第32話
食堂に入り、エレーヌたち五人は窓際のテーブルの席についた。
それぞれ、ウエイトレスに適当に飲み物や食事の注文を頼む。
全員の注文が終わったところで、ラバール警部は自分の同行者を紹介する。
「こちらは私の部下で、ティエールといいます」
ティエールと言う若い男は、簡単に自己紹介をする。
「アラン・ティエールです。よろしく」
エレーヌ一行それぞれがティエールと軽く自己紹介を済ませると、ジョアンヌはラバール警部に質問を始めた。
「それで、あんたらは、いつからこの街に居るんだい?」
「もう十日になりますね」
ラバールは、やや疲れた表情で答えた。
「そんな前から?」
ジョアンヌは少々驚いて見せた。そんなに長い間、街を留守にしてもいいものなのだろうかと疑問に思った。
ラバールは答える。
「ええ。しかし、マルセル様にお会いできず成果が無いので、そろそろ引き上げようと思っています。他の仕事も放っておけないですから」
「なるほど、そうか」
「今までの捜査では、エレーヌ様を暗殺した首謀者の手掛かりは全く無く、お手上げ状態です。マルセル様にお話を伺えれば何か手掛かりがあるかもと思っていたのですが、残念です」
「全く会ってもらえないというのは、あり得るのかい?」
「先ほども言いましたが、あくまでも任意なのでマルセル様がその気にならければ会わなくてもいいんですよ。それに、マルセル様は城から出ることもないようです。この街の城は大きく設備も整っているので、城の中だけで生活することは十分に出来ますからね。それに外交団の重要な一員ということで、保安上の都合もあるのかもしれません」
「そうか…。じゃあ、ザーバーランドとの交渉が終わるのを待つしかないのか?」
「そうなりますかね。ただ、新聞によると交渉は大分揉めているようで、交渉がまとまるまでには、まだまだ時間が掛かりそうですよ」
「それは、困りましたね。マルセル様に会えないと…」
トリベールがつぶやいた。
「ところで、あなた方はマルセル様にお会いできるかどうかわからないのに、ここまで来たのですか?」
ラバール警部は尋ねた。
「私たちは…」
ジョアンヌは少し言いよどんだ。まさか、彼ら警察関係者にザーバーランドに密入国しようと思っているなんて言うことは出来ない。
ジョアンヌはごまかすように言い直した。
「私たちは婚約者のエレーヌ様がマルセル様に会いたいというので来たんだ。エレーヌ様なら当然、お会いできるものと思っていたよ。エレーヌ様は随分長い事、マルセル様に会えないでいるからね。エレーヌ様が寂しがってしまって」
ジョアンヌは隣に座っている、エレーヌの肩を小突くようにした。
エレーヌのほうは、それにもかかわらず表情を変えず平然としている。
ラバールはそれを見て少し微笑んで言う。
「そうですか…。私たちは、明日にはこの街を発つつもりです。もう、街を開けておくこともできませんから」
「わかった。私たちはもうしばらくいるつもりだ。しかし、なるべく早くマルセル様に会うための方法を何か考えないと。ここにしばらく滞在できる金は、ブロンベルクからもらっているが、いつまでもと言うわけにはいかないしな」
「わかりました。うまくマルセル様に合えるといいですね」
その後は、先にラバール警部たちが滞在していた時に仕入れた、この街の状況などを教えてもらうなどして過ごす。そして、二時間ほどしてから、それぞれは食堂の前で別れ、宿屋に向かって行った。
宿屋への道中、ジョアンヌは言う。
「それにしても、マルセル様に会えないとなると、彼にお願いしてボワイエに会うこともできないな。さて、どうしたものか…」
「仕方ない、あの駐屯地に忍び込んでボワイエに会うしかないと思うが」
エレーヌは答えた。
「そうだな。じゃあ、今晩、忍び込んでみるか」
「そうしよう」
エレーヌとジョアンヌは合意した。
先ほど見た時は、駐屯地の柵はそれほど高くなったようので、容易に超えることはできそうだ。あとは、夜、どれぐらいの見張りの衛兵がいるかだ。
夜になれば、闇夜に紛れて侵入できるかもしれない。
エレーヌとジョアンヌは作戦を練りつつ歩く。
トリベールはその会話を聞きながら不安を感じつつも、仕方なく二人に従うほかないようだった。
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