第7話

 ニコルとフンツェルマンが応接室を去った後も、ラバール警部はソファに座ったまま、出された紅茶の残りを飲んでいた。

 しばらく待っているとフンツェルマンが再び応接室へ戻って来た。

 それに気が付くとラバール警部は切り出した。

「あー。フンツェルマンさんにもお話を伺いたいと思うのですが、よろしいですか?」

「はい。構いません」

 フンツェルマンは数歩進み出てラバール警部の前に立った。

「事件があった時、フンツェルマンはどこに?」

「屋敷の中におりました」

「事件を知ったのは?」

「ニコル様の悲鳴が聞こえましたので、あわてて屋敷から悲鳴の方へ向かいました。すると敷地前の通りで、エレーヌ様と馭者が倒れておりました」

「犯人の姿は見ませんでしたか?」

「あたりには誰もおりませんでした」

「悲鳴を聞いてから、現場に着くまでの時間は?」

「おそらく三、四分ぐらいかと」

「その時のエレーヌ様と馭者の状態は?」

「大量の血が流れており、ぐったりしておりました」

「なるほど、二人が倒れているのを見た後は?」

「まずは、治療師のプレボワに診せようと二人とニコル様を乗せて彼の診療所まで行きました」

「それで、治癒魔術を使ったのですね?」

「そうです。しかし、二人とも目を開けることはありませんでした。私が最初通りで見た時は既に亡くなっていたのかもしれません」

「なるほど」

 ラバール警部はそう言って、椅子の上で姿勢を正した。

「昨日、通りを捜索しているときに、茂みの中から凶器のナイフを見つけたとお伝えしました」

「はい、覚えております」

「そのナイフの特徴から、それがザーバーランド王国で作られたものだということがわかりました」

「ザーバーランドですか?」

 フンツェルマンは驚いて目を見開いた。ザーバーランド王国とは、つい数か月前まで戦争状態で、ザーバーランドの国の者がこのレスクリム王国に入国することは、まだ出来ないはずだ。

 ラバール警部は話を続けた。

「ええ、犯人はスパイ活動などでこちらに潜伏していた者なのかもしれません。幸い、ニコル様が犯人の特徴を覚えていましたので、捜査の役に立つと思っています」

「なぜ、外国の者がエレーヌ様を狙ったのでしょう?」

「それは、わかりません。犯人を捕らえて白状させるしかありません」

 ラバール警部は、フンツェルマンを少し睨みつける様にして尋ねた。

「フンツェルマンさんのお父上は、確かザーバーランドの出身でしたね?」

「え?」 フンツェルマンは予想外の質問に少々困惑する。「はい…、確かに父はザーバーランドの出身で、私が生まれる前に亡命してきました。それは、もう七十年近く前の話です」

「フンツェルマンさん自身は、こちらで生まれたんですね?」

「はい。生れてこのかた、レスクリム王国から出たことがありません」

「こちらには、いつから働いているのですか?」

「二十五年ほど前からです」

「なるほど、そうですか」

 ラバール警部は息をついて、椅子に深く腰掛ける様に再び姿勢を正した。そして、質問を続ける。

「あと、ニコル様のご両親についてです」

「ご両親は、二年前に事故で馬車ごと崖から転落して亡くなっております。警部もご存知のはずでは?」

「もちろん知っています。それで、相続はどうなっていますか?」

「ご両親が急にお亡くなりになったので遺言状は無く、法に則って、エレーヌ様とニコル様に等分されることになりました」

「その管理は?」

「その時、お二人とも、まだ成人になっておりませんでしたので、それ以降、財産の管理は私がやっております」

「エレーヌ様は、もう十九歳でしたよね? 十八歳を超えたので、半分の財産をご自身で扱えたのでは?」

「エレーヌ様は十八歳になった時、『財産の管理は面倒だ』と言って、その管理は当面、私に任せるとおっしゃいました」

「ほう…。なるほど。では、ご両親が亡くなってからエレーヌ様が十八歳になるまでの約一年間も財産の管理はフンツェルマンがされていたということですね?」

「そうです」

「なるほど、フンツェルマンさんは信頼が厚いのですね」。ラバール警部は両手を開くようにした。「では、財産を管理した台帳等はありますか?」

「もちろん、ありますが」

「よろしければ見せていただけないでしょうか? これはあくまで任意です」

 フンツェルマンは少し考えてから答えた。下手に疑われるのも良くないとだと思いラバール警部の依頼を承諾した。

「どうぞ、構いません。すぐ、お持ちいたします」

 一旦、フンツェルマンは応接室を後にした。彼が再び戻ってくると大きな箱を抱えて持って来た。

「この中に、財産やお金の状況が書かれた書類が入っています」

「ラバール警部は、今回の事件に財産問題が絡んでいるとお考えなのですか?」

「いえ、どうでしょうか? まだ、わかりません」

 ラバール警部は、はぐらかすように答える。

 財産が絡むとなると、エレーヌが死ぬことで一番有利になるのはニコルだ。他に相続人はいない。もしくは、ラバール警部は財産を管理しているフンツェルマンが横領しているとでも考えているのだろうか。

 ラバール警部は立ち上がって、フンツェルマンから箱を受け取る。そして、立ち去ろうとするが、応接室を出る間際に振り返った。

「あー。そう言えば、エレーヌ様には婚約者がおられましたね?」

「はい。マルセル家のジャン=ポール様です」

「ああ、そうでした。マルセル家も名門ですね。確か、ザーバーランドとの国境付近の街に滞在中だとか」

「ええ、そうです」

 ラバール警部は少し考える様に立ち止っていたが、すぐにフンツェルマンに礼と挨拶をした。フンツェルマンに玄関まで見送られて、ラバール警部は屋敷を後にした。

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