと同じような対応しかしてもらえなくて困っているんです」

 エレーヌはつぶやく。

「そうか。それに、婚約者でもだめということか」

「まあ、政府の仕事が優先ということでしょう。確かにザーバーランドとの交渉が大事というのはわかります」ラバール警部が不満げに言う。「ただ、夜に来ても追い返されるんですよ。昼夜構わずザーバーランドと交渉しているとは思えないのですがね」

 埒が明かないので、エレーヌ一行とラバール警部、彼の同行者の五人は一旦城から離れ、さほど遠くないところにある、ラバール警部たちが宿泊しているという宿屋の隣の食堂へ一緒にやって来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エレーヌを殺したのは誰だ? 谷島修一 @moscow1917

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る