第30話

 夜、やや遅い時間。

 エレーヌ、ジョアンヌ、トリベールの三人は宿泊する宿屋からさほど遠くない盛り場にやって来た。ここも失業者たちがいる一帯とは別の区域。昼間のノーリモージュの街とは違う雰囲気の世界が目の前に広がる。

 窓から明るい光や、通りに設置されている松明が煌々と輝き、酔っ払いたちの騒がしい声が通りまで聞こえる。

 何人もの酔っ払いが建物の前で座り込んで、陽気に話をしていた。

 三人は、通りでも目に付く比較的大き目の酒場にやって来た。

 跳ね扉を開けて中に入る。すると、店の中に一瞬静寂が訪れ、他の男性客の視線が一斉に向けられた。

 こんな店に若い女性が来るのは、さすがにかなり目立つようだ。

 三人の中で唯一の男性のトリベールは心配そうに言う。

「さすがに女は目立ちますね…、店を出ますか?」

「いや、構わない」

 エレーヌはそう言って悠々と店の中に入って行く。

「そうだな、問題ない」

 ジョアンヌも大股でエレーヌの後に続く。

 そして、トリベールは少し縮こまるように背中を丸めて、二人の後に続いた。

 丁度、空いてるテーブルがあったので、そこに座った。

 太った中年のウエイトレスがやって来たので注文を頼む。

「食べ物と酒を適当に持ってきてくれ」

 ジョアンヌが言う。

「あんたたち、見かけない顔だね…、いや、あんたは見たことあるわ…」

 そう言ってウエイトレスはジョアンヌの顔をまじまじと見た。

「ひょっとして、血のジョアンヌかい?」

「そうだ」

 ジョアンヌは答えた。

「ええー! あんたに会えるなんて、今日はついてるよ!」

 ウエイトレスはそう言って、豪快に笑った。ジョアンヌは尋ねる。

「なぜ私の顔を知っている?」

「戦争が終わったとき、一度この街に来てただろ? あんたの顔を見たくて、駐屯地まで行ったんだよ!」

 戦争が休戦になった時、最前線の兵士の大半は、この街にある軍の駐屯地に戻ってきたのだ。そして、ジョアンヌのような臨時に徴兵された者たちは、その場で除隊となった。

 ジョアンヌの武勇伝は新聞で有名になっていて、その名はレスクリム王国中に響いていたので、兵士たちが街に戻って来た時、ジョアンヌのことを見ようとした野次馬が結構集まって来ていたのだ。

 その野次馬の中にこのウエイトレスも居た、ということのようだ。


 ジョアンヌとウエイトレスの会話を聞いていた他の客もジョアンヌたちの座るテーブルに取り囲むように集まって来た。


「あんたがジョアンヌかい?!」

「敵を五十人も斬ったって本当か?!」

「武勇伝を聞かせてくれ!」

「よかったら、酒をおごらせてくれよ!」


 男どもは次々と話しかけて来る。

 しばらくはジョアンヌは質問に答えていたが、急に立ち上がって大声を上げた。

「すまないが、人を探しているんだ! 貿易商のボワイエって奴をしらないか!?」

 男どもは口々に「知らねえな」「聞いたことないな」などと言っている。

 しばらくして、少し後ろの方から「知ってるぞ!」という声がした。

 その人物が近づいてきた。見ると頭が禿げ上がった、背の低い初老の人物。

「貿易商だったボワイエなら知っているぞ」

「だった?」

「ああ、戦争で商売ができなくなってな」

「それで、どこにいる?」

 ジョアンヌは尋ねた。

 男は、笑いながら言う。

「酒を一杯奢ってくれないか?」

「いいだろう」

 ジョアンヌはすぐに先ほどのウエイトレスを呼びつけて、酒を一杯注文する。

 しばらくして、酒が運ばれてくると男はそれを二、三口飲んでから話始めた。

「ボワイエは、今は街のはずれで武器庫の倉庫番をしているよ」

「倉庫番?」

「ああ。今、奴は軍の武器を扱っている。その武器が置いてある倉庫の倉庫番だ」

「その倉庫はどこにある?」

「街のはずれに、軍の駐屯地があるが、そこにある。良かったら地図を書こう」

 その男は先ほどのウエイトレスに頼んで、紙をペンを借りてサラサラと地図を書きあげた。徒歩だとここから一時間以上かかるそうだ。

 ジョアンヌはその地図を受け取ると礼を言った。


 その後もジョアンヌは、男たちに色々と話しかけられてその相手をしている。ジョアンヌたちも運ばれてくる食事を平らげる。その間も男たちに話しかけられたりして、落ち着かない状態が続いた。

 しばらくして、三人は食事を終え、肝心のボワイエの情報も手に入れることが出来たので、ここを去り宿屋に戻ることにした。

「大変だったな」酒場を出た後、エレーヌがジョアンヌに話しかけた。「しかし、君が有名人で助かった。必要な情報がすぐに入手できたしな」

「そうだな」

「この先も、君の知名度が役に立ちそうだ」

「さっきみたいに、質問攻めにあうのは勘弁してほしいけどな」

 ジョアンヌは、苦笑してため息をついた。

 三人は宿屋に戻ると、それぞれの部屋に戻り明日に備えることにした。

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