第16話
エレーヌが蘇生してから、三日経った。
その間に、フンツェルマンは馭者をしていたジャカールの葬儀を済ませた。
エレーヌの蘇生以降、彼女は別人のようになったままで元に戻る気配は無い。しかし、彼女もだいぶ落ち着いてきたのか、少しずつではあるがニコルやフンツェルマンとの会話が増えてきた。時には扉を開けて廊下に出て、ジョアンヌと雑談をしたりしている。
フンツェルマンは、そろそろ屋敷内ぐらいであれば、自由にさせてもいいのではないかと考えていた。
一方、警察と国家保安局の見張りもこれまで通りに行われている。
ラバール警部は日中は屋敷前の通りにやって来て、あたりの様子をうかがっている。警察が常時、数名待機しているので、もし犯人がやって来たとしても、屋敷に近づくことは無理なのではと考えていた。
エレーヌ本人には、何者かに狙われているということは伝えてある。彼女は、それを聞いても、さほど恐れる様子もなく平然としていた。
その日の深夜。あたりが暗闇に包まれ、静まり返っている。虫の鳴き声だけがわずかに聞こえている。
突然、エレーヌの部屋で何かが割れる音がした。
それに反応して、ジョアンヌと保安局員二人がエレーヌの部屋へ向かった。そして、扉を開ける。
すると、暗い部屋の中では、ランプの明かりのみが点いていた。その明かりでローブを被った男がうずくまっているのが辛うじて見えた。その男の近くでは、エレーヌが手に何か棒のような物を持って立っているのが目に入った。
「何者だ!?」
ジョアンヌは叫び、男に駆け寄った。そして、剣を男に目がけて振り下ろす。その瞬間、男は短く何か言葉を発すると、忽然と姿を消した。ジョアンヌの剣は空を切り、床に突き刺さった。
「消えた!?」
そこに居た誰もが驚いた。
それを見て保安局員の一人がこの件をバルバストルに伝えるため、部屋を飛び出た。
ジョアンヌは剣を床から抜き取ると、床のあたりを見る。すると、大量の血痕があるのに気が付いた。それ見て驚いてエレーヌのほうを見た。
「エレーヌ様?! お怪我は?!」
エレーヌは、表情を変えず立ったまま静かに答えた。
「大丈夫だ」
バルバストルがエレーヌの部屋に駆け込んだ。そして、すぐに騒ぎを聞きつけたフンツェルマンもやってくる。
「一体、何があったのですか?!」
バルバストルはエレーヌに尋ねた。
「男が侵入してきたので、応戦した」
エレーヌは右手に持っていた棒を少し上げて見せた。それは暖炉に置いてあった火かき棒だった。
「その男は?」
この質問にはジョアンヌが答えた。
「私が斬ろうとしたら、忽然と消えたよ」
「消えただと?!」
バルバストルは、そこにいた保安局員二人にも尋ねるが、同じ答えだった。
「お怪我は?!」
フンツェルマンがエレーヌに尋ねた。
「怪我は無い」
バルバストルが再び尋ねる。
「男はどこから入ったのですか?」
「突然現れた」
エレーヌは表情を変えずに言った。
バルバストルは部屋の回りを見回した。窓の無い部屋だ。天井と床も見たところ穴が開いている様子は無い。部屋の中を回って入念に調べる。ベッドは枕が引き裂かれ、中身の羽毛が散乱していた。床には割れたカップと皿の破片が散乱していた。そして、血痕にも気が付いた。
「この血は?」
「男のものだ」
「しかし、よくそんなもので撃退できましたね」
バルバストルは火かき棒を見て言った。そして、保安局員に伝える。
「あたりを捜索させろ。屋敷の外のラバール警部にもこのことを伝えろ」
「わかりました」
そう言うと、保安局員の二人は部屋を後にした。
フンツェルマンがバルバストルに提案する。
「エレーヌ様は別の部屋に移動したいと思います」
「いいでしょう」
男の遺留品などを調べるのに、何人もここで作業をするだろうから、彼女は別に部屋で休ませた方が良い。フンツェルマンはエレーヌから火かき棒を受け取り、暖炉のそばに立てかけた。
そして、別の部屋へと移動していった。
しばらくして、ラバールが保安局員と一緒に屋敷の中に入ってきた。
エレーヌが最初いた部屋に行くと、バルバストルと保安局員がランプを手に床を注意深く何か遺留品がないか捜索していた。
ラバールはバルバストルに一通りの出来事と状況を聞いた後、遺留品探しは彼らに任せて、エレーヌに話を聞きたいを思い部屋を後にした。
一階に降りるとフンツェルマンを見つけたので声を掛けた。
「フンツェルマンさん。エレーヌ様は?」
「エレーヌ様は一階の奥の以前メイドが使っていた部屋でお休みになられています」
「先ほどの事件の状況をお伺いしたいのですが」
「移動されたばかりなので、まだお起きになっておられるでしょう。どうぞ」
そう言ってフンツェルマンはラバールを一階の奥へ案内した。
フンツェルマンはノックをして部屋に入る。住み込みメイドの部屋ということで少々狭い部屋だ。
エレーヌはベッドに横たわっているが、まだ起きているようだった。
ラバールは声を掛けた。
「お休みのところ、申し訳ありません。先ほどの状況を伺いたくて、よろしいですか?」
「構わない」
エレーヌはベッドに横になったまま答えた。
「男に襲われたということですが、男はどこかから入ったのかわかりますか?」
「いや。突然、現れた」
「男は突然、消えたと聞きました。現れた時も同じように現れたのですか?」
「現れた瞬間は見ていない」
「と、言いますと?」
「襲撃があるかもしれないというので、用心してベッドの下で寝ていたのだ。男は寝床でワシが寝ていると思って枕にナイフを何度か刺したようだ。ワシは寝ていたが、その時、襲撃に気が付いた。剣は取り上げられていたので、あの棒を使って刺した。そして、怯んだところを何度か棒を頭に打ち付けた」
「火かき棒は元々持って寝ていたんですか?」
「そうだ」
ラバールはこれを聞いて彼女の用心深さに驚くと共に、とても十九歳の女性のやることではないと思った。やはり、エレーヌの中に別人の魂が入っているだろうか。
「なるほど、勇敢ですね」
「あれぐらい、大したことはない」
「男の顔は見ましたか?」
「暗くてよくわからなかったが、髭を生やしているようだった」
「口髭ですか?」
ラバールはそう言って自分の口の上を指さして見せた。
「そうだ」
「ありがとうございます。今日のところは、このぐらいで。警備は続けますので、ゆっくりお休みください」
その言葉を聞くと、エレーヌは目を閉じた。
そして、ラバールとフンツェルマンは部屋を後にして、襲撃のあった部屋に向かう。
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