第6話

 フンツェルマンは屋敷に戻るため通りを馬で進む。

 屋敷の前の警察官たちが居るあたりまで戻って来ると、先ほど街へ向かう際に見かけたより警察官の人数は減ったが、彼らはまだ通りの地面の捜索をしていた。その中に這いつくばって地面を注意深く見ながら、時折「うーん」と唸っているラバール警部が居た。彼は今日もよれたコートを着ていた。

 フンツェルマンは馬上から声を掛けた。

「ラバール警部」

 彼は顔を上げ、立ち上がった。

「あー、フンツェルマンさん。お出掛けでしたか?」

「ええ、大司教に会ってきました」

「そうでしたか、つい先ほど、屋敷に行きましたら、不在とお聞きしたので」

「それは申し訳ございませんでした。何か御用でしたか?」

「ニコル様に昨日の状況をお伺いしたくて」

「そうでしたか。では、屋敷内へどうぞ」

 フンツェルマンは馬を進め、馬屋に向かった。ラバール警部は後に続き屋敷の玄関で、フンツェルマンが馬屋から戻ってくるのを待っていた。そして、フンツェルマンが屋敷の大きな扉を開けると、ラバール警部を中に招き入れ、応接室へ案内した。

 ラバール警部は貴族ではない。仕事でも貴族の屋敷の中に入る機会は少ないので、思わずあたりを見回した。応接室は広く、柱や暖炉は美術的な細かい装飾がなされていた。壁は緑色が基調で何かの植物の模様が描かれていて、高価なソファとテーブルが部屋の真ん中に置かれていた。床は高そうなカーペット、天井にはシャンデリア。壁には絵画が掛けられていた。いろいろ金がかかっていそうだ。

 フンツェルマンは椅子を示して言った。

「こちらでお待ちください」

 ラバール警部は椅子に座ってから、フンツェルマンに礼を言う。

「ありがとうございます」

「ニコル様を呼んできますので、こちらでお待ちください」

「お願いします」

 フンツェルマンは、応接室を一旦後にした。

 その後すぐに、メイドのルイーズが紅茶の入ったカップを持って応接室に現れた。彼女はカップとソーサーをテーブルに置く。

「ありがとう。君の名前は?」

「ルイーズ・バスチエです」

「ここでは長く働いているんですか?」

「四年になります」

 ラバール警部は次々と質問をする。それに対してルイーズは表情をほとんど変えず淡々と回答をしていく。

「あなた以外にメイドは居るのですか?」

「はい、もう一人。ジータ・ヴィリエという者がおります」

「ジータさんは、ここでは長いのですか?」

「はい、五年ほどだと聞いています」

「そうですか。メイドさんの入れ替わりは多いのですか?」

「いえ、多くはありません。以前はもっと多くのメイドが居たのですが、ニコル様のご両親が亡くなってからは私とジータの二人だけとなりました」

「なるほど、わかりました。ありがとう」

 ラバール警部が礼を言うと、ルイーズは応接室を後にした。ラバール警部は紅茶の入ったカップを手に取って一口飲む。


 しばらく待つと、フンツェルマンがニコルを連れて戻って来た。

 ニコルはうつむいていて、まだ具合は悪そうだ。昨日、姉が殺されたばかりなので仕方ない。ニコルはゆっくりと歩み寄り、ラバール警部のテーブルを挟んで反対側に置かれているソファに座った。フンツェルマンは扉の近くで立って待つ。

 ラバール警部は静かに話し出した。

「ニコル様。この度のご不幸、お悔やみ申し上げます」

 その言葉を聞いて、ニコルは顔を少し上げた。彼女の目は泣き続けていたせいもあって腫れていた。

「お辛いとは思いますが、お姉様が刺された時の状況をお伺いしたいと思います」

 ニコルは声は出さず、小さく頷いた。ラバール警部は続ける。

「犯人の逮捕につながりますので、できるだけ詳しく教えてください」

「はい」。ニコルは小さな声で話し出した。「昨日、お姉様と一緒に出かけた後の帰り道、突然、ジャカールの叫ぶ声が聞こえました」

「どのような声でしたか?」

「短く、苦しむような声です」

「その後は?」

「何かが落ちる音がしました。今考えると、それは、おそらくジャカールが馬車から地面に落ちた音だと思います」

「その後すぐに馬車の扉が開けられました。すると男の姿が見えました」

「どんな男でしたか?」

「ローブを深くかぶっていましたが、黒髪で、口髭を生やしていたのがわかりました」

「年齢はどれぐらい?」

「若い男です。おそらく二十歳代後半か、三十歳代前半ぐらい」

「知っている男でしたか?」

「いえ、見たことありません」

「なるほど、その男の顔をもう一度見ればわかりますか?」

「わかります」

「背の高さはどれぐらいでしたか? フンツェルマンさんと比べると?」

「フンツェルマンよりは低いです」

「どれぐらい?」

「頭一つ分は低かったと思います」

「目の色は?」

「茶色でした」

 ニコルはかなり詳しく男の特徴を覚えていた。犯人を捕らえられたら、その確認は簡単だろうとラバール警部は思った。彼は質問を続ける。

「男の着ていたローブの色は?」

「こげ茶色でした」

「なるほど、その男が馬車の扉を開けた後は、どうしましたか?」

「まず、私たちの顔を確認しているようでした。そして、すぐに馬車に乗り込んで来て、お姉様をめがけてナイフを…」

 そこまで言うとニコルは涙を流して声を詰まらせた。

 ラバール警部は少し待ってから質問を続けた。

「その後、その男は?」

 ニコルはハンカチで涙をふくと、途切れながらも質問に答える。

「その後は…、すぐに…、去りました」

「男は馬か何かに乗って去りましたか?」

「馬の走る音などは…、聞こえませんでした」

「お姉様は、道に倒れていたと聞きましたが」

「刺された後…、倒れ込むように…、馬車から落ちました。私は、恐怖でどうすることもできなくて」

 そこまで言うと、ニコルは声を上げて泣き出した。

 ラバール警部は数分待って再び質問をした。

「襲われた時、馬車は最初どれぐらいの速さで走っていましたか?」

 ニコルは涙を拭きながら、しばらく黙っていたが、声を絞り出すようにして答える。

「さほど早くなかったと思います…。私たちが乗るときは、いつもゆっくり走るようでしたから…。シャガールの叫び声の後、馬車は止まりました」

 ラバール警部は、ニコルの負担になるので今日のところは、これ以上は質問するのをやめておこうと考えた。犯人の特徴が聞けて、とりあえずは良かったと考える。今後の捜査の手掛かりになる。

 ラバール警部は扉のそばに立って待っているフンツェルマンに目で合図した。

 フンツェルマンは頷くと、ニコルに声を掛けて彼女の部屋に戻るように促した。ニコルはフンツェルマンに腕を支えられてゆっくりと立ち上がり、応接室を後にした。

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