第14話はじめまして、次代の獣王陛下①

 ニニは生臭さに顔をしかめた。何度やっても血抜きと内臓処理の際の臭いや触感には慣れない。今回は質量がいつもよりも多いせいで、臭いが特に酷かった。

「ねえセザ、こいつ大き過ぎるんですけど」

「大きかろうが小さかろうがやることは変わらん」

 ごもっとも。しかし自分と同程度の獲物を処理するのとはわけが違う。

 ニニが悪戦苦闘しているのは鷲だった。三つの山を統べる空の主、大鷲カルサヴィナだ。翼を除いてもその全長は、ニニの三倍はある。

 その場で処理せず、川に移動したのは正解だった。既にニニの銀髪はおろか顔も腕も——全身が返り血で真っ赤だ。

「黙って捌け。何のために貴様をここまで連れてきたと思っている」

「はいはい」

 蛇族の獣人で獲物を手際よく捌けるのはニニくらいだ。そもそも蛇族は仕留めた獲物はその場でさっさと食べて、食べなかった部分はその場に捨てる。いらない部分を器用に抜き取って長期保存するという発想がないのだ。ニニも例に漏れなかったが、この七年ですっかり上達してしまった。

 蛇は姑息に地を這い回る印象が強いせいか、非力な獣人だと思われがちだが実際は違う。獲物を締め上げて殺すのが狩りの常套手段なのだ。膂力だけなら獅子や熊族に匹敵する。自身の数倍はある巨大な鷲とはいえ、死体の内臓を引っ張り出すくらいわけない。むせ返るほどの生臭ささえ我慢できれば。

(と言っても)

 ニニは岸辺に腰掛けている獅子族の獣人を盗み見た。

(百獣の王には到底敵わないけどね)

 獣人族最強と名高い獅子の若者、セザは毛繕いに精を出している。ニニが今処理をしている大鷲と十日にも及ぶ激闘を繰り広げ、勝利をおさめたばかりだ。身綺麗にするためというよりは、興奮を抑えるための宥めの毛繕いだろう。時折尻尾が地面をぱたぱた打っているので、まだ余韻は残っているようだ。

 腕や脚の毛深い部分を丁寧に繕う様は、平均的な獅子族の獣人と比べて小柄な体格も相まって、猫に見えなくもない。口にしようものなら殴られるので絶対に言わないが。

 ニニはセザの従者だった。セザにくっついて旅をし、偵察や伝達、こうして仕留めた獲物の処理をしている。実質下僕のようなものだ。しかしニニは今の状況に満足していた。

 理由は二つ。

 一つは待遇だ。獣人内で蛇族は忌み嫌われる部族だ。一見、銀髪の少年にしか見えないニニも半獣態になれば手足は鱗に覆われる。水妖を彷彿とさせる鱗だ。そして蛇族は背後から襲いかかる姑息な戦法を得意とする。これまた水妖に似た性質だ。好かれるはずもない。

 千尋の森内でも、蛇族の縄張りは痩せている土地で餌となる鼠や鳥は少ない。いつもニニは腹を空かせていた。

 しかしセザの従者になってからは、一度たりともひもじい思いをしたことがない。ひとえにセザの狩りの腕のおかげだ。健啖家である自身の餌だけでなく、ニニの分までしっかり獲物を取ってくる。飢えが死に直結する蛇族にとってこれ以上の厚遇はない。こんなに幸せでいいのかと思うくらい、ニニは嬉しかった。

 理由の二つ目は、主であるセザだ。

 驚くべきことに、セザは獲物が足りない時でも兎や蛙など非常食用の小さな動物を仕留めて、ニニの分だけは確保するのだ。もちろん、空腹の主人を差し置いて従者が貪るわけにはいかない。ニニが拒んでも、セザは頑として獲物を下げようとしないのだ。無理矢理口に鼠を突っ込まれたことさえある。

 セザは生まれた時から獅子族、ひいては獣人族を統べるべく育てられたせいか、人一倍プライドが高く責任感が強い。獣人族全員に高いレベルを要求し、そして意地でも全員を護ろうとする。たとえ蛇族の従者だろうが、自分の下にいる者を飢えさせることができないのだ。人遣いは荒いが、そんな不器用なセザをニニは気に入っている。

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