第12話

 翌朝早くからアレオン家の屋敷では、誰もがあわただしくしていた。

 この後、ニコルたちは大聖堂に向かい、エレーヌに蘇生魔術を施すことになっている。

 ニコルは昨日、フンツェルマンからエレーヌを蘇生させると聞き、喜びと期待で胸を膨らませていた。ここ数日は、エレーヌの死のショックで、ほとんど自室に引きこもっていたが、今朝は二人のメイドと一緒に外出のため服の準備をする。その表情は少し明るくなっているようだった。

 皆は早々に朝食を終わらせ、ニコル、フンツェルマン、ジョアンヌ、ジータの四人がエレーヌの蘇生に立ち会うため大聖堂に向かうことになった。

 ジョアンヌは剣を下げ、慣れない新しい服に不便さを感じながらも、馬車の馭者役を務める。ジータはエレーヌが蘇生した後、彼女に着せるための服を詰めたカバンを手にしている。

 馬車の中では皆、落ち着かない様子で、特にニコルは姉が生き返るかもしれないという期待感で、ずっとソワソワしていた。

 馬車が大聖堂前に到着すると、既に警察の馬車でバルバストルとラバール警部、ヒーラーのプレボワが到着していた。

 そして、ほぼ同時にジャン=ポール・マルセルも馬車で到着した。

 それぞれが挨拶を交わす。マルセルは一昨日、エレーヌの死のショックで騒いでいたが、今日は落ち着いた様子でニコルとフンツェルマンに簡単に挨拶した。そして、ラバールに向き直り謝罪した。

「警部。先日は、怒鳴ってしまい申し訳なかった」

「いえいえ。気にしていませんよ」

 ラバールは軽く手を上げて、笑顔で答えた。


 それぞれの挨拶が終わった後、一同は大聖堂の中に入り大司教サレイユと面会する。ニコルは大司教を見ると、笑顔で挨拶をした。

「サレイユ大司教。今日はよろしくお願いします」

 大司教は、彼女にあまり期待をさせても良くないと思い、次の様に答えた。

「ニコル様。蘇生魔術は何十年も使われておりませんでした、うまくいかないかもしれませんが、その点、ご承知おき下さい」

 ニコルは小さく頷いた。

 大聖堂の中に入ると、いつもの様に祈りを捧げる人々であふれかえっていた。一同はその脇を進み、大聖堂の奥にある安置室へ続く廊下へ向かう。

 ジョアンヌとジータは、エレーヌの遺体が安置している部屋の前で待つように言われ、他の者は安置室に入る。

「では、始めましょう」

 大司教がそう言って口火を切った。エレーヌの遺体を覆っていたシーツを上半身が見えるぐらいまで、めくって手順を確認する。

「まず、プレボワさんの回復魔術で、体内の血液を復元させます。その後、蘇生魔術を使います。よろしいですか?」

「ええ、お願いします」

 バルバストルが短く答える。

「では」。そう言って、大司教はプレボワに合図をする。「お願いします」

 プレボワは右手をエレーヌの遺体にかざして、呪文を唱える。

 エレーヌの身体が白い光に覆われる。

 見ると遺体の傷はなくなり、青白い肌はやや赤みが増してきたように見える。どうやら血液は元に戻ったようだ。それを確認すると大司教は続けた。

「それでは、蘇生魔術を行ないます」

 大司教は右手を遺体にかざす。魔術書を左手に持ち、それを確認しながら呪文を唱える。数分間、呪文を唱えると、エレーヌの遺体は再び白い光に包まれる。

 その部屋に居る誰もが、固唾を飲んでその様子を見守っていた。

 エレーヌの瞼がかすかに動き、そして、ゆっくりと目を開いた。

「ああ! お姉様!」

 ニコルは思わず、エレーヌのところまで進み、声を上げた

「よかった! 本当によかった!」

 ニコルは泣きながら、しっかりとエレーヌを両手で抱きしめる。

 それを見ていた他の一同も安堵のため息をついた。

 バルバストルとラバールは事件解決へ前に進めると考えた。ラバールは部屋を見回し、皆の様子をうかがった。バルバストルは表情を変えずに様子を眺めていた。フンツェルマンはハンカチで涙を拭っていた。ジャン=ポールは驚き、そして、エレーヌに近づき彼女の手を取り「よかった」と声を掛けた。

 しかし、エレーヌの口から出た言葉が、そこに居た皆を困惑させた。


「君たちは誰だ?」

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