第15話はじめまして、次代の獣王陛下②

「セーザぁー」

 ニニは羽根をむしりながら確認した。

「あの尾羽はどうするのさ」

 セザは顔を上げた。大鷲には立派な尾羽が数本ついていた。食べられないが武器や装飾品としては使えそうだ。何よりも大鷲カルサヴィナの象徴である尾羽ならば、討ち取ったセザ自身が所有すべきものだ。

「いつもみたいに『千花』に贈るの?」

「ああ……いや」

 即決するかと思いきや、セザが少し考え込んだ。

「貰う」

「ほー珍しい。髪飾りにでもするの」

 金髪に鮮やかな羽根を挿したセザを想像してニニは笑った。似合わないにも程がある。

「さあな」

 セザは川に降りてさっさと尾羽を引っこ抜いた。着いた血や泥を洗い流し、水を切る。

 長年の経験からニニは察した。間違いない。尾羽は自分のためではなく、誰かに贈るつもりだ。直接手渡す算段なのだろう。

「喜ぶと思うよ。僕だったらその場でつがいになっちゃうかも」

 返事の代わりに石が高速で飛んできた。予測していなければ避けられない速さだった。

「あ、ごめーん。内緒なんだよねー」

 川底に転がっていた石を思いっきりニニに投げつけ、セザは「くだらんこと言ってないでさっさと捌け」と吐き捨てた。

 セザに想い人がいることをニニは従者になって間もなく知った。特定はできていないが、絞り込めてはいる。先代獣王の寵姫の誰かだ。

 この七年間、セザは戦利品を必ず『千花』に送らせている。族長なのだから獲物の肉や皮が余っているなら獅子族に送るのが一般的だ。しかしセザは『千花』を優先させる。

 特殊な行動には理由があって然るべきだ。寵姫はすべからく獣王の雌だから、セザもおいそれと手は出せない。だから密かにそれとわからないよう寵姫全員に贈り物をしているのだろう。考えてみれば、獲物を贈るのは獣人族伝統の求愛行動だった。

 決定打は半年前。来るべく獣王の継承に備えてつがいを持てと叔母のサラに何度目かもわからない『忠告』を受けた時のことだった。獅子族でも選りすぐりの戦士や健康で美しい娘を、人間で言う見合いよろしく挙げてきた。

 獣王ゼノが存命中にもかかわらず、次代の話を臆面もなくするサラを、ニニは嫌悪していた。当のセザも表情にこそ出さなかったが、普段は出しっぱなしにしている、感情表現豊かな尻尾を隠したところから察するに、相当お怒りだったのだろう。だんまりを決め込んでしばらくはご忠告に耳を傾けていたが、二人目のつがい候補者を紹介された時点で限界を突破。「俺のつがいはもう決まっている」と言い放って、千尋の森を後にした。

 千尋の森を飛び出して怪物倒しの旅を続けること早七年。武勇伝は数あれど浮いた話一つないセザのつがい宣言に、サラは元より獅子族の者達は度肝を抜かれた。心当たりが全くないのだから当然と言えば当然だった。

 本人に訊ねても答えないのだから、問い合わせはニニに殺到した。が、ニニだって初耳だ。想いを寄せているのだと察していたが、まさかつがいにとまで考えているとは思わなんだ。相手の了承を得ているのか。そもそもセザの想いが伝わっているのかも怪しい。

 やむなくニニは事実だけ、セザが『千花』にせっせと贈り物をしていることだけを獅子族の連中に伝えた。何故そんな大事なことを今まで報告しなかったのかと怒られた。理不尽だ。

 以来、サラは何かと口実を見つけては獣王城に赴き『千花』の様子を探っているらしい。獣王ゼノが身罷った今となっては無駄な努力としか言いようがない。次代の獣王はセザだ。これで堂々と寵姫にも手が出せる。

「贈るのはいいけどさ、いつもみたいにそのままっていうのはやめといた方がいいよ。飾り紐を結わえるとか、特別感を出さないと」

 言いたいことだけ言って、ニニは羽根むしりを再開した。これ以上無駄口を叩くとセザが本気で怒りかねない。真面目に解体作業に努める。

 何の気無しにニニは顔を上げて、目を見開いた。セザがすぐ側にいたからだ。

「じょ、冗談だよ」

 両手を上げて降伏したニニ。しかしセザは川下の方に厳しい視線を向けていた。

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