第27話
数日後のある日。
フンツェルマンの計らいで屋敷に理髪師を呼びつけていた。その理髪師は定期的に屋敷にやって来ていて、エレーヌやニコラの髪を整えていたが、今日はそれとは別に特別に呼びつけている。
エレーヌは自室の中央辺りで椅子に座っている。
ニコラはエレーヌの正面に椅子を持ってきて置いて座る。
理髪師は大きな白いシーツをエレーヌの身体に被せながら尋ねた。
「本当に、よろしいのですか? 折角のお美しい髪なのに…」
「構わないやってくれ」
エレーヌは静かに言った。
理髪師は恐る恐るハサミを持って、ゆっくりとエレーヌの髪にハサミを入れていく。
次々に長い髪が床に落ちていく。
ニコルはエレーヌの髪が切れられて行く様子を、残念そうに眺めていた。
そして、用心棒のジョアンヌは剣を下げ、部屋の入り口あたりで立ってその様子を眺めていた。理髪師は刃物を持っているので、エレーヌに危害を加えないよう念のために監視している。
ニコラやフンツェルマンは、昔から屋敷に出入りしている理髪師なので大丈夫だと言っていたが、ジョアンヌは理髪師が買収などをされていて、エレーヌに危害を加える可能性も念頭に入れてのことだ。
殺人犯の襲撃から三週間ほど経っている。あれ以降は動きはないのだが、ジョアンヌは油断は禁物と考えていた。
髪を切る作業中、ニコラの不安そうな表情を見て、エレーヌは言った。
「髪なんて、また伸びてくる」
「それはそうなのですが…」
ニコルは、とても悲しそうな表情で答えた。
理髪師が髪をほとんど切り終えた頃、フンツェルマンが部屋にやって来て理髪師に尋ねた。
「あと、どれぐらいで終わりますか?」
「後、十分もすれば終わります」
「わかりました」
フンツェルマンは、次にエレーヌに向き直って言った。
「先ほど、街の治療師プレボワのところに参ってきました。そこで、旅に同行できそうな人物はいないかどうかと」
「どうだった?」
エレーヌは尋ねた。
「はい。治療院で働いている、助手の治療師が同行してもよいと」
その言葉を聞いて、ジョアンヌが嬉しそうに声を上げた。
「おお。それはよかった」
エレーヌも答える。
「それは助かるな」
「はい」フンツェルマンは話題を変えた。「ところで、今、商人のルロワが動きやすい服を幾つか持って来ております。また、デュランという武器商人も来ております。どちらも応接室に待たせております」
「デュラン?」
武器商人の名前に、ジョアンヌが反応した。
「はい。知っているのですか?」
「ああ、たぶん古い知り合いだ」
エレーヌは、フンツェルマンに言う。
「これが終わったらすぐに行く」
しばらくして、理髪師は髪を切り終え、手鏡を床に置いてあったカバンの中から取り出して、エレーヌに向けた。
「いかがでしょうか?」
腰あたりまで伸びていた髪はすっかり短くなり、少年と見間違うほどの容姿となっていた。
鏡の中の自分を見て、エレーヌは満足そうに微笑んだ。
「良い感じだ」
一方、ニコルは今にも泣き出しそうな表情だった。
理髪師は、後片付けをすると言うので、彼を残してエレーヌ、ニコラ、ジョアンヌの三人が応接室に向かうと、そこにはフンツェルマンと、高級な服を着て綺麗な身なりの商人ルロワと、逆に見すぼらしい格好で無精髭の大柄の男性がいた。彼が武器商人なのだろう。
ルロワは、たまに日用品などを売りに来ることがあるで、ニコラたちは顔見知りだった。
本来、エレーヌとニコラの服は仕立て師に頼んでオーダーメイドにしているので、このルロワから服を買う使うことはほとんどなかったが、今回は急なこともあり、彼に服を幾つか持って来てもらうようにフンツェルマンが依頼していたのだ。
一方の武器商人を呼びつけることは、これまでしたことがない、ルロワに頼んで、彼の知り合いの武器商人を呼んできて来てもらった。
ルロワは三人の姿を見ると挨拶をした。
「エレーヌ様ですね…? 大変ご無沙汰しております」
ルロワは髪を短く切ったエレーヌの姿に、少々とまどっているようだ。
一方のエレーヌは、魂が別人であるためルロワのことは無論知らない。
ジョアンヌは武器商人とは、やはり知り合いだったようで、なにやら楽しげに会話を始めた。
エレーヌは、挨拶を抜きにルロワ尋ねた。
「動きやすい服を依頼しているはずだが?」
「もちろん、執事様からお話を聞いておますので、お持ちしております」
ルロワはそういうと、床に置いていあった大きな箱から服をいくつか手に取ってエレーヌにみせた。
「いかがですか?」
エレーヌはそれを見た。フリルなど装飾があって、思っていたものとちがっていた。色も派手な鮮やかな赤や青などのものばかり。
「もっと地味な服はないのか?」
エレーヌは少々不満そうに言った。
「ございます」
ルロワは慌てて箱の中を漁って、白い服を取り出した。ジョアンヌが着ているようなフリルつきのに似ている。先ほどの派手な服よりはましだった。
念のため他の服を全て見せてもらう。
ルロワは応接室のソファーに服を次々と並べていく。
ほとんどがエレーヌが思っていたものと、だいぶ違う。
仕方ないので、途中で見せてもらった白いシャツを選んだ。
そしてズボンも選ぶ、色は黒でなるべく余裕が少なく身体にフィットしているものを選ぶ。
エレーヌは、それらを手に一旦自室に戻り、それを着る。
シンプルな服なので、メイドの手を借りずに一人で簡単に着ることが出来た。
そして、その姿で応接室に戻る。
ルロワは、再び現れたエレーヌを見て言う。
「とても、お似合いですよ」
エレーヌはお世辞に答えることなく淡々と話す。
「服はこれでいい。同じものをあと二着欲しい」
「かしこまりました。後日お持ちします」
そう言うと、ルロワは後片付けをはじめた。
次にエレーヌは、ジョアンヌと話している武器商人デュランに横から話しかける。
「武器は?」
「ああ。軽めの剣が欲しいと言うので、幾つか持って来たぜ」
デュランは、突然エレーヌに声を掛けられたので驚いた様子で、床に置いていた長細い袋の口を開けて、中から武器をとりだした。
刃の細いロングソード、サーベル、レイピアが五本ほど床に並べらられた。
エレーヌは一本一本手にとって、その感触を確かめている。
その様子をみてデュランは驚いた様子で話しかけた。
「まさか、お嬢さんが剣を使うので?」
「そうだ」
エレーヌは答える。
そこにジョアンヌが付け加えた。
「彼女の腕はかなり凄いぞ」
「そうなのか?」
デュランはさらに驚いた。
「ああ、わたしとも互角に渡り合える」
「本当か…? それは凄いな」
デュランは目でエレーヌをまじまじと見つめた。
こんな小柄な少女が“血のジョアンヌ”と互角に渡り合えるとは、簡単には信じることはできなかった。
エレーヌは並べられた剣を、実際に一本ずつ振ってみせたりもした。
しばらく吟味した後、エレーヌは結局サーベルを選んだ。
「これがいい」
フンツェルマンが、デュランにサーベルの代金を払うと、彼は礼を言う。
「毎度あり…」
デュランは質問をする。
「なぜ、剣が必要になったんだい?」
それにはジョアンヌが答えた。
「事情があって、ザーバーランドに行かなければならなくなった」
「えっ? しかし、ザーバーランドはまだ入国できないはずでは?」
「そうなのだが、どうしても入国しないといけなくなってな」
「それは、密入国ということか?」
「そうなるな…。そうだ! ザーバーランドの地理に詳しい知り合いはいないか?」
「あ、ああ…、国境の街ノーリモージュで戦争前に貿易をやっていた知り合いがいるが」
「ちょうどいい、ノーリモージュからザーバーランドに入ろうと思っていたところだ」
「じゃあ、彼に会うと良い。紹介文を書くから、書く物をくれ」
フンツェルマンは紙とペンとインクを持ってきて、デュランに手渡した。
デュランはペンで簡単に文章を書いた。そして、彼は別の紙に簡単に地図を描いて見せた。そして、それをジョアンヌに手渡して言う。
「今でもザーバーランドのこの通りに居るはずだ。そいつはボワイエという名前だ。私の手紙を渡せば、話が早いだろう」
「わかった助かるよ」
ジョアンヌは紹介文と地図を折りたたんで、ポケットに入れた。
「これは、貸しだぜ」
デュランはそう言って笑った。
「ああ…、わかっている。そのうち返すよ」
ジョアンヌは再び礼を言う。
デュランは豪快に笑い声をあげた後、残った剣を片付けて、ルロワと共に屋敷を後にした。
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