第28話

 さらに数日が経ち、いよいよザーバーランド王国への出発の日となった。

 エレーヌは準備した荷物とサーベルを手に、ジョアンヌは荷物を背負い剣は腰から下げて玄関までやって来た。

 玄関ではニコルと二人のメイド ― ジータとルイーズ ― が、エレーヌたちとの別れを惜しむため待っていた。

 ニコルは階段を降りて来たエレーヌの姿を見つけると彼女に歩み寄る。彼女は目に涙を溜めて、エレーヌの手を握って、寂しそうに言う。

「本当に行ってしまうのですね」

「ああ」

 エレーヌは、無表情で短く答えた。

 ジョアンヌは不安そうにしているニコルを見て、彼女を安心させようと声をかける。

「お姉さんは私が守る、そして、必ず帰ってくると約束する」

 それの言葉にエレーヌも付け加える。

「お姉さんの魂を戻す方法を見つけて戻ってくる。安心して待っていてほしい」

「わかりました…。どうぞ、お気をつけて」

 ニコルは少しうつむいたまま、涙声で言葉を絞り出した。

 フンツェルマンが馬車を屋敷の前に移動させ、玄関の扉を開けて入ってきた。

「出発の準備ができました」

「では行ってくる」

 ジョアンヌはそう言うと、エレーヌと連れ立って屋敷を出る。そして、馬車に乗り込んだ。

 フンツェルマンは二人が馬車に乗り込んだのを確認すると、馭者として馬車の上に座り、馬車をゆっくりと進める。

 ニコルと二人のメイドは、その後を追ってアレオン家の敷地の前の通りまで出た。三人とも涙を流し、馬車が見えなくなるまで見送った。


 エレーヌとジョアンヌは国境の街ノーリモージュまで、駅馬車を乗り継いで移動するのだが、その前にヒーラーのトリベールと合流する約束になっている。今回の旅には彼も同行する。ヒーラーである彼の同行は、いざという時の保険として安心だ。さらに彼は、旅に必要な日用品などを追加で調達しているはずだという。

 馬車は街の治療師プレボワの治療所に到着し、約束していたプレボワの助手トリベールと合流した。彼も旅の荷物が入った大きな袋を背負って馬車に乗り込んだ。

 治療所の前では、プレボワがトリベールたちの出発を見送る。

 馬車の窓からトリベールが顔を覗かせ、別れの挨拶をする。

「プレボワさん。では、行ってきます」

 プレボワは右手を挙げて答える。

「ああ、こっちは何とかするから、気にせず行っておいで。エレーヌ様をお守りすんだよ」

「はい」

 トリベールは力強く返事をした。


 馬車は治療書を後にする。そして、街の中央部にある駅馬車の停車場に到着すると、そこでエレーヌたちは馬車から降りた。

 駅馬車の出発の時間までは、ほとんど待たずに出発できるようだ。

 フンツェルマンも馬車から降りて、旅立つ三人に別れを告げる

「では、エレーヌ様、どうかお気をつけて」

「大丈夫だ。旅は慣れている。前の世界でもよくやっていた」

 エレーヌは、はっきりとした声で答えた。その口調には一抹の不安も感じることができない。本当に旅には慣れているのであろう。戦場でも何度も戦ったことがあると言っていた。

 フンツェルマンもその言葉とエレーヌの自信あふれた様子で、少し安心した。

 さらに、ジョアンヌが付け加える。

「私もついているから大丈夫だ。エレーヌ様に怪我をさせるようなことは私がさせない」

 ジョアンヌも歴戦の兵士だった人物。エレーヌを守り抜いてくれると信じよう。

 フンツェルマンは、トリベールにも挨拶をする。

「トリベールさんも、どうか、エレーヌ様をよろしくおねがします」

「はい。任せてください」

 トリベールは笑顔で、はっきりと答えた。

 いざという時は、ヒーラーの彼がいる。フンツェルマンは自らを安心させるように、そう心の中で繰り返した。

 フンツェルマンは三人に頭を下げて最後の別れ挨拶をする。そして、馬車の馭者の席へ戻る。そして、鞭を打って、馬を進ませる。彼は涙がこぼれそうだったが、それをなんとかこらえた。


 フンツェルマンは屋敷への帰り道、ラバール警部にエレーヌ一行が旅に出たことを伝えるのと、現在の捜査の状況を知りたいと思い、警察署に立ち寄ることにした。

 フンツェルマンは馬車が警察署の前に止め、馬車を降りる。そして、署の中に入って近くにいた署員に声をかけた。署員に指示されて、ラバール警部がいるフロアへと階段を登る。フンツェルマンは、そのフロアにいた別の人物に声をかけた。

「すみません。私はアレオン家の執事でフンツェルマンと申しますが、ラバール警部にお会いしたい」

「ああ…、アレオン家の…」

 当然、エレーヌ殺害事件のことは署内で知れ渡っているようで、アレオン家の名前を出しただけで、フンツェルマンとラバール警部の事はわかったらしい。

「ラバール警部は、おりません」

 フンツェルマンは少々驚いて尋ねた。

「えっ?! いつお戻りですか?」

「さー、わかりませんね。当分は戻ってこないと思いますよ」

「どちらかに行かれたのですか?」

「捜査で、国境の街に行きました」

「えっ?! ノーリモージュですか?! それはいつのことですか?」

 フンツェルマンは再び驚いて尋ねた。

「出発して、もう十日になりますかね。お宅の事件の捜査で行ったと聞いていますが、詳細まではわかりません」

「そうですか…、ありがとうございます」

 フンツェルマンは、対応してくれた人物に礼を言って警察署を後にした。

 屋敷に戻る馬車で、フンツェルマンは考えを巡らせた。

 ラバール警部が国境の街に向かったのは、婚約者ジャン=ポールから事情聴取するためだろうか? 今回の事件の関係者で、ラバール警部は唯一事情聴取が出来ていないと言っていた。ジャン=ポールがこの事件に関わっているとは到底思えないが、ラバール警部には何か考えがあってのことなのだろう。

 フンツェルマンは、その後もエレーヌ、ジョアンヌ、トリベール三人のエレーヌの魂を取り戻す旅に思いを馳せながら屋敷へ向けて馬車を進めた。

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