第15話

 朝食が終わってしばらくすると、バルバストルとエレーヌの護衛として彼が引き連れて来た国家保安局の人員十名ほどがアレオン家の屋敷を訪れた。皆、武器として警官同様に腰からサーベルを下げていた。

 彼らが交代で庭と屋敷内を数名ずつで警護するということだった。フンツェルマンは屋敷内の間取りを説明し、実際に屋敷内を案内して回る。そして、屋敷の周り、庭も案内した。

 早速、保安局員は警護のためそれぞれ散っていった。庭には数名が目立たないように潜み、二階の廊下にも常時二名張り付くことになった。ジョアンヌも居るので、合わせて三名だ。さらには、屋敷の周りの通りは警察が見張っている。

 現在の状況をニコルとエレーヌに説明する。エレーヌは“わかった”と答えたが、ちゃんと理解できているか、一抹の不安が残った。しかし、これだけの警備であれば、もし、もう一度犯人がやって来たとしても捕らえることができるだろう。

 しばらくして、ラバール警部も挨拶にやって来た。

 フンツェルマンは保安局と警察の警備を確認すると大聖堂に向かうため、馬を引いて街の中央に向けて出発した。


 大聖堂の馬留に手綱を括り付けると扉を開けて中へ入り、サレイユ大司教に面会を求める。修道僧に案内されて、大司教の部屋に案内される。

 サレイユの部屋は大きな本棚が背面に設置されており、古びた本がたくさん並んでいた。その前で大司教は座って、何やら本を注意深く読みふけっていた。

 フンツェルマンが部屋に入ってくると、大司教は顎鬚を触りながら立ち上がって挨拶をした。

「ああ、おはようございます。フンツェルマンさん。どうそお掛けください」

 促されてフンツェルマンは大司教から少し離れて置かれている椅子に座った。フンツェルマンは話を始める。

「実は、エレーヌ様の件です。昨日、蘇生魔術を施されて以降、様子がおかしいまま元に戻りません。少し落ち着いたようですが、まるで別人が乗り移ったような状態で、私たちもどのように接していいのか困っております」

「私も、あの後、古い書物などを紐解いて、あのようになってしまう事例を探していました。それで、この本に書かれている文章を見つけました」

 大司教は古びた本を手に取って、それを開いた。

「三百五十年ほど前にあった事です。ある人物に、エレーヌ様のように蘇生魔術を施したところ、別の人物の魂が乗り移ってしまったことがあるというのです。その時と今回のエレーヌ様の時との共通点は、死後、時間が大分たってから蘇生魔術を施した、ということです。おそらくそれが原因かと思われます」

「これまでに行われた蘇生魔術は、死後どれぐらいだったのですか?」

「私の知る限りでは、せいぜい、死後二、三日です。その場合は問題なく蘇生できていたようです。エレーヌ様は一週間以上経っておりました」

「それで、エレーヌ様は元に戻るのでしょうか?」

「この本によると、三百五十年前の人物は元に戻ることは無かったとあります」

 フンツェルマンはそれを聞いて天を仰いだ。なんということだ。

「ただ、我々が知らない方法で元に戻す方法があるかもしれません。もう少し、他の本を当たってみます」

 大司教はフンツェルマンを慰める様に言った。

 フンツェルマンは小さくため息をついてから言った。

「よろしくお願いします」


 フンツェルマンは、エレーヌが元に戻らないかもしれないと聞き、落ち込んだ気分のまま大聖堂を後にして、屋敷に戻る。

 戻った頃は、正午だったので、ニコルたちの昼食を終わらせた。しばらくするとジャン=ポールが屋敷を訪れた。

「エレーヌの様子はどうだ?」

「昨日のままですが、少し落ち着いたようです」

 フンツェルマンは今朝のジョアンヌとの剣の手合わせの事は、余計な心配をさせるので言わないでおいた。

「そうか……、実はもう国境まで戻らなければいけなくなった。また、しばらく戻ってこれないので、エレーヌに別れの挨拶をしたい」

「そうですか、ではご案内します」

 フンツェルマンはジャン=ポールと一緒に二階に上がり、エレーヌの部屋を案内した。二人がノックをして部屋に入ると、ニコルとエレーヌがベッドに座っていた。ニコルは相変わらずエレーヌに話し掛けている。エレーヌは少し返事をしたり、質問に答えたりしているようだった。

 フンツェルマンは声を掛ける。

「エレーヌ様、ニコル様。ジャン=ポール様が国境に戻らなければならないということで、ご挨拶に来られました」

 ニコルが顔を上げて、立ち上がった。

「まあ、そうなのですね」

 ジャン=ポールは、エレーヌとニコルの前に歩み出て行った。

「重要な任務の途中で戻ってきてしまったので、早く国境まで戻らなくてなりません。しばらくは、お会いできません」

「ああ、そうなのですね」

 ジャン=ポールはさらに一歩歩み寄り、エレーヌの手を取って言った。

「なるべく早く戻ります」

 エレーヌは表情を変えることなくジャン=ポールを見つめていた。

 エレーヌの代わりにニコルが答える。

「お待ちしております。道中、お気をつけて」

「では、失礼します」

 そう言うと、ジャン=ポールは部屋を後にした。フンツェルマンもそれに続く。

 屋敷を出るときに「エレーヌをよろしく頼む」と一言、フンツェルマンに言って、外に待たせてあった馬車で去って行った。


 その後、すぐにラバール警部が屋敷を訪れた。フンツェルマンがそれに対応すると彼は尋ねた。

「あー、フンツェルマンさん。午前中、どちらかに行かれたようですが、どちらまで?」

 彼は、フンツェルマンが出かけたのを屋敷の前で見ていたのか、他の警官に聞いたのであろう。フンツェルマンは答える。

「大司教様に会ってきました」

「そうでしたか。どういった用件で?」

「エレーヌ様があのようになってしまった原因を何か知っていないか聞くためです」

「何か、原因がわかりましたか?」

 フンツェルマンは大司教に言われたことをそのまま伝えた。それを聞いてラバールはやや大袈裟に驚いて見せた。

「ええっ!? そうですか、では、本当に誰かの魂が乗り移ったというのですね」

「はい。私はそれで間違いないと思います。それに、今朝、エレーヌ様が剣を扱っていたのです」

「剣ですか?」

「はい、私はエレーヌ様が剣を持っていたのを見たことがありませんが、それなのに、一緒にいたジョアンヌは剣の腕前を『かなりの手練れだ』と言っておりました」

「ほほう」

 ラバールはのけぞるようにして、再び驚いて見せた。フンツェルマンは続ける。

「大司教様は、エレーヌ様をもとに戻す方法は今のところわからないとおっしゃっていました」

「そうですか」

 ラバールはうつむいて考える素振りをした。フンツェルマンはラバールがしばらく黙っているのを見て言った。

「他になければ、やることがあるので、これで失礼したいのですが」

「わかりました。ありがとうございました。こちらは警備を続けます」

 そう言って、ラバールは軽く手を上げて挨拶をすると、通りのほうへ歩いて行った。

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