第14話

 翌日の早朝。ようやく日が昇ってあたりも大分明るくなってきた頃、アレオン家の屋敷の玄関ホールで金属が激しくぶつかり合う音がした。

 その音に気が付いたニコルは不思議に思い、ネグリジェのまま廊下に出た。そして、恐る恐る階段を降りて、その途中から玄関ホールのほうを見ると、あろうことか、エレーヌとジョアンヌが激しく剣をぶつけ合っていた。剣のぶつかり合う金属の鈍い音が玄関ホールに響き渡る。

 ジョアンヌは昨夜のままの服を着ているが、エレーヌはネグリジェ姿だった。

 ニコルは驚いて叫んだ。

「お姉様! ジョアンヌ! 何をなさっているのですか?!」

 その叫び声に驚いて、エレーヌとジョアンヌは剣を下ろした。ニコルは階段を降り切ってエレーヌに近づく。

「どうなさったのですか?!」

 エレーヌは無言のままだったので、ジョアンヌが答えた。

「エレーヌ様が剣の手合わせをしたいと言うから」

「ええっ?! そんなはずが、ありません! お姉様は剣など扱ったことがないのですよ!」

 ニコルは剣をエレーヌの手から取り上げた。

「ともかく、おやめください!」

 ニコルは剣を手に取ったが思ったより重く、切先を床にぶつけてしまった。

 そこへ、騒動を聞きつけたフンツェルマンも上着は着けずシャツのみで身なりを整えた状態で、慌てて玄関ホールにやって来た。

「一体、何があったのですか?!」

 フンツェルマンはニコルとジョアンヌが剣を手にしているのを見て仰天した。彼の質問にニコルが答えた。

「二人が剣を振っていたのです」

「なんですと?!」 フンツェルマンは、ニコルの持っている剣を奪い取った。「危ないので、こちらに…。この剣は、どこから?」

「そこに飾ってあったのを借りた」

 ジョアンヌは壁のほうを指さした。そこは装飾品として、この剣が掛けてあったところだ。

「本当に、お姉様が手合わせしたいと言ったのですか?!」

 ニコルは改めてエレーヌに向かって尋ねた。

「そうだ」

 エレーヌは小声であったが、はっきりと答えた。

「ともかくです!」 フンツェルマンは大きめの声で言う。「危ないので剣を屋敷内で振り回すのは、お止めください」

「わかった」

 エレーヌは再び小声で答えた。その答えを聞いて、ニコルとフンツェルマンは安堵のため息をついた。

「お姉様、まだ早朝なので、一度、部屋にお戻りください」

 そう言うと、ニコルはエレーヌの腕をやや強引につかんで、二階へ階段を上って行った。

 それを見送るとフンツェルマンはジョアンヌに改めて尋ねた。

「本当にエレーヌ様が、剣の手合わせをしたいと言ったのですね?」

「そうさ」

「なぜ?」

「さあ、それはわからないな」

「エレーヌ様は剣など持ったことが無いのです」

「いや、とても、そんな風には思えなかったな」。そう言って、ジョアンヌはようやく手に持った剣を鞘に戻した。「彼女は、かなりの手練れだよ」

「そんな、馬鹿な」

 フンツェルマンはそう言って顎に手を当てて考えるそぶりをした。自分はずっとエレーヌのそばで世話をしてきた、彼女が剣を手にすることすら見たことがない。それが“手練れ”とは。

「ともかく、お怪我などさせてしまってはいけません。今後は“手合わせを”と言われても拒否してください」

「わかった」

 ジョアンヌはそう言うと二階へ上っていた。

 フンツェルマンは、時間がまだ少し早いので自室に戻ることにした。そして、自室の椅子に座って考える。

 エレーヌは全くの別人になってしまったのか? このようなことが本当にあるのだろうか? 別人になった理由はやはり蘇生魔術のせいなのか? しかし、それ以外考えられない。

 今日は午前中に大聖堂に向かいサレイユ大司教にこの件を相談するつもりであった。彼に尋ねれば何かわかるかもしれない。


 数時間後、朝食の準備が整った。

 エレーヌとニコルはメイドの手を借りて服を着、今朝は食堂で食べることにした。ニコルはエレーヌの手を取って食堂まで誘導する。部屋の隅ではフンツェルマンが立って待機している。

 食堂の大きなテーブルに向かい合って座ると、メイドが朝食を運んでくる。

 エレーヌは、しばらく不思議そうに朝食が盛ってある皿を見つめていた。

 そして、テーブルの真ん中に置いてあるパンの入った籠を指さして尋ねた。

「これは何だ?」

 ニコルは困惑しながらも答えた。

「これは、パンですよ」

「食べ物か?」

「そうです」。そう言うとニコルはパンを一つ手に取り、ちぎって口の中に放り込んだ。「美味しいですよ」

 エレーヌはそれをみて、真似するようにパンを小さくちぎって食べる。

「ああ、美味しいな」

「どんどん召し上がってください」

 エレーヌはパンを一つ平らげると今度は皿に乗っているスクランブルエッグを指さして尋ねた。

「これは卵だな」

「そうです、スクランブルエッグです」

「スク…?」

 ニコルはフォークを手にして、スクランブルエッグを食べて見せた。

 エレーヌはそれを不思議そうに見て、フォークを手に取って尋ねた。

「食べ物を食べるときはこれを使うのか?」

「そうです」

「箸はないのか?」

「ハシ…? それは…、何ですか?」

 ニコルは聞いたことがない言葉を耳にして思わず尋ねた。

 エレーヌは手ぶりをしながら説明をする。

「木でできた、これぐらいの長さの二本の棒だ」

「それは…、ありません」

「そうか、では仕方ないな」

 そう言うと、ニコルの見様見真似でフォークを使ってスクランブルエッグやサラダを口に運んだ。

 食事が何とか終わるころ、エレーヌは再び尋ねた。

「昨日、部屋で食べた肉は、何の肉だ?」

「あれは、牛肉です。お姉様もお好きでしょう?」

「ギュウニク?」

「ええ、牛の肉です」

「牛?!」 エレーヌは驚いて、体を少し揺らした。「そうか、驚いたな」

「よろしければ、今晩も出させましょうか?」

「ああ、頼む」

「では、フンツェルマン。今晩も牛肉を出してください」

「かしこまりました」

 部屋の隅に控えていたフンツェルマンはそう言って頭を下げた。

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