第11話

 翌日の午前。

 朝一番で、ラバール警部は担当している事件の進捗を部下たちから確認する。いずれの事件も大きな進展はない。特に、エレーヌ・アレオン殺害の件は気にしているが、犯人に繋がる手掛かりは見つかっていなかった。

 その後、ラバールは書類の整理をしていたが、そこへ国家保安局のバルバストルが姿を現した。

「ラバール警部」

 ラバールは手に持った書類を机に置くと、顔を上げた。

「あー、バルバストルさん。今日はどういった御用で?」 

「エレーヌ・アレオンの件です。実は、彼女に蘇生魔術を使うことになったのです」

「え?」

 ラバールはバルバストルの言っていることがすぐに理解できなかった。

「蘇生魔術?」

「事件は、ザーバーランド王国の関与が濃厚なので、彼女を生き返らせて相手の動きを見ます」

「と、言うと?」

「エレーヌの殺害に失敗していたということになれば、再び犯人はエレーヌの殺害に訪れるでしょう、そこを捕らえます」

「なるほど、やはり彼女の殺害は何らかの国家間の問題に関連しているということですか?」

「ええ、十中八九間違いないとみています。なので、これから、サレイユ大司教の元に行き、蘇生魔術を使う依頼をします」

「この後、すぐに蘇生するのですか?」

「いや、一応、アレオン家の者にも伝えてから協力してほしいことあるので、その説明をしなければなりません。なので、蘇生は明日以降にと考えています」

「エレーヌ様が蘇生してから、我々警察がやることは?」

「アレオン家の屋敷の周りの警備を引き続きお願いします。屋敷の中にはこちらから、数名待機させ、犯人が現れるのを待ちます」

「そうですか」

「では、大司教の元に参りましょう、その後、アレオン家の屋敷に向かいます」

「私もですか?」

「警察には今後も協力をお願いしたいと思っています。警部にも逐一状況を知っておいてもらいたいので、お願いします」

 もし、これを拒否したとしても、彼らの強権で結局付き合うことになるので、ここは従うことにする。処理しなければならない書類が溜まっているが、仕方ない。ラバールは軽くため息をついて立ち上がった。


 ラバールとバルバストルは警察の馬車で大聖堂を訪れる。馬車を大聖堂の前に待たせ、中に入る。朝、早い時間帯なので、多くの老人が祈りを捧げていた。

 バルバストルはサレイユ大司教に会うと話を切り出す。

「これは、これはラバール警部。そちらは?」

「こちらは、国家保安局のバルバストルさんです」

 紹介されたバルバストルは帽子を取り、軽く会釈をする。

「国家保安局二課のマチアス・バルバストルです」

「国家保安局とは? 何か、ありましたか?」

 予想外の来訪者に少々驚いた様子でサレイユは尋ねた。

「エレーヌ・アレオンの件です。我々は、エレーヌへの襲撃がザーバーランド王国の仕業と考えています。そこで彼女を蘇生させて、向こうの出方を見たいと思います。なので、大司教に魔術の利用をお願いします」

「蘇生ですか?! 蘇生魔術を使ってですか?」

 サレイユは、さらに驚いて目を見開いた。

「そうです」

「しかし、あの魔術はいろいろ制約があって、議会の承認などがないと使えないと聞いております」

「それは、わかっています。しかし、この事件、ザーバーランドの関与があるのは間違いない。その問題の解決のためには、国家保安局としては手段を選びません。超法規的措置を取ります。その権限も我々にはあります」

 バルバストルは、胸の内ポケットから書類を出してサレイユに手渡した。

「これは、その命令書です」

 サレイユはそれを読むと、うろたえたように言う。

「これは……。しかし、蘇生魔術を使うのは少々問題があると思います」

「問題とは?」

 バルバストルは怪訝そうに尋ねた。

「まず、エレーヌ様のご遺体はエンバーミングのため、血抜きをし、代わりに防腐剤を注入しております。まず、その点をどうにかしなければならないのです」

「それは、治癒魔術で血液を再生することが可能でしょう」

 バルバストルは想定していたのであろうか、その質問に澱みなく答える。

「あとは、蘇生魔術自体、私は実際に使ったことがありません。成功しないかも知れません」

「その時は諦めて、別の方法を考えます」

「まあ……、そういうことでしたら」

 サレイユは乗り気ではないが、国家保安局の決定であれば従うしかない。この場は、一応承諾をした。

 バルバストルはその答えに満足したように言った。

「では、明日の正午にやってもらいたいと思います。ところで、大司教は治癒魔術は使えますか?」

「いえ」

「そうすると、治癒魔術が使える者も呼ばないと」

「それなら」。ラバール警部が口を挟んだ。「ドミニク・プレボワという、腕の良いヒーラーが近くに居ます」

「では、その者にも呼んでおかないといけないですね」

「私のほうで後ほど依頼しておきます」

 サレイユが言う。

「助かります。よろしくお願いします」

 バルバストルは礼を言うと、ラバールと共に大聖堂を後にした。


 次にラバールとバルバストルはアレオン家屋敷に訪れた。フンツェルマンが二人を迎え入れ、応接室へ案内する。ラバールとバルバストルは並んでソファに座る。フンツェルマンは立ったまま対応する。

 すぐにメイドのルイーズが紅茶を入れたカップを運んできた。彼女がテーブルにそれを置き、部屋を出て行くのを確認してからフンツェルマンが口火を切った。

「それで、今日は?」

「あー。実は、こちらのバルバストル氏が相談があるというのでお連れしました」

 フンツェルマンは紹介されたバルバストルを改めて見た。彼は、茶色い髪を刈り上げて整え、茶色い瞳でこちらの中身を見通すような鋭い目つきをしている。黒い服で身なりを整え、何か普通ではない雰囲気を醸し出していた。

「はじめまして、私は国家保安局のマチアス・バルバストルと言います」

「国家保安局?!」

 フンツェルマンは少々驚いた。まさかそんな人物がここに訪れるとは。彼のただならぬ雰囲気はそう言うことか。事件で何かあるのだろうか?

「これから話す内容は、ここだけの話ということで聞いてください」

「はい」

「実は、凶器がザーバーランド王国製だったということで、ある疑惑との関連を我々は疑っております」

「ある疑惑と言いますと?」

「それは、今は言うことは出来ません」

「国家機密にかかわるということですか?」

「それはご想像にお任せします」

 国家保安局が動いているということは、そう言うことだろう。しかし、エレーヌ様の殺害が国家機密に関わっている? まったく想像もできず、驚くべきことだった。

 バルバストルは話を続ける。

「それで、今、犯人を捕らえるために我々と警察が動いておりますが、進展がありません。それで、エレーヌ様を生き返らせたいと思います」

「ええっ!」

 フンツェルマンは再び驚いた。

「生き返らせるとは、蘇生魔術を使って、ということですか?」

「その通りです」

「待ってください。蘇生魔術を使うことは法的に難しいと聞きました」

「ええ、通常の手順では、その魔術を使うことは無理でしょう。しかし、今回は超法規的措置として使います」

「超法規的措置……」

 フンツェルマンは言葉を繰り返して息を飲んだ。国家保安局がこのようの手段を使うとは驚くべき事実だ。バルバストルは話を続ける。

「国家存亡にかかわることについては、我々は蘇生魔術だろうが他の手段を何でも使って阻止します」

「エレーヌ様の殺害が国家存亡にかかわるとは、一体どういうことでしょうか?」

「今は、お話することは出来ませんが、我々を信じていただきたい」

 フンツェルマンはしばらく考え込んだ。やや長い沈黙が応接室を覆う。

 ラバールがテーブルの上にある紅茶のカップを手に取った。バルバストルは話は再び話し出す。

「エレーヌ様が生き返ったということになれば、犯人は再び彼女を狙うでしょう。そこで現れたところを捕らえます」

「それは、エレーヌ様を囮にするということでしょうか?」

「そうなります」

「エレーヌ様が生き返ることは、妹のニコル様、婚約者のジャン=ポール様もお喜びになるでしょう。しかし、囮にするというのは…」

 バルバストルが言葉を遮る。

「我々が警護しますから、彼女の身の安全は保障します」

 フンツェルマンには不安はあったが、ここは言う通りにするしかないだろう。そもそも、彼は反対できる立場にない。警察と国家保安局が警備するというから大丈夫なのかもしれない。さらに、屋敷の中にはボディーガードのジョアンヌもいる。

「そう言うことでしたら、わかりました」

「では、明日、正午に大聖堂で蘇生魔術を使います」

「明日、わたくしも立ち会いたいのですが」

「どうぞ、構いません。本人は目覚めたときは混乱しているかもしれません。ご家族の方が一緒に居た方がよろしいでしょう。では」

 フンツェルマンは、ラバールとバルバストルを屋敷の玄関まで見送った。そして、まずニコルにエレーヌに蘇生魔術を施すことを伝えた。それを聞いてニコルは喜びで涙を流した。

 そして、フンツェルマンはエレーヌの婚約者であるジャン=ポールにも、このことを伝えるため彼の屋敷に向かうことにした。

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